【毎月更新】クラシック・ミステリ玉手箱

ミステリに似た人〜C・ボズウェル『彼女たちはみな、若くして死んだ』(執筆者:ストラングル・成田)

ミステリの歴史は、現実の犯罪と切っても切れない面がある。例えば、ポオの「マリー・ロジェの謎」は、現実の殺人事件をモデルに謎解きを適用した例だし、19世紀に特にイギリスで探偵小説の隆盛がみられたのも、犯罪事件に対する国民の熱狂が背景にあること…

発端は重要、されど〜 E・C・R・ロラック『殺しのディナーにご招待』他(執筆者:ストラングル・成田)

パーティなどで「ミステリをどこから書きはじめたらよいか分からない」とこぼす人がいるらしい。作家のH.R.F.キーティングは、こうした問いに、執筆を粥(ポリッジ)づくりに例え、アイデアというオート麦を、想像力という火で煮て、それと相反する理性とい…

「奇妙」に関するコンセプト・アルバム〜中村融編『夜の夢見の川』他(執筆者:ストラングル・成田)

夜の夢見の川 (12の奇妙な物語) (創元推理文庫)作者: シオドア・スタージョン,G・K・チェスタトン他,中村融出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2017/04/28メディア: 文庫この商品を含むブログ (10件) を見る 『夜の夢見の川』は、『街角の書店』に続く〈奇…

小説家の「罪」を描いたブラックコメディ〜M・イネス『ソニア・ウェイワードの帰還』(執筆者:ストラングル・成田)

ソニア・ウェイワードの帰還 (論創海外ミステリ)作者: マイケル・イネス,福森典子出版社/メーカー: 論創社発売日: 2017/04/07メディア: 単行本この商品を含むブログ (1件) を見る 久しぶりのマイケル・イネスだ。 40冊を超えるミステリを残した英国ミステリ…

「邪さ」入り乱れて〜H・カーマイケル『ラスキン・テラスの亡霊』他(執筆者:ストラングル・成田)

『ほかの誰でもなく、あの女自身の邪さが彼女を殺した……その悪こそが、彼女の命を奪い取ったのだ』邪さ……邪さ。そんな言葉を使う人間には会ったことがない。そこにはどこか、旧訳聖書のような響きがあった」 〜ハリー・カーマイケル『ラスキン・テラスの亡霊…

センセーショナルな旅〜レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』他(執筆者:ストラングル・成田)

センセーション・ノベルといえば、ウィルキー・コリンズ『白衣の女』(1860) あたりから英国で流行したメロドラマ的犯罪小説で、ミステリの母胎ともいわれる。ジャンルとしては、いっときの流行に終ったようにみえるが、その影響は形を変え、現代にも及んでい…

破局は「東風」に乗って〜デュ・モーリア『人形』他(執筆者:ストラングル・成田)

イギリスの童謡マザーグースに、「東風は人やけものに良くない」という唄があるそうだ。 北風、南風ときて「西風が最高」と結ばれる。日本と違ってイギリスでは、東風が荒々しい風、西風が穏やかな風ということらしい。 デュ・モーリア短編集『人形』の冒頭…

多重人格でいこう〜S・ジャクスン『鳥の巣』他(執筆者:ストラングル・成田)

(シャッフルビートに乗って二人登場) 博士:わしは、ふぐり蒸太郎博士じゃ。長年ミステリを研究しておる。 りりす:私は、普通の女子高生りりす。 博士:師走で猫の手も借りたいくらいだから、今回は近所の女子高生の手を借りて対話形式でお送りする。 りり…

スパイのいる謎解き空間〜C・ワトソン『浴室には誰もいない』他(執筆者:ストラングル・成田)

1960年代のミステリシーンを一言でくくると、スパイの時代といえるかもしれない。50年代から書き継がれてきた007シリーズは、映画『ドクター・ノオ』(1962)が大ヒット。これ以降、続々とスパイ映画がつくられていく。一方で、硬派のスパイ小説の代表格ジョン…

彼女が消え、彼も消える〜フリーマン『アンジェリーナ・フルードの謎』他(執筆者:ストラングル・成田)

ある日、忽然と人が消える――ミステリにとっては魅惑的な状況だ。かつて、人が消えるミステリを500編以上扱い、失踪のパターンを26に分類しているブックガイドまであった(三國隆三『消えるミステリ』青弓社) 。 我が道を行く論創海外ミステリの今回の3冊は、…

