第15回『七人のおば』(執筆者:畠山志津佳・加藤篁)

第15回『七人のおば』――結婚をめぐる七人姉妹の愛憎。犯人と被害者は誰?


全国15カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁
後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!


畠山:杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』をテキストに、翻訳ミステリーとその歴史を学ぶ「必読! ミステリー塾」。今回もどうぞお付き合いください。
 さて、今回取り上げるのはパット・マガー著『七人のおば』。1947年の作品です。こんなお話。


七人のおば (創元推理文庫)

七人のおば (創元推理文庫)

ニューヨークからイギリスに渡り、幸せな結婚生活を送るサリーに旧友ヘレンから一通の手紙が届いた。「おばさまがご主人を毒殺したと告白されたのを耳にするなんて、さぞや恐ろしいことでしょう」……何も知らされていなかったサリーは困惑した。彼女には七人のおばがいるが、手紙の文章ではその中の誰のことなのかがわからないのだ。手紙を受け取った夜、寝つけぬまま暗い気持ちに沈む彼女に夫のピーターはおばに関して知っていることをすべて話してごらんと促す。
殺人を犯したのは誰か。サリーの記憶にあるおば達の姿が次々によみがえる。


 パット・マガーは1917年生まれのアメリカの作家。ジャーナリズムの勉強をした後、働きながらミュージカルの台本などを手がけていましたが、ある懸賞小説の募集広告に興味を持ったのをきっかけに小説の執筆を始めたそうです。
 犯人捜しだけでなく、被害者捜し、探偵捜し、目撃者捜し、殺害場所捜しなどユニークな形式の推理小説(こういうのを変格推理小説というらしい)で有名。
 本作は「犯人捜し&被害者捜し&安楽椅子探偵というステキ条件てんこ盛りです。

 ……そうと知っていればもっと早く読んだのに。
というのもタイトルなのです。ここ最近、当連載ではタイトルにイチャモン…疑義を呈することが続きましたが(『暁の死線』→無駄にサスペンスフル、『死を呼ぶペルシュロン』→陳腐かつ意味不明)、今回もちょっと言わせて下さい。『七人のおば』ってまったくもって緊迫感に欠けるというか呑気な感じすらしません? 「七」ときたら「」とか「荒野の」とか「ウルトラ」(アイスラッガーを放った後がちょっと侘びしかった)とか「黄金郷」(続刊を待ちわびて力尽きた昭和乙女たちよ!)とか、かなりのスペシャル感があるものなのに「おば」。伯母と叔母がいるので敢えての平仮名表記になったのも一因かもしれませんが。
 旧題は『恐るべき娘達』。これもまた迷いのないコクトー臭でちょっと首を捻ってしまう。


 そんなわけでなんとなく食指が動かぬまま今に至ったのですが、読んでみたらば面白くてあっという間に読了。大部分がセリフで構成されているのでとても読み易く、普段本を読みつけない方にもオススメできそうです。滑り出しこそ七人のおばの名前がこんがらがるかもしれませんが、各人の性格付けがハッキリしているのですぐにスルスルと読めるようになると思いますよ。


 お話は冒頭でご紹介したとおりサリーの友人からの手紙が発端です。友人はサリーの傷心を思いやってわざと固有名詞を出さず遠回しな表現をしたのでしょう。困ったことに七人のおばはどれもこれもクセ者で夫殺しをやりかねない事情を抱えていたものだからサリーは悩むわけです。一体誰が<ついに>やらかしたのだろうと。
 世間体至上主義、離婚寸前、育児放棄、アルコール問題、極度の男性恐怖症、浪費家、略奪愛など、ここまで揃ったらあっぱれな姉妹。平穏で幸せな結婚をしたサリーとサリーの母(故人)の方が異質に感じるほどです。
 同性として理解できる部分もあれば、なにもそこまでと思う部分もあり。そしてまた彼女たちのツレアイもそれなりにバカっぽくて、厭らしさ満点のドタバタホームドラマとして楽しみました。正直云うと犯人捜しのことを忘れてた(笑)
 人間ドラマに重きを置いてるので、謎解きには興味がないという人にもお勧めできるかも。


 この作品は男性側の意見をぜひ聞いてみたい。加藤さんの目にこのダメダメな結婚のオンパレードはどう映ったのでしょうか。


加藤:え? 伯母と叔母って意味が違うの? 今日まで知らずに生きてきた。ググってビックリ、不明を恥じるばかりです。それにしても、畠山さんから教わるなんて何だかシャクだなあ。


