福島読書会 IN 二本松レポート・前編(執筆者・杉澤秀明)

 2月26日に開催したのはやはりまずかったのかと、読書会欠席メールを見て思いました。前日は朝からの大雪、読書会当日も、快晴の予報がはずれて雪が舞っています。
 この日までに、11名の方からお申込みをいただいていましたが、前日に2名、当日にも2名の方から欠席のメールが届きました。風邪、発熱、大雪で急に仕事が、理由は様々でしたが、結局は季候のせいですからどうしようもありません。
 東京から特別参加の田口俊樹さん、那波かおりさんはもちろん、お隣の郡山市からも3名の方に電車でお越しいただくことになっていましたので、雪で運休になったら大変だと、開催時間が近づくにつれてドキドキ感が高まります。『フランクフルトへの乗客』は『パディントン発4時50分』の『青列車(の秘密)』に乗れたのだろうかと、心の中の『鏡は横にひび割れて』、いくら翻訳ミステリー読書会とはいえ、サスペンスありすぎです。


 会社を早退して、雪の中を会場へ急ぎます。12名参加であればクリスティーのあの有名作品、13名なら『エッジウェア卿の死』だったのになあ、クリスティーじゃないけど『九人と死で十人だ』ってのもあったな、やっぱり定員に満たなかったのは残念だなどと、最初は余裕もあったのですが、開催時間が近づくにつれ、『五匹の子豚』『ビッグ4』『三幕の殺人』『ふたりで探偵を』と減っていって、『そして誰もいなくなった』らどうしようと思います。
 会場になった『バートラムホテルにて』ならぬ「屋内の大地@屋内の公園」にて、『親指のうずき』を感じつつ、『複数の時計』をにらみながら、次第に弱気になっていき、携帯電話の上を『動く指』も震えています。先ほどまでここで遊んでいた小学生が忘れていった『ひらいたトランプ』をぼんやり見つめ、顔色はたぶん『蒼ざめた馬』、周りの落ち葉やまつぼっくりは『もの言えぬ証人』、やまない雪が『白昼の悪魔』。
 そして読書会開催『ゼロ時間へ』。最初に会場へ到着したのは『マギンティ夫人』、おふたりめは『茶色の服の男』でした。


 結局、欠席の連絡があった方以外は全員無事会場に到着して、『七(つの時計)』名での開催になりました。


 今回の読書会のタイトル「翻訳ミステリー読書会福島大会IN二本松」は、読書会が「福島大会IN郡山」「IN白河」「IN会津若松」「IN福島」と広がっていければいいなというおもいからのネーミングです。
 課題図書は『ABC殺人事件』にあわせて、「ABCからはじめよう」というサブタイトルを付けました。最初に『ABC(殺人事件)』からはじめた読書会を継続して開催し、『XYZ(の悲劇+レーン最後の事件)』が課題図書にできるくらいに、長く続けたいという意気込みを込めたサブタイトルです。


 はじめての読書会は、田口さん、那波さんのサポートをいただき、『満潮に乗って』楽しく開催できました。MCという立場も忘れて、いちばん楽しんじゃったのはわたしでしたから、「記述者=犯人」だったかもしれません。
 参加者の簡単な自己紹介のあとは、那波さんにご用意いただいたお菓子(美味しかったです ありがとうございました)をいただきながら、フリートーク状態。


 ジュニア版『ABC』を翻訳した田口さんからは、自分の訳文を再読した際の、ここではご紹介できない衝撃発言があって一同大爆笑。思わず耳を疑いました。(参加者特権として、ここでは公表しないでおきます)
 田口さんが、早川書房主催のアガサクリスティ賞授賞式に来日したお孫さん(最新版『ABC』に前書きを書いている方ですね)とお会いした際のエピソード(クリスティーの文章に関する会話)にも笑いの渦が。
 更には『カーテン』の新訳版と旧訳版の違い、熊倉一雄との意外な関係もお話いただきましたので、旧訳版を読んだ方もにも、田口版『カーテン』の再読を強くおススメしておきます。


『ABC』に関して、クリスティーは作中人物の中でも、美人にキビシイんじゃないかというお話が出ると、女性参加者同士で「ポアロはミーガンに肩入れしている」「ソーラ・グレイにあたりがキツイ」「他の作品でも未亡人に同情的」「女性ならではの視点がある」という指摘が。男性陣は沈黙。


『ABC』の新訳版と旧訳版では、セリフの訳し方に大きな違いがあるとの指摘があると、田口さんからわかりやすい解説があり、那波さんからは翻訳小説の話し言葉と書き言葉、男女のセリフの訳し分けをご説明いただくなど、貴重なお話が満載でした。


