年末特別企画2009〜2010年末年始に読みたいこの1冊 その8
ここからはちょっと趣向を変えて、リストの重複作品をご紹介していきたいと思います。まずは、2人の書評家が名前を挙げた作家と作品からです。
【2人が選んだ作家】
76『狼殺し』クレイグ・トーマス/竹内泰之訳(河出文庫)1978年刊行☆
スパイ冒険小説の大傑作。いま読んでも興奮に打ち震えるだろう。(北上)
全体液をアドレナリンに総とっかえしたみたいな生理的昂奮。それがトーマスの昂奮である。謀略戦の道具だった男の本能が暴発するさまを描く本書。その剥き出しの攻撃性はヨーロッパ現代史と政治力学までをも貫く。(霜月)
77『闇の奥へ』クレイグ・トーマス/田村源二訳(扶桑社ミステリー)1985年刊行
トーマス作品の多くは「敵地への侵入&脱出」でできている。その究極が本書。映画《ボーン・アルティメイタム》にサウナスーツを着せて地獄谷でマラソンさせてるみたいな熱気と窒息感。昂揚のキモは異様に感覚的な文章にある。(霜月)
78『ポアロのクリスマス』アガサ・クリスティー/村上啓夫訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1939年刊行
一族全員が揃った時、ゴーストン館の狷介な老当主が惨殺された……。クリスティーの脂が乗りきった時期に書かれた秀作で、すべての手掛かりがあるべき場所に嵌まった時に浮上する真相は意外性満点。(千街)
79『そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー/清水俊二訳(クリスティー文庫)1939年刊行
この問題設定を思いついた段階で、まずはクリスティーの勝ちが決まったようなものだが、それをきっちりと勝ちきったところが凄い。(村上)
80『鉄の門』マーガレット・ミラー/青木久恵訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1945年刊行☆
冬の朝、見知らぬ男が持参した小箱から、人びとの運命は狂い、悲劇は悲劇を呼ぶ。ミラーの作品中でも非情さが際立つニューロティック・スリラー。ラストで犯人を押しつぶす孤独の重さには身が凍る。(千街)
81『殺す風』マーガレット・ミラー/吉野美恵子訳(創元推理文庫)1957年刊行☆
些細なことから妻と口論した男は、友人たちの待つ別荘に行くと言って家を出た。そして、それっきり行方が分からなくなってしまう。ごく普通の小説の随所に巧妙に埋め込まれた〈謎〉が明らかになるとき立ち上がってくる、まったく別の物語に、唖然とすること必至。サスペンスの鬼才ミラーの最高傑作にして、ミステリの到達点の一つ。(川出)
82『ブラック・ダリア』ジェイムズ・エルロイ/吉野美恵子訳(文春文庫)1987年刊行
実際に1940年代のLAで起きた事件が題材の作品で、同時に作者自身の悪夢を投影させた記念碑的な長編作。これが『ビッグ・ノーウェア』の衝撃、そして『ホワイト・ジャズ』の狂気へと向かう序章にすぎないとは。(吉野)
83『ホワイト・ジャズ』ジェイムズ・エルロイ/佐々田雅子訳(文春文庫)1992年刊行☆
クール/ブルータル/緻密/知的。再読、再々読に足る稀有な小説——機銃掃射のごとき言葉たちを音楽のように浴び、細緻に編まれた謀略を解読し、熱病じみた情念に脈拍を狂わせ、おれはこの本を十回以上読んでしまった。(霜月)
84『ビッグ・ノーウェア』ジェイムズ・エルロイ/二宮磬訳(文春文庫)1987年刊行☆
純度100%のピュア・ノワール。エルロイを読むならまずここからだ。下巻前半で起きる衝撃的な事態にエルロイの真っ暗な真髄がある。本書にはじまる三作品は緻密な陰謀小説でもあり、本格ファンにもおすすめできる。(霜月)
【2人が選んだ作品】
85『千尋の闇』ロバート・ゴダード/幸田敦子(創元推理文庫)1986年刊行
センチメンタル・ワールド全開の傑作。(北上)
ポルトガルに旅した男は、政治家の謎めいた失脚の物語を聞くことになる……。過去と現在、物語のなかの物語、嘘と真実。小説の迷宮をロバート・ゴダードの道案内で旅する時間は、ただひたすらに幸せである。(村上)
86『闇よ、我が手を取りたまえ』デニス・レヘイン/鎌田三平訳(角川文庫)1996年刊行
私立探偵パトリックと相棒アンジーが活躍するシリーズのピークとも言える作品だ。(北上)
