書評七福神の十月度ベスト発表!

 
書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。


 一ヶ月のご無沙汰でございました。今月も七福神をお届けします。10月は「このミス」などの年末ランキング投票期限とあって、各社自信作を送り込んできました。どのような作品に七福神の面々は票を投じたのでしょうか。

 
(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。


霜月蒼
『暗殺者の鎮魂』マーク・グリーニー/伏見威蕃訳
ハヤカワ文庫NV
暗殺者の鎮魂 (ハヤカワ文庫NV)
 いま《グランド・セフト・オートV》があるから本を読んでる場合じゃない、という俺のようなボンクラ男子ども。コントローラーをちょっと脇に置いて、これを読め。《マックス・ペイン3》とか《レッド・デッド・リデンプション》とか、ロックスター・ゲームスの物語のように貴様らの血を爆燃させる物語がここにあるからだ。――麻薬カルテルと警察が癒着したメキシコ。カルテルに命を狙われた一家を膨大な数の敵から守り抜いてアメリカに逃がすというミッションを負った男の死闘が、600ページを埋め尽くす。『007/スカイフォール』を思わせる荒れ果てた屋敷で展開する3対60の籠城戦を筆頭に、全編クライマックス! そしてゲームや映画よりも効果的に「時間」を引き伸ばすことができるのが小説というメディアだから、引き伸ばされた銃撃の時間にマーク・グリーニーがつめこむ血と硝煙のエモーションは、ゲームでは得られない昂揚を諸君にもたらすはずだ。さあ活字のバレット・タイムに燃えろ。KILL 'EM ALL!!!!!!


吉野仁
『狼の王子』クリスチャン・モルク/堀川志野舞訳
ハヤカワ・ミステリ
狼の王子 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
 アイルランドの田舎町にある館から発見された三人の女性の死体の謎と真相をめぐり、いくつもの視点や記述から多層的に語られていく。あらかじめ加害者が判明しているというルース・レンデルの某作を思い起こす冒頭だったり、ハイスミスに通じる「人の歪み具合」が描かれていたり、さらには寓話風な「狼の王子」の物語内物語が謎めいていたりと、この手のサスペンスが好きなわたしにはたまらない傑作。この作者の作品をもっと読みたい!


北上次郎
『暗殺者の鎮魂』マーク・グリーニー/伏見威蕃訳
ハヤカワ文庫NV
暗殺者の鎮魂 (ハヤカワ文庫NV)
 グリーニーの小説になぜ興奮するのか。それを知るために第1作『暗殺者グレイマン』のプロットを分解してみた。近々どこかで公開したい。細かく分解してみると、グリーニーの卓越した才能に改めて敬服する。ホントにすごい。本書はそのグリーニーの第3作。同好の士は黙って読むべし。


川出正樹
『三秒間の死角』アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/ヘレンハルメ美穂訳
角川文庫
三秒間の死角 上 (角川文庫)三秒間の死角 下 (角川文庫)
 とんでもない傑作を読んだ! とんでもない傑作を読んだ!! とんでもない傑作を読んだ!!! あの『死刑囚』コンビが、またもや打ち立てた不滅の金字塔、それが『三秒間の死角』だ。
 法治国家の抱える矛盾と限界に苛立ちつつも、国境を越えて流入する凶悪犯罪の真相追求に執念を燃やすストックホルム市警のエーヴェルト警部と、刑務所という闇の奥へと潜入し孤立無援の中ミッションを遂行する潜入捜査員ホフマン。この二人の視点を中心に、北欧警察小説のお家芸である犯罪によって人生を狂わされた個人と社会の関係を真摯に見つめる物語に、ひりつくような冒険小説の面白さが加わり、その上、大胆かつ入念に構築された謎解きの妙味も味わえるのだから、もう言うことはありません。未読の方は、これ以上の情報をシャットアウトして今すぐ読むこと。2013年は『三秒間の死角』が読めた、もうそれだけで十分です。


