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最新海外ミステリーニュース20170728(執筆者・木村二郎)

2017 CWA DAGGER AWARD SHORTLISTS
(CWA賞最終候補作発表)
 
On July 26 in London, The Crime Writers Association of Britain (CWA) announced the shortlits for the 2017 CWA Dagger Awards. as follows:
 
The CWA Gold Dagger:
The Beautiful Dead, by Belinda Bauer (Bantam Press)
Dead Man's Blues, by Ray Celestin (Mantle)
The Dry, by Jane Harper (Little Brown)

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)

Spook Street, by Mick Herron (John Murray Publishers)
The Girl in Green, by Derek B Miller (Faber & Faber)
The Rising Man, by Abir Muckerjee (Harvil Secker)
 
The Ian Fleming Steel Dagger:
You Will Know Me, by Megan Abbott (Picador)
The Killing Game, by J S Carol (Bookouture)
We Go Around in the Night Consumed by Fire, by Jules Grant (Myriad Editions)
Redemption Road, by John Hart (Hodder & Stoughton)
終わりなき道 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

終わりなき道 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

Spook Street, by Mick Herron (John Murray Publishers)
The Constant Soldier, by William Ryan (Mantle)
 
CWA International Dagger:
A Cold Death, by Antonio Manzini (Tr Anthony Shugaar) (4th Estate)
A Fine Line, by Gianrico Carofiglio (Tr by Howard Curtis) (Bitter Lemon Press)
Blood Wedding, by Pierre Lemaitre (Tr Frank Wynne) (Maclehose Press)
死のドレスを花婿に (文春文庫)

死のドレスを花婿に (文春文庫)

Climate of Fear, by Fred Vargas (Tr Sian Reynolds) (Harvill Secker)
The Dying Detective, by Leif G W Persson (Tr Neil Smith) (Doubleday)
The Legacy of The Bones, by Dolores Redondo (Tr Nick Caister & Lorenza Garcia) (Harper Fiction)
 
Non-Fiction Dagger:
A Dangerous Place, by Simon Farquhar (The History Press Ltd)
Close But No Cigar: A True Story of Prison Life in Castro's Cuba, by Stephen Purvis (Weidenfeld & Nicolson)
The Scholl Case: The Deadly End of a Marriage, by Anja Reich-Osang (Text Publishing)
The Wicked Boy: The Mystery of a Victorian Child Murderer, by Kate Summerscale (Bloomsbury Publishing)
A Passing Fury: Searching for Justice at the End of World War II, by A. T. Williams (Jonathan Cape)
Another Day in the Death of America, by Gary Younge (Guardian Faber Publishing)
 
Short Story Dagger:
"The Assassination," by Leye Adenle (in Sunshine Noir, Edited by Anna Maria Alfieri & Michael Stanley; White Sun Books)
"Murder and its Motives," by Martin Edwards (in Motives for Murder, Edited by Martin Edwards; Sphere)
"The Super Recogniser of Vik," by Michael Ridpath (in Motives for Murder, Edited by Martin Edwards; Sphere)
"What You Were Fighting For," by James Sallis (in The Highway Kind, Edited by Patrick Millikin; Mulholland Books)
"The Trials of Margaret," by LC Tyler (in Motives for Murder, Edited by Martin Edwards; Sphere)
"Snakeskin," by Ovidia Yu (in Sunshine Noir, Edited by AnnaMaria Alfieri & Michael Stanley; White Sun Books)
 
Debut Dagger:
Strange Fire, by Sherry Larkin
The Reincarnation of Himmat Gupte, by Neeraj Shah
Lost Boys, by Spike Dawkins
Red Haven, by Mette McLeod
Broken, by Victoria Slotover
 
Endeavour Historical Dagger:
The Devil's Feast, by M J Carter (Fig Tree)
The Ashes of Berlin, by Luke McCallin (No Exit Press)
The Long Drop, by Denise Mina (Harvil Secker)
The Rising Man, by Abir Muckerjee (Harvil Secker)
By Gaslight, by Steven Price (Point Blank)
The City in Darkness, by Michael Russell (Constable)
 
John Creasey (New Blood) Dagger:
The Pictures, by Guy Bolton (Point Blank)
Ragdoll, by Daniel Cole (Trapeze)
Distress Signals, by Catherine Ryan Howard (Corvus)
Sirens, by Joseph Knox (Doubleday)
Good Me, Bad Me, by Ali Land (Michael Joseph)
Tall Oaks, by Chris Whitaker (Twenty 7)
 
The winners will be announced at the CWA Dagger Awards Dinner on October 26 in London.
(受賞作の発表は10月26日、ロンドンにて)
 

■ロングリストはこちら

 

視える女 (小学館文庫)

視える女 (小学館文庫)

アックスマンのジャズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

アックスマンのジャズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

死んだライオン (ハヤカワ文庫NV)

死んだライオン (ハヤカワ文庫NV)

白夜の爺スナイパー (集英社文庫)

白夜の爺スナイパー (集英社文庫)

暗黒街の女 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

暗黒街の女 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

眼を閉じて (文春文庫)

眼を閉じて (文春文庫)

彼の個人的な運命 (創元推理文庫)

彼の個人的な運命 (創元推理文庫)

バサジャウンの影 (ハヤカワ・ミステリ1914)

バサジャウンの影 (ハヤカワ・ミステリ1914)

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)

扉の中 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

扉の中 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

第13回熊本読書会開催!

