第26回 心配性パパと甘えんぼ名探偵の挑戦は――『ローマ帽子の秘密』(執筆者・♪akira)

 
 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 
 小学校の図書室にあった子ども向けの怪盗ルパン全集、そして名探偵ホームズ全集が大人気だった昭和の時代。そこから翻訳ミステリファンになった方も少なくないと思います。かくいう筆者もそのひとり……と言いたいところですが、いたいけな小学2年生の時、シリーズ全作を読破する!という一大プロジェクトを打ち立てたものの、「やはり1巻から読まねば」というオタク気質の萌芽により、借りられっぱなしの1巻のために前途多難。業を煮やして「あんまり読まれてなさそうな綺麗な本を借りよう」と思って手にとったのが、ジュヴナイル版クイーン『エジプト十字架の秘密』でした。しかし!これがめっぽう面白かったため、それ以来翻訳ミステリーの大ファンになったので、今となってはありがたい思い出です。(最初につまずいたホームズとルパンに着手するのが高校まで後回しになったことはナイショ)
 

 というわけで今回は、エラリー・クイーンの記念すべき第一作『ローマ帽子の秘密』(訳:越前敏弥・青木創/角川文庫)をご紹介します。舞台はニューヨークの劇場街ブロードウェイ。人気芝居『銃撃戦』で連日ソールドアウトのローマ劇場で、観客席に男の毒殺死体が発見される。駆けつけたリチャード・クイーン警視は劇場を封鎖。殺されたのは有名な悪徳弁護士だった。探偵であり推理作家でもある息子エラリーは、殺害現場の座席から被害者のシルクハットがなくなっていることに気づく。
 
 えー、新訳はともかく、旧訳ならだれでも読んでるでしょ!とお思いでしょうが、以前このHPの『初心者のためのエラリー・クイーン(→前篇後篇)で飯城勇三さんが指摘されているように、新訳版は警視が若いんですよ! いやもちろん年はいっしょなんですけど、小鳥のような老人で自分のことをわしと呼んでいた警視のイメージからは、だいぶん若々しい感じ。“小柄で老いさびた”とか、“皺のある老いた顔”とか、なぜか執拗に老いを強調している描写はありますが、それにしたって現役の警視なわけですから、極端に高齢ではないはず。
 旧訳だと、よく言えばマイペース、悪く言えば勝手なエラリーに対し、年寄りゆえに息子を心配しすぎな警視、という解釈で読めたんですが、新訳だと「いやおたくの息子はもういいかげん大人なんだからそこまで心配しなくても大丈夫ですよお父さん!」と教えてあげたくなります(笑)。だってジューナを引き取った理由って、エラリーが大学進学で家を出てしまうので、そのさみしさに耐えかねたからなんですよ! 本書でも、そりゃ頭が良くて自慢の一人息子なのはわかりますけど、国内旅行ぐらいでそこまで寂しがらなくても(406ページから408ページ参照)。ほんとに大好きなんだからもう!!(笑)
 エラリーはエラリーで、いろんな作品で甘えん坊なエピソードが出てくるので探してみてください<特に『盤面の敵』はイチオシです。
 
 クイーン家の家事を受け持つだけではなく、疲れきった警視の膝に頭をもたせかけたり、ヴェリー部長刑事に親愛の表現で投げ飛ばされたりもするジューナ(19歳男子)の愛されキャラぶりも見逃せませんが、警察関係の人たち――ヴェリー部長刑事、サンプソン地方検事、プラウティ検死官補――の誰もが警視のことを尊敬してたり好きだったりで、本当にこの人は人徳があるんだなあと感心したり。というのも、そんなに相互理解があって結束が固い捜査班って、最近はあまり見かけないどころか、M・ヨート/H・ローセンフェルト『犯罪心理捜査官セバスチャン』みたいに、信頼できそうな相手が一人もいない作品もあるので、久しぶりにとても心が温まりました(笑)。
 
 そんな二人で捜査する難事件は、“読者への挑戦”付き。これがあると、いい意味でちょっと緊張しませんか? そのままズルズルと真相まで読み進んじゃうのにはちょっと気がひけて、いったん気になるところまで戻って読み直したり。学生の頃にはちゃんと推理しおわってから解決編を読んだんだけどなあ(遠い目)。
 それはともかく、今あらためて読み返してみると、観劇の装いとか劇場の雰囲気とか、当時の風俗小説としても楽しめました。クイーンの他の作品でも、ライツヴィルものの地域社会の濃密なつながりにはひきこまれますし、舞台がハリウッドの華やかな物語も捨てがたいです。今も続々と新訳が発行されていますし、未読の方も昔読んだ方も、ぜひ、この有名な仲良し父子の挑戦を受けてみてはいかがでしょうか!
  


 
 そして今度、意外なところで新しい父子ペアが登場! 10月24日公開の映画『トランスポーター イグニション』は、ご存じジェイソン・ステイサム主演映画のリブート版。主役のフランクはゲーム・オブ・スローンズでブレイクし、来年公開の”Deadpool”で悪役を演じる、エド・スクラインにバトンタッチ。そして! なんと今回の作品はフランクのお父さん、通称フランク・シニアが登場!! しかもパニッシャー:ウォー・ゾーン三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船レイ・スティーヴンソン!! ってだけでもう個人的にはステイサム降板は許せたんですが(勝手)、何が嬉しいって、ヘタしたら主役が霞むぐらいお父さんが活躍してるんですよー!!!
 

 元特殊部隊員で凄腕の運び屋フランクは、「名前は聞かない」「契約厳守」「依頼品は開けない」の三原則を厳重に守り、数々の危険な仕事を請け負ってきた。謎の美女からの依頼が当初の予定と違っていたため、契約を打ち切ろうとしたフランクに彼女が見せたのは誘拐された父フランク・シニアの姿だった……。
 

 スタイリッシュで迫力満点のカーチェイスで人気のシリーズですが、リブートされた今回は主役が細マッチョに変わったため、軽やかで、より手際の良いアクションが見どころに。シニアはエヴィアンの会社を定年退職したという設定ですが、当然それは世をしのぶ仮の姿(笑)。最初はクイーン父子よろしく、家や車中でなんてことない減らず口を交わす二人でしたが、いざ事件が起きたら本領発揮! 危険なことは息子が担当、プランと女性は父が担当という感じの二人三脚。おまけにお父さん、××コスプレまでやってくれるんですよ〜(感涙)。
 というわけで、細マッチョファンの方にもシニア萌えの方にもリュック・ベッソン・マニアの方にもオススメしたいこの作品。のどから手が出るほど続編を期待しますが、まずはこちらを劇場で!!
 

 

タイトル:『トランスポーター イグニション
公開情報:10月24日(土)全国ロードショー
コピーライト© 2015 EUROPACORP – TF1 FILMS PRODUCTION/Photo:BrunoCalvo
 
監督カミーユ・ドゥラマーレ『フルスロットル』『96時間 リベンジ』(編集)
製作リュック・ベッソン『LUCY/ルーシー』
脚本リュック・ベッソンアダム・クーパーエクソダス:神と王』、ビル・コラージュ『エクソダス:神と王
出演エド・スクレインゲーム・オブ・スローンズ」、レイ・スティーブンソン『マイティ・ソー ダークワールド』
公式サイトhttp://tp-movie.com
 
akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 Twitterアカウントは @suttokobucho
 

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