第2回 連続殺人鬼はカリスマ性がお好き?(執筆者・佐竹裕)

スケアクロウ(上) (講談社文庫)

スケアクロウ(上) (講談社文庫)

スケアクロウ(下) (講談社文庫)

スケアクロウ(下) (講談社文庫)

 
 1960年代後半からのロック・シーンを彩った、ドアーズというバンドがある。作詞担当でリード・ヴォーカルのジム・モリスンの早すぎた謎の死(ドラッグ致死説あり)のせいもあって、いまなお語り継がれるスーパー・バンドだ。
 メンバーに特定のベース奏者を置かず、キーボードでベース・パートを補うユニークな編成と、特異な歌詞世界を展開するジム・モリスンのカリスマ性とで人気を博し、グレイトフル・デッド、ジェファーソン・エアプレインらと並ぶ1960〜70年代の代表的ロック・バンドにまでのぼりつめた。ところが小生、洋楽オタクを任じながらも白状すると、このバンドが少々苦手で、あまり聴きこんでいなかった。
 
 ドアーズには、ビルボード第1位となった、誰もが知っている代表的な大ヒット・ナンバーがある。デビュー・アルバム『ハートに火をつけて』The Doors/1967年)収録の第2弾シングルLight My Fire(ハートに火をつけて)」だ。
 中学生時代あたりから洋楽の魅力にとり憑かれ、自分でもギターで曲を作ったりするようになったこともあって、独学でコード(和音)進行なども学んでいたところ、ぶちあたったのがこの曲だった。ギターのロビー・クリーガーの作曲だが、Amの歌い出しで次のコードがF#mという全音2度落ち。ポップスの由緒正しく形式化された幾多のコード進行の概念では計り知れない、身勝手なコード・チェンジに度肝を抜かれたのだった。この2つのコードの反復の後、「Come on baby, light my fire」というタイトル部分の歌詞がくる、とてつもなくキャッチーなサビが待ち受けているのだが。人というのは、理屈に合わないものに拒絶反応を示してしまうもの。
 
 そんな経緯もあって、彼らの音楽を敬遠し続けたわけである。そんな中で唯一レコードを聴きこんでいたのが、ジム・モリスンが参加した最後のアルバム『L.A. Woman(L.A.ウーマン)』(1971年)。最近になって、こりゃいかんぞ、ドアーズきちんと聴かなけりゃ、と思い、それならばと、このアルバムを聴き返していた頃に、たまたま読んだベストセラー作家マイクル・コナリーの新作スケアクロウThe Scarecrow/2009年)で、件のドアーズにばったりと遭遇してしまったのである。
 
スケアクロウ』は、新聞記者ジャック・マカヴォイが『ザ・ポエット』The Poet/1996年)以来、久方ぶりに登場するサスペンス小説。ご存知のように、コナリーは、デビュー作『ナイトホークス』The Black Echo/1992年)で登場させた刑事ハリー・ボッシュを主人公とするシリーズ作品でおなじみだが、5作目にして初めてのシリーズ外作品となったのが、この『ザ・ポエット』。で、連続殺人鬼ものとして、はっきり言ってかなりの傑作である。しかも、コナリー作品のなかでもベスト3に入る作品だと個人的には思っている。それだけに、次作にあたる、この『スケアクロウ』には期待しまくっていたところもある。
 
 前作で、自らの命を賭した“ザ・ポエット”との直接対決のスクープ記事で一躍有名ジャーナリストとなったマカヴォイは、ロサンゼルス・タイムズ社に引っ張られ、そこに10年以上も勤めていたのだが、リストラの憂き目に遭ってしまう。残りわずかの記者生命を未来へと何とかつなぐために、一発逆転のスクープを狙おうとしたところ、たまたま自分が記事を手がけた、トランク詰めで発見されたストリッパー殺人事件に冤罪の疑いが生じ、勇躍、取材し直すことになる。すると、どうやら類似する事件が過去にもあったことに気付き……いっぽう、ネットの情報網を駆使して犠牲者を見繕っていた連続殺人犯〈スケアクロウ〉は、己の脅威となりうるマカヴォイの存在を知り、魔手を伸ばそうとしていた。
 
 今回の敵は、天才ハッカーでもある連続殺人鬼。この「スケアクロウ」が作中でたびたび口ずさむのが、『L.A.ウーマン』に収録された「チェンジリング(The Changeling)」で、彼はこの曲を自分のテーマ・ソングだと思い込んでいる。ここでは詳しくは書けないが、この犯人は幼少時にトラウマを抱えていて、やはり同アルバム収録の「ライディング・オン・ザ・ストーム(Riding On The Storm)」が当時の辛い記憶を呼び起こすらしい。さらに、ラストにもドアーズの「ジ・エンド(The End)」が流れるなど、ドアーズ・チューンづくしの作品なのであった。
 
 作品自体は、前作にも増して、マカヴォイが間一髪助かる場面が頻出するなど、少々ご都合主義が過ぎるかなという印象も否めないが、いつもながらの「巻措く能わず」のコナリー節は健在。一気に読ませてしまう面白さを持っている。斜陽化しつつある新聞業界を憂えた設定も、リアリティがあっていい。前作にも登場したFBI捜査官レイチェル・ウォリングも再登場。公私ともどもがっちりコンビを組んでくれて、2人の将来も気になるところだ。
 
 ちなみに、ドアーズのバンド名は、18世紀の詩人ウィリアム・ブレイクの詩の一篇をタイトルにしたオルダス・ハクスリーのエッセイ集『知覚の扉』(The Doors of Perception/1954 年)からとられたという。連続殺人鬼ものサスペンスとしては嚆矢とも言える、あまりに有名なハンニバル・レクター初登場作、トマス・ハリスの『レッド・ドラゴン』(Red Dragon/1981年)もまた、ブレイクの絵画「大いなる赤き竜と日をまとう女」に由来していることに、何かの符号を感じないでもない。
 
The Doors - The Changeling

 
The Doors - Riders On The Storm (ORIGINAL!) - driving with Jim

from the album L.A. WOMAN (1971)
 
The Doors - The End [FULL]

from the album THE DOORS (1967)
 

佐竹 裕(さたけ ゆう)


 1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナルPLAYBOY日本版」、集英社小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。
 直近の文庫解説は『リミックス』藤田宜永(徳間文庫)。
 昨年末、千代田区生涯学習教養講座にて小説創作講座の講師を務めました。
 好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。
 
L.A.ウーマン

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ナイトホークス〈上〉 (扶桑社ミステリー)

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ナイトホークス〈下〉 (扶桑社ミステリー)

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ザ・ポエット〈上〉 (扶桑社ミステリー)

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ザ・ポエット〈下〉 (扶桑社ミステリー)

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知覚の扉 (平凡社ライブラリー)

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レッド・ドラゴン 決定版〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

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レッド・ドラゴン 決定版〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

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