 
 暦の上では立秋間近ですが、九州はこれからが夏本番というところでしょうか。


 さて、ここ熊本ではしばらく、黄金時代の課題書が続きましたが、今回はさらに遡って黄金時代前夜に時間を巻き戻してみたいと思います。
 第13回の課題書は、オースティン・フリーマンのオシリスの眼』ちくま文庫)を取り上げます。

オシリスの眼 (ちくま文庫)

オシリスの眼 (ちくま文庫)


 フリーマンといえば、クイーンの定員にも選ばれた短編でみせた倒叙形式や、ミステリに法医学を取り入れた先駆者としても知られていますが、本書は後にクリスティー『ナイルに死す』や、クイーンの『エジプト十字架の謎(秘密)』など、エジプトを舞台にしたミステリーの嚆矢とも言われています。
 また、主人公のソーンダイク博士は、シャーロック・ホームズと比較されることもしばしばです。


 残暑の熊本で、熱砂のエジプトに想いを馳せるのもまた一興。多くのみなさまのご参加をお待ちしております。



第13回 熊本読書会
【主 催】熊本ミステリー読書会
     https://www.facebook.com/kumamotomystery


【課題書】オシリスの眼』筑摩書房
     オースティン・フリーマン著/渕上痩平訳
※課題書は各自でお求めいただき、当日までに読了のうえご参加ください。
電子書籍版も可)


【日 時】2017年9月2日(土)
     15:30〜17:30


【場 所】熊本市中央区上通町2-3
     熊本市現代美術館 3F会議研修室
※館内保全のため会場内は飲食禁止となっております。ご協力をお願いします。


【参加費】300円


【定 員】20名(先着順)


【懇親会】読書会終了後(18:00〜)に、別途懇親会を予定しています。
     会場は後日参加者に別途連絡します。(会費4,000円程度)


【後 援】翻訳ミステリー大賞シンジケート
     http://hatena.ne.jp/honyakumystery


【参加方法】受付専用サイト(告知's PRO)
      http://www.kokuchpro.com/event/kumamoto13th
      より、お申し込みください。


      申し込み時に、お名前と連絡の取れる電話番号(携帯電話)、
      メールアドレスをお書き添えください。
      ※ハンドル名等での参加はご遠慮いただいております。


      定員になり次第、募集を締め切らせていただきますので予めご了承ください。

これまでの読書会ニュースはこちら


オシリスの眼 (ちくま文庫)

オシリスの眼 (ちくま文庫)

歌う白骨

歌う白骨

オリエンタリストの遺言書 R・オースティン・フリーマン原作 The Mystery of 31 New Inn 翻訳版

オリエンタリストの遺言書 R・オースティン・フリーマン原作 The Mystery of 31 New Inn 翻訳版

ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

エジプト十字架の秘密 (角川文庫)

エジプト十字架の秘密 (角川文庫)

祝・第40回!『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』(執筆者:畠山志津佳・加藤篁)

――疾走する狂気! もうどうにもとまらない!


全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。


「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁
後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳


今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!


畠山:のっけから宣伝で恐縮ですが、9/2の札幌読書会はとんでもなくスペシャルなゲストをお迎えすることになりました。競馬あるところ巨匠あり。馬の力ってすごい。
 課題書はローレンス・ブロック『八百万の死にざま』です。すでに地元読書会メンバーが「やおよろず、やおよろず…」と唱えながら書店をさまよっているとかいないとか。とにかく期待値が天井知らずで上がりまくっています。ご興味ある方、ぜひいらして下さいね!


 さて、杉江松恋『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」。今回のお題は、ジャン=パトリック・マンシェット『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』。1972年の作品です。


愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)

愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)

精神を病んで入院していたジュリーは、慈善も行う(けど胡散臭い)企業家アルトグに雇われ、彼の甥であるワガママっ子ぺテールの世話係となる。ある日ペテールとともに4人組の男たちに誘拐され、策略によって誘拐犯の濡れ衣を着せられたうえに、命まで狙われて絶体絶命に。男たちの正体も目的もわからぬまま、とにかく逃げるジュリー。そしてどこまでも彼女を追う殺し屋たち。殺戮と破壊の一大ショーが始まる。


 ジャン=パトリック・マンシェットは1942年マルセイユ生まれの作家です。パリ大学在学中に政治運動に傾倒し、五月革命も経験したそうです。大学中退後はさまざまな職業を経験し、1970年代から1980年代にかけて犯罪小説を発表しました。本書『愚者が出てくる、城寨が見える』は1972年に出版され、フランス推理小説大賞を受賞しています。1995年没。


 まぁなんて変わったタイトル。インパクトは強いけど意味はよくわからないし、ジャンルの見当もつかない。ほんとにこれ、ミステリー小説? 面白いのかしらねぇ…? と思ったのは勧進元にはナイショ。じゃなんで『海外ミステリー マストリード100』に載ってんだよって話です。しかもあらためて調べてみたら、「私設応援団・これを読め!」吉野仁さんが紹介なさっているではありませんか!(全然気がついてなくてゴメンナサイ、吉野さん…と小声で謝ってみる)
 こりゃもう頭を垂れて粛々と読ませていただくしかありません……。


 なーんて殊勝なことを言ってみましたが、この本、光文社古典新訳の素敵な字の大きさと、全230頁というお手軽感。こいつは楽勝だぜ、ふっふっふ。サクサクッと読んじゃいましょ♪……とナメてかかってまたまた反省。
 読みにくかったわけじゃありません。むしろ怒涛のスピードで、わわわーっと最後まで連れてかれたって感じなんですが、とにかく読み終わってゼェゼェするほど疲れました。