ジャズでなくグランジやハードコアの似合う現在的なハードボイルドの収穫。近作で著者が見せる安定感はここにはないが、空気は棘々しく尖り、絶望と背中合わせの正義への意志は痛々しく、それゆえに比類なくパワフル。(霜月)
87『刑事の誇り』マイクル・Z・リューイン/田口俊樹訳(ハヤカワ文庫)
気難しい余計者を描いたハードボイルド。(北上)
パウダー警部補は、次から次へと舞い込んでくる失踪事件に手こずるばかりか、息子の問題に悩まされ、さらに新たな相棒は車椅子の女刑事……。人物同士のぶつかりあいや会話の妙、そして意外な展開と見事に読ませる。(吉野)
88『薔薇の名前』ウンベルト・エーコ/河島英昭訳(東京創元社)1980年刊行
言わずと知れた中世ミステリの傑作。しかし、かなり手強い内容と長さなのも事実。こういう作品は、正月休みにでもじっくりと読み進めるのが正しい読み方では。(千街)
中世イタリアの修道院で連続する怪事件。重厚であり、相当に衒学的ではあるが、驚くほど読みやすい。シンプルなトリックが舞台設定と一体化している点も評価したい。(村上)
89『シャイニング』スティーヴン・キング/深町眞理子訳(文春文庫)1977年刊行
山上の雪深いホテルに管理人としてやってきた小説家志望の元教師とその家族を襲う怪異。キングの力強い筆致をいやというほど堪能できる、幽霊屋敷ホラーの金字塔。(千街)
モダン・ホラーも入れておきましょう。雪に閉ざされたリゾート・ホテルの管理人一家を襲う怪異を、細密なディテール、見事なサスペンス、鮮烈なイメージで描き切る。冬の旅行のおともにどうぞ。レドラム!(霜月)
90『警察署長』スチュアート・ウッズ/真野明裕訳(ハヤカワ文庫NV)1981年刊行
アメリカ深南部の田舎町を舞台に、三代にわたる警察署長と殺人鬼との対決を描いた大河警察小説。同時に、1920年代から60年代までのアメリカ社会の変遷を、町の発展とそこに暮らす人々の人生を通じて描き出した豊饒なる物語でもあり、あらゆる小説好きに自信を持ってお薦めできる傑作。(川出)
米国南部の田舎町を舞台にした警察小説。三世代の警察署長たちが、それぞれの想いを持って、ある一つの事件と対峙する。大河小説の醍醐味を満喫できるミステリだ。佐々木譲『警官の血』のファンにもお勧め。(村上)
91『クリスマスに少女は還る』キャロル・オコンネル/務台夏子訳(創元推理文庫)1998年刊行
読者に一生忘れられない驚愕と感動をふたつながら与えるミステリなど滅多にあるものではないけれど、これはその稀な一冊。邦題のつけ方もお見事。(千街)
クリスマスを間近に控えたある日、二人の少女が忽然と姿を消した。超絶技巧のプロットと幻想感を漂わせながらうねり脈打つ文章が、読む者の心をとらえて放さない。衝撃と深い感動を与えてくれる、愛と救済と贖罪にみちた奇蹟のミステリ。ヒロインの少女を愛さずにいられる読者がいるだろうか。(川出)
92『ウッドストック行き最終バス』コリン・デクスター/大庭忠男訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1975年刊行
いつまでたっても来ないバスに痺れを切らして、ヒッチハイクを試みた二人の娘。やがて一人が死体で発見される。大胆な仮定と飛躍した論理から意外な”真相”をビルド&スクラップし続けるという斬新なスタイルで、現代本格ミステリの幕を開けた記念すべき名作。(川出)
最初に読んだときは、モース警部という珍無類の探偵におそれをなし、すこぶる面白いが好きにはなれないキャラクターだと敬遠しかけた。だがシリーズを読み進めるうちに彼のことが好きになりすぎるほどに好きになってしまった。いいやつだ、モースは。(杉)
93『毒薬の小壜』シャーロット・アームストロング/小笠原豊樹訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1956年刊行
自殺を決意した初老の男が毒薬を入手した……。その毒薬を巡って繰り広げられる大騒動。手に汗握る展開でありつつ、温もりに満ちた物語という奇跡の1冊。(村上)
人間も捨てたもんじゃないよな。そう思わせてくれるミステリ史上屈指の感涙作。心優しいがゆえに自殺を決意したおじさんのために、たくさんの人が走る、走る! ミステリ版《素晴らしき哉、人生!》です。(霜月)