第4回 北欧その1 スウェーデン編(執筆者・松川良宏)

 
「北欧」とは普通、スウェーデンデンマークノルウェーアイスランドフィンランドの5か国を指す。人口の多い順に並べると、スウェーデン(約950万人)、デンマーク(約560万人)、フィンランド(約540万人)、ノルウェー(約500万人)、アイスランド(約32万人)。地理的にみるとアイスランドだけが島国でありほかの4か国と1000キロメートル以上隔たっているが、一方で言語をみるとフィンランド語だけがほかの4か国の言語とは系統を異にする。
 
 そして、推理作家協会ができた順に並べると、スウェーデン(1971年)、ノルウェー(1972年)、フィンランド1984年)、デンマーク(1986年)、アイスランド(1999年)となる。
 
 北欧5か国は一挙に扱いたかったのだが、どうしても規定枚数を超過してしまいそうだったので今月はわがままをいって2回掲載ということにしていただいた。ただ結局それでも足りず、北欧編は3回に分けての掲載となりそうである。今回はまず、スウェーデンのミステリー賞を紹介する。「北欧その2 デンマーク編」は1週間後に掲載される予定である。
 

スウェーデン推理作家アカデミー 最優秀長編賞、最優秀新人賞

 
 スウェーデン発の《ミレニアム》シリーズ(発表2005年〜2007年、邦訳2008年〜2009年)のヒット以来、北欧ミステリーが世界を席捲し、日本でも翻訳紹介の動きが加速している。今年に入ってからだけでもスウェーデンからは新たにモンス・カッレントフトとカーリン・イェルハルドセンが紹介された。


ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫) ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫) ミレニアム2 火と戯れる女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫) ミレニアム2 火と戯れる女(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫) ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ミレニアム3  眠れる女と狂卓の騎士(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫) 冬の生贄 上 (創元推理文庫) 冬の生贄 下 (創元推理文庫) お菓子の家 (創元推理文庫)
 
 スウェーデンには1971年に創設されたスウェーデン推理作家アカデミー(Svenska Deckarakademin)があり、最優秀長編賞(1982年〜)や最優秀新人賞(1971年〜)、最優秀翻訳ミステリー賞(1971年〜)などを毎年選定・授与している。日本でも人気のヨハン・テオリンは、2007年に長編デビュー作の『黄昏に眠る秋』で最優秀新人賞、翌2008年に『冬の灯台が語るとき』で最優秀長編賞を受賞し華々しいデビューを飾った。
 テオリンの数年前にはオーサ・ラーソンが同じように2年連続受賞を成し遂げている。2003年と2004年に弁護士レベッカシリーズの第1作『オーロラの向こう側』と第2作『赤い夏の日』で最優秀新人賞と最優秀長編賞をそれぞれ受賞。さらに2012年には同シリーズの第5作(未訳)で最優秀長編賞をふたたび受賞した。


黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) 冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
オーロラの向こう側  (ハヤカワ・ミステリ文庫) 赤い夏の日 (ハヤカワ・ミステリ文庫)


 新人賞・長編賞を連続受賞した作家はもう1人いる。1993年・1994年に両賞を受賞し、さらに1996年と2007年にも最優秀長編賞を受賞したホーカン・ネッセルである。この作家は日本に北欧ミステリーブームが到来する数年前の2003年に講談社文庫で1冊だけ邦訳され、その後紹介が止まってしまっている。邦訳の『終止符(ピリオド)』は1994年の最優秀長編賞受賞作である。
 冷戦末期に邦訳され、今はほとんど存在が忘れられていそうなスウェーデン産のスパイ小説、K=O・ボーネマルク『さらば、ストックホルムは1982年の最優秀新人賞受賞作。ボーネマルクは1989年に最優秀長編賞も受賞しているが、こちらは未訳である。


終止符(ピリオド) (講談社文庫) さらば、ストックホルム (中公文庫)


 その他の邦訳のある受賞作は以下の通り。

  • 最優秀長編賞
    • 1991年 ヘニング・マンケル『殺人者の顔』
    • 1993年 シャスティン・エークマン『白い沈黙』
    • 1995年 ヘニング・マンケル『目くらましの道』
    • 1998年 インゲル・フリマンソン『グッドナイト マイ・ダーリン』
    • 2005年 インゲル・フリマンソン『シャドー・イン・ザ・ウォーター』
    • 2006年 スティーグ・ラーソンミレニアム2 火と戯れる女
  • 最優秀新人賞
    • 1998年 リサ・マークルンド『爆殺魔(ザ・ボンバー)』