 登場人物全員が見事なまでに「どっかおかしい」。特に胃の悪い殺し屋トンプソンが凄かったなぁ。やや素人臭さがある誘拐実行犯たちに比べて冷徹なプロ。その彼が文字どおり血反吐を吐きながらジュリーたちを追いつめていく終盤の盛り上がりったら、もう最高です。なんであそこまで胃が悪い設定なのかはよくわからないけど。そして職場でお弁当食べながら読んでた私も、ちょっともらいそうになっちゃったけど。


 さて、日間賀島「そし誰」合宿から無事生還(?)した加藤さんは、このお話をどう読んだかな? 絶対知らなかったでしょ、この作品は。カシオミニを賭けてもいい。(>動物のお医者さんを読んだ方だけわかって下さい)



加藤:名古屋読書会の日間賀島合宿は、おかげさまで無事終了しました。ツイッターのまとめ(https://togetter.com/li/1130893)には読書会の話題がほぼナッシングーですが、アガサ・クリスティーそして誰もいなくなったについて、とっても真面目に討論したことを、この場を借りて報告しておきます。
 参加者の皆さんと飯テロ被害者の皆さんには心からの感謝とお詫びを。
 今後も長い目と広い心でお付き合いください。


 さて、マンシェットですよ。
 僕がマンシェットを知らなかっただろうって? はっはっはっはっ、なにを隠そう、この話は岡村孝一訳から読んでいたのだ。はい、カシオミニ没収〜(ってナニこれ?)。


 この本が光文社古典新訳文庫から出た時の驚きは、まるで8年と少し前のことのように覚えているよ(日本語ヘタか)。
 創刊してすぐに亀山訳カラマーゾフの兄弟でブレイクした同文庫は、「これから海外の名作に触れよう」という前途明るい若い読者と、「今さら読んでないなんて言えない」という後ろ暗い中年読者をガッチリ取り込み、ずいぶん話題になりましたもんね。
 かくいう僕も、チャンスとばかりにカラマーゾフ読んだもの。もちろん初ドストエフスキー
 それがあまりに面白かったので、まわりのみんなに「ところでドストエフスキー読んだ? え、読んだことない? マジで? それちょっとマズいんじゃないかなあ(心配顔)」って教えてまわってたら、出てきたのがマンシェットですよ。
「へ? マンシェット?」って声が出そうになったもん。僕の「いわゆる古典の名作」ゾーンからボール4つ分くらいアウトコースに外れてる。
 なんてったって、この人を食ったような邦題。さらに本を開くと、最初の一文が「トンプソンが殺すべき男はおかまだった。」だもの。
 そのあと、この光文社古典新訳文庫からはハメット『ガラスの鍵』ジェイムズ・ケイン郵便配達は二度ベルを鳴らすが出て欣喜雀躍したけど、インパクトという意味ではこのときのマンシェットに遠く及ばなかったなあ。


 この話、あらすじを読むと手に汗握るまっとうなサスペンス・スリラーみたいだけど、何かがちょっと違うんだよね。「壊れたスカーレット・ヨハンソン」みたいな主人公ジュリーをはじめとして、まともな人間はほぼ出てこない。罠にハメられた若い女性と7歳くらいの子供が、冷酷非情な殺し屋からひたすら逃げるという話なのに、なぜだか単純に彼らの無事を願うというふうにならないのが凄い。
 疾走感に脳がマヒして、「いいぞ、もっとやれ」みたいなテンションになってくる。
 畠山さんの「疲れた」って読後感もムベなるかな


 それにしても9月の札幌読書会に行けないのは残念だなあ。せっかく誘っていただいたのに。『八百万の死にざま』なのに。ここで行けないのなら、もう一生北海道には行けない気がしてきたよ。




畠山:この機会を逃すなんて、天才的な間の悪さだと思わない? 北上さんと田口さんが投げたフリスビーなら、ドーバー海峡を泳いででも咥えて帰ってくると言われた忠犬カトーが、津軽海峡を渡れないなんてねぇ……。(ボストン・テランの新作『その犬の歩むところ』、面白かったですよ!)


 それにしても加藤さんがマンシェットに一家言あったとは、アテが外れてショック。はらたいらさんに賭けた3000点(頼むから、オバチャンにクイズダービーの説明をさせないでくれ)が全部消えたみたいな気分です。
 言われて思い出したけど、新訳のカラマーゾフはとてもよいと確かに加藤さんはみんなに勧めまくってた。でも「オレ古典を読んだ」というはしゃぎっぷりが痛々しかったので、「旧訳で読んだよ」と優しく冷水を浴びせてみたんだっけ。どうしてあの時、マンシェットを推してくれなかったかなぁ。気が利かないなぁ(←八つ当たりの見本)。


 加藤さんの「ジュリー=壊れたスカヨハ」説はうなずける。いや全員壊れてるんだけど。
 その最高潮は、ジュリーたちがスーパーに逃げ込んで火事と殺戮の一大ショーが繰り広げられるところでしょうか。精神面も物質的にもとことん壊れて崩れ落ちんばかりになります。イメージは赤。炎の赤と血の赤で真っ赤っ赤。
 この狂気と暴力の圧倒的エネルギー、これでもかというほどの徹底ぶりはすごい。本を読みながら、園子温監督の《地獄でなぜ悪い》の映像を思いだしましたね。読了後はじっとり汗をかいて、足が微かに震える感じがしました。
 誘拐や殺害計画の目的とか、各人のバックグラウンドとかはほぼどーでもよくって、ただひたすら「追う」「逃げる」に特化すると、こんなに清々しい狂気になるのかと、つい感嘆してしまいます。私も加藤さんと同じく、読み進めるうちに暴力に対する恐怖や嫌悪が薄れて、うっすら解放感すらおぼえました。そんな自分がちょっと怖くもなる。


