第四十三回はリタ・メイ・ブラウンの巻(執筆者・片山奈緒美)

 今回ご紹介するのは、リタ・メイ・ブラウンの犬ミステリー・シリーズの1作目"A Nose For Justice"です。


A Nose for Justice: A Novel (Mags Rogers)

A Nose for Justice: A Novel (Mags Rogers)


 リタ・メイ・ブラウンで犬ミステリー? 猫じゃないの?とお思いのかたもいらっしゃるでしょう。ごもっとも。「人間なんかに犯人を捕まえられるわけないわ」とばかりに自慢の鼻をきかせて犯人探しをするトラ猫ミセス・マーフィ・シリーズの愛読者なら、意外に思われるかもしれませんね。


 ただ、ミセス・マーフィのおかげで愛猫家のイメージが強い著者ですが、じつは犬も好き(ミセス・マーフィ・シリーズにもコーギー犬が登場しますよね)。本書巻末のプロフィールによると、現在はヴァージニア州で猫、犬、馬、キツネ(!)を飼っているそうです。著書 "Animal Magnetism" に詳述されていますが、子どものころから周囲に動物がいる暮らしを送っている人なのですね。


 さて、その動物好きのリタ・メイ・ブラウンが書いた本書は、金融危機ウォール街での仕事を失い、傷心して大都会ニューヨークからネヴァダ州の農場にやってきた34歳の独身女性マグズが主人公。地元では有名な富豪の大おばジープの農場での生活は平穏……かと思いきや、田舎ならではのしがらみが根強く、けっこうたいへん。金とモノが支配していたニューヨーク生活とは違う苦労がつきまといます。


 ある日、地元の水供給用ポンプが何者かによって爆破されます。以前より水利権や水の使用料金でもめごとが絶えなかった土地柄。爆破によって特定の地域への水の供給量を減らさなくてはならなくなり、何かと値上げを画策する水道事業者への脅迫か、はたまた料金アップをしぶる地域にうんと言わせるための事業者による自作自演かと憶測が飛び交います。


 そのころジープの農場の敷地内から身元不明の古い人骨が見つかります。そして、人骨が身につけていた指輪から19世紀にロシアの皇帝ニコライ一世が創設したエリート校の出身者らしいとわかります。なぜネヴァダの地にロシア兵の人骨が? ジープの前にその土地を所有していた地元の事業家フォード家が謎のロシア兵の死にかかわりがあるのか?


 そんな事件が次々起こるなか、真相を知ろうと奔走するマグズに寄り添うのが愛犬バクスター。ワイヤーヘアーのダックスフントくんです。バクスターのライバルであり相棒でもあるのが、マグズをあらゆる面で支える大おばジープの愛犬でジャーマン・シェパードの雑種、キング。本シリーズの影の主役でもあるこの牡犬2匹、仲がいいのか悪いのかときどきいがみあいながらも協力し、とにかくまさに「鼻」をきかせて事件の解決に貢献します。おもしろいのが2匹の会話です。


バクスター「ねえ、ぼくのおやつは?」
キング「(歯茎を見せて)ぐるるるー、ぼくの皿に近づいたら承知しないぞ!」


バクスター「こんな古い骨のにおいを嗅いだことないや」
キング「本物の骨のにおいを嗅いだことあるのか? おまえが嗅いだのはせいぜい骨型のガムかミルクボーンだろう」


――と、こんなぐあいのやりとりがところどころに登場します。人間が真剣に話しあっている横で犬たちがこんな会話をしているなら聞いてみたい!


 また、本書ペーパーバック版には、ところどころに2匹の挿絵が描かれています。暖炉の前でへそ天(腹を見せている状態)で無防備に寝ている2匹、人骨が見つかった穴のにおいを嗅いでいるバクスターと背後から覗きこむキング、トムとジェリーさながらにネズミを追うバクスターと後ろから吠えて加勢しているキングなど、2匹の関係がよくわかるなかなか楽しいおまけでした。


 この犬たちのおかげで全体的にのんびりした雰囲気が加味されているものの、ミセス・マーフィ・シリーズに比べると、本書は水利権に環境問題もかかわってくるちょっと硬派な印象の作品です。


 じっさい、Amazon.com の読者コメントによるとマーフィ愛読者たちの評価は二分。第2のミセス・マーフィを期待した人は思惑が外れ、まったく別の作品として読んだ人は、社会派のテーマを犬を登場させて読みやすいエンターテイメント作品に仕上げたことを評価しています。わたしは後者。以前、ここでご紹介した"Dog On It"(邦題『ぼくの名はチェット』)のチェット&バーニー・シリーズのファンなら、きっと本書をお気に召すはず。


 2匹の犬の存在感が強く印象に残りますが、もちろん、主人公マグズや大おばジープを中心に田舎ならではの濃厚な人間関係を細かく描いています。30代半ば独身のマグズには、お約束のロマンスの香りも漂います。お相手は同じく30代半ば、バツイチで保安官代理のピート。仕事ができる彼との関係がどうなるのかも楽しみです。


 現在、このシリーズは2作目の "Murder Unleashed" まで刊行済み。水も電気も止められた生活困窮者たちが暮らす建物で殺人事件が起こり、マグズらといっしょにバクスターとキングは次作でも大活躍します。


 リタ・メイ・ブラウンはほかに "Fox Tracks" などヴァージニアの狩猟クラブを舞台にしたシリーズも執筆。こちらも動物がたくさん登場し、人と動物の関係を描きながら次々に起こる事件の真相に迫ります。


 結論。リタ・メイ・ブラウンは猫好きなのではなく、やっぱり動物好きなのであーる。



片山奈緒(かたやま なおみ)

翻訳者。北海道旭川市出身。ミステリーはリンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズを翻訳。ときどき短編翻訳やレビュー執筆なども。365日朝夕の愛犬(甲斐犬)の散歩をこなしながら、カリスマ・ドッグトレーナーによる『あなたの犬は幸せですか』介助犬を描いた『エンダル』、ペットロスを扱った『スプライト』など犬関係の本の翻訳にも精力的に取り組む。日本最大の血統書団体JKCの愛犬飼育管理士の資格取得。最新訳書は:『成功する人の「語る力」』東洋経済新報社)。
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