会心の訳文・第八回(執筆者・中村有希)

 かけことばやダブルミーニングを使った文を訳す時に、いつも「今回はどうしようかな〜」と思います。
 ルビだけで意味が通じるだろうか、とか。
(訳者註;〜の意味あり)と、カッコやら註やらをつけた方がいいだろうか、とか。
 どうしても解説をつけなければ意味が通じない場合も多々ありますが、なるべくなら、あまり説明くささなしに、すんなり読めるように訳したい......というのが第一希望です。


 Food service. Fresh air. Beach-like atmosphere. Horseradish! She was supposed to wear a bikini and sell hot dogs with mustard and double entendres.
(死ぬまでお買物 エレイン・ヴィエッツ)


 これは、職探しに奔走する主人公のヘレンが、とある職場の面接を受けてみたら、実は道ばたでトラック野郎たちにビキニ姿でホットドッグを売る仕事だったと知り、腹をたてて出てきたシーンです。double entendreは、二重の意味の、ということ。要するに、マスタードつきホットドッグと、別の意味の"マスタードつきホットドッグ"を売らなければならない、と言っているのです。
 マスタードは、ねりがらしのことですが、やる気、活気という意味もあります。
 ホットドッグは、もちろんあのホットドッグで、もうひとつの意味は、そのホットドッグですよ。
 まかせろ。下ネタは得意中の得意だ。

 フード・サービス。新鮮な空気。ビーチの雰囲気。馬鹿言ってんじゃないわよ! ビキニを着て、食べる方のホットドッグにマスタードを塗って、ズボンの中のホットドッグを元気(ルビ、マスタード)にしてやれって!


 これくらいなら読みやすいかな〜、という感じに訳せたつもりですが、しかし、この程度の細工を"会心の出来"と言っていいものか。下ネタを読みやすく訳すのなんて、訳者としてふつーのたしなみ。
 これが会心の訳文なら、この本は会心の訳文だらけです。なんたって、どこの秘宝館か、いやいや、アキバの大きなお友達むけのショップか、というくらい、オッパイがいっぱいの作品だもの。
 余談ですが、これを読んだ友人たちからは「ゆきちゃん、いままででいちばん、いきいきしてるよ!」「下ネタ本訳者に転向したのね!」とさんざん言われました。
 してない! してないから!!!


 というわけで、あいにく原稿の中には探せなかったおわびに、最近、別の場所で会心の訳文をひねり出すプチ経験をしたので、ついでにちょっとその話も。


 わたしが訳している、老人ホームどたばたコメディシリーズの作者、コリン・ホルト・ソーヤーは、自分の作品に『J・アルフレッド・プルーフロック殺人事件(老人たちの生活と推理)』『たそがれ殺人事件(フクロウは夜ふかしをする)』『ピーナッツバター殺人事件』等々、売ろうという熱意ゼロの題名ばかりつけています。
 その彼女がなんと。
 クリスマスに起きた事件の話に、"Ho-Ho-Homicide"というまともなタイトルを初めて、つけてくれました。
 解説するのは野暮かもしれませんが、最初の「ホー、ホー、ホー」というのはディズニーランドでもおなじみ、サンタクロースの笑い声で、Homicideは殺人のことですから、"クリスマスに起きた殺人の話"と一発でわかる、よく考えられた題名です。
 どうしたんだろう、作者のこのやる気は。クリスマスの奇跡かもしれない。
 その邦題を「中村さんも考えてください」と担当さんに言われたので、「原題は、ひと目でクリスマスとわかる、ダサいタイトルですよね。『メリー殺しマス!』とか」と、ゲラのすみっこに落書きして、返しました。
 もちろん、「なーんちゃって」ですよ。まあ、こんな感じで、すてきなタイトルを考えといてね、担当さん、アンタにまかせた! という、年下青年編集者への、愛のメッセージのつもりでした。
 どうだろう。この訳者のやる気のなさは。でも、Ho-Ho-Homicideの訳として、ぴきーんとアレがひらめいたんだもの。
 ちなみに、表紙を描く砂原画伯や、東京創元社の営業のかたまでが、邦題のアイディアを編集会議に投稿してくれたそうです。なに、その情熱。ていうか、邦題会議は、いつから公募オーディション形式に?
 後日、担当さんから電話がかかってきました。
「あの『メリー殺しマス』という案ですが、編集会議では大受けで、いちばん人気です」
「......へんな人たち......」
 たしかに、我ながら名訳だと思うけれど。いいんだろうか〜。いいのかな〜。
 と、うだうだ言っているうちに、本当にこれに決定してしまいました。
 ひょいと思いついた"会心の訳文"が堂々と表紙を飾る!という嬉しいプチな経験でした。
 そう、表紙は訳者が珍しく自己主張できる、ほぼ唯一のステージだもの、最近さぼってたけど、邦題会議への投稿はまじめにしなければ......と反省もしました。
 反省だけ。
 今後、実行できるかどうかは、むにゃむにゃ。


 中村有希

死ぬまでお買物 (創元推理文庫)

死ぬまでお買物 (創元推理文庫)

老人たちの生活と推理 (創元推理文庫)

老人たちの生活と推理 (創元推理文庫)

フクロウは夜ふかしをする (創元推理文庫)

フクロウは夜ふかしをする (創元推理文庫)

メリー殺しマス (創元推理文庫)

メリー殺しマス (創元推理文庫)