韓国ミステリ事情(執筆者・祖田律男)
その1 植民地時期朝鮮における探偵小説
韓国ミステリ事情について気ままに紹介させていただきます。とはいえ、韓国ミステリの歴史的な流れを語ろうとすると謎めいた部分があまりにも多過ぎるため、いくつか謎を提起して推理小説風に問題の解決に挑むという手法を採りながら話を始めてまいります。まずは韓国推理作家協会編『季刊ミステリ』34号(2011年冬号)の特集「植民地時期児童文学家の探偵小説」の中から3編を見ていきましょう。作者はいずれも北極星。もちろん筆名で方定煥(パン・ジョンファン)が探偵小説を書くときに主に使われていたと言われています。
方定煥=北極星?
上記3作品の内容に立ち入る前に方定煥(1899-1931)とは何者であるのか確認しておきます。天道教の活動家としての側面があり人物像の素描は難しいが、一般に韓国では子どもの人格を尊重する意味をこめた「オリニ」(子ども)という言葉を作った人、朝鮮で初めて子どもの日を制定した人として知られ、朝鮮における児童文学生みの親として近現代の偉人の一人に数えられている。東京の東洋大学で児童心理学などを学んだ後、1923年には朝鮮で初の児童雑誌『オリニ』を創刊し、同雑誌の1926年4月〜1927年12月号にかけて代表作『七七団の秘密』という探偵小説を北極星の筆名で掲載したことは、つとに知られている。この作品は一種の冒険小説として今でも普通に読まれていて私の手元にある版は2010年に発行されたものだ。その解説に某児童文学評論家がこんなことを書いている。「暗鬱な日帝強占期の子どもたちに希望と勇気を与えた」と評しながらも当時の面白いエピソードを紹介している。あるとき、方定煥が開いた童話口演を監視していた日本人巡査が方定煥の話に引き込まれ感動のあまり涙を流したというのだ。方定煥は話術の巧みな人物だったようで動物の鳴き声など天下一品の腕前だったらしい。当時は児童の就学率も低く、文字の読めない人の多い時代でもあり、しばしば朝鮮の各地で童話口演大会が開かれていたようだ。内容は子どもを対象にしたものだが、話し聴きたさに父兄も大勢集まったため警官が監視に来ることもあったらしい。「日帝強占期」とは一つの歴史観に基づく解釈だが、それにしても児童書にまでそんな用語が出てくるとは……。
方定煥の作品は外国童話を翻訳あるいは翻案した小品が多くて作品の全貌はいまだ明らかになってはいない。2001年8月15日に韓国方定煥財団出版部が『小波方定煥文集』という全2巻からなる分厚い作品集を発刊し、およそ700編の作品を収録している。ただ。惜しいことに雑誌・新聞への掲載時の筆名が記されていない。方定煥は知られているだけでも北極星以外に夢中人、勿忘草など39もの筆名を使ったとも言われているだけに、その実態が気になるところだ。同文集刊行後、さらに100編ほどの作品が見つかったとされるが、これから問題にする3作品はその100のうちに含まれているのだろうか。
作品1:「誰の罪?」(『別乾坤』1926年12月)
英 ロバート・マーギル(原作)/ 北極星(翻訳)と書かれているから、とくに問題はないように思えたが、あとの2作品から類推すると何か問題点が見えてくるような気もするので少し調べてみることにした。
まず作品の内容は、金貸しの強欲な老人が、三人の来客の目前で瞬時電気が消えた隙に殺害されるという密室殺人を探偵が解き明かすという話。その三人とは、その老人とは仲が悪い義理の息子、息子の愛人、借金の返済に来た弁護士でそれぞれに老人を殺す動機があり、探偵が三人を追い詰めていくうち、最後に意外な事実を突き止めるという探偵小説の典型みたいな短編だ。
