年末特別企画2009〜2010年末年始に読みたいこの1冊 その7
個人リストの最後は杉江松恋です。
【杉江松恋のお薦め作品】※他の七福神との重複除く。☆は残念ながら現在品切れです。
59『庭に孔雀、裏には死体』ドナ・アンドリュース/島村浩子訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1999年刊行
好感の持てる主人公、彼女のロマンスをいつもぶち壊しにする変人ぞろいの親戚や隣人たち、意味もなくうろうろしている鳥たち、そして何よりも考え抜かれたトリック! コージー・ミステリーに必要なものが全部揃った好シリーズだ。翻訳再開しないかな。(杉江)
60『毒蛇』レックス・スタウト/佐倉潤吾訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1934年刊行
洒脱を売り物にする作品はいくらでもあるだろうが、私はこのシリーズからその言葉の意味を教わった。体重七分の一トンの巨漢探偵と女にもてて仕方がない洒落者の助手は、私にとって永遠のアイドルだ。(杉江)
61『殺す者と殺される者』ヘレン・マクロイ/務台夏子訳(創元推理文庫)1957年刊行
すれっからしの読者なら、読み始めてすぐに結末の予想をつけてしまうはずだ。だが、途中で投げ出さないでいただきたい。トリックという素材だけでミステリーは成り立たず、小説としての書きようで生きも死にもするのだということを痛感させられるはずだ。(杉江)
62『毒入りチョコレート事件』アントニイ・バークリー/高橋泰邦訳(創元推理文庫)1929年刊行
バークリーという作家はたいへんなひねくれ者だったそうだが、本書はその資質が存分に発揮された、素晴らしい作品である。一つの事件をめぐっていくつもの説が呈示される多重解決小説で、ミステリーマニアならマニアであるほど嫌な気分にさせられます。マゾヒスト向き。(杉江)
63『大当りをあてろ』A・A・フェア/砧一郎訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1941年刊行
ラスヴェガスのいかさま博打にからんだ事件を、度胸は満点だが身長だけはちと足りないドナルド・ラムが追いかける。何が素晴らしいかというと、これは己れの信じたものを命がけで守ろうとする男の子の小説なのである。なんともいえない読後感の結末だけを、今でもときどき読み返しています。(杉江)
64『緑は危険』クリスチアナ・ブランド/中村保男訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1943年刊行
意地悪作家の作品、その2。戦時下の特殊な状況を利用した作品として『爬虫類館の殺人』に並ぶ傑作だ。小説中に「私が犯人でござい」と名乗りを挙げる人物が登場し、にもかかわらず真相はその時点で明らかにならないという、人を食った趣向があることでも有名です。(杉江)
65『風の向くまま』ジル・チャーチル/戸田早紀訳(創元推理文庫)1999年刊行
大恐慌のアメリカを舞台にしたシリーズの第一作。世間知らずだった元上流階級の兄妹が、田舎町の人々との出会いを通じて人間的に成長していく姿を描いた作品でもある。ジル・チャーチルには他に主婦探偵ジェーンものもあるが、個人的にはこっちから読んでほしいな。(杉江)
66『古い骨』アーロン・エルキンズ/青木久恵訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1987年刊行
観光ミステリーといえば、かつてはアガサ・クリスティーやパトリシア・モイーズが名手として知られていたが、今は断然エルキンズでしょう。スケルトン探偵オリヴァーが世界各地の名所に行っては事件に巻きこまれる、というステロタイプを実に楽しく書くのだ。毎回きちんとしたトリックを使っている点も好感度大。(杉江)
67『フリッカー あるいは映画の魔』セオドア・ローザック/田中靖訳(文春文庫)1991年刊行
映画業界には一般人にはまったく知らされていない秘密がある……という陰謀論者の妄想のような始まり方をするのだが、その秘密なるものの奇想天外さゆえに物語にひきつけられてしまう。映画史を一から書き直す歴史改変ものでもあるのだ。(杉江)
68『警官嫌い』エド・マクベイン/井上一夫訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1956年刊行
ヘニング・マンケルだって好きだけど、やはり元祖はエドマク。ニューヨークを舞台にした架空都市アイソラは、ミステリーファンにとって夢の遊園地だった。警察小説のすべてのパターンは、この都市で最初に試されたと言ってもいいだろう。第一作です。キャレラもまだ若々しくて、独身なんだぜ。(杉江)
69『世界をおれのポケットに』ジェイムズ・ハドリー・チェイス/小笠原豊樹訳(創元推理文庫)1959年刊行
金に地位に名誉、何も持っていない若者が自分の命をかけて世界を手に入れようと企む。現金輸送車襲撃をテーマとした犯罪小説なのだが、読んでいるうちに気持ちが主人公に同化してしまい、体内から湧き上がる感情に胸を焼き尽くされそうになる。俺は不遇だと思っている人すべてに読んでもらいたい小説だ。(杉江)
70『密室殺人傑作選』ハンス・S・サンテッスン/山本俊子訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1968年刊行
アンソロジーを一つ選ぶとしたら、これでしょう。チェスタトン「犬のお告げ」のような正統派から、有名すぎるパロディ、ブルテン「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」まで、ありとあらゆるバリエーションの密室ミステリーが詰め込まれている。お買い得。(杉江)
71『百万に一つの偶然』ロイ・ヴィカーズ/宇野利泰訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)1950年刊行
「ケイゾク」とか「時効警察」の元ネタはこれなんじゃないかと思うんですけどね。スコットランドヤードの中に「迷宮課」という部署があるんだそうな。倒叙ミステリー集であることと、小道具が効果的に使われることばかりがよく言及されるが、犯人の動機が毎回異常極まりない点も特筆すべきです。(杉江)
72『怪盗ニック登場』エドワード・D・ホック/木村二郎訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)日本オリジナル
1980年代に翻訳ミステリーを読み始めた人の何割かは、入り口がホックだったはず。「価値のないものしか盗まない」という怪盗ニックが活躍する連作集で、モンキー・パンチ原作版の『ルパン三世』と同じくらいおもしろいです(TV版じゃないよ)。犯罪小説なのだが、本格ミステリーでもある稀有な作品。(杉江)
73『まっ白な嘘』フレドリック・ブラウン/中村保男訳(創元推理文庫)1953年刊行
そして1970年代にファンになった人の何割かは、ブラウンの薫陶を受けているはずなのだ。名作「うしろを見るな」をはじめ、アイデアの玉手箱といってもいいほどの名作短篇集である。ブラウンは短篇がよくて長篇はだめ、という人もいるけど、そんなことはないですよ。『3・1・2とノックせよ』なんて傑作です。(杉江)
74『復讐はお好き』カール・ハイアセン/田村義進訳(文春文庫)2004年刊行
現代犯罪小説界の巨匠といえばこの人。一冊選ぶとすれば本書が妥当でしょう。ろくでなしの夫によって海に投げこまれた女性が復讐を遂げる、という単純極まりないプロットの物語なのだが、脇を固める豊富な脇役陣のおかげでよれまくったお話になっているのである。ちゃんとロマンスだってあるよ!(杉江)
75『食物連鎖』ジェフ・ニコルスン/宮脇孝雄訳(早川書房)1992年刊行
最後は一冊だけ趣味に走らせていただきます。極北の美食ミステリーというべき作品だ。アメリカ人の青年が諸事情あってイギリスに逃亡し、各地で美食を楽しみながら旅をする(レストラン経営者の息子なのです)という漫遊記の物語なのだが、ありとあらゆる意味で官能的であり、退廃的なのだ。これ文庫にならないかな。(杉江)