絵本を楽しむこと、そして扉をひらくこと(執筆者・ないとうふみこ)
昨年、わたしは学習塾で英語の講師をしていたのだが、中1に代名詞を教えているとき、ちょっとショックなできごとがあった。Jane という名前を he に置きかえた子がいたので、「女性を表す代名詞は she だよ」と指摘したら、「えーっ、ジェーンって女?」「うっそー、ぜったい男だよ」「男っぽい名前!」と口々に反応が返ってきたのだ。そ、そこにひっかかってたんかい? きみたち、「ジェーン」って名前、きいたことがなかったのね……。
今は公立の小・中学校にもネイティブの英語指導助手がいるし、もちろんインターネットもあるし、わたしが子どものころにくらべたら外国文化に接する機会や手段ははるかにたくさんある。でもそれに比例して海外への関心や理解が深まっているかというと、そうともいえない気がする。その理由を分析することはこのエッセイの目的ではないので深く立ち入りはしないけれど、もっともっとほかの国のことに関心をもとうよ、と訴えたい気持ちはある。名前のひびきも、言葉も文化も違う人たちが暮らす国々。わたしがかつてリンドグレーンの描く世界にあこがれたように、違う世界を知るのは楽しいし、違う世界に住む人たちが同じようなことを考えているんだなと知るのも楽しい。
そういう意味で、まずはすぐれた指南書を1冊ご紹介。
『多文化に出会うブックガイド』
- 作者: 世界とつながる子どもの本棚プロジェクト
- 出版社/メーカー: 読書工房
- 発売日: 2011/03/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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この本を見ていても思うのは、児童書、とりわけ絵本は、いろいろな世界のありようを肌で感じさせてくれる、すぐれたメディアだということ。とはいえ、絵本を読むのに理屈はいらない。まずはなんといっても楽しむのがいちばん。この「秋の読書探偵」作文コンクールでは、翻訳絵本を読んで書いた作文も大歓迎なので、今日はわたしの好きな絵本を何冊かご紹介しよう。
まずは偏愛するアンソニー・ブラウンが絵を描いたこの作品から。
『ナイトシミー 元気になる魔法』
- 作者: グエンストラウス,アンソニーブラウン,Gwen Strauss,Anthony Browne,灰島かり
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2002/07/01
- メディア: 大型本
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アンソニー・ブラウンは、しばしば「シュールレアリスム」とも評される画風で、独自の世界を描き出すイギリスの絵本作家。2000年には、児童書のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞の画家賞を受賞している。この『ナイトシミー』は、ことばと絵が響きあって、心のふしぎをあざやかに描いた1冊だ。わたしは息子たちが小学生のころ、学校の読み聞かせ活動に参加していたのだが、教室でこの本を読むと、子どもたちがすーっと絵本のなかに入りこむのを感じた。ひきこもりやいじめという、現代の子どもがかかえる悩みにまっすぐ語りかける文章と、ちょっとした影や小道具にも意味を持たせるブラウンの画風が、子どもたちのハートをつかむのだろうか。
つづいてブラウン作品をもう1冊。こちらは絵も文もアンソニー・ブラウン。
『こうえんで…4つのお話』
- 作者: アンソニーブラウン,Anthony Browne,久山太市
- 出版社/メーカー: 評論社
- 発売日: 2001/06/01
- メディア: 大型本
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さてつぎは、大好きなウルフ・スタルクの絵本を。
『地獄の悪魔アスモデウス』
- 作者: ウルフスタルク,アンナヘグルンド,Ulf Stark,Anna H¨oglund,菱木晃子
- 出版社/メーカー: あすなろ書房
- 発売日: 2000/03
- メディア: 単行本
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アスモデウスは落ちこぼれの悪魔の子。「地獄の支配者」であるパパは、おとなしいアスモデウスにがっかりしている。「おまえときたら、あばれたこともなければ、だれかをいじめたこともない。意地悪や、おこりんぼうって、ほめられたこともないだろ?」
そこでアスモデウスは修行のため、おそろしい地上に出て、魂をひとつとってくるよういいつかる。地上に出たアスモデウスの珍道中はなかなか痛快だ。「いばりくさっている人間はだましやすい」というパパの教えを思いだし、牧師さんにむかってこんなことをいう。「おじさんのほしいものをなんでもあげるよ。お金? 名誉? はだかの女の人は? おじさんは、ほんとにいばりくさってて、えらそうにしてるね」