 心理描写をせず、人物の行動を素っ気ないほどの短い文章でパッパッと切れよく表現していくことで、スタイリッシュな映像が頭の中にできあがっていきます。この行動のみを描写する方法は、ハメット『ガラスの鍵』の回で教わったハードボイルド文体のお作法ですね。正直に言うと、ハメットの時にはその良さがピンときていなかったのだけど、今回はシビれました。


 ちなみに冒頭でワタクシ、タイトルが意味わからん的なことをほざきましたが、もちろん本を読めば雰囲気がつかめるし、訳者あとがきを読むと「なるほど!」と膝を打つこと間違いなし。つまり訳者あとがきもマストリードですよ!




加藤:うん、確かに。たまにはいいこと言うじゃん畠山さん。はい、ブラックサンダー
 岡村孝一訳『狼が来た、城へ逃げろ』だけ読んでるって人も、光文社古典新訳文庫中条省平訳を読んで、続けて解説、あとがきも読むといいと思う。ずいぶん印象が変わるんじゃないかな。
 まずなんてったって、畠山さんも書いてるとおり、とにかく読みやすい。
 そして、あの岡村孝一さんのアンダーワールド感というかギラギラ感が薄くなって、ストーリーが頭に入ってくるw


 なんだか岡村訳をdisってるみたいになっちゃったけど、僕も岡村さんの訳は大好きなんですよ。岡村さんのおかげでフレンチ・ノワールの世界にハマったって人も多いと思うし。でも、ちょっとノリが良すぎるというか。
 これ書いてたら堪らなくなって、思わず本棚からジョゼ・ジョバンニ『穴』を探し出して読んじゃったよ。最初の数ページで「脱獄る」(ヤブる)、沈殿む(シズむ)、失敗る(ドジる)、逃かる(ズラかる)って編集者はルビ振り甲斐ありすぎだろ。
 あ、話が脱線れた(ソれた)。


 中条訳では、マンシェットの狂った世界が、クールというかフラットな筆致で描かれ、その異常さが一層引き立っているのも特徴ですね。
 たまにこういう話を読むと、自分がいかに既成概念のかたまりか、常識に囚われた人間かと思い知らされる。いわゆる「ネオ・ポラール」の開拓者としての面目躍如というべきか、読んで圧倒されるのは、既成の価値観、行動様式、常識をすべて捨て去って、一から新しい世界を作るという気概=パワーであり、自由さです。


 救いのない話ながら、読後すこし時間が経つと、読書ってこんなに面白いんだ、そして翻訳小説ってこんなに見たことのない世界がみられるんだって、幸せな気分に浸れる本。
 お勧めです。

勧進元杉江松恋からひとこと


 フランス・ミステリーの歴史の中で、1970年代の〈ネオ・ポラール〉と呼ばれる作品群は特異な色彩を放っています。デュマやバルザックなどが主戦場とした新聞連載小説を母体とするロマンス小説の系譜がフランス・ミステリーにはありますが、それが大きく変貌したのは第二次世界大戦後でした。1930〜50年代のアメリカ犯罪小説の翻訳が再開、現在も続く〈セリ・ノワール〉叢書にはそうした作品や、フランス作家による模倣作が多く収録されました。そうした〈暗黒小説〉の系譜に〈ネオ・ポラール〉の作家たちは新たなものを付け加えました。そこにあるのは強烈な現状批判です。1960年代の熱い政治の時代を経たことで、先鋭的な犯罪小説が多数生み出されることになりました。そうした作家たちを主導したのがA・D・Gとマンシェットの二人だったのです。


 現在では絶版ですが、マンシェットの長篇第三作『地下組織ナーダ』を読んだときの衝撃を今も覚えています。NADAとはスペイン語で「無」、反体制的組織が暴走し、壊滅に到るまでを非情極まりない筆致で描いた作品であり、テロリストだけではなくその取り締まりにあたる警察官もまた残酷な殺人者として描かれます。本当にすべてが無に帰する幕切れは古今東西のミステリーを通じて最高のものではないでしょうか。もし本書を読んで感銘を受けた方があったら、ぜひ同作も手に取っていただきたいと思います。二作を併読することにより〈ネオ・ポラール〉の熱さを感じることができるはずです。


 二年前に現在の〈セリ・ノワール〉叢書編集長を務めるオーレアン・マッソン氏が来日された際、〈ネオ・ポラール〉の世代の意義について質問したことがあります。マッソン氏は〈ネオ・ポラール〉運動の結果として小説が政治プロパガンダの色を帯び過ぎてしまった弊害があるとし、「だけどマンシェットは頭からそれを信じていたわけではなくて、『お仕事』として書いていたんだ。彼と彼の作品は別物だ」と付け加えていたのが印象的でした。まだまだ一面的にしか紹介されていない〈ネオ・ポラール〉世代、そして1980年代以降のフランス作家については、体系的な邦訳紹介の機会が持たれることを望みます。


 さて、次回はP・D・ジェイムズ『女には向かない職業』ですね。こちらも期待しております。





加藤 篁(かとう たかむら)


愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)


札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

●「必読!ミステリー塾」バックナンバーはこちら

狼が来た、城へ逃げろ (1974年) (世界ミステリシリーズ)

狼が来た、城へ逃げろ (1974年) (世界ミステリシリーズ)

郵便配達は二度ベルを鳴らす (光文社古典新訳文庫)

