初心者のためのディクスン・カー入門(執筆者・霞流一)
初心者のための「カー問答」
「ディクスン・カー(カーター・ディクスン)作品のガイドといえば、江戸川乱歩『カー問答』、松田道弘『新カー問答』が有名ですよね」
「ふむふむ、つまり、その偉大な先達者たちに倣ってみようというわけだな」
「さすが、叔父さん、話が早い。いかがです? 初心者のためのカー問答」
「異議なし、反対の賛成」
「バカ本問答じゃないんですから」
「しかし、バカ本もあるらしいな、カーには」
「ええ、それは否定できませんが、それは後のお楽しみと言うことで、へへへへへ……。先ずは、カー初体験としてお勧めの本を挙げたいと思います」
「おお、慎重にな。カー選びと車選びは失敗すると痛いから」
「解ってますって。こんなところです」
『火刑法廷』
『三つの棺』
『囁く影』
『ビロードの悪魔』
『緑のカプセルの謎』
『貴婦人として死す』
『読者よ欺かるるなかれ』
「ほほぉ、この七冊がウルトラセブンか。確かに、今、読んでも面白いしな」
「そこなんですよ。古典を紹介する際には、アップ・トゥ・デートが大切。時代を経るごとに価値の変わる作品もあると思うんです」
「『火刑法廷』は昔から評判がよいが」
「ええ、これぞ不朽の名作ですよね。カーの代表作でしょう」
「人間が壁に溶ける怪現象や、納骨堂の密室での人間消失など、実に舞台も道具立ても魅力的な謎だ」
「そして、解決の仕方がとても切れ味がいいんです。カーの作品で度々描かれる、やたらとややこしい段取りが無く、読み易くて解り易くて、実に効率的な絵解き」
「燃費のいいカーじゃな」
「思考環境に優しい」
「エコカー」
「(無視)ええっと、あと何よりも大切なのはホラーテイストが実に巧妙に活かされていること。それもダイナミックに」
「カーのオカルト趣味はちっとも怖くないと悪評もあるが、なるほど、そうやって油断すればするほど、このアクロバットに驚倒するとも言えるな」
「名評論集『夜明けの睡魔』(瀬戸川猛資)では、『……あまりにすごかったために、それがアクロバットであるとすら感じられなくなってしまった神がかり的な傑作……』と力説されているくらいですから」
「『三つの棺』もホラー要素が取り入れているが、どう評価する?」
「昨今の日本人はJホラーの洗礼をたっぷりと受けているから、かなり免疫が出来ているんですよ。でも、『三つの棺』は都市伝説的な因果話が動機に関わってきて、物語を充実させているんです」
「単なる装飾ではないということだな」
「ええ、ホラーの有効利用が現代の物差しではポイントになってくると思います」
「なるほど、単なる背景では『もったいない』の精神、やはり、エコカーじゃな」
「(無視)『三つの棺』は二種類の密室トリックが仕掛けられ、また、有名な密室講義の章も設けられ、本格の教科書みたいな存在と言っていいでしょう」
「なるほど、ミステリ入門にもなるわけか」
「はい、どんどん入門してもらいたいですね。現在の出版不況を鑑みると」
「暗い話をするな」
「暗闇が活かされているのが『囁く影』、暗鬱な舞台や怪奇伝説のパワーが或る一つのトリックに向かって、結集され、波動砲のように炸裂する」
「あらゆる要素がエコカーしている」
「(無視)現代の価値基準はそれだけじゃないですからね。やはり、本格としてどうなのか? 日本の読者は新本格ムーブメントでかなりのギミック通になっているから、その鍛えられた感性に訴える仕掛けが必要です」
「七作品ともそうなのか?」
「まさに。まだ言及していない四作品については、それが高評価の理由。『ビロードの悪魔』なんか実に大きなトリックで、新本格の先鞭をつけていると言ってもいいでしょう」
「本自体もわりと分厚いしな」
「そこじゃないですってば。ええっと、『緑のカプセルの謎』ですがプロットが実によく練られていて、いつの時代でも通じる生命力の強い本格だと思います」
「毒入りなのに」
「叔父さんの知能、誤解されますよ」
「読者よ欺かるるなかれ」
「はい、この作品のトリックも大胆にして切れ味がいい。そして、読者への挑戦が付されていて、新本格好きの心をくすぐってくれる。オカルト要素もテレフォース(思念放射)が使われ、ホラーというより現代マジックで、トリックと表裏一体の有効活用」
「エコカー!」
「叔父さんとして、いや、『貴婦人として死す』は足跡トリックのシンプルさが美しい」
「やはり、わしも美しく死にたいものじゃ」
「いつでも、どうぞ」
「おいおい、さっき言っていたバカボンのパパの話を聞いてからじゃないと、死んでも死にきれん」
「バカ本ですね」
「よっぽど、楽しいのじゃろうな」
「ええ、こういう作品があるからカーはやめられないんですよ、ぐひひひひ」
『魔女が笑う夜』
『震えない男』
『連続殺人事件』
「何だ、わしが大好きなものばかりじゃないか!」
「ええっ! 『魔女が笑う夜』は真相を知った瞬間、顎が爪先まで届くという、いわゆるバカミスの金字塔ですよ」
「何の何の、あれぞ、真本格じゃ」
「**館の殺人と名付けたくなる『震えない男』ですが」
「**だけで解ってしまう、タイトルでいきなり解明、出オチ本格として刊行してほしい」
「謎解きの意味ないですよ。それに『連続殺人事件』の殺害シーン、明かされてみれば、ドリフのコントみたいだし」
「おお、わしはあれとまったく同じ目にあって死にそうになったことがあるぞ、実にリアリティに裏打ちされた密室トリックじゃ」
「もしかして、この三作品が叔父さんのベスト3?」
「もちろん! 会う人ごとに、この三作を勧めまくっておるわい」
「ああ、カーの人気が……。叔父さん、ホント死んでください」
「それでは、この続きは、ウイリアム・ブリテンの短編『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』でお楽しみを」
霞 流一(かすみ りゅういち) |
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◇1959年岡山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。94年、第14回横溝正史賞佳作となった『おなじ墓のムジナ』でデビュー。著作に『おさかな棺』『スティームタイガーの死走』『ウサギの乱』『羊の秘』『夕陽はかえる』『ロング・ドッグ・バイ』『災転』など。東京都在住。 ●公式サイト→ 霞流一 探偵小説事務所 |
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