第14回:謎と冒険と素敵キャラ満載の中華な世界――『東方の黄金』(執筆者・♪akira)

 
 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 ようやく猛暑も終わりが見えてきましたが、まだまだ夏気分を満喫するべく、謎と冒険と素敵キャラ満載の中華な世界に足を踏み入れてみませんか? というわけで、今回はロバート・ファン・ヒューリック『東方の黄金』(ハヤカワポケットミステリ)をご紹介します。
 

東方の黄金 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1804)

東方の黄金 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1804)

 時は七世紀、唐の時代。供一人を連れ、都から山東省の小さな港町、平来(ポンライ)に新任の知事(*)が向かっていた。彼の名前は狄仁傑(ディー・レンチェ)。前知事は毒殺されており、その犯人探しもディーの任務の一つであった。道中、2人組の賊に襲われかけるが、真面目に剣を合わせた知事は、その若者たちの腕っぷしと人柄を買い、部下にする。馬栄(マーロン)と喬泰(チャオタイ)と名乗るその2人は、正義感が強く、ディー知事の手足となることを誓う。
(*この時代、知事は判事を兼ねていた。以下、ディー判事で統一)
 
 ご存じの方も多いと思いますが、中国のシャーロック・ホームズとも呼ばれるディー判事は実在の人物でした。西暦 630年に生まれ、前半生は知事として中国各地に赴任。のちに宮廷入りし女帝則天武后に仕え、晩年は宰相を務めます。その人となり、時代背景などはポケミスのディー判事シリーズの解説やあとがきに詳しく書かれています。どの巻にも、著者に関するエッセイや中国の風習など大変興味深い読み物もたくさん載っていますので、そちらをぜひお読み下さい。
 
 ヒューリックの描くディー判事は、聡明で高潔。人情に厚く、剣の達人。書類仕事にも秀でており、地道な捜査もいとわない、まさに文武両道のお手本とも言うべき人物ですが、許せない輩には破れ鐘のような声で恫喝。その一方、腹が減ってはいくさも出来ぬ、と、忙しくても食事はかかさなかったり、人のりっぱなあごひげを見てうらやましがったりと、親しみやすいキャラクターでもあり、これこそがシリーズ人気の大きな要因ではないでしょうか。いにしえの中国、しかも大都市ですらないという、なかなかなじみの薄い舞台かもしれませんが、生活習慣や服装など、作者が外国人だからこその詳細な描写のおかげで、思い思いに場面を想像でき、驚くほどするすると読み進めてしまいます。
 
 本書は刊行順では一作目ではありませんが、時系列的にはディー判事最初の事件であり、おなじみの仲間たちも初登場。政だけではなく、人妻の失踪、さらなる殺人事件、人食い虎、おまけに毒殺された前知事の幽霊も出てくるとあって、さすがのディー判事も息つくヒマがありません。それを助けるのが、長年判事の片腕をつとめている洪亮(ホンリャン)。彼は政庁では警部を務め、家では判事にお茶を淹れ、服も揃えるという、スーパー執事ジーヴスのような存在。<? そこに加わった部下2人組がこれまた萌え! もともと軍人上がりのこの2人。マーロンはガタイがでかくて腕っぷしも強く、女好きの単細胞というマッチョ設定。一方のチャオタイは、同じく武術の腕は立つが思慮深く、どうやら高貴な出自の様子。しかも彫刻もかくやという程のイケメンなんですけど!! いやー、ヒューリック先生、時代を先読みしてますね!<?
 
 そんなわくわくするキャラ設定も魅力ですが、なんといっても忘れちゃいけないのはディー判事の卓越した捜査能力。微に入り細にわたる現場検証や、人の話の中から動機や真相を見つけ出すその才能は、まさに稀代の名探偵。謎解きが終わった後は、胸のすくようなお裁き場面が待っています。こんなにたくさんの要素が詰まっているのに、解説も含めて二百ページもない!! 長編流行りの昨今、なかなか読み終わらなくてストレスが溜まった時、ちょっと寄り道してササっと一気読みなどいかがでしょうか。読了した満足感で、途中で停まった作品にも再度挑戦する気が起きるかもしれませんよ!
 
 そして近年、娯楽作品の帝王ともいうべき徐克(ツイ・ハーク)監督により、本家中国で二本の映画になりました。一つは、現在公開中の最新作、『ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪』(原題/狄仁杰之神都龍王)。
 
■予告編(日本版はシードラゴンの正体がばっちり見えてしまっているので本国版にしてみました)

 
 実在のディー判事を基にしたオリジナル脚本で、本書と同じく判事初登場の話。水神の怒りを鎮めるために人身御供となった花魁が、謎の男たちに襲われます。都に出てきた若きディーは、水に潜む怪物や恐ろしい虫など、次々に襲い来る困難に、のちの相棒の沙陀(シャトー)や仲間たちと共に全力で立ち向かいます。けれん味たっぷりな派手なアクションに、大掛かりなセットや都・洛陽のCGなど見所満載ですが、ラストの怪獣大暴れシーンはぜひスクリーンで!
 
 その3年前には『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件』(原題/狄仁杰之通天帝国)が公開。
 
■予告編

 
 こちらは、すでに判事として名を馳せていたディーが、則天武后の怒りにふれ、8年間幽閉されていたところから始まります。女帝即位を記念した巨大な仏塔の建立中、関係者が自然発火する事件が相次いだため、則天武后はディーを釈放し、事件の解決を命じます。新作が冒険アクションとすると、こちらは謎解きの要素が断然多く、ミステリファンに強くオススメ。なんたって、陰謀で人体発火なだけでもすごいのに、さらに怪奇がついちゃうんですよ!! 推理だけにとどまらず、宮廷にはびこる謀略に、妖術にカンフー(武術監督はあのサモ・ハン!)に……と、こちらもなんたるサービス精神!!! クライマックスでは巨大なスケールの迫力満載シーンに度肝を抜かれること間違いなし!
 
 このBDの特典に入っているインタビューで、彼にとってディー判事とはどういう人物かという質問に対し、ツイ・ハーク監督はこう答えています。
 

「聡明で完璧」
「世俗的な偽りの心がない」
「永遠にすばらしい」

 
 これ以上の褒め言葉があるだろうか! というぐらいのパーフェクト賛美!!! かように多くの人の心をとらえるディー判事の活躍、映画は大ヒットで既に続編も決まったそうですので、映画を観て興味を持った方、ぜひヒューリック版ディー判事を読んでみてはいかがでしょう。
 
  

akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 Twitterアカウントは @suttokobucho
 

沙蘭の迷路 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1823)

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江南の鐘 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1816)

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水底の妖(ハヤカワ・ポケット・ミステリ1829)

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北雪の釘 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1793)

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紅楼の悪夢 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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雷鳴の夜 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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螺鈿の四季〔ハヤカワ・ミステリ1832〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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白夫人の幻 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1789)

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柳園の壺 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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紫雲の怪 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1809)

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南海の金鈴 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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真珠の首飾り (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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観月の宴 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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五色の雲 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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寅申の刻〔ハヤカワ・ミステリ1844〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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