ジャック・ヴァンス『宇宙探偵マグナス・リドルフ』(執筆者・酒井昭伸)
■ 訳者 役者自身による新刊紹介
宇宙探偵マグナス・リドルフ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)
- 作者: ジャックヴァンス,Jack Vance,浅倉久志,酒井昭伸
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2016/06/24
- メディア: 単行本
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さて、なにか質問はおありかな?
……いや失敬、これはジャック・ヴァンスの常套手段でしてな。
あるとき、世界SF大会のゲスト・オブ・オナーに招かれたヴァンスが、晩餐会でスピーチを頼まれたと思っていただきたい。やおら立ちあがって話しはじめたものの、みな食事に歓談に夢中で、だれも聞いていない。試しにわけのわからないことを口走ってみた。反応なし。こんどは黙りこみ、しばしその場に立ちつくした。これまた反応がない。すわった。反応がない。……こんなことなら、スピーチをしてもしなくても同じじゃないか!
というわけでヴァンスが考案したのが、スピーチの冒頭にいきなり質疑応答を持ってくるという方式でした。これならばスピーチ原稿を作る手間も省けますし、どうせ質疑応答のコーナーが組み込まれているのなら、そこから始めたほうが効率的というわけです。
ことほどさように、ヴァンスの「いいこと閃いた!」は人様と位相がずれておりまして、どうにもはた迷惑なことが多い。しかしながら、こうした「ずれ」こそは、わが創造主をして波瀾万丈の人生を送らしめ、綺想あふれる数々の異世界や異文化を生みださしめた原動力のひとつだったのではないか、と思量するしだいです。
申し遅れました、わたくし、マグナス・リドルフと申しまして、この本で主役を務めさせていただいた者です。
いやはや、感慨無量とはこのことですな。1948年の初登場から約70年の歳月を経て、とうとう日本のみなさまに全貌をお目にかける日がこようとは……。はい? 古びてはいないか、とおっしゃる? ふむ、わたしはそうは思いませんが、そこは人それぞれですから、お目を通していただくのがいちばんよろしいでしょう。
内容はといえば、異種知性との邂逅、異文化コミュニケーション、秘境探険、海洋冒険、ホラー、ファンタジー、ハードSF、ハードボイルド、ハスラー/ギャンブラーものにいたるまで、よくまあこれだけ詰めこんだものと感心するほど多岐にわたります。むろん、タイトルの「宇宙探偵」が示すように──正確には探偵ではなく、トラブルシューターなのですが、作中でもいろいろ呼ばれておりますから、そう呼んでくださってかまいません──ミステリ要素もたいへん豊富で、大枠はSFながら、フーダニットに謎解きにノワールと各種取りそろえ、結構はいずれもきちんとしたものばかり。それもそのはず、異世界SF/ファンタジーの大御所として名を成したヴァンスは、初期にはミステリ指向が強く、エラリー・クイーンのゴーストライターのひとりを務めておりましたし、1961年のエドガー賞処女長篇賞を受賞するなど、その方面でも高い評価を受けていたのです。
ただし……ヴァンスの場合、ミステリをSFの枠組みに収めると、おのずと「ミステリのパロディ」的な要素が色濃くなってしまうという特徴がありまして。同じミステリ仕立てでも、徹頭徹尾オーソドックスなアシモフのそれと大きく異なるのはそこです。たとえば、定番のラウンジ・シーン。容疑者が一堂に会するなか、例によって、「犯人は……あなただ!」「ギクッ!」といったやりとりがあるわけですが、なにしろ容疑者は魑魅魍魎のごとき異星人ばかりですから、せっかくのまっとうなミステリ要素も──いや、むしろまっとうであればあるほど──なんともいえない可笑しさを醸しださずにはおきません。そこに味わいを見いだしていただける方には、おそらくこの本、至福の読書体験をもたらすことでしょう。
本書のみごとなカバーアートはそのラウンジ・シーンを切りとったものですが、さよう、このアートについても触れておかねばなりますまい。
原書のイラストがいかにもそれらしいものですので(図1・左 ジャック・ゴーハン描くマグナス・リドルフ。エース・ダブル版 The Many Worlds of Magnus Ridolph の挿画より)、当初、こんなふうに味のある絵が描けるイラストレーターはいないものかね、と話しておったのです。すると、あるとき、担当編集者のミスター・タルモトから電話がかかってきて、「『それ町』って知ってますか?」とのたまう。
いやはや、わたしも見くびられたものです。このわたしがマンガ・アーティストのマサカズ・イシグロを知らないはずがないではありませんか。こう見えて、シンジ・ワダやシンジ・オハラ読みたさに、ジャパンのマンガ雑誌、コミック・フラッパーを購読していた時期もあるのです。同誌に掲載されていた「ススメ サイキック少年団」や「present for me」などの初期イシグロ短篇は、わが脳の「エンターテインメント葉」に傑作としてインプットされておりましたから、ヤングキングアワーズ連載の『それでも町は廻っている』が単行本になったときには、走って買いにいったほどでした。
その旨を伝えましたところ、ミスター・タルモトはわたしの東洋文化に関する該博な知識にいたく感心しつつ、語をついでいわく──「『それ町』に出てくるクセモノじじい、マグナス・リドルフのイメージにぴったりじゃありませんか?」
おお、なるほど! あの「ツッコミじいさん」か!(図2・上) 思わず膝を打ったことはいうまでもありません。炯眼なり、ミスター・タルモト、たしかにこれはぴったりです。いや、ゴーハンの絵すら超えている!