まず、原作について調べたいと思ったものの、原作の英文タイトルは不明のうえ、作者の正確なスペルもわからない。ロバート・マーギルのほかの翻訳作品でもあればと思っていろいろと探すうちに『新青年』第七巻第三号(1925年新春増刊号)にロバート・マーギルの「何者の手」が西田政治訳で掲載されていることがわかった。両者はよく似たタイトルで作品の内容から判断すると、むしろ「何者の手」とした方がふさわしいようでもあり、もしやと思って「何者の手」を読んでみることにした。同雑誌に掲載された翻訳作品名は雑誌本文を確認したところ、「何者の手」ではなく「何者の手ぞ?」が発表当時のタイトルだった。ただし原題は記されてはいない。
「誰の罪?」と「何者の手ぞ?」を比較検討した結果は、およそ九割程度の類似性が認められるため原作は同じものだと断定できよう。原書を読んだわけではないので確かなことは言えないが、両訳書を比較すると「誰の罪?」には所どころ本文の省略部分があるようで、発表時期から類推すると「何者の手ぞ?」からの重訳かもしれない。
作品2:「怪男女二人組」(『別乾坤』1927年8月)
この短編について本特集の解説者朴光圭(パク・クァンギュ)は創作なのか、翻訳なのか、映画からヒントを得た作品なのかわからないとしている。どんなストーリーかというと警察署にある女から電話がかかってくる。どうやら間違い電話らしいのだが、電話を受けた警部は女の話す内容が盗みの相談なので仲間になりすまして犯行の情報を入手する。実はその電話は偽の犯行手口を流すためのトリックで予告通り、ある会社の貴重品が盗まれてしまうという話。滑稽譚として面白く読める作品だが、読後感じた疑問を話してみたい。
深夜、警察署に電話がかかってきて、ある宿直担当の警部が受話器をつかむと女の声で「もしもし、キムさんですよね?」と言われ、美声に魅入られるようにその警部が「キムだけど」と答えてしまうことから話が始まる。人名はそれ以外には出てこないのだが、キムという呼名から舞台は京城であろうか。
第一の疑問。電話を受けた警部が終始チャップリン警部と表されている点。本文中にはチャップリンみたいな髭を生やしているのでそのあだ名がついたと注釈まである。
第二の疑問は犯行に自動車が使われている点。
そのほか細部の疑念は省略するとして第一の疑問について検討を始めよう。まず方定煥が映画に関する小文を残していないか探してみたところ、ありました。やはり雑誌『別乾坤』1926年12月号に「活動写真」という随筆を載せていたのです。そこには冒頭、「マクドナルドがだれか」と訊いても英国労働党の党首だと答えられる者は大衆の中にはまれにしかいないが、「メアリー・ピックフォード」がだれかと訊けば米国の名女優であることはだれでも知っていると書かれています。残念ながらこの随筆にはチャップリンへの言及はなく、朝鮮においておよそ20年前に初めて活動写真が上映された光景を思い起こしながら、今や映画は大衆的宣伝媒体として威力を発揮するに至ったと感慨深げに語るにとどまっていたのでした。ただ、方定煥が東洋大学在学中に浅草の電気館でチャップリンの映画を観て強烈な印象を持った可能性は極めて高いように思う。
第二の疑問に移ります。1924年に玄鎮健(ヒョンジンゴン)という作家が、京城の目抜き通りを走る人力車曳きの悲哀を描いた短編小説「運のよい日」との作品背景の落差があまりにも大きすぎる点が気になった。そこで参考までに当時の朝鮮における車輌数を調べたところ、『朝鮮総督府施政年報大正14年版』(1925.12末現在の統計)によると、人力車3,918台/荷車32,246台/荷牛車99,598台/荷馬車4,388台/客馬車114台/自動車1,341台となっている。この数字を見る限り、当時の京城では自動車を使った犯罪は難しかったのではなかろうか。
作品3:「紳士盗賊」(『新小説』1930年1月)
