翻訳ミステリー長屋かわら版・第56号
田口俊樹
納涼、ミステリー祭です、パチパチパチ。
七月五日(土)午前六時、自宅最寄り駅の京王線「国領」から各駅停車の新宿行きに乗りました。
なんでそんなに早起きしたのかというと、夏競馬第一弾、北上次郎や土屋晃ほか競馬オヤジ大参戦、毎年恒例の福島競馬です。
で、乗ったドアのすぐそばの座席に坐ってすぐに気づきました。誰かが忘れていったんでしょう、ちょうど眼のまえの座席にスマホが置いてあったんです。すぐにまわりを見まわしました。早朝なんで客はまばら。その車両にはほんの数人、誰もスマホには見向きもしていません。
まず思ったのは、面倒だな、ということでした。なんか見て見ぬふりをするのも寝覚めが悪い。さりとて、「国領」の次の次の駅が「つつじヶ丘」というちょっと大きな駅なんですが、そこで駅員を探して、落としものとして届けたりしていると、一本電車に乗り遅れて、新幹線の時間がぎりぎりになってしまうかもしれない。
そんなことを思っているうちに電車は「つつじヶ丘」に着きました。普段はそこで急行に乗り換えるのだけれど、早朝ダイアでその各停のほうがさきに新宿に着きます。私はまだためらっていました、降りて駅員を見つけるべきや否や。
ところが、停車してドアが開くと、すぐそばのドアから高校生ぐらいの歳に見える女子がひとりだけ乗ってきて、まっすぐ私の眼のまえに座席に向かい、スマホを手に取り、そこに坐り、そのスマホをいきなり使いだしたのです。どう考えても、その女子のスマホのようです。
えっ?
どういうこと?
ゲームでもやってたんでしょうか、その女子はそのあとずっとそのスマホを使いづめで、井の頭線の乗換駅である「明大前」で降りていきました。
どういうことだったのか。そのあと、ずっと考え、競馬オヤジにも答を求めたのだけれど、誰にもわからない。
ついでに言っておくと、その女子、すごく地味〜な感じで、こういう言い方はなんですが、あんまり東京では見かけないようなタイプで、手ぶらでした。そう、手ぶらだったんです。スマホ以外。それってけっこう珍しくない?
機会あらば、みなさんの名推理、お聞かせ願えれば幸いです。
(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)
暑中お見舞い申し上げます。
暑い毎日がつづいていますが、
いかがお過ごしでしょう?
わたしは大量のゲラを前に
悪戦苦闘している毎日です。
仕事の合間に拾い読みしているのが
写真家の川内倫子『りんこ日記』
(FOIL)。写真とともに綴られた日記が
刺激的であり、また、妙に心を落ち
着かせてくれるのです。
もう終わっちゃったけど、
川内倫子とテリ・ワイフェンバックの写真展
Giftはとても良かった。空気の流れ、
光の粒子、静謐な時間を切り取った一枚一枚が
観る者の生命力を掻き立てるのです。
今の仕事が一段落したら
写真作家KiiroのLight展へ行く予定。
(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco)
ワイリー・キャッシュ『約束の道』は、ちょっぴりノスタルジックなダメ父・子連れロードノベル。時代はマーク・マグワイアとサミー・ソーサがホームラン記録を競っていた1998年。母親を亡くして施設に入れられた姉妹(12歳と7歳)のもとへ、3年前に彼らを捨てた父親がひょっこり現われる。けれども彼はすでに親権を放棄しているので、合法的にはふたりを連れ出せない。だから窓からこっそり誘い出し、ポンコツに乗せて逃避行を始める。あてもない旅だが、これまでの埋め合わせをしようと、彼はふたりをあちこちへ連れていって愉しませる。だがなぜ今ごろ迎えにきたのか? それにはわけのあることが、やがて姉にはわかってくる。自分たちは危険な逃避行につきあわされているのだと――。ダメ父の娘たちへの愛情、犯罪者からも警察からも逃げなければならない事情、それにマグワイアとソーサのホームラン競争。それが大詰めでひとつになり、しみじみとした読後感を残す。細かな伏線や小道具の使い方もいい。表紙も題名も地味だけれど、読み逃すのはもったいない。
(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:ウィンター『自堕落な凶器』 バリー『機械男』など。 最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM)
