第9回:究極のかまってちゃん、レクター博士――『レッド・ドラゴン』(執筆者・♪akira)

レッド・ドラゴン 決定版〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

レッド・ドラゴン 決定版〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

レッド・ドラゴン 決定版〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

レッド・ドラゴン 決定版〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

 
 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 以前もこちらのコーナーで言及した『スーパーナチュラル』SHERLOCK シャーロック』のおかげ(?)で、世界中に腐った同志がたくさんいることがわかり、大変喜ばしい状況です。そんな腐女子得なTVシリーズ業界に、まさに真打ともいうべき新番組が始まりました。アメリカNBC TV制作ハンニバルです!
 
 ミステリファンの皆様にはもう説明するまでもなく、トマス・ハリスが生み出したあの天才精神科医で芸術愛好家で連続猟奇殺人犯で美食家でカニバリストハンニバル・レクター博士を主人公にした、オリジナルストーリーの連続ドラマです。2001年に公開された同タイトルの映画とは別物で、今回のTVシリーズはレッド・ドラゴン事件より前、FBIプロファイラーのウィル・グレアムとレクター博士がいかにして出会ったか、という前日譚になっています。時系列から言えば、原作本を読まずとも楽しめるとは思いますが――
 
 この後グレアムをあんなひどい目にあわせるくせに何そのしらじらしい態度は!!!(笑)
 
 ――という視点で観ていただくと大変楽しいので、ここはやはりレクター・サーガ発表順の第一弾、レッド・ドラゴン(ハヤカワ文庫NV)をご紹介いたします。
 1981年に刊行、1986年にはマイケル・マン監督により映画化(邦題『刑事グラハム 凍りついた欲望』→DVD化でレッド・ドラゴン レクター博士の沈黙』と改題)されましたが、批評家受けはしたものの、一般の観客にはイマイチの結果に。しかしご存じのとおり、1991年にジョナサン・デミ監督が映画化した続編羊たちの沈黙は全世界的に大成功。ここ日本でもカニバリストといえばS川君、という認識を大きく上書きし、子供から大人まで広く支持を得て、レクター博士自給自足界のキングとなりました。
 
 小説に話を戻しますと、物語は連続して起きた二件の一家惨殺事件で幕を開けます。両親とともに容赦なく殺された子供たち。被害者に共通点が無く、行き詰る捜査。FBIのジャック・クロフォードは犯行の猟奇性を鑑み、適任者として、心身ともに傷つきFBIを去っていた伝説のプロファイラー、ウィル・グレアムを現場に引き戻します。彼は3年前にハンニバル・レクターを逮捕した際、九死に一生を得る大怪我をしました。犯罪現場で犯行を可視化できるというグレアムの特殊な才能は彼を精神的に追い詰め、さらに、母親の遺体に不気味な噛み傷が残されていたことから、犯人は『噛みつき魔』と呼ばれマスコミの格好のネタに。万策尽きたクロフォードらは、猟奇犯罪者の心理は猟奇犯罪者に聞け! とばかり、精神異常犯罪者収容病院に厳重に囚われたレクター博士に助言を求めることにします。
 
 早いうちに犯人は明かされますが、もちろんこの物語で重要なのは犯人探しではありません。グレアムの驚異的な捜査術と、異常な犯人から自分の家族を守らなければならない焦り、その一方で、いかにレクター博士がグレアムをいたぶるか、しかもみずから手を下さず、遠隔操作でどうやって人を操るかが読みどころとなります。続編が出るにつれてどんどんレクター博士のカリスマ性が濃くなっていくわけですが、静かな狂気を秘めた得体の知れない人物という点では、出番が少ないながらも本書が一番ではないでしょうか。また、異常でありながら悲惨な過去を背負った犯人の描写にはかなりのページを割いており、のちの羊たちの沈黙バッファロー・ビルや、『サイコ』のノーマン・ベイツと同様、強烈なキャラクターとして記憶に残ります。全体を暗い影が覆うようなイメージで、シリーズ中もっとも緊張感の高い本書ですが、犯人があるものを食べ、逃走するシーンで、「満腹で走るのはよくない」と、ゆっくり歩くシーンがあったりと、珍妙なユーモアも忘れないハリス先生、さすがのストーリーテラーです。
 
 ていうか腐女子展開はどうなのよ! と思った貴女、それはもう全編いたるところ、濃厚に漂っておりますのでご心配なく。グレアムが心配といいながらこき使うクロフォードや、レクター博士と、その功績(?)に心酔している犯人とは、食うか食われるか(文字どおり)の危うい師弟関係を保っていると言えますが、最重要チェック案件はもちろんレクター博士&グレアムでしょう!!!
 
 気がつくとレクターのことしか考えていないグレアム
グレアムのことを「ウィル」と呼び、「君は自分が気づいているよりもずっと私に似ているんだよ」としつこくアプローチ、無視すると猛烈なアタック(これまた文字通り)をするという、究極のかまってちゃんレクター博士
 
 この気の毒すぎる関係性をつきつめたのが、前述の新ドラマハンニバル。製作者ブライアン・フラーは雑誌 EW (エンターテインメント・ウィークリー誌)のインタビューでこう答えています。
「ほんとに2人のラブストーリーなんだよ――そうとしか説明のしようがないんだ」(意訳)
 なんですか、この腐女子まっしぐらの製作方針は!!!
 
 先日、初回だけ鑑賞したところ、上の公約(?)に偽りなし! まだ前科のない精神科医レクター博士はマッツ“北欧の至宝”ミケルセン。若くて食欲のあるレクター博士が「喰って、喰って、喰いまくる!」話ではなく、スーツにエプロン姿で優雅にキッチンでお料理をするシーンが売りです(多分)。何の疑いも持たずに彼に助言を乞うグレアム(ヒュー・ダンシー)の寝込みを襲い、ではなく、早朝に家を訪問し、寝起きの彼に手製の弁当を差し出すという、いまどき少女漫画でもなさそうな乙女チックなシーンには、筆者を含め、腐女子が気絶寸前だったことと思います。たとえそれが何の(というか誰の)肉だったかは別として……。
 
ハンニバル」予告編

スターチャンネルハンニバル』公式サイトhttp://www.star-ch.jp/hannibal/
 
akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 Twitterアカウントは @suttokobucho
 

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