「日本のエンターテインメント(特にミステリー)小説は世界に通用する!」(執筆:清涼院流水)
2012年、日本人作家・東野圭吾の『容疑者Xの献身』英訳版がアメリカ探偵作家クラブ最優秀長篇賞の最終候補作になりました。桐野夏生『OUT』以来、2回目の快挙です。しかし、最終的に賞レースを制したのはモー・ヘイダー『喪失』でした。賞を逸すの報を知り、残念な思いをした方も多いと思います。
海外における日本ミステリーの認知度は上がっています。しかし、まだ決定的に何かが足りない。日本ミステリー界の国際化にはこれからどれだけの時間がかかるのだろう。そう思っていた矢先に報じられたのが、ミステリー作家・清涼院流水氏がBBBプロジェクトを発足させたというニュースでした。
BBB。一点突破 Breakthrough する先頭集団・人気者集団 Bandwagon の本たち Books。
日本のエンターテインメントを清涼院氏自身の手で英訳し、世界に流通させようという意欲的な試みです。電子書籍を最初の突破口とし、流通コストの壁も乗り越えようとしています。ここに多くのヒントがあると思い、今回特別に清涼院氏に寄稿をお願いしました。どうぞお読みください。(杉江松恋)
「翻訳ミステリー大賞シンジケート」サイトを御覧の皆様、
はじめまして。清涼院流水と申します。
このたび、日本の小説の英訳プロジェクトThe BBBを開始したことがきっかけで、
「翻訳ミステリー」について書く機会を、与えていただきました。
この場をお借りして、清涼院の現在の考えを述べてみたいと思います。
「翻訳ミステリー」という言葉から日本人読者の多くが連想するのは、
ふつうは「海外の作品を日本語に翻訳したミステリー」ではないでしょうか。
逆のケース、つまり、「日本語の作品を英語圏などに紹介したミステリー」は、
そもそもほとんど存在しないので、まったく頭に浮かばないはずです。
ですが、この国際社会において、理想論を言えば、
「翻訳ミステリー」の輸入と輸出が同等に近い状況こそが、
ひとつの産業として健全な出版の姿ではないでしょうか。
海外の優れた作品を日本語で知ることは、もちろん絶対に必要ですし、
「輸入翻訳ミステリー」については、今後も安定供給されて欲しいと願います。
と同時に、日本作品の特に英語圏への輸出がほとんど未開拓に近い現状を
なんとかしたいという強い願いは、日に日に強まるばかりです。
日本のマンガやアニメ、ゲームは世界中で愛されている一方で、
小説作品については、ほとんど相手にされていないのが現実です。
1990年代後半から東アジアで日本の小説が翻訳される機会は増え続けているものの、
その実状としては、日本の出版界が東アジアでは今のところ優位にあり、
他国が歩み寄ってきているのを、いわゆる「殿様セールス」で受け入れているだけで、
こちらから積極的に乗り込んで泥臭く交渉したわけではありません。
現に、「殿様セールス」のプレッシャーが効力を発揮しない英語圏が相手だと、
日本の小説は、まったくと言って良いほど通用していません。
そもそも英語圏に紹介される作品が少なすぎるのです。
日本の小説が英語圏に通用していない決定的な理由は、
「英訳して世界に紹介する人材がいない」ということです。
英語の小説を日本語に翻訳する人材は、幸いなことに、たくさんいますが、
日本語の小説を英語に翻訳して世界に発表している人は、今までは皆無でした。
しかし、この領域を開拓しない限り、日本の小説は衰退してしまいます。
ケータイ&スマホ業界同様に、小説界も「ガラパゴス化」して孤立するでしょう。
日本人というのは器用な人種で、特に細かいアレンジを得意としています。
電化製品も車も、小型化と高性能化の両面で、日本は世界の頂点を極めました。
そして、その特性は、ミステリー小説という「製造業」でも遺憾なく発揮されています。
かつてM・ナイト・シャマランが『シックス・センス』や『アンブレイカブル』で
全世界に大旋風を巻き起こした時、日本人ミステリー読者の多くは、こう思ったものです。
「なんだ。こんなの、日本の新本格ミステリーが、とっくにやってることじゃないか」と。
その感覚は正しく、日本のミステリー作家なら全員がシャマランに勝てる可能性があるとすら、
筆者は心から信じています。しかし、極東の島国に、そのように素晴らしいミステリーの
文化があることは知られておられず、このまま知られないまま消えていくかもしれません。
もし誰も世界に発信することがなければ、間違いなく、そうなるでしょう。
そうなってしまうのは、ひとりの日本人として、悔しくてなりません。
欧米人は基本的に「大きく、派手なもの」を好み、
その傾向はエンターテインメント小説にも顕著に見受けられます。
スケールで競う領域においては、真っ向勝負しても、まず勝てないでしょう。
日本映画がどう逆立ちしても、ハリウッド映画のスケールには勝てません。
ただし、そもそも特色が違うので、同じ土俵で勝とうとする必要はないのです。
「繊細で、精巧な技術」においては、日本人は間違いなく世界一です。
日本人の表現者は、その事実を誇りに思い、
みずからの得意な領域に特化して、全世界に作品を発表すべきでしょう。
日本人の書くミステリーのいちばん良質のエッセンスを精選して、
次々に世界に紹介していく仕組みをつくることができれば、
必ずや全世界に日本発エンターテインメント小説の素晴らしさを
知らしめることができるはず、と、筆者は心の底から確信しています。
そのためにも、今後も、日本の小説の英訳に、全力で取り組む所存です。
日本人の素晴らしさを、全世界に知って欲しい。
そう願っています。
2月8日 清涼院流水氏がBBBのすべてについて語るイベントが東京都内で開かれます。
清涼院流水が日本の出版界を救うために立ち上がりました――行くぞ〈BBB〉!
[日時] 2013年2月8日(金) 開場・19:00 開始・19:30
[会場] Live Wire Biri-Biri酒場 新宿
東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6〜8出口から徒歩5分
・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
[料金] 1500円 (当日券500円up)予約は http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=54169788 から。
※イベントではBBBや清涼院氏について、こんなことが話される予定です。
・清涼院さんはなぜ英語を学習し始めたのですか?
・英訳紹介のプロジェクトを事業化されたのはなぜですか? なぜご自分が、と思われたのでしょうか?
・過去のご著作とBBBプロジェクトをつなぐものは何でしょうか。
・これまでの事業展開の経緯を教えてください。
・BBBを開始されて新たにわかったことは何でしょうか?
・これからのBBBの展望を教えてください。
※また、BBB参加作家として蘇部健一氏、積木鏡介氏のお2人もゲストとして発言していただけることになっています。
※イベントに先立ち、清涼院氏に質問をしたい方、清涼院氏に自著の英訳版朗読のリクエストを送りたい方はBBBのお問い合わせまでどうぞ。
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