第八十二回は文学刑事サーズデイ・ネクスト・シリーズの巻(その2)(執筆者・東野さやか)
みなさん、こんにちは。たいへんお待たせいたしました。先月につづき、ジャスパー・フォードの文学刑事サーズデイ・ネクストのシリーズ第5弾、"First Among Sequels"(2007)をご紹介します。
First Among Sequels: Thursday Next Book 5 (English Edition)
- 作者: Jasper Fforde
- 出版社/メーカー: Hodder & Stoughton
- 発売日: 2008/09/18
- メディア: Kindle版
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ジェフリー・アーチャーの "First Among Equals"(邦題『めざせダウニング街10番地』)をもじったと言われるこのタイトル、そのまんま訳せば〈続編その1〉といったところでしょうか。それからわかるように、第1作の『ジェイン・エアを探せ!』から第4作までを第1シーズンとすれば、"First Among Sequels" は第2シーズンの幕開け的な存在です。
前作 "Something Rotten" での一件から14年がたち、時代は一気に2002年に飛びます。その間に特別捜査機関(通称スペックオプス)は解体されてすでになく、30代後半だったサーズデイ・ネクストもいまや52歳。根絶から復活したランデンとスウィンドンで幸せな日々を送っています。もう危険なことはしないとランデンと約束したため、文学内務保安機関(ジュリスフィクション)の仕事からも足を洗い、カーペットや床材の専門店を経営している……のですが、実はこの店、解体されたはずのスペックオプスが隠れ蓑として利用していて、カーペットを販売し、床材の張り替えを請け負ういっぽうで捜査活動にも従事しています。
しかし、サーズデイがランデンに秘密にしているのはそれだけではありません。彼女はいまもジュリスフィクションの仕事をつづけており、店に出勤するやいなや本の世界にジャンプして、物語内のトラブルを解決すべく奮闘しているのです。いまは、自分を主人公にしたシリーズ第5作『サミュエル・ピープスの大失態』でサーズデイを演じているサーズデイ5を保安員として育成する仕事もまかされ、現場に出るときはいつも彼女が一緒です。このサーズデイ5、最初の4作でサーズデイを演じたバイオレンス大好きで奔放な性格のサーズデイ1−4とは異なり、性格はおとなしめで機転が利かず、大きな危険をともなう保安員の仕事などとてもこなせそうにありません。彼女の行動のひとつひとつにサーズデイは調子をくるわされてばかり。
そんなある日、『ピノキオの冒険』でピノキオが火鉢に足をのせたまま眠りこんでしまう場面に、アンテナとレンズがついたグレープフルーツ大の金属球が突如現れます。駆けつけて調べたところ、金属球の表面に〈ゴライアス〉の文字が……。あのにっくき巨大企業ゴライアス社が、なぜ本の世界にジャンプできるのか? ゴライアス社に出向いたところ、なんと……おっと、これ以上は言わないでおきますね。
こう書くと、その謎を解明するため、サーズデイがあれこれ捜査をする話と思われてしまうかもしれませんが、そこはもうフォードさんですから、そんな一直線な話にはなりません。ただでさえくねくねしている道を、さらにあっちにこっちに寄り道しながら、話は予想の斜めはるか上に向かって進んでいきます。本の世界では日々、大小さまざまな事件や問題が起こっていて、保安員が問題解決に駆けつけたり、会議で解決策を検討したりしています。たとえば、本を読む人が減っていることへの対策として、物語を読者の意向に沿った形に書き換えていく双方向型書籍が提案され、その第一弾として『高慢と偏見』の書き直しがおこなわれそうになったり、シャーロック・ホームズが殺されてその対応にあたふたしたり。
また、過去に保安員としては不適格とされたはずのサーズデイ1−4がふたたび訓練生となり、その教官役にサーズデイが任命されます。前述したようにサーズデイ1−4はバイオレンス大好きで奔放な性格なうえ、傲慢で自分勝手。サーズデイ本人ともサーズデイ5ともそりが合わないのはもちろん、やることなすことすべてが保安員らしさに欠けるのだから始末に負えません。物語に登場するピアノを管理する部門に出向いたときには、物語の設定上、ピアノの椅子に隠しておかなくてはいけない銃を盗んでしまい、たいへんな騒ぎを引き起こすことに。
いっぽう、現実の世界では、16歳になる息子のフライデイが、迫りつつある時の終わりを阻止できる唯一の人物とされ、時間警備隊(クロノガード)への入隊を嘱望されているのですが、本人はまったく興味を示さず怠惰な日々を送るばかり。ついにはまともなバージョンのフライデイが登場して、やる気のないフライデイと入れ替わるなんて話にまでなり、サーズデイは気が気じゃありません。
こんな感じで、現実の世界と本の世界の日常がモジュラー型に描かれていくのですが、そのひとつひとつがおかしくてたまらないのです。もうね、本筋にまったく関係ない部分も手を抜かないんですよ、フォードさんて人は。
たとえば本の世界の会議で、ハリー・ポッターのビデオゲームについて話し合う場面でのこと。出席者全員がハリー・ポッターのサインをもらおうとこっそり本を用意していて、「ハリー・ポッターさんは著作権の関係で本会議には出席できません」とアナウンスされると、がっかりしたように本をしまうなんてくだりがありますし、先に出したピアノの管理の話も、ディケンズの『荒涼館』で使用中のグランドピアノが数分後にはジョージ・エリオットの『フロス河の水車場』に移動し、そこで何場面か使われたらジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』に移動するといった描写にたっぷり時間をかけているんです。なんでも、本の世界にあるピアノは全部で15台しかなく、それをあっちにこっちに移動させているとか(しかも何台かは点検中)。よく考えれば、突っこみどころ満載なんですが、まあ、細かいことは気にしない、気にしない。
そして最後の最後になっての怒濤の展開。ゴライアス社の悪だくみを阻止すべく、ロングフェローが難破した帆船ヘスペラス号を題材に書いた「ヘスペラス号の難破」という詩のなかに入るのですが、そこにいたるまでも紆余曲折あり、読者をじりじりとじらしてくれます。それまでに登場したいろいろなエピソードのあれこれもちゃんと回収して、きれいに収束……と思いきや、ラストで呆然。というか、ちょっとそこでやめないで!
東野さやか(ひがしの さやか) |
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兵庫県生まれの埼玉県民。洋楽ロック好き。今年最初のライブはスラッシュとダフが復帰したガンズ・アンド・ローゼズでした。最新訳書はローラ・チャイルズ『アジアン・ティーは上海の館で』(コージーブックス)。その他、ジョン・ハート『終わりなき道』(ハヤカワ・ミステリ)、ブレイク・クラウチ『ラスト・タウン―神の怒り―』(ハヤカワ文庫NV)など。埼玉読書会および沖縄読書会世話人。ツイッターアカウントは @andrea2121 |
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