第29回 米英中年バディvs“犯罪界のナポレオン”――『モリアーティ』(執筆者・♪akira)

 
 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 新年第1回はアンソニーホロヴィッツ『モリアーティ』(訳:駒月雅子角川書店)をご紹介します。コナン・ドイル財団初の公式認定作品『絹の家』をとりあげたのがちょうど2年前。作者のホロヴィッツは、今ではTVドラマ『刑事フォイル』のクリエーターとしてご存じの方も多いかも。
 

モリアーティ

モリアーティ

 今回の語り手はアメリカ人のフレデリックチェイススティーヴ・ホッケンスミス『荒野のホームズ』シリーズでおなじみ、ピンカートン探偵社の調査員です。アメリカからイギリスに渡った凶悪犯を探るため、部下をロンドンの犯罪組織に潜入させていた彼は、その部下(イケメン)の死を知らされます。関わっていたと思われるモリアーティを追って、はるばるニューヨークからやってきた先は、なんとスイスのライヘンバッハ。ホームズ・ファンならもちろんご存じ、ホームズと宿敵モリアーティ教授がついに直接対決をした、あの有名な滝がある場所ですね。物語は、死闘の末に両者とも滝壺に消えた「最後の事件」の5日後から幕を開けます。
 
 というわけで、この物語にはシャーロック・ホームズは登場しません。では皆さま、「空き家の冒険」でまたお会いしましょう! ……じゃなくって、ここには重度のシャーロック萌えな人が出てくるんですよ!!
 
 水底から引きあげられた遺体をモリアーティ教授だと断定したのは、スコットランド・ヤードアセルニー・ジョーンズ警部でした。えーっとどこかで聞いた名前だなあと思い出したあなたはさすがのシャーロッキアン! 『四つの署名』でホームズに苦笑されながら(←わりと控えめな表現)、一緒に奇怪な事件を解決したあの人です。切れ者というよりは「よしわかった!」とか言いそうなベタなキャラだったジョーンズ警部が、本作においてはがらっとイメージチェンジ。初対面の相手の生活習慣、素性、過去までをぴたりと当てる、いわばホームズ・メソッドの卓越した推理を自信ありげに披露するような、暗号解読にも長けた敏腕警部になっているんですが、ジョーンズの探偵術の向上は、全身全霊でホームズを研究し尽くしたため。
 
“彼は知り合って間もない私に、かの名探偵に心酔していることを隠さないどころか、狂信的なまでの崇拝者だと思われても無理ないことをしばしば口にしていた”とチェイスの語りにあるように、おおっぴらにホームズ愛を主張するジョーンズ警部。なんと自宅にホームズ部屋を作ってたりして、萌えを通り越してマニアですよマニア! かと思うと、『四つの署名』で見下された恨みも忘れられないという複雑なオトコ心も。そのせいか、ワトスン博士のことを聞かれると「覚えていません」ってダイレクトすぎませんか! 
 
 そんなジョーンズに刑事としての天賦の才を感じたチェイスは、スコットランド・ヤードの助けも借りつつ、一緒に捜査を始めることにします。米英中年バディコンビの誕生です!
 
 調べが進むにつれ、ロンドンの裏社会には、予想以上にアメリカ犯罪組織の手が広がっていたことがわかります。本書の帯に「衝撃的クライム・ストーリー」とあるように、かなり血なまぐさい事件が多発しますが、それらを起こしたのはモリアーティ一味の残党なのか、それとも別の犯罪者なのか。“犯罪界のナポレオン”モリアーティは、正典ではなかなか表舞台に出てこず、あくまでも裏で糸を引いている黒幕としてイギリス全土を震撼させていましたが、この物語ではその残虐な本性が明らかに……と、これ以上は口をつぐんでおきましょう。
 
 本書にはジョーンズ警部だけではなく、他にもファンにはおなじみのキャラクターが登場します。その一人、レストレードによるホームズへの追悼の言葉も読み逃せませんよ!
  
 なお巻末にはワトスン博士による「三つのヴィクトリア女王像」という短編も収録されています。本編でドキドキしすぎてグッタリした後に、すっと差し出された一杯のお茶のような小品です。もちろんホームズも出てきますのでお楽しみに!
  

 

 さて、ホームズ・ファンの紳士淑女が今一番待ちわびているのは、やはりSHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』ですよね!
 英国BBCのホリデースペシャルとして作られた特別編は、なんと時代をヴィクトリア朝に移した本格ミステリ! すでに輸入ソフトでご覧になっている方も多いかと思いますが、公開までは何も知りたくない!というファンの方々のために、最小限の内容をご紹介いたします。
 

 
 時は1895年。名探偵シャーロックと相棒ジョンは、ある不可能犯罪の事件を引き受けることになりました。ここから先は劇場で! 
 

 

 ……えーと、これじゃいくらなんでも手抜きみたいなので、もう少しだけ明らかにしますね。舞台を現代に設定し、キャラクターや正典の物語を大胆に脚色、世界中にファンを獲得した恐るべきドラマSHERLOCK/シャーロック』ヴィクトリア時代に戻っても、シャーロックとジョンの性格と間柄はそのまんま! 今回の特別編は、死んだはずの女性が繰り返し起こす恐ろしい事件の真相を、鹿撃ち帽にインバネスツイードのスーツに身を包んだわれらが2人組が、スマホの力を借りることなく、おそるべき事件の真相を暴きます!

 今回は本編以外に劇場特典映像として、『脚本家スティーヴン・モファットと巡るベーカー街221Bの旅』『シャーロック製作の裏側〜主要キャスト・スタッフとともに』が付いてきます!
 新しいファンの方にも、本サイトの聖地巡礼ガイド(前篇後篇でロケ地を訪れた皆様にも満足な内容となっていますので、ご期待ください!
 

 すでに傑作との評判も高いこの作品、ドラマ全シーズンを観てから鑑賞すべきとのご意見もありますが、制作側ではこれからシャーロックのファンになってほしいとの願いもこめて作った作品ですし、せっかくの劇場上映、未見の家族やお友だちを誘って、ファンを増やすには絶好のチャンス! なのに全作鑑賞必須ではハードルが高すぎますので、個人的な意見としては、シーズン1の第1話だけ前もって観てもらうのがいいかと。ある程度のキャラ設定も把握できますし、現代と19世紀のルックスの違いも楽しめると思いますよ! そうそう、ファンの方々も、くれぐれも画像検索はなさらないように強くオススメします
 その理由は劇場で!!
 

   

SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』
 原題:Sherlock:The Abominable Bride
エグゼクティブ・プロデューサー・共同製作・脚本:スティーヴン・モファット/マーク・ゲイティス
監督:ダグラス・マッキノン
出演シャーロック・ホームズベネディクト・カンバーバッチ/ジョン・ワトソンマーティン・フリーマン メアリー・ワトソン:アマンダ・アビントン/モリーフーパー:ルイーズ・ブリーリー/ハドソン夫人:ユナ・スタッブス レストレード警部:ルパート・グレイヴス
配給KADOKAWA
提供KADOKAWA/NHKエンタープライズ
 
©2015 Hartswood Films Ltd. A Hartswood Films production for BBC Wales co-produced by Masterpiece. Distributed by BBC Worldwide Ltd.
 
公式サイトhttp://sherlock-sp.jp/

 
akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 Twitterアカウントは @suttokobucho
 

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