書き写してるだけでもフフフと笑いが出る。巧まずして大人の欺瞞をあばいてしまう子どもを描くのは、スタルクの得意技だ。で、このあとアスモデウスは、とある少女とめぐりあい……。父と子の物語であり、愛の物語でもある『地獄の悪魔アスモデウス』。あとはぜひ手にとってごらんください。このほかにもスタルクの絵本(というか、絵入り物語)はたくさんあって、どれも傑作ぞろい。とくに『ちいさくなったパパ』は、子どもだけでなく、お父さんたちにもぜひ読んでもらいたい作品だ。これについては以前、やまねこ翻訳クラブでレビューを書いたことがあるのでそちらも参照してほしい。
最後に、絵本ではないけれど、「本を読む」ことが印象的に描かれたこちらの作品を紹介しよう。
『ジェミーと走る夏』
- 作者: エイドリアンフォゲリン,Adrian Fogelin,千葉茂樹
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2009/07/01
- メディア: 単行本
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そんなふたりが見つけたもうひとつの楽しみが、塀ごしに『ジェーン・エア』を朗読しあうことだった。キャスが、以前仲よくしていた老婦人からもらった『ジェーン・エア』。ひとりで読もうとしても、難しいことばが多くて歯が立たなかったけれど、ふたりで交互に読み合ううち、「たいくつでむずかしいむかしの小説」は、たちまち胸躍る物語へと変貌する。やがて秘密の交流が黒人ぎらいのキャスの父さんに露見して、ふたりは自由な行き来を禁じられてしまうが、『ジェーン・エア』の続きを読みたい、少女から大人になって波瀾万丈の人生を送るジェーンのその後を知りたいという一心で、ふたりは真夜中に思いきった行動に出る……。
ジェミーとキャスが『ジェーン・エア』を読み合う場面の、なんと甘美なこと。「走る」というアクティブな行為で結びついたふたりの友情に、この読書が深みを与えている。ふたりにとって『ジェーン・エア』は、何よりもまずわくわくする物語なのだけれど、結果的には大人の偏見によって築かれた壁に風穴をあけ、隣の家という別世界へいざなってくれる扉ともなった。と同時に、この作品を読む読者も『ジェーン・エア』という作品のおもしろさを感じて、読みたい気持ちをそそられるのだ。
子どもの本には本を読む子どもがよく登場する。それは本が新しい世界に通じる扉だからなのだと、この作品を読んであたらめて思う。作中の人物にとっても、作品を読む読者にとっても。そして中1のきみたちよ……ね、だから、「ジェーン」って、女の人の名前なんだってば!
◇ないとうふみこ(内藤文子)。東京都府中市出身。上智大学卒業。訳書に、ステッド『きみに出会うとき』、フレイマン=ウェア『涙のタトゥー』、ガイ『ネズミ父さん大ピンチ』など。やまねこ翻訳クラブ会員。 |
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ボールのまじゅつしウィリー (評論社の児童図書館・絵本の部屋)
- 作者: アンソニー・ブラウン,久山太市
- 出版社/メーカー: 評論社
- 発売日: 1998/01/01
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- 作者: ウルフスタルク,はたこうしろう,Ulf Stark,菱木晃子
- 出版社/メーカー: 小峰書店
- 発売日: 1999/05/01
- メディア: 単行本
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- 作者: C・ブロンテ,大久保康雄
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1953/02/27
- メディア: 文庫
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- 作者: C・ブロンテ,大久保康雄
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1954/01/12
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- 出版社/メーカー: アイ・ヴィー・シー
- 発売日: 2003/10/25
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- 作者: 芥川龍之介
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1980/04/16
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