デジタルデジタルごこうのすりきれ(執筆者・中山宥)
えー、“日本語の文体”とかけましてぇ、“これからの高齢化社会”と解きます。その心は……“ふくし(副詞/福祉)が肝心”。
以前、翻訳した本に、マイケル・ルイス『コーチ』というのがありまして。今は絶版になっておりますが、いずれ復刊されるかもしれません。
じつは、当初刊行された翌年の春、二つの私立中学の国語入試問題で、この本の一部が取り上げられましてね。わたしはすっかりぬか喜びして、「参ったなあ。子供たちが見習うべき名文として目を付けられちまったか。どぅれ、どんな問題だろう?」と、眺めたとたん……血の気が引きましたな。
あっちこっちの副詞が空欄になっていて、「以下に挙げた文章を読み、カッコ内に適当な副詞を入れなさい」なんて書いてある。
♪もしかしてだけどォ ♪もしかしてだけどォ これって「以下に(槍玉に)挙げた文章を(失笑を押し殺しつつ)読み、カッコ内に(あまりにも陳腐な使われ方の)適当な副詞を(不自然に数多く)入れなさい(小学6年の受験生諸君にも、容易に想像がつくであろうから)」って意味なんじゃないのォ……?
ま、それが被害妄想なのか、きわめて的確な推理なのかはともかく、少なくとも日本語の場合、副詞とか副詞句とかいったものには、たいへん大きな意味があるようでして。
たとえば女の子を「可愛い」と褒めるにしても、村上春樹を真似て、「春の熊みたいに可愛いね」なぁんて言うと喜ばれたりする。わたしなんぞは、真似たつもりで「秋の雨蛙みたいに可愛いよ」と言ったら、えらく怒られましたがね。
そのへんは、センスも問題でしょうけれど、語彙力も重要ですな。
5)
語彙力の貧困なわたしが、どうすりゃパワーを補えるのか。どうにかして、小学生の知恵を上回りたいもんです。……って、子供と競争してちゃいけませんが。
そうなると、頼みの綱ってぇのは、やはり類語辞典ということになります。
類語辞典は、収録語数が多けりゃいいってわけじゃありませんな。似たもの同士をひたすら大量に並べられても、「多すぎちゃって、どれがどれやら」と、AKB48みたいな状態になりかねない。じゃあってんで、厳密に分類してある辞書を引くと、「触手を伸ばす」の言い換えが欲しいときに、生物の世界へ連れて行かれて、「触手、触角、絨毛、虫様突起……」なぁんてやられたりする。
それじゃ、どの類語辞典がお勧めか? と、話題を広げたいところですが、どうやら現時点では、迷う余地がないようで。
Weblio類語辞典の一択でしょう。
数種類の辞書を串刺しできまして、そのうち、『類語玉手箱』は、翻訳者の方がお編みになった労作だとかで、なるほど気が利いてます。『日本語Wordnet』は、ニュアンス別の分類が丁寧で探しやすい。
試しに「触手」を調べると、『類語玉手箱』ではこんな具合に出てきます。
適当な語をクリックして、どんどんリンクをたどっていけるのが、デジタルの有り難いところで、「触手」からやがて「仕掛ける」あたりに行き当たると、こんなふうにズラリ。
わたしのパソコンには、『日本語大シソーラス』『角川類語新辞典』『学研国語大辞典』『分類語彙表』など、類語に強い辞典が目一杯詰め込まれておりますが、全部で束になってかかっても、結局、Weblioに敵わないような気がいたします。
まだご愛用でない方は、完全無料ですんで、是非いかがでしょう? ものは試し、百聞は一見なんとやらと申しますから。百聞は一見すると内田「百閒」に似てるんだが少し違う、とか何とか……。
6)
本当は、第2のお勧めとして「類語.jp」をご紹介するつもりだったんですが、折悪しく先日から、事業譲渡、アプリ販売中止と、怪しい雲行きが続いておりまして。このまま先細りで、無くなってしまうのかもしれません。
世の中、無くなると困るものはたくさんありますが、いちばん無くなっちゃ困るのは……いやなんたって、出版社です。
ところが悲しいかな、昨年、武田ランダムハウスジャパンが生憎なことになりました。生憎と申し上げた口から言うのもなんですが、わたくし、この展開を予想して、そうなったら翻訳がらみの権利はどこへ行くのかと事前にいろいろ調べておりまして。しかし今ひとつ確実な情報を得られず、ついに訃報が流れたあとも、編集者の方々のあいだで判断が分かれたりしていましたので、結果的にわかった事柄などを、ちょいとここに記させていただきます。
まず、ある会社の出版事業が他社へそっくり引き継がれた場合(たとえばランダムハウス講談社→武田ランダムハウスジャパン)、翻訳に関する契約はすべてそのまま移動します。翻訳者には、契約を結び直す必要も、また逆にその権利も発生しません。
一方、出版事業が引き継がれず消滅となったときは、裁判所が破産手続きを認めた時点で、権利は原作者のもとへ戻るんだそうです。つまり、破産管財人が説明会を開くなどする前に、ですね。このタイミングですぐさま新たな交渉が可能になり、ほかの出版社が「じゃあ、うちが再刊行を」と手を上げることができます。
その際、通常のような入札は行われないようでして。わたしが武田ランダムハウスジャパンから出させて頂いていた『マネー・ボール』は、複数の出版社が興味を示して下さったのですが――今回たまたまかもしれませんけれど――早い者勝ちのような形になりました。光栄にも、歴史ある某社から直接、打診のメールを頂戴したりしたものの、翻訳者に何らかの決定権があるはずもなく……いやむしろ、「ここは一つ、ご高名な方の新訳で」となる可能性も充分ですから、わたしのごときアマちゃんは冷や汗ものです。
なお、旧出版社の本も、在庫分に限り、破産管財人が販売できます(増刷は不可)。『マネー・ボール』は電子書籍にもなっておりまして、「電子書籍だと在庫が尽きることは永遠にないけれど、はて?」と見守っておりましたところ、紙の書籍の在庫が切れたあたりで販売停止となりました。
いやぁそれにしても、長く生きていると、身の周りからいろんなものが無くなっていってしまうもんですなぁ。子供の頃から親しんでいた書店が消え、レコード(CD)ショップが消え……。早稲田近辺なぞは、古本屋さんがめっきり減って、もはやラーメン屋街に様変わりいたしました。
そんなわけで、次週、最終回に取り上げるのはラーメン。ではなく、iPadの予定です。では。
◇中山 宥(なかやま ゆう)。1964年、東京生まれ。訳書は、ドン・ウィンズロウ「夜明けのパトロール」「紳士の黙約」、マイケル・ルイス「マネー・ボール[完全版]」など。 |
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