特別突発任務:知事は無視しろ!〜C・J・ボックス『狼の領域』(執筆者・矢口誠)

 

 
 みなさんご存じかどうかは知らないが、私は結構なジジイである。ジジイであるから、当然のように懐古のヒトである。そしてもちろん、懐古のヒトの常として、なにかといえば「昔はよかった」と思う。「古いものは正義!」とさえ思う。
 そこで当然……昔の〈仮面ライダー〉はよかったよね、と思うわけだ。
 みなさんご存じかどうかは知らないが、昔の〈仮面ライダー〉は、オープニングに「仮面ライダー本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは世界制覇を企む悪の結社である。仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと戦うのだ」というナレーションが入っていた。ここで重要なのは、〈仮面ライダー〉という番組を見るにあたって、必要な情報はたったこれだけだったという点である。これだけわかっていれば、3話から見ようが38話から見ようが76話から見ようが問題はなかった。シリーズの途中から見ても、「なんか設定がよくわかんないんスけど」みたいなことは起こらなかった。
 ところが、である。平成に入ってからのライダーはどうだ。ちょっと気軽にチャンネルをひねると(←チャンネル“ひねる”はジジイの証し)、いきなり話が前回からの続きで何がなんだかよくわからない。しかも、ライダーが4人くらい出てきて、「こいつカッコいいから、主人公か?」とか思ってると悪玉だったりする。おいおい、誰が誰なんだよ。わかんねーよ。しかも、変身前のワカモノはどいつもこいつも“実写版ブラック・ジャック”みたいな髪型しやがって見分けがつかない。その髪型を維持するのに、おまえらいったい整髪料どんだけ使ってんだ? ってか、整髪したくてもすでに髪のないオトコの哀しみが、お、おまえらにはわかってんのかあぁぁぁぁ?
 
 で……えーと……いったい私は何の話をしていたのか? あ、そうそう、最近の〈仮面ライダー〉は最初から順番に見ていかないと話がわからない件だ。 そうだよそうだよ、それそれ。私はそれを憂えているのだ。ただしこれはなにも〈仮面ライダー〉に限った話ではない。映像ソフトや配信の存在が当たり前になった現在、映画もテレビも「予習」を前提に作品をつくってるので、シリーズ物の作品は「前作を見てない人」に対する配慮がほとんどなされていない。早い話、いちげんさんにひどく無愛想なのである。
 
 で、やたらと枕が長くなってしまったけれど、これは映画やテレビに限った話ではなく、ミステリー小説(とくに翻訳物)でも事情はおなじ。昔のミステリーはポアロ物でもエラリー・クイーン物でも基本は単発小説だったから、いくら長いシリーズでも、どこからでも読むことができた。しかし、現代のシリーズ物は主人公の人生をクロニクルに描いていく部分に重点を置いているため、そうはいかない。いきなりシリーズの4作目から読みはじめたりすると、「だからあんた誰?」みたいなやつがノコノコ出てきてハテナ感が炸裂するばかり。ってか、最近じゃシリーズの2作目で1作目の超絶意外な犯人を平気で明かしてたりするので、読者はどうしても1作目から順番に読んでいくしか手がなかったりする。
 

狼の領域 (講談社文庫)

狼の領域 (講談社文庫)

 そこで問題となってくるのが、今回ご紹介するC・J・ボックス『狼の領域』(野口百合子訳/講談社文庫)だ。じつはこれがスゲー面白いのである。「傑作」とか「必読の一作」とかいっても過言じゃないレベルの小説なのである。
 しかしだ、BUTだ、 HOWEVER。これはシリーズの10作目に当たる作品(ちなみに本シリーズの2作目は翻訳されていない)で、いちげんさんに気軽にオススメできる物件ではない。実際の話、シリーズを全作読んでいない私は、9作目を読みはじめたときには途中で人間関係がよくわからなくなって挫折してしまった経験がある。しかしそれは、いま考えれば些末な部分にこだわりすぎていたのだった。そこで今回は、「シリーズが中途半端にしかわかっていない人間だからこそ、素人にはわかりにくい部分がよくわかる」という特殊な立場を生かし、「いちげんさんでも楽しめるシリーズ第9作『狼の領域』攻略法」をご指南しようと思う。
 