6月の東京公演は数回の落選で涙をのんだものの、ライヴ映像作品『PHASE』とライヴCD『TECHNO RECITAL』の2タイトル同時発売で必然的な幸宏祭りで仕事どころでないところへもってきて、当サイトの連載『読んで、腐って、萌えつきて』で♪akiraさんが熱っぽくスーツ萌えを語ったドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』にハマり中。毎晩一話見ていて、もうじきシーズン2の録画ストックが切れてしまうのがいまいちばんの心配。
そんなばたばたの毎日を寝床で心静かに締めくくってくれたのは、毎晩一篇二篇と大切に読んだトム・ラックマン『最後の紙面』。廃刊を目前にしたローマの小さな英字新聞社につどう人々のエピソードがどれもいい。味わいの異なる各短篇が少しずつ重なりあうにつれて、奥行きと広がりをもつ構成もなかなか。つづいての寝床の友として、おなじく短篇集、キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』を味読中です。
(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。最新訳書はヒル『NOS4A2―ノスフェラトゥ―』グリシャム『巨大訴訟』キング『11/22/63』アウル『聖なる洞窟の地』など。ツイッターアカウント@R_SRIS)
映画〈思い出のマーニー〉で、十一と書いて「といち」と読む老人が登場したとき、突如としてよみがえったのがあの名作〈雑居時代〉 の記憶。主人公ふたりがもうこの世にいないのが悲しい。それにしても、夏代のこの美しさには、いまも息が止まりそう。
ところで、角川版原作ではその老人の名前を禁じ手気味に訳したんだが(あの訳語に賛否両論あるのは知っています)、いま思うとまさしく五女(杉田かおる)の名前とぴったり符合していて、何やら運命じみたものを感じないでもない。猛烈に観たくなってきた〈雑居時代〉のDVD、いまからでも入手しようか……
今年も読書探偵作文コンクールを開催中です。締め切りは9月末。学校や作文教室など、団体用の応募用紙も用意しました。小学生のみなさんのご応募をお待ちしています。
(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『解錠師』『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり。ツイッターアカウント@t_echizen。公式ブログ「翻訳百景」 )
訳者の役得で、この秋に公開される『誰よりも狙われた男』の試写を見てきました。傑作。『裏切りのサーカス』のような華(カンバーパッチ?)はないけれど、ドイツの諜報部員バッハマンを演じるフィリップ・シーモア・ホフマンの存在感といったら。一見ただのオッサンなのに、どうしてあれほど絵になるのか。愛おしくすらある。無精ひげのホフマン、青ざめた顔のホフマン、ピアノをぽつぽつと弾くホフマン……映画のあいだじゅう煙草吸いまくり酒飲みまくりだけど。もういないことがわかっているからと言えばそれまでですが、ラストのあの姿は悲しすぎる。
(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)
毎日暑くてとけそうです。エルニーニョ現象はどこに行ってしまったのでしょう? 暑さのせいにしちゃいけないけど、このところ読書スピードが落ちているような。ひやっとぞくっとする本を読めばいいのかも。
と思って読んだわけじゃないけど、S・J・ボルトン『緋の収穫祭』はぞぞぞーっとしました。閉鎖的な田舎町(村)ってやっぱり怖い! 地すべりで壊れた子供の墓から別の子供の遺体が出てきたりとか、廃墟の鐘楼とか、限られた人たちに聞こえる声とかももちろん怖いけど、いちばんぞぞっとしたのは収穫祭におこなわれる野蛮な儀式。小さな子供を三人も連れてこの町に移り住んだ一家はチャレンジャーだなあ。謎解きも読み応えがありました。
一方、くすくす笑いながらさくさく読めて楽しかったのは、M・C・ビートンの『アガサ・レーズンと貴族館の死』。コッツウォルズ地方で隠居生活を楽しむアガサの身に、シリーズ四作目にして驚くべき展開が。次巻が気になる〜!
(かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。趣味は読書とお菓子作りと宝塚観劇)
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