郵便配達は二度ベルを鳴らす (光文社古典新訳文庫)

その犬の歩むところ (文春文庫)

その犬の歩むところ (文春文庫)

穴 (ハヤカワ・ミステリ 1104)

穴 (ハヤカワ・ミステリ 1104)



第47回 目から鱗が一掃、唯一無二の読書体験―ビネ『HHhH』(執筆者・♪akira)

 
 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 ノンフィクション・ノヴェルといえば、トルーマン・カポーティ『冷血』を思い出す方も多いのでは。筆者はそれを中学時代に読んで早々にギブアップした暗い過去があるのですが、後年出た佐々田雅子氏による新訳版で再度トライしたところ、これがもう圧倒的な面白さで、訳でこんなにも変わるのか! と嬉しい驚きでした。実はそれまでノンフィクションや歴史ものなど、事実にもとづいて出来事を記録した作品が苦手で、歴史の教科書には「でもこれ書いた人、その場にいなかったよね! 見てないよね!」と不信感を持ち、当時の書物に「全国民に慕われている眉目秀麗のナントカ国王」などと書いてあっても、「脅されて書いたのでは」と疑い続けて今に至ります。同じように思う人は他にもいるはずだけど、多分大きな声では言えないんだろうなあ……と思っていたら、それをそのまま本にしたありがたい人がいたのです!!!
 

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

 2010年度のゴンクール賞新人賞を受賞したローラン・ビネ『HHhH――プラハ、1942年』(訳・高橋啓東京創元社)は、目から鱗が一掃の超絶作品でした。1942年5月27日にチェコプラハで起きたナチ高官暗殺事件――暗号名“エンスラポイド(類人猿)作戦”――の顛末を描いたこの作品、今回再読し、あらためて作者がこの事件にいかに魅了されたか、そしてそれに関係した当時の人たちをどれだけ大切に思っているかをひしひしと感じました。膨大な資料の見極めに偏執的なまでにこだわり、実在した憧れの人物を陳腐に理想化せずに、どうやってその偉業を伝えることができるかを、小説内で書き手が自問自答するという斬新さ! しかも、たまにちょっと言い訳したりするのも可笑しいです。
 
 しかしその史実というのが「事実は小説よりも奇なり」であった場合、虚飾を交えずに物語る苦労は相当なはず。というのも、“エンスラポイド作戦”は、成功の可能性が限りなく低く、さらには、実行の結果起きた出来事がアクション映画以上にスリリングで荒唐無稽だったからです。
 
 イギリスに亡命したチェコ政府は、悪名高きゲシュタポの長官であり「金髪の野獣」と呼ばれるラインハルト・ハイドリヒの暗殺計画を実行に移します。任命された二人の若者、スロヴァキア人のヨゼフ・ガブチークとチェコ人のヤン・クビシュはパラシュートでチェコへと降り立ち、現地の協力者たちの助けを借りて、来るべきXデイに備えます。

 本書発表時に30代だった作者は戦争を体験していません。二人の英雄やハイドリヒについて、『暁の7人』死刑執行人もまた死すといった映画を観た上で、あくまでも当時の資料を重視し、再現を試みようとします。そんな作者がガブチークとクビシュの特徴が詳しく書かれた貴重なファイルを偶然見つけて大喜びするくだりは、読み手のこちらも思わずガッツポーズしそうになりました。
 
 小柄でエネルギッシュな熱血漢のガブチークと、大柄で温厚な思慮深いクビシュ。性格もよく女性にもてて、下宿のおかみさんの記録からも二人が好青年だったことがわかります。その後の展開を知るだけに、ハイドリヒを含むナチの想像を絶する非情な思考回路と比べると、より悲劇度が濃厚に。裏切り者の存在も影を落とします。
 
 ついに作戦実行の日、予想もしなかったアクシデントが彼らを襲います。ここから先は一挙にスピードが上がり、スパイもの、戦争もの、さらには捜査もののスリルとサスペンスが待ちうけているのですが、そこで作者が繰り出す驚きの超絶技により、本書は恐るべき唯一無比のものとなるのです。読了後、「なんか凄い本を読んでしまった……」としばしぼーっとしましたが、けして難しい本ではなく、映画のトリヴィアなどもたくさん出てきます。中でも、占領区での国対抗サッカー試合でドイツが負けた試合終了後に、民衆がピッチになだれ込んで選手達を逃がすという、実際の『勝利への脱出』エピソードが出てきたりして映画ファンにも楽しめますし、ハラルト・ギルバース『ゲルマニアで言及されたアルベルト・シュペーアも登場しますので、未読の方はぜひお手に取って下さいませ。
 
 


 作者の二人への愛は感じられるけど、なんか今回あまり腐ってないなあ…とご不満なあなた! それは映像の方で申し分なく補充されるのですよ!!! 本書の映画化『HHhH』は来年あたり公開が予定されていますが、それに先立ち、“エンスラポイド作戦”そのものを描いた『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』(原題 Anthropoid チェコ、イギリス、フランス合作/2016)が8月12日から公開です。
 

 前述のアラン・バージェス原作映画『暁の7人』(米/1975年)と比べてみると、新作の方が、暗さ、悲壮感、リアルさにおいてかなり細部へのこだわりが感じられました。それもそのはず、ロケの全てがプラハで行われ、クライマックスも本物の聖キュリロス・聖メトディオス正教会の前で撮影。さらにはチェコ出身の役者やスタッフが多く参加しています。
 