 まずは、この作品を楽しむために押さえておきたいシリーズ・キャラ。
 これは3人いる。
 ひとり目は主人公のジョー・ピケット。ま、さすがにこいつは主人公だからね。どんな人物かは読めばわかる。ここでは「主人公ジョー・ピケットはワイオミング州の猟区管理官である。大自然の広がる山岳地帯の平和と正義を守るため、ジョーはきょうも犯罪事件と戦うのだ」と説明するにとどめよう。
 ふたり目はジョーの妻メアリーベス。小さなマネジメント会社を経営しており、インターネットを駆使してジョーのために情報収集をしたりもする。ちなみに、ジョーと彼女は深く深く愛し合っている。
 3人目はネイト・ロマノウスキという鷹匠。かつて特殊部隊に所属していた一匹狼で、政府を信用せず、いまは逃亡犯の身である。ひたすら強くて、やたらカッコいい。主人公のジョーとは立場が正反対だが、ふたりは深い信頼と友情に結ばれている。わかりやすくいえば、快傑ライオン丸〉におけるタイガージョーの役どころだ(←え、わかりやすくない? マジ?)。
 基本はこの3人。とにかくこの3人さえわかっていれば、本シリーズはクイクイ読んでいくことができる――
 
 のであるが……じつをいうと、問題なのは「重要キャラを把握しておくこと」ではなく、「べつにわかってなくてもいいキャラを把握しておくこと」なのだった。
 たとえば知事だ。
 私がシリーズ第9作『ゼロ以下の死』を読もうとして挫折した話はすでにしたが、じつはその原因がこの知事なのである。『ゼロ以下の死』には、作品の冒頭近くで主人公が「知事がどーのこーの」と考えるシーンがある。しかし、書き方が不親切なので、主人公と知事の関係がいまひとつ把握できない。知事当人が出てくるわけではないので、どういうキャラなのかもわかならい。このため、シリーズ愛読者ではない人間は、「え、なんかよくわかんないんスけど……なにがどーなってんスか?」というネガチブな気持ちになってしまい、読む気が半減してしまうのである。
 そこでわたしが、いまここで断言しておこう。知事は無視しろ!! この知事、今回の『狼の領域』でも冒頭に話が出てくるのだが、平たくいえば「主人公を陰で応援している政界の大物」みたいな存在で、今回の話の本筋にはとくに関係がない。わかんなくてもぜんぜんOKだ。っていうより、いちげんさんは断固として無視することが望ましい。
 あと、シリーズ愛読者以外には手ごわいのが、主人公の娘3人である。どうやらこの3人、シリーズ愛読者には人気があるらしく、今回は本筋には絡まないものの、冒頭のほうで顔見せだけの“サービズ出演”をしている。で、これがいちげんさんにはなかなかキビシイ。シリーズを通して成長を見守ってきたわけではないため、どういうキャラなのかイマイチわからないし、感情移入もしにくい。そこで、いちげんさんは「主人公にはまだ十代で“ムズカシイ年頃”の娘が3人いる」ことだけを押さえ、あとは無視するのがベスト。娘たちが出てくるシーンはテキトーに読み飛ばそう
 
 以上の点を把握すれば、いちげんさんでも『狼の領域』を問題なく楽しむことができるはずだ。「面白いらしいけど、いきなりシリーズ10作目から読むのはちょっと……」とか悩んだりせずに、ガンガン読んでいただきたい。
 ということで、これだけ指南すれば私の使命は終わりなのだが、最後に本書の読みどころを3つだけ挙げておこう。
 