 確かに「7」という数字にはスペシャル感があるよね。心躍らせる魔法の数字。
 また、洋の東西を問わず、一通りのバリエーションを見せることのできる、または全体像を示すための最少のサンプル数が「7」だと考えられてた節があるのはなかなか興味深いですね。
「七つ道具」なんて言葉は何歳になっても聞いただけでワクワクしちゃうし、「七つの顔を持つ男」とか「七つの海を股に掛ける」とか、ただただ格好いい。ちなみに多羅尾坂内は石ノ森章太郎のマンガで親しんだ世代です。前田日明がヨーロッパから七色のスープレックスを持って凱旋したときは興奮したし、15匹もいたガンバの仲間たちはグッと減らして七匹にしたらちょうどいい感じになった。七人の侍ワイルド7は言うに及ばず。
 聞いた話では、日本ではすでに室町時代七福神はユニットを組んでいたのだとか。もちろん、北上さんや吉野さん、川出さんたちの話じゃないですよ。それにしても先月の翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションでの北上節の冴え具合は素晴らしかったですねえ。


 そんなわけで『七人のおば』読みました。もちろん初読。パット・マガーもお初です。
巻頭の登場人物一覧が家系図だった時点で「これはちょっとヤバいかも」と腰が引け、主人公夫婦のホームドラマチックな会話が展開する導入部のノリに戦々恐々。もしかして僕の苦手なタイプの話じゃないかと不安に思いながら読み始めましたが、意外や意外、最後まで楽しめました。人間関係にこんがらがってつまずくこともなければ、素人探偵の軽挙妄動にイライラさせられることもなく、「これ要る?」というレシピが登場することもなかったです。大満足の面白さでした。


 粗筋は畠山さんが書いた通り、主人公(ですよね?)サリーの7人のおばのうち、誰がどんな理由で誰を殺したのかという謎をめぐる話で、現代パートと回想パートが交互に描かれるのだけれど、物語の大部分を占める回想パートが全然ミステリーじゃないの。7人姉妹の長姉クララ夫妻の家に暮らす女たちのスラップスティックなドタバタホームドラマ
 たまに現代パートに戻ったときに「あ、そうか、これってミステリーだったんだ」と思い出すという。


 とにかく7人のおばがそれぞれ個性的過ぎて凄いのです。上から下まで親子ほども歳の離れた姉妹なのですが、その一人一人の造形がまあキョーレツ。気持ちいいくらいに自分の欲求に素直で、ひたすら言いたいことを言い合うのです。女系家族ってのはどこもこうなのかしら。これからは3人の娘たちから邪険に扱われることをいつも愚痴ってくる上司の話を優しく聞いてあげよう。


 そんなわけで彼女たちの結婚生活もうまくいく筈もなく、畠山さんの言う「ダメダメな結婚のオンパレード」は必然なのです。
 男の立場からすると、登場する男は一人残らずただただ可哀そう。そりゃ、彼らにだってそれぞれ欠点はあるにしろ、7人姉妹に比べたら可愛いもんです。しかも、この中の一人が殺されるって…。


畠山:一瞬スルーしかけたけど、さり気にコージーをdisってる! 確かに冒頭のサリー夫婦の会話はコージー風味だったけれども。それにしてもなぜ加藤さんはことコージーとなると必ず2つ3つ余計なことを言わずにいられないのか。返り討ちで痛い目に遭いたいとしか思えない。名古屋読書会コージーファンの皆様、手加減無用ですわよ。


 構図としては親代わりである長女クララ(結婚&世間体第一主義者)と自我を丸出しにする妹達の対立なんですよね。言い換えると新旧結婚観対立。
 世間体のためだけに生きてるようなクララが反感を持たれるのは仕方ないかもしれないですが、妹達もクセ者すぎる。一人一人のエピソードは発言小町に投稿したら炎上確実物件です。
 とはいえ家父長制度の下で良妻賢母以外に生き方の選択肢がなかった女性の長い歴史を考えると、人は結婚してこそ一人前、とにかく結婚、あとは忍耐、やがては時間が解決という考えに対して「もうウンザリ!」とブチ切れた数多くの女たちの叫び声を聞くかのようで簡単にワガママだの性悪だのとは言えない。
 ここまでこじれたら彼女たちを救えるのは瀬戸内寂聴さん以外にないんじゃないだろうか。「○○さんに早くお迎えが来るように手を合わせましょうね」みたいな言葉で受け止めてもらったら殺人も起きなかったんじゃないかと。


 七人のおばは確かに全員強烈だけれど、それをもって「女は怖い」だけで括られてしまったらちょっと不本意。だってご亭主たちも「それはないわー」とツッコみたくなる人がいるもの。あまりに意志薄弱とか、逆に力でねじ伏せるタイプとか、その他諸々。中には同情に値する人、正しい考えの人もいますから(でも真っ当だからといって殺されていない保証はないのですゾ! ここが人間ドラマの妙)、一口に「男もバカ」とは言いませんけど。


 ネタバレに繋がるので七組の夫婦それぞれのエピソードを紹介することは控えますが、これは読書会をするとけっこう盛り上がりそう……あっ! 思い出した!
『七人のおば』はまだ翻訳ミステリー読書会をシンジケート主催で行っていたころに課題本になってるんです。しかも東京・大阪・福岡の三都市開催というスペシャル企画で。
 その時の模様はコチラ
これ(の暗転部分)を読んでようやくわかった。七人のおばは七つの大罪にちゃんと当てはまるようになってたのか!
 大体、原題がTHE SEVEN DEADLY SISTERS なのに七つの大罪が思い浮かばないとは情けなきことよ。加藤さんの「伯」と「叔」の違いを知らなかったというカミングアウトを鼻で笑った報いがきた……。


加藤:この話の魅力は何といっても、個性的で生き生きとした、とにかく自由奔放な女性たちの姿と、僕と畠山さんが何度も書いている通り、ミステリーであることを忘れるくらいエピソードがてんこ盛りで、グイグイ読ませるところです。次から次へと騒動が持ち上がり、その度に長姉クララが魔法のような剛腕をふるって沈静化させるんだけど、根本的な解決を図らないものだから、ことあるごとにまた火があがる。あなたの職場にもこういう上司がいませんか?


