アンソロジー『厭な物語』ができるまで(執筆者・文藝春秋 @Schunag)
- 作者: アガサクリスティー,モーリスルヴェル,ジョー・R.ランズデール,シャーリイジャクスン,パトリシアハイスミス,Agatha Christie,Shirley Jackson,Patricia Highsmith,Joe R. Lansdale,Maurice Level,中村妙子,深町眞理子,小倉多加志,田中早苗,高山真由美
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2013/02/08
- メディア: 文庫
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「後味の悪い小説」ばかりを11編収録したアンソロジー、『厭な物語』(文春文庫)が好評をいただいています。バッドエンドな小説っていいよね、という個人的な嗜好に端を発した企画だっただけに、これは非常にうれしいことです。
着想のキッカケは、数年前から世の中を席巻しはじめた「イヤミス」流行りでした。この言葉は単にコアなミステリ読者のなかだけで流通しているのではなく、どうやら、もっと広い範囲の読者の心をひきつけるものであるらしい。そういう読後感を求めているひとは、自分が想像していたよりも、ずっとたくさんいる。――そう思ったのでした。ならば「後味が悪い」というのを鉤にして、普段は翻訳小説とは縁遠い読書生活を送っているかたがたに、翻訳小説の面白さを伝えることができるんではないか。ということでした。
作品選定にあたってまず考えたのは、
・薄い本にする。
・作品の質を最重要視する。
・ターゲットは翻訳作品を読んだことのないひと。
の3項目。ぼく自身はミステリおたくであるので、油断すると質よりもレア度を重視してしまいかねません。でも、それでは「すでに翻訳小説の楽しみを知っている自分のような読者」のための、内向きのものになってしまいます。――と考えたときに、最初の収録作品が決まりました。シャーリイ・ジャクスンの「くじ」です。海外小説好きの人間にとっては「一般教養」であるだろう超有名作品。しかし、それは「くじ」が恐るべき傑作であることの証拠であり、そして何より、どんな名作にも、「今日はじめて読む」という読者が存在するのです。この本がなければ「くじ」に出会わなかった、というひとが。
ぼくが「くじ」をはじめて読んだのは小学校5年生のときでした。ファーストコンタクトの衝撃という点で、これを超える作品はないように思います。学研から出ていた少年少女向けのホラー・アンソロジー『世界の恐怖怪談』(荒俣宏・武内孝夫)に、「くじ」は収録されていました。ラヴクラフトもM・R・ジェイムズも「猿の手」もこれでファーストコンタクトを果たしましたし、キリコやデルヴォーという偏愛画家の名を知ったのも、この本によってでした。このアンソロジーは、ぼくの人生のコースに決定的な影響をもたらしたトラウマ本なのです。つまり、『世界の恐怖怪談』は『厭な物語』のモデルなのですね。ちなみにモーリス・ルヴェルの作品もひとつ、『世界の恐怖怪談』には入っていました。
これで、扇でいう「要」はできた、と思いました。次に収録を決めたのは、これも有名な「うしろをみるな」。「くじ」と同じくらい入手が容易な有名短編ですが、これまで、この作品が文字通り「最後」に入っている作品集をみたことがありませんでした。「うしろをみるな」のあとに何もない作品集を読みたい、と、かねがね思っていたのです。これで閉幕も決まり。あとは、できるだけタイプの違う厭な物語を選ればOK。
なお、「スーパーナチュラル要素のある作品は除く」という基準も設けました。間口を広くとろうと思ったためです。ぼくの娘はいま中学2年生で、「怖い話」は好きだけれど「幽霊や怪物が出ると引く」とつねづね言っています。わが子のふがいなさに「何を言うか小僧、『シャイニング』と『ラヴクラフト全集』でツラ洗って出直してこい!」と叱責したくなるものの、でも、一般読者の身近なサンプルである彼女の意見は重視すべきだろうと、あくまで「現実的な厭さ」、あるいは「狂気とも解釈可能な不条理」という枠をもうけたわけです。
かくして残り9編を選出。候補が複数あったのはアガサ・クリスティー(候補は「壁の中」)、モーリス・ルヴェル(「青蠅」)。とくに後者は最後まで迷い、以前に顔を出した大学のミス研での読書会で女性参加者の人気が高かった「フェリシテ」に決めました。なお、ランズデール「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」(「ミッドナイト・ホラー・ショウ」の題名でSFマガジンに掲載されたことあり)は単行本未収録、リチャード・クリスチャン・マシスン「赤」は本邦初訳で、これはどちらも昔からのお気に入りでした。
フラナリー・オコナーの「善人はそういない」は、アメリカ文学に関心のあるかたには超有名な作品かと思いますが、ミステリ読者にはそれほど知られていないかもしれません。しかしこれは、ヘミングウェイの「殺し屋」がそうであるように、アメリカン・ミステリの根源にある何かを持つ作品であり、是非ともミステリ読みのかたに体験してほしかったのです。なお、この「善人はそういない」とランズデール「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」にどこか似たものをお感じのかたもいるかもしれません。オコナーは南部を代表する作家であり、ランズデールも南部作家です。そこでランズデールさんにフェイスブック経由で訊いてみることにしました――あなたの「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」はオコナーの名作「善人はそういない」へのトリビュートなのではないですか? あなたはオコナーらの伝統を継ぐ作家なのではないでしょうか? と。ランズデールさんは、素早く丁寧な返信をくださいました。
ランズデール氏:「フラナリー・オコナーは最愛の短編作家です。オコナーやカーソン・マッカラーズ、フォークナー、トウェインといった多くの南部作家たちから、わたしは影響を受けています。あの作品を「善人はそういない」へのトリビュートとして書いたつもりはありませんが、あの作品が大好きなのは確かですし、「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」が同じ伝統に属する作品であると感じてもいます。オコナーが属する進化樹に、自分はいるのだろうとも思っています。自分はオコナーの作品を愛しているだけで、そこから何かを継承したとは思ったことはありませんし、あの作品に最大の影響を及ぼしたのは、わたしが生まれ育った場所にいる人々や、現実のできごとだったのです。フラナリーと同じく、わたしは南部人ですが、違いは、彼女は敬虔なカトリックであり、わたしは non-believer であることです。
南部作家のほかにも、わたしは30-60年代のパルプ小説やペーパーバック小説の巨匠たちにも大きな影響を受けています。それにもちろん、スタインベック、ヘミングウェイ、F・スコット・フィッツジェラルドといった文豪たちにも。
ランズデールとオコナーを前半と後半に。集合住宅の孤独たるハイスミスとルヴェル。辺境の異界たるジャクスンとソローキンを並べ、カフカの悪夢から折り返し点たるクリスチャン・マシスンを経てローレンス・ブロックへ。クリスティーで離陸、フレドリック・ブラウンで彼方へ飛翔――。そんなふうに流れるなかで、さまざまな「厭」を味わっていただければと思います。そして、気に入った作品の書き手を追いかけていっていただければ、それ以上の光栄はありません。
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