第十五回『虎の眼』の巻(執筆者・東京創元社S)

 

第15回『虎の眼』の巻

 
 みなさんこんにちは。最近、竜巻が発生して各地に大きな被害をもたらしたようで、驚きました。冒険小説を読んでいるとけっこう自然と闘う描写が多い気がするのですが、やっぱりものすごい脅威だからなんだなぁとしみじみ思います。被害にあわれた地域の生活が、一刻も早く元に戻るよう祈る気持ちでいっぱいです。
 
 しかし、恐ろしいものはフィクションの題材になりやすいのも確かですね。今回の作品には、自然の恐ろしさを深く感じました。ふっふっふ、ウィルバー・スミス『虎の眼』は、正統派海洋モノです! 舞台は海! 深海も潜っちゃうよ! でも海なんて中学生以来泳いでいない私なんぞにこの作品を語る資格があるのか謎ですが、ずーっとワクワクしながら読める、大変楽しい物語でした。

虎の眼 (文春文庫)

虎の眼 (文春文庫)

 
あらすじは……。
 

 モザンビーク沖の小さな島国セント・メアリー。かつてはヤバい渡世をしていたハリーも、いまはおとなしく優雅な愛艇を操ってチャーター船業にいそしんでいる。ある日、怪しげな雰囲気の二人組が現れ、危険な岩礁の島へ案内させて海中から何かを引き揚げる。この謎の品物は何なのか? 息をつくひまもない危機と冒険の連続。(本のあらすじより)

 
 この作品で一番印象に残っているのは、アクションシーンがすごくいい! ということです。あらすじの怪しい二人組は、まぁ典型的な悪役なわけです。初登場のシーンからして、「こいつら何かしそう」という雰囲気でいっぱい。で、いつ本性を現すのかなー、わくわく。としていたところ、期待通りやってくれました!! 主人公ハリーさんの船、「ダンサー」を舞台にしての大立ち回り!! 銃撃されてもなんとか生き延びようとするハリーさんがかっこいいです。
 
 実はハリーさんは単なるチャーター船の船長というだけでなく、過去には軍隊の特殊部隊にいて、荒事には慣れたひとでした。しかし、任務中に訪れたジャングルの奥地のある村での出来事がきっかけで、血と暴力の世界から足を洗おうと決意します。そしてちょっと(?)悪いことをしてお金を作り、女房役である愛艇を買い、アフリカに近いセント・メアリー島で穏やかな暮らしを送っているのです。このような、殺し屋や軍人などのプロフェッショナルではない、かといって自分の身を守ることもできない素人でもない主人公像というのは珍しい気がします。悪くいえば中途半端な立ち位置ですが、完全な悪の世界から足を洗おうとするハリーさんは基本的にいいひとで、感情移入しやすかったです。そういう人物だからこそ、この小説の主題である「宝探し」にもぴったりなのかもしれませんね。ロマンがわかる男です。うむ。
 
 しかし、気になるのはハリーさんのもてっぷり。事件を通して知り合った美人でミステリアスなお姉さまはもとより、島の可愛い女の子とか、はては仲間の男にまで(!?)もてています。むくつけき男子に「俺、弟よりお前が好きだよ」なーんてこといわれちゃってるわけですよ。こう、マッチョ信仰というか、男くさーい感じって正直引くわー、と思わないでもないですが、ちょっとだけうらやましかったり。「もう、けっきょく男って男同士でいるのが一番楽しいのよね〜、でしょ?」みたいな。非常に冒険小説を読んでる感を味わいました。
 
 話が盛大にそれましたな。えーとなんだっけ、アクションシーンがすごいという話でした。そう、もう畳み掛けるようにど迫力の場面が続くわけです。最初のアヤシイ二人組だけではなく、悪徳警官やイギリス海軍まで入り乱れます。ほんと、ハリーさんもてもてだわ……。 おまけに敵は人間だけではないのです! 人間以上に危険な、サイクロンやサメが待ち受ける!!
 
 個人的にすごーく怖いなと思ったのがサンゴのシーンです。サンゴって、毒があるやつもあるんですよ! 知ってました!? 私は知らなかったのでめちゃめちゃ驚きました。ファイアー・コーラルという種類なんですが、触ると身体中がかぶれたり、発熱して大変なようです。このシーンがものすごく怖かった?! だってサイクロンとかサメはいかにも危険じゃないですか。だから作中のサメと戦ったりするシーンは、迫力はあるしとても面白いんですが、どっちが怖いかっていわれるとサンゴでした。サンゴって綺麗だし、動かないし安全そうなのに……。本当に怖いものは身近なところに潜んでいる、というか怪しくないふりをしている、というのを感じました。非常に勉強になります。
 
 おまけにこのシーン、実はラストの重要な伏線になっておりまして……(ニヤリ)。そう、最後まで読んでびっくりしたんですが、実は隠された意外な真相があったんです。訳者あとがきによると、原書の発売当初、英紙デイリー・ミラーで「あっといわせる作品……最後のページの意外な展開に読者は思わず息をのむだろう」という書評も出たそうな。まさにその通りです。さまざまな箇所に伏線が張られており、技巧的でありながらせつなさもある、いいラストシーンです。ハリーさんが行った「賭け」が、せ、せつない……。
 
 また、このお話は最初に海に沈んでいた「何か」が非常に重要です。(いまさらテーマに触れる)「何か」というのはかなり意外なものです。そして、それをめぐってハリーさんに関わってくる人物たちは何が目的なのか、情報が少しずつ開示されていきます。ハリーさんが海に沈んでいるものの正体を調べにイギリスまで行く部分は、捜査小説としても面白かったです。男っぽい、アクション満載の小説なのかと思いきや、そのような面や意外な結末もあり、盛りだくさんです。
 
 まとめると、魅力的な舞台、主人公、謎と三拍子揃ったいい物語でした。でも、夏休みに海へ行くときにはサンゴに気をつけて……。サイクロンやサメにも気をつけて……。
 

北上次郎のひとこと】

ウィルバー・スミスはブレイク前の作品からわが国に紹介されたので、その真価が日本の読者に伝わるまで時間がかかった。そのブレイク前の作品とは、『ゴールド』『密猟者』『ダイヤモンドハンター』など1970年前後の作品で、この『虎の眼』が面白かったからといって、古本屋でそれらの本をみつけて急いで読んでも、あれれっとなってしまうかもしれない。この『虎の眼』は1975年の作品で、これ以降の作品はだいたい面白い。『闇の豹』『熱砂の三人』などだ。こちらは安心して読まれたい。
 
ネプチューンの剣 (ヴィレッジブックス)

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熱砂の三人 (文春文庫)

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闇の豹〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

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闇の豹〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

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リバー・ゴッド〈上〉 (講談社文庫)

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リバー・ゴッド〈下〉 (講談社文庫)

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