売れっ子のこととて、ミスター・イシグロにお引き受けいただけるかどうかはおおいに不安のあるところでしたが、わたしにはなんとなく、だいじょうぶではないかとの予感がありました。というのも、なんとこのツッコミじいさん、本書の翻訳者のひとり、偉大なる故ミスター・アサクラ(の
はたせるかな、予感は的中し、ミスター・イシグロにはご快諾いただきました。むろんのこと、切々と口説き落としたミスター・タルモトの功績も讃えねばなりますまい。かくして、今年4月末には、かくもすばらしいアートワークができあがったというわけです(図3・下)。
ところで、ミスター・タルモトとの打ち合わせのさい、わたくし、ふと思いたち、こんなひとりごとを呟いてみました。「さぞかし愉快でしょうな、このキャラクターがマンガになったなら──『木曜日のフルット』みたいな感じで」
そののち、別件でSFマガジンのミズ・ウメダと打ち合わせしたさいにも、イシグロ・カバーの件をそっと耳打ちしたうえで、同じひとりごとを呟きました。
わたしはただ呟いただけ、なにもしてはおりません。が、年寄りに気をつかってくださったのか、それとも Win-Win の芽でも見いだしたのか、以後はおふたりでなにやら画策しておられたようです。その企てはみごと、SFマガジン今年8月号に掲載の「マグナス・リドルフのおみやげ」(図4・左:タイトル部分のみ)となって結実しました。いやはや、かくも有能な編集者たちに恵まれて、わたしはじつに果報者と申せましょう。内容は、あー、なかなかこう身につまされて、当事者としては苦笑せざるをえないものがありますが、わたしの日常が的確に活写されておりますので、ひとつごらんになることを推奨するしだいです。
それにしても、装幀も含めて、ほんとうにすばらしい表紙ですな、これは。ああ、そこのあなた、どうぞお手にとって、じっくりとごらんください。いやいや、お買い上げいただく必要などないのです。ただ愛でていただくだけで望外の幸せというもの。さあさあ、どうぞ、ご遠慮なさらず。
おや? 指紋がついてしまった……とくに、黒地の部分にべったりと。うーむ、これでは売り物になりませんな……。
いや、心配はご無用に。買いとれなどというつもりは毛頭ありません。みな世相が悪いのですよ。昨今は、スマホにタブレットにと、指紋拭きに煩わされることが多くていけません。
そこで……といってはなんですが、わたくし、今回特別に、嘘のように指紋がとれる魔法のクロスをご用意しました。10枚セットで10ミュニットのところ、本書購入のお客さまに限って特別お値引き、たったの7ミュニットと、たいへんお安くなっております。ただし、この特典を享受いただくためには、ほかにもひとつ、簡単な条件をクリアして……。
宇宙探偵マグナス・リドルフ(うちゅうたんてい まぐなす・りどるふ) |
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(1948年の時点で70歳前後か)。あるときは高重力惑星の女探偵ブローン・レイミア、あるときは恐竜探偵ヴィンセント・ルビオ、あるときはゴーレム探偵アルバート・モリス、あるときはマグナス・リドルフの後輩/阿漕な宇宙商人タフ、またあるときは日本通の刑事ジョン・コナー。しかしてその実体は──「ツッコミじいさん」だったのです。って、おじいちゃん、名前が同じなんは浅倉さんのほうや! |
■担当編集者よりひとこと■
ジャック・ヴァンスはぼくの大好きな作家だ。「異質の文化を色彩ゆたかに描きだす稀有の才能」と絶賛される側面はもちろん、「アメリカSF界屈指のスタイリスト」であるのも大きな魅力。突き放したようなドライ・ユーモアと、摩訶不思議な造語の氾濫する文体が、泣きたくなるほどすばらしい(事実、翻訳という作業ではいつも泣かされてきた)。 |
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