第23回『A-10奪還チーム出動せよ』の巻(執筆者・東京創元社S)
みなさんこんにちは。お久しぶりの「冒険小説ラムネ」です。ほんとうにお久しぶりで、原稿の取り立てをしてくださっている事務局の方にスライディング土下座! という感じですが、今回も楽しく読んでいただけますと幸いです。
- 作者: スティーヴン・L・トンプスン,高見浩
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/09/05
- メディア: 文庫
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冷戦下のドイツ。アメリカの最新鋭攻撃機A-10Fが演習中にミグ25 に襲撃され、東ドイツ領内に不時着した。A-10Fにはパイロットと機を一体化させる極秘装置が搭載されていた。現場に赴いたアメリカ軍事連絡部〈奪還チーム〉のマックス・モスは装置を回収する。が、高度にチューンナップされた彼のフォードを、東ドイツ人民警察のBMW、ベンツとソ連の攻撃ヘリが追ってきた。緊迫のカーチェイスを描く冒険小説の名作。(本のあらすじより)
この作品の魅力は、ずばりカーチェイス! 月並みな表現で恐縮ですが、まさに手に汗握る描写が続いて、はらはらしっぱなしでした。カーチェイスって映画とかドラマでも見慣れている分、小説だとちょっと物足りないかも? と不安でしたが、あらすじを読んで期待していた以上におもしろかったです。
それもそのはず、著者のトンプスンさんは数々の国際レースで活躍した経験を持つ、本物のレーシング・ドライバーだったのです。しかも引退後は自動車専門誌で記者&編集者をしていたこともあるそうで、納得の筆力でした。とにかく臨場感がすごい! 時速200キロ近い猛スピードで疾走する車の振動が、そのまま伝わってくるような熱い描写ばかり。さらにドリフトのシーンや車同士の接触の瞬間の衝撃なども見事に描かれていて堪能しました。カーチェイスって自分でもなんとなく想像がつきやすいというか、船とか飛行機の操縦より馴染みがある分、よりリアルなんですよね。いやー、ばりっばりのペーパードライバーで、かつて仮免の技能試験に2回も落ちたあげく、高速教習であまりの怖さに泣きそうになった私なんかにしてみれば、絶っっっ対に真似できないウルトラ・テクニックばかりでした……。
さて、そもそもなんで東ドイツ人民警察やソ連の攻撃ヘリに追いかけられるという絶対絶命のカーチェイスをしなくてはならない羽目に陥ったのか? というところに戻りましょう。主人公のマックス・モスはアメリカ空軍の兵隊でした。除隊まであとひと月というとき、いきなり〈奪還チーム〉のメンバーに抜擢されます。これは「東ドイツに不時着した極秘の新型機A-10Fのパイロットと、脳波誘導装置“ジーザス・ボックス”を回収する」という役目を担うチームのことです。
冷戦下に“米軍兵が東ドイツでソ連軍や東ドイツ人民警察を相手に熾烈なカーチェイスを繰り広げる”という、当時の状況を考えるととんでもない設定です。これが冒険小説としていかに偉大なアイディアで、いかに現実の政治背景などを反映していたかについては、訳者あとがきと関口苑生さんのすばらしい解説に詳しく書かれていますので、そちらをご参照くださいね(自分で説明する気力と能力がないので……)。
まぁでも、なんか“奪還する”っていうだけでかっこいい感じですよね!! こういう魅力的な設定や舞台を生み出せるかどうかに、冒険小説としてのおもしろさがかかっているのだなぁと思います。
というわけで冒険小説ならではのアクション・シーンと、それを支える舞台設定のすばらしさに触れましたが、この作品の魅力はそれだけではない! 多種多彩なキャラクターと、彼らが繰り広げる人間ドラマも読みごたえがあるのです。
実はちょっと、冒頭が読みにくかったんですよ。なぜなら、わりと登場人物が多くて、しかも視点人物がころころ変わるので物語の構造を把握するまで時間がかかりました。しかし、主役のマックス・モスが登場したあたりから、俄然おもしろくなってきまして、あとは一気読み! このマックスくんが、私の好みのキャラクターというか、またしても「コンプレックス持ちハイスペック男子」でして……。アメリカ空軍の兵士で、とてつもない運転技術を持ち、ドイツ語とロシア語が堪能で、おまけにわりとイケメンなのに! なのに、なんでお父さんとそんなに仲悪いかな?
マックスくんはカリフォルニア大学のバークレー校(名門です!)をトップの成績で卒業したにもかかわらず、“高卒”として空軍に入隊します。学生時代にはレーサーとして活躍し、いい成績も残していました。彼の父親は陸軍の退役軍人で、シリコンバレーで大きな電子機器の工場を経営しています。かつて少将だった父は大統領や上院議員たちとも親しく、マックスは“偉大な父”に対してコンプレックスを抱え続けている……。そもそもマックスくんが空軍に入隊したのだって、“父親が陸軍だったから”というしょーもない理由ですからね! 子どもか! とはいえこういう屈折したキャラクターは嫌いじゃないんだぜ。むしろどんとこいなんだぜ! さらに彼が、自分のことを幼稚だと自覚しているのもいいですね〜。あくまで個人的な趣味で恐縮ですが……。
本書にいい感じのスパイスを加えているのが、このマックスくんのコンプレックスと、それをいかに解消するかに人間ドラマのほとんどが割かれている点ですね。ふつう、冒険小説だと綺麗で強い女性が出てきて、主人公とのロマンスが重要になると思うのですが、この作品には女性の影がほとんどないのです。主人公の成長物語として読める体裁になっていて、そこが新鮮でした。あとマックスくんのお父さんがなかなか出てこないなぁと思っていたら、最後においしいところを持っていって、それもニヤリという感じでした。息子と父親の関係というのは、女である自分からみるとちょっと独特でおもしろいです。
というわけで、いろいろな意味で読みごたえのある小説でしたが、唯一の不満が。タイトルに“チーム”とあるのに、正確にはチーム小説じゃないのはなんでだー! 新人がチームに入って、最初は古株のメンバーと対立して、でも数々の事件に立ち向かっていくうちに少しずつ確執がなくなっていって、最後は絶対絶命のピンチに命をあずけあっちゃったりする、そういう“チーム男子”小説が読みたかったんじゃー!! ……でも期待とは違かったけどおもしろかったです……。みなさんもぜひ読んでみてくださいませ!
【北上次郎のひとこと】 |
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このシリーズは4作まで翻訳されたが、第1作である本書の出来をついに超えることは出来なかった。都合よく何度も、緊張感あふれるものが空から落ちてくるには無理があるのだろう。残念ながら、トンプスンは「1作だけ傑作を残す冒険小説作家」なのである。 |
東京創元社S |
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小柄な編集者。日々ミステリを中心に翻訳書の編集にいそしむ。好きな食べ物は駄菓子のラムネ。2匹のフェレット飼いです。東東京読書会の世話人もしております。TwitterID:@little_hs |
- 作者: スティーヴン・L・トンプスン,高見浩
- 出版社/メーカー: 新潮社
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