第2回:メンタルの強さがハンパない!(執筆者・上條ひろみ)

 みなさま、こんにちは。お気楽読書日記です。
 まだちょっと寒いけど、そろそろ春ですね。
 テレビCMも風邪薬からアレルギー性鼻炎薬に変わり、花粉症にはつらい季節がやってまいりました。花粉の季節はおうちにこもって読書三昧がお勧めです。
 では、今月もゆる〜くいってみましょう。

■2月×日

聖夜の罪はカラメル・ラテ (コージーブックス)

聖夜の罪はカラメル・ラテ (コージーブックス)

 クレオ・コイルの〈コクと深みの名推理〉シリーズ十二作目、『聖夜の罪はカラメル・ラテ』は相変わらずおいしそうなミステリ。
 紅茶派だったわたしがコーヒードリンク(ラテとかカフェモカとか)をよく飲むようになったのは、このシリーズの影響だな、きっと。


 クリスマス・シーズンのニューヨーク。
 老舗コーヒーハウスのビレッジブレンドでは、コーヒーを注文すればクッキーがついてくるクリスマス・キャンペーン中。そのキャンペーンのために助っ人として派遣されていたペストリーシェフ助手のムーリンが、セレブの集うクッキー交換パーティで何者かに撲殺される。パーティに参加していながら異変に気づけず、責任を感じるビレッジブレンドのマネジャー、クレア。調べていくうちに、被害者のムーリンはいろいろと謎の多い人物だということがわかる。


 ニューヨークが舞台の都会派コージーなので、ビジネスも恋愛もなんとなくスタイリッシュ。クッキー交換パーティにしたって、大規模だしセレブは来るし、田舎の小さな町のパーティとは全然イメージちがう。


 しかし、わかりやすいおいしさを求めて、あえてのトランス脂肪酸使用って……○○○、おぬしもワルよのう……。
 それにしてもアメリカ人てピザが好きね。〈お菓子探偵シリーズ〉のハンナも、〈イヴ&ローク〉シリーズのイヴも、たしかピザには弱かったような……。


 クリスマスということでレシピはいつもより多め。
 すっごく甘そうだけど、テレビの「グレーテルのかまど」でも紹介されてた、ブラジルのチョコレート菓子ブリガデイロが気になる。



■2月×日

さよなら、ブラックハウス (ハヤカワ・ミステリ文庫)

さよなら、ブラックハウス (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ピーター・メイの『さよなら、ブラックハウス』は衝撃的な作品だった。


 スコットランド北西部のアウター・ヘブリディーズ諸島にあるルイス島で、アンガス・マクリッチという男が惨殺され、エディンバラ市警の警部フィン・マクラウドが捜査に協力するため派遣される。エディンバラで起きた猟奇事件によく似ていたうえ、フィンはこの島出身で、被害者とも知り合いだったからだ。フィンにとっては十八年ぶりの帰郷だった。


 毎年夏になると、十二人の男たちが北の孤島にグーガ(シロカツオドリの幼鳥)狩りに出かけ、二週間で二千羽のグーガを狩る風習がある島。この過酷な行事は島の男たちの通過儀礼だという。
 十八年まえ、フィンが参加した最初で最後のグーガ狩りで、いったい何が起こったのか?


 ゆるふわなカバーイラストから、なんとなく甘酸っぱい青春譚なのかなあと思って軽い気持ちで読んだら、思いっきり張り手を食らった気分。なんというヘビーでディープな話なんだ! 胸をゆさぶられるとはこういうことか、と思った。謎解きも読ませるけど、なんといっても過酷なグーガ狩りの描写がすごい。男ってたいへんね。


 また主人公のフィンがねえ、かなりのイケメンで女に不自由したことがないみたいなんですよ。罪な男ですね。
 地元警官のジョージ・ガンはほっこり担当で、この人の存在にすごく救われた。


 本書は三部作の第一部だそうで、第二部の邦訳が三月刊行予定だそうなので楽しみ。
 スコットランド島嶼地域ものといえば、北のシェトランド諸島が舞台のアン・クリーヴス〈シェトランド四重奏〉シリーズもよかったなあ。
 ちなみにグーガは「弾力があって汁気に富み、色と舌触りはアヒルに似」てて、「味はステーキと薫製ニシンの中間」だとか。すごくおいしいらしいけど、イマイチ味が想像できない。



