【特別寄稿】萌え読みは楽しい――ホームズが教えてくれた禁断の悦び(執筆者・駒月雅子)
萌え読みは楽しい――名探偵ホームズが教えてくれた禁断の悦び
ロバート・ダウニー・Jrとジュード・ロウが大活躍の「シャーロック・ホームズ シャドウゲーム」(ガイ・リッチー監督)全国一斉ロードショーが、いよいよ始まりました。
嬉しくてどきどきしているお姉さんと、今日はちょっぴりいけないことをしましょうね。
わたしにとってジュヴナイルで親しんだホームズは、とっても頭が良くて立派な外国のおじさんという印象でした。大人向けの邦訳を読むようになると、思っていた以上に活動的なことに驚き、決断力あふれる颯爽とした姿にますますしびれました。さらに二十代のある日、イギリスの俳優ジェレミー・ブレット演じる美しくてハイテンションなホームズを目にした瞬間、胸の奥から未知のざわめきが聞こえ、何かのスイッチが入りました。たしかに入りました。あのグラナダTV版「シャーロック・ホームズの冒険」を知ってからというもの、わたしはもう……ああ……ホームズとワトスンの熱い友情で結ばれた関係がただただまぶしく、そういう理想的な伴侶と暮らしながら数々の冒険へ繰り出し、奇怪な謎に挑み、ときには悪者をこてんぱんにやっつけるなんて、これ以上充実した生き方があるかしら、と深い感動をおぼえたのでした(強引に軌道修正)。第14話〈空き家の怪事件〉をお見逃しの方は、いまからでも遅くはありません。“死んだと思っていたホームズが目の前にひょっこり現われたものだからワトスンたまらず失神、やがてうう〜んと気がついたワトスンのおでこや頬をホームズがいとおしげになでなでする姿”にたっぷり酔いしれてください。若き日のジュード・ロウが重要な役柄を演じる第31話〈ショスコム荘〉も、けっこうぐっときます。
残念ながら、なでなでシーンは原作にはないのですが、それに勝るとも劣らない耽美な萌え読みポイントをふたつほどご用意しました。心の準備はいい?
ひとつめは『シャーロック・ホームズの冒険』におさめられた「花婿の正体」からです。
人生というのは想像もおよばないほど不思議なもので、とてつもなく奇妙な人生が当たり前の顔をしてそこらじゅうに転がっているんだよ、というような前置きのあと、ホームズはベイカー街の居間で暖炉にあたりながらワトスンにこう言います。
「もしも僕たちが手に手を取って窓から飛びだし、この大都会を空高く舞い、家々の屋根をそっとはずしてみたならば――」
(原文:If we could fly out of that window hand in hand, hover over this great city, gently remove the roofs, ――)
ポエム! メルヘン! ろまんちっく! マルク・シャガールの「ロミオとジュリエット」や「町の上の恋人たち」の絵が脳裏にちらついて、ますます血がたぎります。お、おい、いきなりなに言いだすんだよホームズ、びっくりするじゃないか、とワトスンになりきってにやけましょう。
ふたつめは『緋色の研究』からです。ご存じのとおり、この作品では二人が出会って同居することになるいきさつが語られていますが、ワトスンったら人間の研究だとかなんとか言ってホームズに最初から興味津々、ときには異性を見るような目つきで――
私の熱のこもった賛辞が嬉しかったのだろう、ホームズは頬を紅潮させた。すでに気づいていたことなのだが、探偵としての才能を賞賛されたときの彼は、美しいと褒められた乙女のように繊細な表情を見せるのだ。
(原文:My companion flushed up with pleasure at my words, and the earnest way in which I uttered them. I had already observed that he was as sensitive to flattery on the score of his art as any girl could be of her beauty.)
英文の後ろのほうにご注目! ガールよ、ガール! 一緒に暮らし始めた頃の二人はまだ青年でしたものね。ワトスンもなかなかやりおる。このパターンはベネディクト・カンバーバッチ主演のBBCドラマ「シャーロック」(みだらな気持ちで見るべし。レストレイド警部とホームズの組み合わせも可。そのためのルパート・グレイヴスじゃないの←主観です)のシリーズ1第1話にもさりげなく盛り込まれていましたね。原作に慣れ親しんでおくと、映画やドラマのちょっとしたシーンにも全身とろけてしまえます。
スイッチが入っている者にとって、ホームズ物語はまさに悦楽の宝庫。一緒に来てくれなきゃいやと(言わんばかりに)ホームズが軽くすねて見せたり、暗闇で手を取り合ったり、ワトスンがホームズの細くて長い指に見とれたりと、掘るたびにざくざく出てきます。だからついまた読んでしまうんです。パスティーシュもいろいろあさったし、映画やドラマやコミックも追いかけているけれど、やっぱりシャーロッキアンが正典と呼ぶ原作を手に取らずにはいられないんです。こんなに気持ちいいこと、やめられっこありません。皆さんもこの機会にいかがでしょう。各社から原作に忠実な翻訳が出ていますので、お風呂でのリラックスタイムに、ハイキングのおともに、せつなくて眠れない夜に、めくるめく新鮮な味わいを心ゆくまでどうぞ!
駒月雅子(こまつき まさこ) |
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慶応義塾大学文学部卒。訳書にマクロイ『幽霊の2/3』、ドラモンド『あなたに不利な証拠として』、リッチー『カーデュラ探偵社』など。角川文庫のホームズ新訳、まだまだ続きます。次は『四つの署名』ですので乞うご期待! ツイッターは @koyuipurple 。 |
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