第19回名古屋読書会レポート(執筆者・片桐翔造)

 
 さる3月、名古屋の地で女子ノワール『ガール・セヴン』読書会が行われたのでありました。ゲストとして翻訳者の高山さまと担当編集の永嶋さまをお迎えして、もろもろ盛り上げて頂きました。ありがとうございます。


ガール・セヴン (文春文庫)

ガール・セヴン (文春文庫)


 第19回を数える名古屋読書会。課題本は大抵「あーそういえばあのジャンルやってなかったね」というノリで決まります。このたびも、「そういやノワールやってないね」という鶴ならぬ誰かの一声があったことは告知にもあったとおり。しかし筆者は知っているのです、今回の課題本選定の際に「永嶋さん、名古屋に来るたび甘口スパで有名な喫茶マウンテンに行ってるみたいだけど、いちごスパの食べられる冬・春には呼んでなかったから、今回お呼びして甘口シリーズをコンプしてもらおう!」という深謀遠慮があったことを……。しかしだからといって0次会喫茶マウンテンツアーが大規模企画されたりなどはしなかったことを……! まったくおもてなし精神の欠片もない。


 さて喫茶店といえばコーヒーですが、コーヒーといえば、帝政期フランスの外交官、タレーランがコーヒーについて語ったというフレーズが思い出されます。曰く、

Noir comme le diable, (悪魔のように黒く)
chaud comme l'enfer, (地獄のように熱く)
pur comme un ange, (天使のごとく純粋で)
doux comme l'amour.(愛のように甘い)

ノワール・コム・ル・ディアブル――コーヒーもノワール『ガール・セヴン』ノワールというわけで、喫茶マウンテンと今回の課題本の意外な関係が伺えることですね。


 ともあれ『ガール・セヴン』のあらすじをば。
 ロンドンの会員制クラブで働く日系ハーフ、石田清美には暗い過去があった。外出していた間に両親と妹を惨殺された彼女は、以来犯人の影に怯え、幼いころ暮らしていた日本への望郷の念を抱えながら、夜の街へ逃げ込んだのだ。そんな彼女の前に現れたのが殺し屋マーク。彼が犯人探しを持ちかけてきたことから、清美の運命は少しずつズレ始めていく……。


 まずは、プロローグが印象的という意見。「オープニングシーン最高すぎません? イチャついてた近所の男の子が言葉責めしはじめて、『そういうのいい、冷めた』っつって家に帰るの」「アレで一気に雰囲気がつかめた」「そんで本編中に再会したら、コイツがまた未練タラタラなのな」「身につまされますね」「ふーん」と、ツカミは上々な作品といえましょう。


 肝心のストーリーについては、「主人公が状況に流され過ぎ」「マークにホイホイ流されるのは分かるけど、店に来たロシアン・マフィアの仕事引き受けるのは確かにやりすぎ」「でもロシア人が日本に帰る飛行機のチケットくれるんだよ?」「結局、最善の行動を取っているつもりでどんどんドツボにハマっていくのがノワールの醍醐味」と少々賛否が分かれました。そんな中で、「利用される側だった主人公が、トラブルに巻き込まれつつ自分の身体性を取り戻し自立するまでの話」という感想は、内容を上手くまとめたものといえるでしょう。
 00年代初頭のタルト・ノワール(女性を主人公とするノワール・ムーブメント、ケイティ・マンガー『女探偵の条件』スパークル・ヘイター『トレンチコートに赤い髪』など)を想起したという意見もあり、読み比べてみると面白いかもしれません。


 飛び出すだろうと予感のあった「ノワールってそもそも何なの」という疑問には、永嶋さんによる回答がありました。「ノワールというのは、人間の魂のどろどろした下半分を描いたものなんですよ」「まず都市を舞台にした西部劇がハードボイルドで、ハードボイルドから正義や理想が取り去られたものがノワール」という回答に、わかったような表情を浮かべる参加者あり、わからないような表情を浮かべる参加者あり。定義の話になるとだいたいいつもこうなるんだすな。個人的には西部劇でも「リバティ・パランスを射った男」がハードボイルドで、「荒野のガンマン」がノワールというところで納得しました。


 主人公が日系ハーフで、作中でところどころに日本の描写もありましたが、そこには当然容赦ない感想が振り下ろされます。「主人公が清美、日本在住時代の親友が聖子って、名前がダサい」「聖子の現住所が柏って、なんで柏なの……?」「清美がよく心のなかで唱えるフレーズって、アジアン要素出したかったのかしらね」。これらについてはややツッコミどころが多かったようです。


 忘れてはいけないのが小物――特に靴の描写です。「ピンヒールからゴツいブーツに履き替えるシーンがあることで、アクションに説得力がもたらされている」「ドクターマーチンで蹴られたらそりゃ骨の一本や二本持っていかれるよね」という意見には確かに頷けました。


 そんななかで最も話題が盛り上がったのは、清美の周りを彩る個性豊かな、ともすればアクの強い脇役たち。「クラブ店長のノエルがさ、浮気がちなダメ男なんだけどなぜか憎めない秀逸キャラ」「基本クズしかいないので清美のお得意さんの心理学者が清涼剤」「でもコイツ変態じゃん、女の子呼んでやってもらうことが本の朗読って」「まあマイ・フェア・レディみたいな女の子教育したい欲求だよね、分からなくもない」「マジか」「浮気店長とか変態心理学者とか頼れる殺し屋と見せかけてアッこいつアカン奴や、となるマーク君とか、男性陣が一癖ありすぎてわるい乙女ゲーみたいな小説」などなど。バーテンダー、デイジーの女傑ぶりが魅力的というのは衆目の一致したところであります。


 恒例の「次に読むオススメの一冊」は、ボストン・テラン『音もなく少女は』冲方丁マルドゥック・スクランブル、エメリー・シェップ『Ker 死神の刻印』といったダーク路線の女性主人公もの、また深町秋生アウトバーン』『バッドカンパニー』のような、タフな女性主人公ものが多くを占めた模様です。
 また女殺し屋もの「ニキータ」をはじめ、ロシアン・マフィアもの「イースタン・プロミス」、ノワールサスペンス「ヒストリー・オブ・バイオレンス」など、オススメ映画も多く挙がりました。


 さて次回の名古屋読書会(第20回)の課題本はそして誰もいなくなった。会場はいつもの会議室からガラリと変わり、タコとフグで有名な、三河湾にぷかぷか浮かぶ日間賀島であります。離島にミステリ好きが集まるというかつてない好シチュエーション、何かが起こるに違いないと否応なく期待が高まるのですが――(次回のレポートに続く)


片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)


ミステリやSFを読む。サンリオSF文庫総解説』本の雑誌社)、『ハヤカワ文庫SF総解説』早川書房)に執筆参加。《SFマガジン》DVDコーナーレビュー担当。名古屋SFシンポジウムスタッフ。名古屋市在住。
ツイッターアカウント: @gern(ゲルン@読む機械)

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ニキータ [Blu-ray]

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