この作品については作品紹介の中で解説者は「創作か否かが問題だ」と指摘している。その論拠として興味深い事実を伝えている。当時相次いで刊行された雑誌や新聞に掲載される作品のうちに剽窃や盗作が多かったためか1930年、『東亜日報』ではそんな事例を告発できる「文壇探照燈」という紙面を用意したという。同年10月、そのコーナーに「紳士盗賊」は剽窃ではないかと疑惑を提起する人物が現れたのだ。その人物の名は金沼葉(キム・ソヨプ)、その人の主張によると田中總一郎「仮装舞踏会の夜」と内容が同じだというのだ。この作品の解説者は金沼葉が比較対照したそうだから、剽窃の可能性は高いものと思われる、と結んでいる。一体「文壇探照燈」への投稿文および「仮装舞踏会の夜」の原文はどんな内容なのだろう。そんな疑問に抗しきれず調査を進めていった次第だ。
まず「文壇探照燈」の性格を知るために同紙面への投稿呼びかけ文をみてみよう。『東亜日報』1930年4月8日の紙面にこんな呼びかけ文が載っていた。
「最近諸新聞学芸面の拡張と二、三新雑誌の創刊により、学界の文壇が一見活気を呈してきたようでもあるが、一面原稿需要の激増に乗じて文名を得ようと他人の作品を剽窃したり抄訳したりしてあたかも創作であるかに装って発表する厚顔無恥の輩が跳梁して……(中略)……そうした事例を摘発していただきたい」とし、投稿規定として①長短は随意②原作者氏名、原書の表題および該当頁を明記すること③人身攻撃をせず、指摘に留めること④紙面への匿名は認めるが、原稿には住所氏名を明記し、捺印すること―の条件を付けている。
金沼葉の投稿文は1930年10月5日付の紙面に「北極星の『紳士盗賊』」の題目で掲載されていることがわかった。それを読むと九か月前に「紳士盗賊を書いた北極星もまた紳士盗賊」の題目で投稿したところ人身攻撃と判定されて不採用になったとのことで、よほど腹に据えかねたものか再度、表現をやわらげて投稿したものらしい。ともかく、その中で「紳士盗賊」は『キング雑誌』第二巻第三号(大正十五年三月号二頁十四頁[二百十四頁の誤植]から始まる)所収田中總一郎氏「仮装舞踏会の夜」の剽窃であり、抄訳であると指摘し、北極星に好意を寄せていて裏切られた思いを綴っている
。
早速「仮装舞踏会の夜」の複写物を取り寄せて両者を対照して検討した結果、およそ九割程度が同じ内容で、特徴的なことは「仮装舞踏会の夜」での日本の人名、地名を「紳士盗賊」ではすべて省略し、「山手ホテル」を「パソンホテル」といかにもありそうでいて地名の特定が困難な名称に変更している。両作品を読んだ金沼葉氏が怒るのも無理はない。
さて金沼葉とは一体何者なのか? 朴光圭は戦後越北した京機道開城出身の文人金炳國(1912−?)と比定しているが、果たしてそうか。「文壇探照燈」への投稿文を繰り返し読んでみても、私には十八歳の青年の書く文章とは思えないのだが……。
北極星の筆名も覆面レスラーのマスクみたいなもので、ときには中身が入れ替わることもあったのではなかろうか。
探偵小説『血袈裟』の発見
金来成は戦後に書いた「探偵小説論」(『セビョク』1956年3月号)の中で「1937年に筆者が『朝鮮日報』に発表した『仮想犯人』が韓国における創作探偵小説の嚆矢とみれば…」と述べているが、これまでみてきたような状況を念頭に置いて読むと合点がいく。
もう十年余り前のことになるが、韓国の雑誌『季刊ミステリ』2002年秋号でセンセーショナルな特集が組まれたことがあった。韓国最初の長編推理小説が発掘されたというのだ。まず特集記事の小見出しを思い出してみよう。「暗鬱だった日帝強占期である1926年、蔚山(ウルサン)で韓国最初の推理小説が刊行された。八十年近い歳月が流れ、たった一冊しか残っていない探偵小説『血袈裟』電撃公開!」