 基本的なノリは『奥様は魔女』みたいな昔のアメリカのホームコメディですよ。分かりやすいスタジオセットのなかをアクの強い登場人物たちがトコロ狭しと動き回り、30秒に一回くらい観客の笑い声が挿入されるみたいな。


 これまで、「そもそもこれはミステリーなのか?」って話はたくさん読んできたけど、明らかにミステリーなのに、読んでいてそうであることを全く意識させないこの本は凄いと思います。
『七人のおば』の7という数字はおそらくキリスト教の7つの大罪から採っていると思うのですが(って、僕でも気付いたよ、畠山さん!)、よくもまあ、これだけ女性の業と可愛らしさと「男性が考える女性の怖いところ」を漏らさず書けたものだと感心します。しかもこんなに面白く。


 そうそう、僕がこの本のタイトルを聞いて最初に思い出したのが、クィネルの『イローナの4人の父親』でした。これも凄い話で、冷戦真っ只中のハンガリーで、14歳の娘を守るために、彼女の父親かも知れない4人の男が力を合わせて戦う話なんだけど、その四人がソ連アメリカ、イギリス、東ドイツの凄腕の軍人やスパイなんですねー。設定はちょっとバカっぽいけど、面白いので是非どうぞ。


 そして最後に紹介するのが、『満願』で2014年度の各種ミステリーランキングを総なめにした米澤穂信さんによる『七人のおば』の帯文です。
男性読者がこの本を読んで思うこと全てを言い現わしている素晴らしいコピーをご覧あれ。

「結婚? 考えてません。『七人のおば』を読んだら怖くって」

 この帯文を書かれた2009年当時は独身だった米澤さんも、それから5年が経った昨年、めでたく結婚されたそうです。この本を教訓に、伴侶選びは慎重になさったに違いありません。きっと素敵な奥さんなんでしょうね。


 そんなわけで独身男子諸君、なるべく早く本書を読んで、今のうちから結婚への覚悟を持っておくのがよろしいぞ。


勧進元杉江松恋からひとこと


 先人たちが海外ミステリーの翻訳・紹介に尽くしてくれたおかげで、私たちは今豊かな翻訳文化を甘受することができています。それはとてもありがたいことなのです。ただ、戦争によって停まってしまっていた時計の針を速く戻そうとするあまりに、一部の作家・作品についてはとても狭い概念でくくられてしまい、本来の魅力が十分に伝えられずにきたという反省があります。『探偵を捜せ』『被害者を捜せ』などの〈変格〉の一面ばかりが喧伝されたパット・マガーはその第一の被害者ではないでしょうか。そうした趣向の部分だけを取り出すと、いかにも作品の構造に頼った一発屋的な作家に見えてしまいます。しかしマガーの最大の美点はそのような部分ではありません。今回お二人が評価してくださったようなホームドラマ、女性の結婚観といったライフスタイルについての小説という一面(さらにいえば、当時の文化が如実に反映された風俗小説としての素晴らしさ)こそがマガーの魅力であり、それがミステリーのおもしろさと直結しているところに読むべき価値があるのです。本書以外の作品も、どうぞお試しあれ。


 さて、次回はヘレン・マクロイ『暗い鏡の中に』ですね。あの作品をお二人がどう読むのか、評価を楽しみにしております。

暗い鏡の中に (創元推理文庫)

暗い鏡の中に (創元推理文庫)




加藤 篁(かとう たかむら)


愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)


札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

どういう関係?

15年ほど前に読書系インターネット掲示板で知り合って以来の腐れ縁。名古屋読書会に参加するようになった加藤が畠山に札幌読書会の立ち上げをもちかけた。畠山はフランシスの競馬シリーズ、加藤はハメットやチャンドラーと、嗜好が似ているようで実はイマイチ噛み合わないことは二人とも薄々気付いている。

●「必読!ミステリー塾」バックナンバーはこちら


探偵を捜せ! (創元推理文庫 164-1)

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被害者を捜せ! (創元推理文庫 (164‐2))

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四人の女 (創元推理文庫 (164‐3))

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目撃者を捜せ! (創元推理文庫)

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恐るべき子供たち (光文社古典新訳文庫)

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ワイルド7 1巻

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イローナの四人の父親 (新潮文庫)

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満願

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暗い鏡の中に (創元推理文庫)

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