 主人公ガブチークとクビシュを演じるのは、キリアン・マーフィジェイミー・ドーナン。この映画の成功はまさにこの二人の起用といっても過言ではありません! 特にキリアンは悲劇が似合う!! 映画『白鯨との闘い』(原作が超面白い!)や連続ドラマピーキー・ブラインダーズ』など、運命に翻弄され、目の前に絶望しかない時の彼の美しさは他の追随を許しません(断言)。たまに見せる笑顔もまたいいんですよ(泣)。そして最近では『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』シリーズで富豪の変態クリスチャン・グレイを演じて大人気のジェイミーも、刹那的な日常を力の限り生き抜こうとする青年クビシュを好演。敵役のハイドリヒを演じているのは Detlef Bothe というドイツの俳優なのですが、この人、タイトルがそのものズバリの 『Lidice』(リディチェ村) という2011年の未公開チェコ映画でもハイドリヒ役でなんか気の毒(笑)。
 

 それにしても『暁の7人』のラストシーンの大サービス感はいったい……。あれ、さすがの私でも盛りすぎだと思ったんですけど!!! あー言いたい!!(でもネタをばらすので言えない)日本版DVDの復活を求む!
 

   

 

タイトル『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』
公開表記:8月12日(土)より新宿武蔵野館他全国順次公開
2016年/チェコ=イギリス=フランス
原題Anthropoid
5.1ch/ワイドスクリーン/120分
© 2016 Project Anth LLC All Rights Reserved. ※PG12
公式HPhttp://shoot-heydrich.com/
 
監督・脚本:ショーン・エリス
脚本:ショーン・エリス、アンソニー・フルーウィン
撮影:ショーン・エリス
編集:リチャード・メトラー
出演キリアン・マーフィ ジェイミー・ドーナン ハリー・ロイド  シャルロット・ルボン アンナ・ガイスレロヴァー トビー・ジョーンズ
配給:アンプラグド

    
akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛としみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 
新世紀ミュージカル映画進化論 (映画秘宝セレクション)

新世紀ミュージカル映画進化論 (映画秘宝セレクション)

本の雑誌410号2017年8月号

本の雑誌410号2017年8月号

 

  

冷血 (新潮文庫)

冷血 (新潮文庫)

暁の7人 [DVD]

暁の7人 [DVD]

死刑執行人もまた死す [DVD]

死刑執行人もまた死す [DVD]

勝利への脱出 [DVD]

勝利への脱出 [DVD]

ゲルマニア (集英社文庫)

ゲルマニア (集英社文庫)

オーディンの末裔 (集英社文庫)

オーディンの末裔 (集英社文庫)

白鯨との闘い (集英社文庫)

白鯨との闘い (集英社文庫)

 

ミステリに似た人〜C・ボズウェル『彼女たちはみな、若くして死んだ』(執筆者:ストラングル・成田)

 
 ミステリの歴史は、現実の犯罪と切っても切れない面がある。例えば、ポオ「マリー・ロジェの謎」は、現実の殺人事件をモデルに謎解きを適用した例だし、19世紀に特にイギリスで探偵小説の隆盛がみられたのも、犯罪事件に対する国民の熱狂が背景にあることは、 R・D・オールティック『ふたつの死闘―ヴィクトリア朝のセンセーション』ルーシー・ワースリー『イギリス風殺人事件の愉しみ方』などの本で説かれている。
 謎解きを主題にしたより人工的な黄金時代の作品にあっても、例えば、ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』『カナリヤ殺人事件』は現実の殺人事件を下敷きにしているし、アントニイ・バークリードロシー・セイヤーズの作品にも作者が現実の犯罪を探究した痕跡が残されている。
 ミステリ(それが謎解き興味を主軸にした探偵小説であっても)は、現実の犯罪と合わせ像の関係にある。ミステリは、現実の犯罪の複雑性や多義性、非合理性を取り払って整序された、犯罪と謎解きの一種の理想郷であり、逆に現実の犯罪側からみるとそれはフィクション化された現実の歪んだ像という関係になるだろう。そんな現実の犯罪と小説の似て非なる関係を考えてみるのに、ふさわしい犯罪ノンフィクションが刊行された。
 

彼女たちはみな、若くして死んだ (創元推理文庫)

彼女たちはみな、若くして死んだ (創元推理文庫)