新・黄金の七人〜マクロイ 『ささやく真実』他(執筆者:ストラングル・成田)

黄金の七人 [HDニューマスター版] Blu-ray出版社/メーカー: TCエンタテインメント発売日: 2013/02/27メディア: Blu-ray クリック: 6回この商品を含むブログ (5件) を見る 60年代半ばに『黄金の七人』というイタリア映画があった。綿密な計画の下、名うての大…

「退屈派」の非凡な輝き〜J.J.コニントン『九つの解決』他(執筆者:ストラングル・成田)

九つの解決 (論創海外ミステリ)作者: J.J.コニントン,J.J. Connington,渕上痩平出版社/メーカー: 論創社発売日: 2016/07メディア: 単行本この商品を含むブログ (2件) を見る 今年の夏はリオ五輪に熱中した方も多いのではないだろうか。「熱中」の反対語は「…

巧緻で異形のノワール〜ウイルフォード『拾った女』他(執筆者:ストラングル・成田)

拾った女 (扶桑社文庫)作者: チャールズウィルフォード,浜野アキオ出版社/メーカー: 扶桑社発売日: 2016/07/02メディア: 文庫この商品を含むブログ (31件) を見る チャールズ・ウイルフォード『拾った女』(1954)は、底辺に生きる男女の絶望的な愛を描いた小…

保安局長はタンゴ熱の夢を見るか〜カミ『ルーフォック・オルメスの冒険』他(執筆者:ストラングル・成田)

(ある一軒家の窓辺に死体が転がっている) 保安局長 無惨です、オルメスさん。被害者のストラングル氏は、絞殺された上に、顔も裂かれ、眼をえぐりとられ、腰骨も折られています。 オルメス 殺害予告があったと聞きましたが。 保安局長 予告の手紙が来たので…

彼女の闘争の書〜フェラーズ『灯火が消える前に』他(執筆者:ストラングル・成田)

灯火が消える前に (論創海外ミステリ)作者: エリザベスフェラーズ,Elizabeth Ferrars,清水裕子出版社/メーカー: 論創社発売日: 2016/05メディア: 単行本この商品を含むブログ (4件) を見る この3月の「玉手箱」でも、エリザベス・フェラーズ『カクテルパーテ…

鳴く鳥がいない世界~H・マクロイ『二人のウィリング』他(執筆者:ストラングル・成田)

二人のウィリング (ちくま文庫)作者: ヘレンマクロイ,Helen McCloy,渕上痩平出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2016/04/06メディア: 文庫この商品を含むブログ (8件) を見る 昨年の『あなたは誰?』に続いて、ちくま文庫から順調にマクロイの新刊が出た。 ヘ…

フェラーズの新たな代表作、降臨〜『カクテルパーティー』他(執筆者:ストラングル・成田)

今回は、偶然、英国の小説4冊と評論が並んだ。時代も手法も異なるミステリながら、何らかの意味でサークル内とそれ以外との葛藤が扱われているのが興味深かった。 カクテルパーティ (論創海外ミステリ)作者: エリザベスフェラーズ,Elizabeth Ferrars,友田葉…

真冬のマジカル・ミステリー・ツアー〜P・ワイルド 『ミステリ・ウィークエンド』他(執筆者:ストラングル・成田)

ミステリ・ウィークエンド (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)作者: パーシヴァルワイルド,Percival Wilde,武藤崇恵出版社/メーカー: 原書房発売日: 2016/01/18メディア: 単行本この商品を含むブログ (8件) を見る Roll up。ようこそ、マジカル・ミステリー…

世界の終りの神聖喜劇〜S・ジャクスン『日時計』他(執筆者:ストラングル・成田)

年も明け、今年も、びっくりするようなミステリと出逢えますように。 文章の最後の方に、「2015年のクラシック・ミステリ」と題する回顧を書いていますので、御笑覧いただければ幸いです。 噂のレコード原盤の秘密 (論創海外ミステリ)作者: フランクグルーバ…

女が女を愛するとき〜P・ハイスミス『キャロル』他(執筆者:ストラングル・成田)

今年は独りでクリスマス? では、『キャロル』をどうぞ。 キャロル (河出文庫)作者: パトリシアハイスミス,Patricia Highsmith,柿沼瑛子出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2015/12/08メディア: 文庫この商品を含むブログ (32件) を見る クリスマス商戦の…