 『爆殺魔(ザ・ボンバー)』は邦訳出版された際の帯に「ポロニ賞(スウェーデン推理作家協会)受賞」とあり、裏表紙でも「スウェーデン推理作家協会ポロニ賞受賞のクライム・ノベル」と紹介されてしまっているが、ポロニ賞は優れた新人女性推理作家に対してスウェーデンのミステリー雑誌『Jury』が授与していた賞である。『爆殺魔』は『Jury』のポロニ賞と、スウェーデン推理作家アカデミーの最優秀新人賞の両方を受賞している。


殺人者の顔 (創元推理文庫) 白い沈黙 (講談社文庫) 目くらましの道 上 (創元推理文庫) グッドナイト マイ・ダーリン 悪女ジュスティーヌ 1 (集英社文庫) シャドー・イン・ザ・ウォーター 悪女ジュスティーヌ 2 (悪女ジュスティーヌ) (集英社文庫)
ミレニアム2 火と戯れる女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫) 爆殺魔(ザ・ボンバー) (講談社文庫)


 受賞作自体は邦訳されていないが、『白夜の国から来たスパイ』のヤン・ギルー(ヤン・ギィユー)、『制裁』『ボックス21』『死刑囚』のアンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム、『靄(もや)の旋律』のアルネ・ダールも最優秀長編賞の受賞者である。(『靄の旋律』に始まるアルネ・ダールの国家刑事警察特別捜査班シリーズは「ジャンルの活性化と発展に寄与した」として2007年にスウェーデン推理作家アカデミーの「特別賞」を受賞している)
 
白夜の国から来たスパイ 制裁 (ランダムハウス講談社文庫) ボックス21 (ランダムハウス講談社文庫 ル 1-2) 死刑囚 (RHブックス・プラス) 靄の旋律 国家刑事警察 特別捜査班 (集英社文庫)

 
 カーリン・アルヴテーゲンやカミラ・レックバリ、ラーシュ・ケプレルは受賞こそしていないものの、最優秀長編賞の候補にそれぞれ複数回選ばれている。(ここではノミネート作に限らず、すべての邦訳作の書影を示す)

 
罪 (小学館文庫) 喪失 (小学館文庫) 裏切り (小学館文庫) 恥辱 (小学館文庫) 影 (小学館文庫)
満開の栗の木 (小学館文庫) 氷姫 エリカ&パトリック事件簿 (集英社文庫) 説教師 エリカ&パトリック事件簿 (集英社文庫) 悪童 エリカ&パトリック事件簿 (集英社文庫) 死を哭く鳥 エリカ&パトリック事件簿 (集英社文庫)
踊る骸 エリカ&パトリック事件簿 (集英社文庫) 催眠〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 催眠〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 契約〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 契約〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

スウェーデン推理作家アカデミー 巨匠賞

 
 スウェーデン推理作家アカデミーはほかに、国内外のミステリー作家の生涯の功績をたたえる巨匠賞も授与している。1972年の最初の受賞者はアガサ・クリスティーエラリー・クイーン。翌年はジョン・ディクスン・カーレックス・スタウトスウェーデンからの受賞者には、1997年受賞のヤーン・エクストレムや2009年受賞のK・アルネ・ブルムらがいる。
 ヤーン・エクストレムは「スウェーデンのカー」と呼ばれる作家で、唯一の邦訳である『誕生パーティの17人』も含め、密室殺人を扱った作品を何作か書いている。小山正氏と松坂健氏がアイスランドのミステリー・コンベンションに参加した際、ヨハン・テオリンにヤーン・エクストレムは知っているかと尋ねたところ、テオリンは「おー、もちろん知ってるよ! 『イール・トラップ(鰻罠)』を書いた人ね!」といって大笑いしたという(『ハヤカワミステリマガジン』2009年10月号、p.95)。『イール・トラップ』(原題 Ålkistan)は『誕生パーティの17人』と同じベルティル・ドゥレル警部もので、密室状況のウナギ取りの罠で死体が発見されるという作品らしいが、そんなに笑ってしまうようなトリックが使われているのだろうか? K・アルネ・ブルムは国際推理作家協会の会長も務めた人物で、警官の妻を狙った連続殺人事件の犯人を捜査陣が追う『真実の瞬間』が唯一の邦訳。