■2月×日

禁忌

禁忌

 フェルディナント・フォン・シーラッハの『禁忌』は、読んでいるあいだも、読み終わったあとも、いろいろと考えさせられる小説だ。


 あれ、この解釈でいいのか?
 いや、こんなふうにも考えられないか?
 どうしてこうなってしまったのだろう?
 さまざまな疑問や解釈が生まれ、頭がぐるぐるしてくる。
 にもかかわらず、ぐいぐい引きこまれてしまう。


 ドイツ旧家の御曹司として生まれたゼバスティアン・フォン・エッシュブルクは、長じて写真家となり、成功を収めるが、若い女性を誘拐したとの容疑をかけられたあげく、殺人容疑で起訴されてしまう。
 そこでビーグラー弁護士の登場となる。
 現実と真実は別物。インタビューでそう語ったビーグラーに、エッシュブルクは弁護を依頼する。

 消えた死体。まがまがしい証拠品の数々。
 気がつくとエッシュブルクがいきなり泥沼にはまっていてびっくり。
 なんだかちょっと魔術的な印象さえ受ける事件だが、後半の法廷劇と、奔走する弁護人の活躍を読むうちに、張りめぐらされていた罠に気づき、大掛かりな謎が見えてくる。
 でもあくまでもぼんやりと。
 もう一度読めばいろいろなものがはっきり見えてくるのかも。
 芸術って奥が深いわ。


 色の見え方というのは人によってちがうらしいが、「人が知覚する以上の色彩を認識し、文字のひとつひとつにも色を感じる共感覚の持ち主」であるエッシュブルクは、どんなふうに世界が見えているのだろう。



■2月×日

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

 火星というと、フレドリック・ブラウン火星人ゴーホームを思い出す。たしか中学生ぐらいのときに読んで、ものすごいインパクトだった。あれは火星人が地球に来る話だったけど、アンディ・ウィアー『火星の人』は逆パターン、火星に地球人が行く話。


 有人火星探査のミッション中、猛烈な砂嵐に見舞われた〈アレス3〉のクルーたち。そこで事故が起こり、吹き飛ばされたアンテナがクルーのひとりマーク・ワトニーを直撃。クルーは彼が死亡したと判断して火星をあとにする。


 ところがマークは生きていたんですね。


 このマークのサバイバル能力がすごい。
 火星で生きていかなきゃいけないわけだから、もう地球規模を越えて宇宙規模。
 植物学者でメカニカル・エンジニアという組み合わせもよかったみたいで、土作りからはじめて畑でジャガイモを収穫しちゃうし、機械系統の不具合はちゃっちゃと直しちゃうし、なんかこう言うと変だけど、安心して見ていられる感じ。


 そして何より、メンタルの強さがハンパない!
 もうね、火星にいると当然予想外のことがガンガン起こるんですよ。ちょっとした判断ミスで、下手したら死んじゃうかもしれないわけです。
 なのに、それをギャグにしちゃうとか、ノリツッコミまでしてみせるとか(だれに?)、なんなのこの人?
 逆境に強いというか、強すぎて逆に引くわ。
 やっぱり宇宙飛行士になるにはゾウが踏んでも壊れない(古い!)精神力が必要なんだな。


 マークって、A型の几帳面さと、B型の凝り性なところと、O型のおおらかさと、AB型のエキセントリックなところ、すべてを兼ね備えた人かも。つまり総合的な人間力の勝利? どうでしょう、この分析。ちょっと無理があるかな……。


 ちなみに本書、リドリー・スコット監督、マット・デイモン主演で今年映画になるそうですよ。



上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、マキナニー〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。最新訳書はフルークシナモンロールは追跡する』。ロマンス翻訳ではなぜかハイランダー担。趣味は読書とお菓子作りと宝塚観劇。


名探偵のコーヒーのいれ方 コクと深みの名推理1 (ランダムハウス講談社文庫)

名探偵のコーヒーのいれ方 コクと深みの名推理1 (ランダムハウス講談社文庫)

危ない夏のコーヒー・カクテル ([コクと深みの名推理4])

危ない夏のコーヒー・カクテル ([コクと深みの名推理4])

謎を運ぶコーヒー・マフィン (コージーブックス)

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大鴉の啼く冬 (創元推理文庫)

大鴉の啼く冬 (創元推理文庫)

白夜に惑う夏 (創元推理文庫)

白夜に惑う夏 (創元推理文庫)

野兎を悼む春 (創元推理文庫)

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青雷の光る秋 (創元推理文庫)

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犯罪

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罪悪

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コリーニ事件

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火星人ゴーホーム (ハヤカワ文庫 SF 213)

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シナモンロールは追跡する (お菓子探偵)

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