第七十回はジャスパー・フォードの巻(執筆者・三角和代)

 みなさん、目玉焼きは片面でいきますか、それとも両面? 蓋をして少し蒸して、いい感じに白く固めた片面オンリーも素敵だけど、その少しが待てなくて、ひっくり返して裏もざっと火を通しちゃう(英語でover easy)きみは仲間だ。今回取りあげるのは“The Big Over Easy”(2005)。文学刑事サーズデイ・ネクストのシリーズでおなじみのジャスパー・フォードには他にもいくつかのシリーズがあり、こちらは童謡犯罪課シリーズのその1。文学刑事と同じく、現実とはちょっと違う世界を舞台にした捜査物なのです。被害者は卵なんで。


The Big Over Easy: An Investigation with the Nursery Crime Division (Nursery Crimes)

The Big Over Easy: An Investigation with the Nursery Crime Division (Nursery Crimes)


 フンパーディンク・ヨシャファト・アロイシアス・ストイフェサント・ファン・ダンプト――通称ハンプティ・ダンプティが塀から落ちて遺体となって発見された。殻が粉々に割れ、細い手足が投げだされ、雨が降ったために黄身や白身は流されて跡形もない。オックスフォード大学時代には走りだしたら止められないその体型を活かしてラグビー・チームに所属、膝さえ怪我しなければイングランド代表入りを果たせたはずだったという彼。65歳になった現在では、あくどい商売をしたこともあり、女好きでハメを外すこともあったが、面倒見のいい性格で人々に好かれる実業家であり町の名士だった。しかし、担当の精神科医によると「いつか3分きっかりで生き茹でされてしまうのではないか」などと強い不安につきまとわれていたといい、レディング中央署は自殺と事故の両面から捜査を進めることになる。
 人間にまじって童謡、童話、伝承、神話の登場者が当たり前のようにそのへんを歩いている世界で、そうした特殊な者たちを対象とした童謡犯罪課を率いるのは、うだつのあがらないジャック・スプラット警部だ。彼を補佐する部長刑事はレディングに転任してきたばかりの野心家のメアリー・メアリー。本当は少女の頃から憧れていたフライドランド・カイム主任警部の下につきたかった。レディング中央署ではもちろん、イギリス全土で刑事ランキング1位を独走するスターだ。部長刑事は「書ける」ことも重要な資質で、上司の捜査っぷりを読み応えのある記事にして何種類も刊行されている捜査読み物雑誌に採用され!、さらにテレビドラマ化を狙い!!、そして映画化にむけて売り込む!!!ことが求められる。それなのに、ランキング外で、刑事ギルドに所属さえしていないジャックの下で働くはめになるとは、ついていない。予算会議が迫っているが、検挙率の悪さから童謡犯罪課はつぶされる見通しで、これじゃ着任早々に職を失ってしまう。
 ところが、鑑識の調べでハンプティ・ダンプティの殻に弾痕が発見され、殺人だと判明して状況は一変する。この事件を解決できれば世間の注目が集まって童謡犯罪課は息を吹き返すことができそうだ。そんなときカイム主任警部がメアリーに接触し、いずれこの捜査を引き継ぎたいからできるだけ情報を流してほしいこと、うまくいけば自分の捜査チームに迎えることを伝えてきた。驚きはしたが、メアリーはためらわず頷く。同僚たちのあいだでカイム主任警部はクズだと評判だったのだが、彼女はそんな噂が信じられなかった。しかし、ユニークな同僚たちにかこまれて仕事を続けるうちに童謡犯罪課と、意外とできる人らしいジャックへの愛着がわいてきて、カイム主任警部の本性が見えてくる。


 童謡のキャラクター登場というのにプラスして家庭生活ではしあわせなジャックが描かれて暖かさも漂っているためか、どこかコージーぽくて安心して謎解きを楽しめる部分と、その安心を裏切る奇想天外でクレイジーな展開、マッドな結末が合体したところが魅力です。ユーモアたっぷり、残酷がちょっぴり。童話の設定を活かして思い切り緻密に肉付けして描いた細やかさは感動的。ハンプティ・ダンプティ事件の他にも、三匹の子豚が故意の殺人で告発された裁判、ジンジャー・ブレッド・マンがシリアル・キラーに、ジャックのお母さんが巨大な豆の木を育てはじめるなどのエピソードがいくつもあって、とことんこだわっております。
 言葉にもこだわりが。登場人物名にもそれぞれ意味がありますし、なぜ舞台がレディングかといえば Reading だからでしょうし、童謡犯罪課は Nursery Crime Division(公式サイトはこちら→http://www.jasperfforde.com/nurserycrime/home.html)で、Nursery Rhyme から。それから登場するというより名前だけですが、オックスフォードのムース(ヘラジカ)主任警部、エルキュール・ポリッジ(粥)、ブルーム(ほうき)神父、ピーター・フリムジー(これは書きづらい)卿とか、吹きださずにはいられない。
 童謡犯罪課の面々もおもしろいんですよ。地下室の狭い部屋で文字通り肩を寄せあって仕事をしている東ドイツ出身の女男爵(ところでこれ、変な字面ですよね、女男爵って。最初に金爵、銀爵、銅爵とか、松爵、竹爵、梅爵とかにしとけばよかったのに……)、回文好きの父をもつオットー・ティビット(Otto Tibbit)、宇宙人雇用優遇措置法により採用された本名10111001000100111-11、母国語は二進法のランボシア星人の通称アシュリーといった巡査陣もキャラ立ちです。チーム以外でも、継ぎ接ぎ大好きな危ないお医者さんとか、4000歳の歳の差を越えて恋する神とか、盛りだくさん。
 ちょっと変わっていてほっこりと刺激が同居して退屈しない話を読みたいときはお薦めですよ! こちらのシリーズは現在のところ第2作の“The Fourth Bear”(2006)まで発表されています。ところで気になるのは前述のサーズデイ・ネクスト・シリーズの続きです。日本では3作まで紹介されていますが、こちらはあと4冊未訳があるので、いずれこのコーナーで取りあげたいと思っております。


ハンプティ・ダンプティの動画


(まずはクラシックなこれから。最初の45秒間です)


(殻がバラバラになる、ちょっとブラックな動画)


ハンプティ・ダンプティが塀にすわった〜歌詞付きバージョン)



三角和代(みすみ かずよ)

目玉焼きには塩胡椒派。訳書にザン『禁止リスト』、カーリイ『髑髏の檻』、ボンフィリオリ『チャーリー・モルデカイ』シリーズ、カー『テニスコートの殺人』、ジョンスン『霧に橋を架ける』、プール『毒殺師フランチェスカ、テオリン『赤く微笑む春』他。ツイッターアカウントは @kzyfizzy

【原書レビュー】え、こんな作品が未訳なの!? バックナンバー一覧

The Fourth Bear: Nursery Crime Adventures 2

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文学刑事サーズデイ・ネクスト〈2〉さらば、大鴉

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文学刑事サーズデイ・ネクスト〈3〉だれがゴドーを殺したの?〈上〉

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髑髏の檻 (文春文庫)

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チャーリー・モルデカイ (1) 英国紳士の名画大作戦 (角川文庫)

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