 チャールズ・ボズウェル『彼女たちはみな、若くして死んだ』は、1949年に米国で発刊された犯罪実話集。19世紀末から1936年まで若い女性が犠牲になった英米の10の犯罪が扱われている。当時、ミステリと並んで盛んに読まれていたわりに、この時代の犯罪実話集が刊行されることは珍しい。著者は、7年間の私立探偵経験もある犯罪ジャーナリストで、本書は雑誌に掲載した犯罪実話から精選された著者最初の著作という。
 川出正樹氏の解説で詳しく触れられているとおり、本書は、米国のミステリ作家ヒラリー・ウォーに強烈なインパクトを与え、その影響の下で書かれた『失踪当時の服装は』(1952) によって、「警察捜査小説」というジャンルの確立に間接的に寄与しているとのことだ。
『失踪当時の服装は』は、現実に発生した女子大生失踪事件を基に、事実と客観描写を積み重ねるドキュメンタリータッチで警察当局が試行錯誤を繰り返し謎に迫る小説で、その掟破りの結末のインパクトとともに、ミステリのスタイルに革新をもたらした。
 (ちなみに、この女子大生の失踪事件(ポーラ・ジーン・ウェンデル事件)は、先ごろ紹介されたシャーリイ・ジャクスン『絞首人』(別題『処刑人』)の基にもなっている。)
 一読すると、『失踪当時の服装は』の手法が、本書のスタイルに大きな影響を受けていることは明らかだ。
 例えば、冒頭の一編「ボルジアの花嫁」は、19世紀末のニューヨーク、上流階級の若いレディ向けの教養学校で学生ヘレンが急逝する。直前に飲んだホットチョコレートが原因にも思われる不審な死であったが、駆けつけた母親が娘の腎臓に障害があった旨を警察に告げ、死体は解剖されずに埋葬される。殺害の線を捨てきれない警察は、女性刑事を掃除婦として潜入させゴシップを収集するなど、周辺事情の捜査を始めるうちに、ヘレンに極秘結婚した過去があることを突き止める…。さらに、意外な花婿の正体やその動機、隠ぺい工作が明らかになるところなどは、佳品の短編ミステリを読むような味わい。唾棄すべき犯人像ではあるのだが、その内面に触れられることはなく、結末では犯人が電気椅子で処刑されたことが読者に告げられる。約30頁でこれだけドラマティックな展開があるにもかかわらず、事実に即して淡々と語られるので、秘められた歴史の一端に触れたような重みがある。
 その叙述は、淡々と事実のみを積み重ねるというよりも、(おそらくは著者が想像した) 関係者の会話が続くなど小説的な技法を用いた部分も多いのだが、センセーショナリズムや著者の主観は極力排除され、事件関係者の内面には立ち入らないという姿勢は一貫している。ハードボイルド小説のように、そこに描かれた事実のみから読者の感情に訴えかけるものが立ち昇るのである。
 
 読み進むうちに、読者は、“まるで小説のような”“小説ではありえない”との思いを行き来することになる。
 ランベスの毒殺魔」は、切り裂きジャック事件のような(実際、犯人はジャックの正体に擬せられたこともある)警察を嘲弄する、19世紀ロンドンの連続娼婦殺し。「彼女が生きているかぎり」(1924英国)は、財産取得の詭計を扱って、肉付けすれば、カトリーヌ・アルレーの小説になりそうだ。
青髭との駆け落ち」(1924・英国)は、リゾートの高級バンガローでの金髪美女バラバラ殺人。同じバンガローには、別の黒髪の女がいた痕跡も残り、事件は混迷を極める。小説であれば、別の女性がいた理由は「不自然すぎる」と却下される類のものだが、現実の事件であれば犯人の性向を示すものとして薄ら寒く会心できるものである。
「サラ・ブリマー事件」(1910・米国) は豪邸での美人家庭教師殺し。本格ミステリ風の筋立てだが、小説であれば登場しないような犯人像と愚かすぎる偽装工作が逆に胸を衝く。
 
 いずれも、二次大戦以前の事件であり、今様のショッキング要素は少ないクラシカルな事件だが、犯罪事件を通じて人間の欲望と悪意、怒りと悲しみという普遍の真実には触れられる。
 犯罪ノンフィクションとしては、後年、MWA賞(最優秀犯罪実話賞)も受賞したトルーマン・カポーティ『冷血』(1966)のように、事件関係者に徹底的なインタビュー等を基に、加害者の死刑執行も含め犯罪の全容を冷徹に描き、作者自らノンフィクション・ノベルと称した革新的スタイルも登場するが、ボズウェルの作品はその過程に位置しているともいえる。 
 現実の犯罪がプロットの霊感源になり、犯罪を語るスタイルがミステリの手法に変革をもたらしたように、ミステリと犯罪の相補的な関係は、今後とも続いていくのだろう。
   

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)


 ミステリ読者。北海道在住。
 ツイッターアカウントは @stranglenarita
  

二つの死闘―ヴィクトリア朝のセンセーション (異貌の19世紀)

二つの死闘―ヴィクトリア朝のセンセーション (異貌の19世紀)

イギリス風殺人事件の愉しみ方

イギリス風殺人事件の愉しみ方

カナリヤ殺人事件 (創元推理文庫 103-2)

カナリヤ殺人事件 (創元推理文庫 103-2)

処刑人 (創元推理文庫)

処刑人 (創元推理文庫)

絞首人

絞首人

冷血 (新潮文庫)

冷血 (新潮文庫)

 

NY Timesベストセラー速報20170730(執筆者・満園真木)

アメリカのベストセラー・ランキング
7月30日付 The New York Times紙(ハードカバー・フィクション部門)


1. HOUSE OF SPIES    New!
Daniel Silva ダニエル・シルヴァ

House of Spies (Gabriel Allon)

House of Spies (Gabriel Allon)

美術修復師にしてイスラエル諜報機関の伝説のスパイ、ガブリエル・アロン・シリーズの第17作。テロ首謀者であるISISの黒幕サラディンを追うアロンは、ISISの資金源となっている麻薬密売への関与が疑われる南仏サントロペ在住の富豪夫妻への接近をはかる。


2. CAMINO ISLAND    Down
John Grisham ジョン・グリシャム

Camino Island

Camino Island

プリンストン大学の図書館で厳重に保管されていた古い原稿が盗まれた。若い女性作家のマーサーは謎めいた女性から依頼を受け、フロリダの島で人気書店を営みながら裏では稀覯本の闇取引で儲けているというブルースを、秘密裏に調査することになる。


3. MURDER GAMES    Down
James Patterson and Howard Roughan ジェイムズ・パタースン、ハワード・ローワン

Instinct (previously published as Murder Games) (English Edition)

Instinct (previously published as Murder Games) (English Edition)