 
誕生パーティの17人 (創元推理文庫 (227‐1)) 真実の瞬間 (1979年) (海外ベストセラー・シリーズ)
 

スウェーデン推理作家アカデミー その他の賞

 
 最優秀翻訳ミステリー賞(1971年〜)は1996年から2008年までマルティン・ベック賞」と呼ばれていたが、2009年以降は「黄金のバール賞」(Den gyllene kofoten)という名称になっている。マルティン・ベックというのはいうまでもなく、スウェーデンの夫婦作家マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーが生んだ刑事の名である。英米の作品が受賞することが多いが、フランスのセバスチアン・ジャプリゾ『殺意の夏』、フィリップ・クローデル『灰色の魂』、スペインのマヌエル・バスケス・モンタルバン『楽園を求めた男』、ドイツのアンドレア・M・シェンケル『凍える森』、オランダのティム・クラベ『失踪』など、非英語圏からも受賞作が出ている。
 
殺意の夏 (創元推理文庫 142-4) 灰色の魂 楽園を求めた男―私立探偵カルバイヨ (創元推理文庫) 凍える森 (集英社文庫) 失踪
 
 2009年からは児童・青少年向けミステリーを対象とする賞の授与も行っている。もともとはミステリー雑誌『Jury』が2002年から授与していたものだが、同誌が2008年に休刊となってしまったのでスウェーデン推理作家アカデミーがそれを引き継いだ。またほかに、ノンフィクション書籍または研究書が対象の賞などがある。
 
 スウェーデン推理作家アカデミーは以前にも、1976年から1980年にかけて児童・青少年向けミステリーを対象とする賞を設けていた。このときはどうやら作品の発表年とは関係なくその作者と作品を顕彰する賞だったようで、邦訳のあるものでは、1977年にアストリッド・リンドグレーン名探偵カッレくんシリーズ、1980年にオーケ・ホルムベリイの《私立探偵スベントン》シリーズが受賞している(私立探偵スベントンシリーズは「文:眉村卓、訳:ビヤネール多美子」で邦訳が5作あるが、amazonにデータが登録されていないので書影が示せない)。ちなみにスウェーデンの児童文学の大家であるアストリッド・リンドグレーンはカーリン・アルヴテーゲンの母方の大おばである。
 
名探偵カッレくん (岩波少年文庫) カッレくんの冒険 (岩波少年文庫) 名探偵カッレとスパイ団 (岩波少年文庫)
 

◆【スウェーデン】『エクスプレッセン』紙 シャーロック賞

 
 シャーロック賞Sherlock-priset、1955年〜1986年)はスウェーデンの夕刊紙『エクスプレッセン』が年間最優秀ミステリーに授与していた賞。邦訳がある受賞作は以下の4作。また、1961年にはシャスティン・エークマン、1963年にはヤーン・エクストレムが受賞している。
 

  • 1968年:シューヴァル&ヴァールー『笑う警官』
  • 1971年:オッレ・ヘーグストランド『マスクのかげに』
  • 1974年:K・アルネ・ブルム『真実の瞬間』
  • 1982年:K=O・ボーネマルク『さらば、ストックホルム

 
笑う警官 (角川文庫 赤 520-2) マスクのかげに (1977年) (ワールド・スーパーノヴェルズ) 真実の瞬間 (1979年) (海外ベストセラー・シリーズ) さらば、ストックホルム (中公文庫)
 


松川 良宏(まつかわ よしひろ)


 アジアミステリ研究家。『ハヤカワ ミステリマガジン』2012年2月号(アジアミステリ特集号)に「東アジア推理小説の日本における受容史」寄稿。「××(国・地域名)に推理小説はない」、という類の迷信を一つずつ消していくのが当面の目標。
 Webサイト: http://www36.atwiki.jp/asianmystery/
 twitterアカウント: http://twitter.com/Colorless_Ideas