いやがうえにも高まる期待。が、しかし「暗鬱だった日帝強占期」と作品を読む視角を限定してしまうことで作者の意図を誤読する恐れはなかったろうか。この小説が印刷されるなり警察に押収されたと解説されているが、果たしてそうか? 韓国国立中央図書館の書庫から見つかったというから元は日本総督府図書館の蔵書の一冊だったのだろう。確かに同書の奥付に「朝鮮総督府図書館」の蔵書印が押印されている。
まずこれから読まれる方の興味をそがない程度に作品の中身を簡単に紹介しよう。
『血袈裟』のあらすじ
美貌の令嬢が友人と三人で南山公園を散歩中、偶然首吊り自殺をはかる青年を見つけて救う。彼の気の毒な事情を知った令嬢は自分の家に寄宿して法律の勉強をするようにと勧める。一方、貴族の放蕩息子がその令嬢に惚れて求婚し、母は娘が命を助けた青年に恋慕の情を抱いていることを知りつつも、無理にでも放蕩息子と結婚させようとする。そんなある夜、南山公園で男の死体が発見され、その死体のそばで男の死となんらかの関係がありそうな内容の書かれた、ほぼ半分にちぎれた紙片が見つかった(原文の印刷が不鮮明なため、文面は再現できない、との編集者注あり)。ただ、重要箇所が欠落しているため十九年前の出来事との関連があるらしいことしかわからない。そしてさらに、南山公園で令嬢に求婚していた放蕩息子が刺殺されるという事件が起こった。死体の手に握られた髪の毛が有力な証拠とみなされ、令嬢は有力な容疑者として逮捕されてしまう。そのとき、郷里に戻っていた青年が友人の巡査からその話を聞きつけ、大邱で腕利きの探偵を雇って事件の解明に乗り出すと身の毛もよだつ恐るべき事実が判明する。
おおむねそんな展開で、上下二編から成り、上巻で事件の提示、下巻で事件の背景を描くといった構成になっている。作品構成の面ではぎこちなさがみられるものの、表現力の図抜けた高さが補ってあまりあると言えよう。この小説を反日作品とみる向きもあるようだが、理解に苦しむところだ。
『血袈裟』の作者
『血袈裟』の著者朴秉鎬(パクピョンホ)とはどんな人物なのだろう、そう思いながらも知る術がないものとあきらめかけていたところ耳寄りな情報を得た。『血袈裟』発見から5年ぐらい経って、『血袈裟』はすでに単行本発行以前に雑誌に連載されていたことがわかったというのである。その雑誌とは大正九年(1920)に通度寺が発行した『鷲山寶琳』のことで、同雑誌に4号から6号にかけて連載し、さらに大正十三年(1924)朝鮮仏教界が発行した『潮音』1号に続編を掲載しているのであった。ただし、雑誌連載は未完のまま終わっており、大正一五年十一月二十五日に私家版を発行することで区切りをつけたのだろう(この項の年号表記は雑誌、図書の奥付表記による)。『鷲山寶琳』と『潮音』はそれぞれ復刻版が刊行されていて読むこともできる。早速、ざっと目を通すうちに朴秉鎬に関していろいろと興味深い情報を得たが、まだ調査中なのでこの辺で話を終えます。雑誌連載の『血袈裟』は旧字体のハングル表記なので読解は楽ではないが、単行本では欠落していた事件の手懸りとなる漢字で書かれた紙片の文字が、紙片の写真を載せるという体裁で不鮮明ながらも読めるので、『季刊ミステリ』2002年秋・冬号掲載分と『鷲山寶琳』と『潮音』に連載された部分を照合しながら読むと『血袈裟』の原型が再現できるのではないか。埋もれた作品を発掘した『季刊ミステリ』編集部には敬意を表したいと思う。今後さらに、未知の推理作品が発掘されることを期待したい。
◇祖田律男(そだ りつお)。神戸在住。韓国語翻訳家。訳書に金聖鍾『最後の証人』、同『ソウル―逃亡の果てに』、アンソロジー『コリアン・ミステリー』など。 |
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