犯罪心理学の権威であるラインハートは、ニューヨーク市警の要請を受け、連続殺人事件の捜査に協力する。現場にはトランプのカードが残されており、ラインハートはそれが犯人の署名的行動ではなく、つぎの犠牲者を示す手がかりになっていると推理する。


4. INTO THE WATER    Stay
Paula Hawkins ポーラ・ホーキンズ

Into the Water: The Sunday Times Bestseller

Into the Water: The Sunday Times Bestseller

イギリスの小さな町を流れる川の底から、ネルという名のシングルマザーの死体が発見される。そのあたりは地元では“溺死の淵”と呼ばれ、かつての魔女狩りで魔女とされた女たちが命を絶った場所として知られていた。ネルは魔女に強い興味を持ち、淵の歴史を書き綴った手稿を遺していた。


5. USE OF FORCE    Down
Brad Thor ブラッド・ソー

Use of Force: A Thriller (The Scot Harvath Series Book 17) (English Edition)

Use of Force: A Thriller (The Scot Harvath Series Book 17) (English Edition)

アメリカ海軍特殊部隊SEALS出身のエージェントが活躍するスコット・ハーヴァス・シリーズの第16作。地中海が激しい嵐に襲われてから数日後、大物テロリストの死体が岸に打ちあげられる。その男が大規模なテロ攻撃をおこなうために移動中だったと考えたCIAは、ハーヴァスに調査を依頼する。


6. THE IDENTICALS    Stay
Elin Hilderbrand エリン・ヒルダーブランド

The Identicals: A Novel (English Edition)

The Identicals: A Novel (English Edition)

恋も仕事も長つづきしない気まぐれなハーパー。完璧主義でやかまし屋のタビサ。両親の離婚後、長年のあいだナンタケット島とマーサズ・ヴィニヤード島に別れて暮らしてきた双子の姉妹は、行きづまった人生を立て直そうと、互いの家を交換することに決める。“サマー・ノベルの女王”と呼ばれる人気作家の最新作。


7. THE DUCHESS    Down
Danielle Steel ダニエル・スティー

The Duchess: A Novel

The Duchess: A Novel

19世紀イングランド。公爵の娘アンジェリクは父にかわいがられて育ったが、18歳のときにその父が亡くなると、異母兄に疎まれて放逐されてしまう。パリに渡ったアンジェリクは、父の遺産を元手に上流階級向けのクラブを開く。


8. A GENTLEMAN IN MOSCOW    Stay
Amor Towles エイモア・タウルズ

A Gentleman in Moscow

A Gentleman in Moscow

1922年、反体制的な詩を書いたとしてスターリン政権によりモスクワ中心部のメトロポール・ホテルに軟禁されることになったロストフ伯爵。彼がそこで過ごした30年間を描く。2011年に“THE RULES OF CIVILITY”でデビューした著者の長篇第2作。


9. SEVEN STONES TO STAND OR FALL    Up
Diana Gabaldon ダイアナ・ガバルドン

20世紀スコットランドの従軍看護師クレアが18世紀にタイムスリップしたことからはじまるロマンチック・アドベンチャーアウトランダー・シリーズの短編集。


10. TWO NIGHTS    New!
Kathy Reichs キャシー・ライクス

Two Nights

Two Nights

職務中の事故がもとでサウスカロライナ州チャールストンの警察を退職し、離島で隠遁生活を送っていたサンデー・ナイトは、養父の頼みを受け、カルト教団に誘拐されたとみられる富豪の孫娘の捜索に乗りだす。法人類学者テンペランス・ブレナン・シリーズの著者が放つ新シリーズの第1弾。


【まとめ】
1位と10位に新作が入りました。初登場1位に輝いたのは、毎年夏に刊行されるのが恒例となっているガブリエル・アロン・シリーズの新作。邦訳は第1〜4作が論創社から出たのちしばらく途絶えていましたが、第14作『亡者のゲーム』を皮切りにハーパーコリンズ・ジャパンより邦訳刊行が再開されており、第16作『ブラック・ウィドウ』がちょうど7月22日に発売されたばかりです。10位のキャシー・ライクスは、人気ドラマ『BONES――骨は語る――』の原案となった法人類学者テンペランス・ブレナン・シリーズで知られる作家。こちらのシリーズは第18作まで続いており、邦訳は第1〜3作および第8、9作が刊行されています。またベストテン外では、12位にロマンス作家スーザン・マレリーの“SECRETS OF THE TULIP SISTERS”が、14位にリンダ・カスティロのロマンチック・サスペンス“DOWN A DARK ROAD”がランクインしました。


満園真木(みつぞの まき)

東京在住の翻訳者。訳書はバリー・ライガ〈さよなら、シリアルキラー〉シリーズ(創元推理文庫)、リサ・ガードナー『棺の女』、ベリンダ・バウアー『視える女』(ともに小学館文庫)など。


亡者のゲーム (ハーパーBOOKS)

亡者のゲーム (ハーパーBOOKS)

ブラック・ウィドウ 上 (ハーパーBOOKS)

ブラック・ウィドウ 上 (ハーパーBOOKS)

ブラック・ウィドウ 下 (ハーパーBOOKS)

ブラック・ウィドウ 下 (ハーパーBOOKS)

Secrets of the Tulip Sisters

Secrets of the Tulip Sisters

Down a Dark Road: A Kate Burkholder Novel (English Edition)

Down a Dark Road: A Kate Burkholder Novel (English Edition)

さよなら、シリアルキラー (創元推理文庫)

さよなら、シリアルキラー (創元推理文庫)

棺の女 (小学館文庫)

棺の女 (小学館文庫)

視える女 (小学館文庫)

視える女 (小学館文庫)