 翻訳者おふたりからお話いただいた事を、すこしご紹介させていただくと――
・クリスティーは、ポアロの話す「ベルギー人の英語」を、主語のくりかえしと現在形の多用で表現している。
ポアロヘイスティングズの、お互いを名前で呼び合う間柄はパブリックスクールでの習慣のなごり。
・クリスティーの文章は、味わいのあるものではないがわかりやすく、本格ミステリーに適した誘いのうまさがある。
・翻訳するうえでの不明点をネイティブスピーカーに質問しても、あてにならない、信用できない事もある。


 今回の読書会参加にあたって、複数の出版社から出ている翻訳を読み比べた参加者のかたからは、年少者には手を抜いていない、質の良い翻訳を読ませたい。それが、本を手に取るきっかけになり、未来の読書好きを育てていくことになるから、ジュニア版『ABC』は理想的というお話もありました。更に、巻頭に地図があるのは親切だとか、解説がとてもわかりやすいという意見もありました。


 更に参加者の方からは――
・クリスティーが1920年のデビュー以来70年代まで現役で作品を発表し続けたのはおどろき。
・これからミステリーを読もうという人にはまずクリスティーをすすめたい。
・『ABC』は1936年の作品とは思えないくらい現代的で、内容は現在でも通用する。
・『相棒』や『踊る大捜査線』の原作になってもいいんじゃないのか、いや、もうすでに、こっそりと元ネタになってるんじゃあ?
アレキサンダーボナパルト・カスト氏が登場してすぐ頭文字に気がついた?
・ABC氏に関する(ヘイスティングズ手記以外の部分への)場面転換が効果的で、「やってるやってる」感がありあり、でもその手は喰わないよ。
本格ミステリーは現実離れしていてもぜんぜんかまわない、むしろ現実的過ぎない方が好き。
・ミステリーはなによりもまずトリック、気持ちよくだまされたい。そのためには「悪魔のしわざ」や「呪いの殺人」だって積極的に受け入れます、ぜひ解決でびっくりさせてください。


 田口さんからは、J・D・カー『仮面劇場の殺人』翻訳の舞台裏、アン・タイラージョン・ル・カレローレンス・ブロック、ボストン・テラン、トム・ロブ・スミスといった作家の話題や、これまで翻訳した作品で難しかったものベスト3、翻訳権獲得の裏話、編集者ネタ、某ベストセラー作品はちっとも面白くねえじゃねえかなど、ここでしか聞けない、ここには書けないエピソード大放出、まさしく「田口俊樹のぶっちゃけ部屋」状態。


 そんなこんなであっという間の120分。最後は予期せぬ大サイン会。参加者の持ち寄った田口さん、那波さんの作品がテーブルの上に山積み。たくさんの本にサインをいただきました。
 おふたりからは、ご自分の翻訳本をプレゼントしていただくという望外の幸せ。本当にありがとうございます。サイン本は二本松図書館へ寄贈させていただきました。これも「翻訳ミステリーファン育成事業」の一環です。図書館で、翻訳者のサインを見つけた人のおどろきを想像すると楽しいです。
後編につづく)


福島読書会 IN 二本松 世話人 杉澤秀明

【読書日記】アガサ・クリスティー攻略作戦

パディントン発4時50分 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

パディントン発4時50分 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

九人と死で十人だ 世界探偵小説全集(26)

九人と死で十人だ 世界探偵小説全集(26)

ビッグ4 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ビッグ4 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

三幕の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

三幕の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

二人で探偵を (創元推理文庫 105-12)

二人で探偵を (創元推理文庫 105-12)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

バートラム・ホテルにて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

バートラム・ホテルにて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

複数の時計 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

複数の時計 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

動く指 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

動く指 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ひらいたトランプ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ひらいたトランプ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

蒼ざめた馬 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

蒼ざめた馬 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

もの言えぬ証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

もの言えぬ証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

白昼の悪魔 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

白昼の悪魔 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ゼロ時間へ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ゼロ時間へ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

マギンティ夫人は死んだ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

マギンティ夫人は死んだ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ABC殺人事件 (クリスティー・ジュニア・ミステリ 7)

ABC殺人事件 (クリスティー・ジュニア・ミステリ 7)

Xの悲劇 (角川文庫)

Xの悲劇 (角川文庫)

Yの悲劇 (角川文庫 ク 19-2)

Yの悲劇 (角川文庫 ク 19-2)

Zの悲劇 (角川文庫)

Zの悲劇 (角川文庫)

レーン最後の事件 (角川文庫)

レーン最後の事件 (角川文庫)

満潮に乗って (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

満潮に乗って (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

カーテン(クリスティー文庫)

カーテン(クリスティー文庫)

仮面劇場の殺人 (創元推理文庫)

仮面劇場の殺人 (創元推理文庫)