【1】強大な敵がスゴイ

 今回の“敵役”は、文明社会とは縁を切って山奥で暮らす双子の兄弟なのだが、こいつらがデカくて不気味で強くてコワイ。読み終わってからゆっくり考えてみると、じつはこのふたり、登場シーンはあまり多くない。にもかかわらずこれだけ印象的なのは、著者ボックスの筆力のなせるわざだろう。ご存じの方もいると思うが、ジャック・ケッチャムという作家の作品に『オフ・シーズン』という鬼畜系凄惨ホラーがあって、そこに“現代でも生きつづけてる食人族”というのが出てくるんだけど、なんかあれに近い怖さがある。とにかく強くて、「勝てない感」が強烈。その敵に主人公ジョー・ピケットがどう挑むかが、今回の読みどころのひとつだ。
 

【2】初登場のサブキャラがサイコー過ぎる

 今回は私が惚れたのは、事件に巻きこまれる一般人のデイヴ。この男の性格描写の一節を読んで、私はシビれた。

「大人になってからのほとんどの人生を、デイヴ・ファーカスは骨の折れる仕事をしないために骨を折ってきた」

 いやー、ドキドキするほどの感動だ(笑)。しかも、この描写にウソはまったくない。この男、徹頭徹尾テキトーで自分本位で苦労嫌いなのである。じつをいうと、本書を読んでいるあいだじゅう、「こいつ、どこか既視感のあるヤツだな」と思っていたのだが、気づいてみたら〈ゲゲゲの鬼太郎〉に出てくるビビビのねずみ男にそっくりなのだった。いやホント、「こいつ、ねずみ男のパクリじゃね?」と思えるくらい似てるから、みなさんもぜひ読んで確かめてほしい。
 

【3】主人公が守るべき“モラル”を問われるラストが熱い。

 本書の主人公ジョー・ピケットは、不器用なくらい正義の人である。しかし、その正義はあくまで「体制側の正義」である。本書では、その主人公が「体制側の正義はほんとうに正義なのか」という問いを投げつけられる。そして、ラストの敵との対決は、この問いに主人公がどう答えるかという究極の選択と表裏一体になっている。果たして物語はどこに着地するのか? ここがじつにスリリング。ややネタバレになるが、このラストで重要な役割を果たすのが……ゲロ。いやー、ここには本当に感動した。
 
 ということで、長々と書いてきたわけだが、ここのまでの私の話を要約すれば、本書『狼の領域』は――
「主人公のジョー・ピケットが相棒タイガージョーとともに強大な敵である食人族を追跡、ビビビのねずみ男を巻きこんだ事件はやがてゲロへと収斂していく」
――小説だということになる。だがしかし……
 何かが違う。
 というより……ゼンゼン違う。『狼の領域』は断じてそんな小説ではない。
 なら、本当はいったいどんな作品なのか?
 それはみなさんが実際にお読みになり、ご自身で確認していただきたい。よろしく哀愁!!
  


矢口 誠 (やぐち まこと)


1962年生まれ。翻訳家・特撮映画研究家。光文社「ジャーロ」にて海外ミステリの書評を3年間担当、また「本の雑誌」でも書評を連載していた。主訳書は『メイキング・オブ・マッドマックス 怒りのデス・ロード』(玄光社)、『レイ・ハリーハウゼン大全』(河出書房新社刊)。最新訳書はL・P・デイヴィス『虚構の男』(国書刊行会)。好きな色は赤。好きなタイプの女性は沢井桂子(←誰も訊いてねぇーよ)。

 

■翻訳者よりひとこと■

 
 いや〜、久しぶりの「敵状偵察隊」、突発特別任務のターゲットに選ばれるとは光栄の至りです
 とくに、サブキャラのデイヴ・ファーカスに注目された点、さすが矢口さんです。
 ボックスの作品には、毎回かならずこういう異色のサブキャラが登場して、それが魅力の一つなんですよ。
 そして、『狼の領域』はシリーズ未読の方がいきなり読まれてもまったくOKというのは仰る通りなんですが、本書を読まれてほかの作品にも興味を持たれた方には、ネイト・ロマノウスキが初登場する『凍れる森』イエローストーン国立公園を舞台にした『フリーファイア』の2作をマストリードの傑作として、伏してお勧めさせていただきます。
   

(野口 百合子)   

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