悪夢の中の聖杯探求〜ヴァージル・マーカム『悪夢はめぐる』他(執筆者:ストラングル・成田)

悪夢はめぐる (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)作者: ヴァージルマーカム,Virgil Markham,戸田早紀出版社/メーカー: 原書房発売日: 2015/10/26メディア: 単行本この商品を含むブログ (4件) を見る 帯に「黄金時代最大の怪作!」とあるのも、あながち版元の…

ひとたびの生を生きる〜マーガレット・ミラー『雪の墓標』他(執筆者:ストラングル・成田)

雪の墓標 (論創海外ミステリ 155)作者: マーガレット・ミラー,中川美帆子出版社/メーカー: 論創社発売日: 2015/10メディア: 単行本この商品を含むブログ (9件) を見る 前月の『まるで天使のような』の記憶が冷めやらぬうちに、今月もマーガレット・ミラーの…

60年代ミステリの至宝〜M・ミラー『まるで天使のような』他(執筆者:ストラングル・成田)

昨年、マーガレット・ミラー『悪意の糸』とヘレン・マクロイ『逃げる幻』という未訳作が同時期に出て、当欄で「最高魔女決定戦」などとハヤしたが、豊作だった今年の夏も、図らずも魔女対決が実現した。 まるで天使のような (創元推理文庫)作者: マーガレッ…

感想は四文字で〜H・カーマイケル『リモート・コントロール』他(執筆者:ストラングル・成田)

酷暑の夏、子どもたちの夏休みもそろそろ終わり。宿題の読書感想文が厄介だが、感想が四文字程度ですむのなら、本好きの子どもも増えるのでは。 リモート・コントロール (論創海外ミステリ)作者: ハリーカーマイケル,Harry Carmichael,藤盛千夏出版社/メーカ…

推理のグルーヴの果てに〜C・ブランド『薔薇の輪』他(執筆者:ストラングル・成田)

薔薇の輪 (創元推理文庫)作者: クリスチアナ・ブランド,猪俣美江子出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2015/06/28メディア: 文庫この商品を含むブログ (10件) を見る クリスチアナ・ブランドの本邦初訳作登場。心ときめくではないか。昨年紹介された『領主…

ミステリ界の狂える天才、降臨〜キーラー『ワシントン・スクエアの謎』他(執筆者:ストラングル・成田)

「ミステリジャンルにおける至高なる狂える天才」(ネヴィンズJr)といわれたハリー・スティーヴン・キーラーの長編で初お目見えだ。 長編70冊以上を物したこの作家は、その奔放で独創的、マッドで孤高の作風から、後年、史上最低の探偵小説家とか、ミステリ界…

ダルース夫妻物、最後のワン・ピース〜クェンティン『死への疾走』『犬はまだ吠えている』他(執筆者:ストラングル・成田)

今回は、論創海外ミステリから『死への疾走』、原書房ヴィンテージ・ミステリ・シリーズからは『犬はまだ吠えている』と、パトリック・クェンティン(ウェッブ&ウィラー)作品の刊行が相次いだ。いずれの本の帯にも、版元を越えて、相互の作品の同時期刊行…

せり上がる悪意の空間〜フィルポッツ『だれがコマドリを殺したのか?』他(執筆者:ストラングル・成田)

だれがコマドリを殺したのか? (創元推理文庫)作者: イーデン・フィルポッツ,武藤崇恵出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2015/03/12メディア: 文庫この商品を含むブログ (10件) を見る 名作といわれる作品の55年ぶりの新訳・再刊である。 『赤毛のレドメイ…

ギミア・ギミック〜C・デイリー・キング『いい加減な遺骸』他(執筆者:ストラングル・成田)

ギミック。gimmick。 観客全員に死亡保険をかけたり、恐怖シーンで客席に微電流を流したり、結末を二通りつくった映画監督ウィリアム・キャッスルが「ギミックの帝王」と呼ばれていた―― プロレスラーのキャラを立てるための、「元ナチスの将校」とか、「脱獄…

グレゴワールという男〜ディドロ『七人目の陪審員』他(執筆者:ストラングル・成田)

今回、「玉手箱」で取り上げるのは新刊の8作品で、コーナー担当者としては嬉しい悲鳴。ポアロやメグレも登場するし、通常の月なら一枚看板を張ることができそうな作品も多い。 そんな強者揃いの中で、真っ先に取り上げたいのは、フランスのミステリ、フラン…