扶桑社発のひとりごと 20110114(執筆者・T)
第5回
この連載では、いろいろと出版の裏側をお話ししています。
なんだか不景気な内容ですみません。でも、こういった点を知っていただければ、いわゆる「出版不況」についても理解を深めていただけるのではないかと思うのです。
さて、前回までは、出版社が本を売るということについてのあれこれをお話ししてきました。今回は、このサイトの趣旨を踏まえ、翻訳文芸の出版に踏みこんでみましょう。
翻訳出版では、海外の商慣習にあわせなければならないため、さまざまなメンドウがあるのです。
翻訳出版をやるうえで、日本の出版社にとっていちばん大きいのは「アドバンス」の存在でしょう。
アドバンスとは、「印税前払金」などと訳すように、印税の一部(超過する場合もありますが)を著者に先に支払っておく制度です。
印税は、定価と部数が決まってはじめて割りだせます。日本では、出版の最終段階でようやく印税額が決まり、本が出てから(つまり、売上が一度立ってから)著者への支払い処理がなされるのです。
しかし海外では、印税の一部を、最初の契約時に支払ってしまうのです。つまり、本ができあがる(つまり、売上が立つ)ずっとまえに、金を払うことになるわけです。
翻訳出版においては、この海外のやりかたを踏襲して、原著者にはアドバンスを支払わなければなりません。支払ったアドバンス額は、本が出てはじめて経理的に処理できるわけです。
つまりは先行投資が必要なわけで、累積すると、これがかなりの金額になります。
原著者と契約してから出版までは、翻訳作業と編集で、早くて半年はかかります(例外はありますよ)。1年や、それ以上の時間がかかることもふつうです。したがって出版社は、契約をして出版にいたる前のタイトルを相当数かかえていることになります(たとえば扶桑社では、1〜2年ぐらいは出版できる数がストックされています)。そういった本のアドバンスが、すべて先払いで浮いている状態なのです。
翻訳書をよく出す出版社ほど、こうやってかかえている額が多くなるわけです。
では、じっさいに本が出てからの印税の計算はどうするのでしょう?
本として出版したあとは、毎年の年末に、その本の1年間の実売部数をもとに、印税を計算します。こうして算出された印税額が、事前に払ったアドバンスの金額を超過すれば、その差額を著者に支払うという仕組みです。
注意していただきたいのは、印税の計算の根拠が、制作した数ではなく、実売の部数にもとづいていることです。
ここでまた、問題が生じます。日本では、前回お話ししたように、書店に実質的に委託して置いてもらっているので、実売数が把握しにくいという事情があるのです。出版社では、出荷した数はわかりますが、それが書店でじっさいに売れたのか、あるいは店頭に残ったままなのかを、正確に知る手段がないのです。
実売部数の算出には、このような日本の出版システムにともなう困難があるわけです。
(印税事情については、また後日、あらためて)
さらに、海外への支払いは外貨で行なわれます。多くの場合はドル建てですし、ヨーロッパ大陸諸国が相手だとユーロ建ての場合もあります。
したがって、支払いはそのときどきの為替相場にも左右されることになるのです。
このところは円高でしたから、日本側には有利だったのですが、もちろん、不利なときだってあります。いずれにしろ、不安定であることはまちがいないわけです。
(不利な円安のときには、あえて海外への支払いをしない出版社もあるとか...)
このアドバンス、なかなかクセモノなので、そのへんのところを、次回にもう少しご説明したいと思います。
扶桑社T
扶桑社ミステリーというB級文庫のなかで、SFホラーやノワール発掘といった、さらにB級路線を担当。その陰で編集した翻訳セルフヘルプで、ミステリーの数百倍の稼ぎをあげてしまう。現在は編集の現場を離れ、余裕ができた時間で扶桑社ミステリー・ブログを更新中。ツイッターアカウントは@TomitaKentaro。
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