Kindle版ハワイ本訳書リリース顛末記(執筆者・大野晶子)

 

3 これからは提案型だ!

 
 今回は紙で刊行された作品を電子化するのではなく、はなから電子だったので、通常の仕事とは異なることをいくつか体験しました。
 
 ご存じのように電子書籍リーダーは文字の大きさを変えることができ、読者の設定によって1ページにどこまでおさまるかが変わってきます。ので、書籍の場合、基本的に「組版」は不要。今回、DTPソフトは使いませんでした。その代わり、編集にHTML5なるものの知識が多少求められたようです。
 電子書籍のフォーマットは、まだ過渡期のためか混乱気味のようす。いま日本の電子書籍の一般的なフォーマットはEpub3というヤツなのですが、Kindleの場合、それをさらにmobiファイルというものに変換しなきゃならなくて、細かい体裁にこだわらなければ既存のツールでmobiファイルに一発変換できるものの、ある程度洗練されたつくりにしたい場合は少し手作業が必要とされ、その際、HTML5の知識がないと困るらしいのです。まあ、どだいわたしにはちんぷんかんぷんな話ですが。
 とにかくそんな事情からいわゆるゲラというものがなく、こちらが納めた縦書き原稿をそのまんまプリントアウトしたものに、校正者&編集者とのやりとりを進めながら赤を入れ、それをデータに反映させていき、三校くらいまでいったところでいよいよmobiファイル化して最終的な商品形態に整えたのちKindleに流しこみ、ハイライト機能とメモ機能を駆使しつつ画面上で最後の確認作業を行いました。
 いまはPDF画面に直接赤入れすることも可能な世の中だそうですが、画面上のみでの最終確認というのは、アナログなわたしには少々不安だったというのが正直な感想です。
 
 そして、訳書誕生の瞬間に立ち会うという経験もさせてもらいました。つまり、Amazon側にデータをアップする瞬間です。それから1〜2日の審査(!)を経たのち、ぶじKindleストアに拙訳書が表示されたときは、手作り感たっぷりの作業だっただけに、感慨もひとしおでした。
 
 さてさて、そんなふうにはじめて電子書籍オンリーの訳書をリリースしたわけですが、報酬は通常どおり印税で支払われる予定です。当然ながら実売数での計算になりますので、まあ、電子書籍市場の現状を考えると、雀の涙でしょう……。出版社は出版社で、プラットフォームに売り上げをごっそり持って行かれてしまう現実もあったりして……。
 今後、本を書く側(訳す側)、出す側、売る側、買う側、みんながハッピーになれるような仕組みが誕生、定着することを心から願っております。でないと発展しませんものね、出版業界も電子書籍市場も。でもまずは、アプリもふくめたリーダーの普及でしょうか。
 
 とはいえ、わたしにとって今回の仕事は、お金には代えられないほど楽しいものでした。なにしろ大好きなハワイを舞台にした作品を好きに選んで訳させてもらったのですから。そんなことができたのも、なにかと小まわりのきく電子書籍ビジネスのおかげです。おそらく今後、今回U氏が設立したような電子書籍専門の小さな出版社、もしくは個人の電子書籍出版を請け負うエージェントみたいなものが、わらわら登場するのではないでしょうか。
 それにともなって、わたしたち翻訳者からの提案が受け入れられる機会がうんと増すのでは、と期待しています。これまではなかなか成功しなかった出版社への「持ちこみ」も、電子書籍でのリリースなら受け入れてもらえるかも? いっそのこと、翻訳者でサークル的(?)電子書籍出版社を立ち上げちゃうとか? いや、(版権切れのものなら)翻訳書を個人出版する手もあり?
 そう、翻訳書の場合、版権料の問題は大きいかもしれません。でもそこさえクリアできれば、あとはなんとか……と思いたいっ!
 読者も、いままで以上に海外の作品を読めるようになればうれしいはず。
 現状では、大いなる熱意でリリースにこぎつけても、冗談のような印税しか受け取れないかもしれません。でも少なくとも、いままでは出せなかったものが出せるようになるかもしれないという状況は、翻訳者にとってすごくうれしいことではないでしょうか。
 
 それに、わかりませんよ。10年たとうが50年たとうが、プラットフォームがあるかぎり消えてなくならない電子書籍なのですから、何年もかけてじわじわと売れつづけ、最終的にはまずまずの金額を手にできるかもしれません。あるいはひょんなことからブレイクするかも。たとえばリチャード3世の遺骨発見のおかげで、『時の娘』がずいぶん売れているみたいじゃありませんか。そういうことがあれば、乏しい年金に思わぬおまけがついてくるかも……?
 
 そんなふうに考えると、なんだかワクワクしてきませんか?
 翻訳者のみなさん、電子書籍の時代は提案型です! 
 
 それにまあ、最後まで結果が出なかった場合は、売れない作家人生を送った芸術家気分を存分に味わうとか(笑)。それもなかなかオツなものかもしれませんよ。
 


大野 晶子◇(おおの あきこ)。東京都在住。最近の訳書は、C・キャンプ『唇はスキャンダル』、J・コーエン『チンパンジーはなぜヒトにならなかったのか』、R・L・スティーヴンソン『こびんの悪魔 声の島』、J・ロンドン『ジャック・ロンドン ハワイ短篇集』など。
 
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