【追悼特別寄稿】ディック・ブルーナさんと海外ミステリー(執筆者:瀬名秀明)

 
 2017年2月17日、オランダのユトレヒトディック・ブルーナさんが亡くなりました。89歳でした。
  
 ブルーナさんがそのキャリアのごく初期に、父親の経営する Bruna & Zoon 社で数多くの装幀を手掛けていたことはよく知られています。そのなかには多数のミステリー作品が含まれていました。
 最初のうちはハードカバーをデザインしていましたが、1955年にペーパーバックの Zwarte Beertjes(ブラックベア)叢書が創刊されると、その後ゆうに1400冊を越える書籍の装幀を手掛けました。とりわけオランダのミステリー作家ハファンクや、ベルギー出身のジョルジュ・シムノンなどの装幀は多く、シリーズの特性を活かしたアイデア溢れるそのデザインは世界中の読書愛好家の心をつかみました。
 ブルーナさんは小説作品を読んだ上で装幀をしていたそうです。ブラックベア叢書のなかには「本当にこれがブルーナなのか?」といまなお目を瞠るほど斬新でスタイリッシュなものがあり、その切れ味の鋭さには驚かされます。ブルーナさんはミステリーのみならず、ホラーやSF、純文学やノンフィクション作品も手掛けました。ローレンス・ブロックの怪盗タナーも、エド・マクベインの87分署も、リチャード・マシスンロバート・シェクリイも、コレットモラヴィアも装幀しました。「かわいい」という一言の感想だけでは決して終わらない、豊かな広がりがありました。
 
 作品を読んで装幀していたということは、その作品の内容を知っている海外ミステリーファンなら何倍もブルーナさんの装幀が楽しめるということです。ブルーナさんの装幀の仕事を俯瞰することは、海外小説の楽しみに改めて気づくことでもあるように思います。「自分が好きなあの作家を、ブルーナさんはこんなふうにデザインしていたのか!」と知る驚きは、きっと明日からの読書意欲をますます掻き立てることでしょう。私自身、ブルーナさんの装幀にまず惹かれて、そこから邦訳を探して読んでみたことが何度もありました。
 


(ブラックベア叢書のジョルジュ・シムノン作品/装幀ディック・ブルーナ © 瀬名秀明

 
「シムノンを読む」の連載を始めてから、自分の財布と相談しつつ海外古書店と取引して少しずつ求め、ブルーナさんが装幀したブラックベア叢書のジョルジュ・シムノン作品はあと数冊でコンプリートというところまで集めることができました。いずれ「シムノンを読む」の番外編として大々的に取り上げる回を設けたいと思いますが、現在の連載ペースだとそこまで行くにはあと5年くらいかかるかもしれません。ただそのときには、ブルーナさんの装幀の楽しみ方を私なりに存分に描いてみたいと思っています。
 
 そこで今回、ジョルジュ・シムノン作品以外のなかから(またもうひとり私が好きなイアン・フレミング作品以外のなかから)、私がとくに惹かれて購入したものの一部を紹介します。どうぞディック・ブルーナさんと海外作家たちの素晴らしいコラボレーションをお楽しみください。
 

© 瀬名秀明

 

  • 上段6冊はハードボイルド作家ピーター・チェイニーの作品。スタイリッシュでコケティッシュ! ブラックベア叢書のなかでいちばん切れ味が鋭く、私の大好きな装幀群。You Can't Call It a DayThey Never Say WhenDark HeroYou Can Always Duck Dark BahamaKnave takes Queen
  • 中段左3冊は、オランダのミステリー作家F・R・エックマーヤン=デ=ハルトーホ)作品。ブルーナさんがいちばんノッて装幀した作家では。めちゃくちゃかわいい。
  • 中段4冊目はオランダのミステリー作家ハファンクの作品。ブラックベア叢書のなかでもきわめて初期の装幀で、この時期ならではの大胆なイラストが素晴らしい。
  • 中段右から2冊目はレスリー・チャータリスの怪盗セイントシリーズの一編[ 仏題 Le Saint condamne sans appel]。かわいすぎる。中段右端はコレットシェリコレットの装幀はどれも素晴らしい。
  • 下段左端から、江戸川乱歩の短篇集『日本の恐怖物語』、ハファンク編纂とされており人間椅子」「心理試験」他を収録。リチャード・ゴードン『わたしのお医者さま』(映画にもなった)。ロバート・ネイサン『夢の国をゆく帆船』フレデリック・ダール『並木通りの男』、このような陰鬱だが印象的な装幀も数多く手掛けた。マージェリー・アリンガム中篇集『Take Two at Bedtime – Wanted: Someone Innocent and Last Act』、薔薇のモチーフは他にもたくさんの本で使われた。ジャン・ブリュース『蠅を殺せ』、蠅も実はブルーナさんが何度か繰り返し使ったモチーフのひとつ。

 
 


© 瀬名秀明

 

 

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