千街晶之
『三秒間の死角』アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/ヘレンハルメ美穂訳
角川文庫
三秒間の死角 上 (角川文庫)三秒間の死角 下 (角川文庫)
 十月刊行の作品というと、全く関係がなさそうな複数の事件が結びつく過程が圧巻のジャック・カーリイ『イン・ザ・ブラッド』や、(狭義のミステリではないものの)作中に挿入された古写真が青春小説としての骨格にミステリアスな雰囲気を纏わせるランサム・リグズ『ハヤブサが守る家』といった年間ベスト級の作品もあったが、ここでは「このミス」アンケートの締め切り日までに読むのが間に合わなかった懺悔を兼ねて、この一気読み必至の大作を推す。獄中にいながら緻密な計画によって事態の主導権を握る人物と、外部からその計画を阻止しようとする人物のダブル主人公による対決という発想が、ジェラルド・バトラージェイミー・フォックス主演の映画『完全なる報復』を想起させた。


酒井貞道
『スノーマン』ジョー・ネスボ/戸田裕之訳
集英社文庫
スノーマン 上 (集英社文庫)スノーマン 下 (集英社文庫)
 ジャック・カーリイの傑作『イン・ザ・ブラッド』には解説を書いてしまったからさておき、他では北欧が火を噴いた一か月であった。デンマークの有力新
人クリスチャン・モルクに、アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレムの『三秒間の死角』。いずれも傑作だが、一気に二冊も新刊が出たジョー・ネスボにとどめをさすだろう。あれよあれよという間にとんでもない方向に話が転がっていく『ヘッドハンターズ』も素晴らしいが、ハリー・ホーレ・シリーズの第七作に当たる(邦訳は二つ目)『スノーマン』をここでは選ぶ。オスロでは珍しい(らしい)シリアルキラーに肉薄する刑事ハリーの造形が素晴らしく、弱さと強さを兼ね備えた《一匹狼型》刑事の完成形として高く評価したい。ストーリーも波乱万丈で、随所で強烈なドライブをかけて読者を翻弄する。ヘニング・マンケルの正当後継者はネスボかもしれない。



杉江松恋
『三秒間の死角』アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/ヘレンハルメ美穂訳
角川文庫
三秒間の死角 上 (角川文庫)三秒間の死角 下 (角川文庫)
 これはもう『三秒間の死角』を挙げなければしかたない。自分で解説を書いたんだけど。でもしかたない。なぜかというと、2013年に読んだミステリーの中で、もっとも感心し、読んでよかったと思った小説だからだ。いや、好きな作品は他にもたくさんあるんですよ? でも、作家の姿勢に感服した小説はこれがいちばん。そこまであなたはミステリー作家であることに殉じますかー、と読み終えた後しばし感慨に耽ったのであった。上巻の幕切れでのとてつもない絶望感が下巻に入って増幅していき、息が止まりそうなほどのスリルを覚えるあの展開。そして、すべての真相が明らかになったときに目の前に広がるあの壮大な光景。あまり内容を知らずに読んだほうが楽しめると思うので一言だけ書くと、これは体力ではなくて頭脳で勝負するタイプの理知的なミステリーなのです。おもしろいよ、びっくりするぐらいに。


 蓋を開けてみれば暗殺者と刑務所ミステリーの二強。いやいや、さすがに年度〆の10月でした。さて、各年末ランキングの結果とは一致しているのでしょうか。また、2013年はまだまだ続きます。七福神は休まずに行きますよ。(杉)

 

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧

 

暗殺者の鎮魂 (ハヤカワ文庫NV)

暗殺者の鎮魂 (ハヤカワ文庫NV)

狼の王子 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

狼の王子 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

三秒間の死角 上 (角川文庫)

三秒間の死角 上 (角川文庫)

三秒間の死角 下 (角川文庫)

三秒間の死角 下 (角川文庫)

スノーマン 上 (集英社文庫)

スノーマン 上 (集英社文庫)

スノーマン 下 (集英社文庫)

スノーマン 下 (集英社文庫)

暗殺者グレイマン (ハヤカワ文庫 NV)

暗殺者グレイマン (ハヤカワ文庫 NV)

死刑囚 (RHブックス・プラス)

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イン・ザ・ブラッド (文春文庫)

イン・ザ・ブラッド (文春文庫)

ハヤブサが守る家 (海外文学セレクション)

ハヤブサが守る家 (海外文学セレクション)

完全なる報復 Blu-ray Disc

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ヘッドハンターズ (講談社文庫)

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