第1回翻訳ミステリー大賞1次投票、第9位の作品は…… その2(執筆者・吉野仁)

『幽霊の2/3』
ヘレン・マクロイ/駒月雅子
創元推理文庫

幽霊の2/3 (創元推理文庫)

幽霊の2/3 (創元推理文庫)


 ヘレン・マクロイ『幽霊の2/3』。
 長らく幻の傑作ミステリと呼ばれていた作品だ。
 なぜなら半世紀近くまえに創元推理文庫から邦訳されながらも、絶版となり入手できなかったからだ。それがこのたび新訳で甦った。原書の刊行は1956年。しかし、まったく古びていない。
 人気作家エイモス・スコットを主賓としたパーティが行われた。出版社社長の邸宅には、作家やエージェントばかりか文芸批評家らも集まった。ところが余興のゲーム「幽霊の2/3」を行っている最中に、エイモスは毒物を飲んで死んでしまった……。
 扱っているのは屋敷で起こった殺人事件。その謎を招待客の一人だった精神分析学者ベイジル・ウィリング博士が解き明かす。題名となっている「幽霊の2/3」とは、クイズを出して答えられなかったら、1度目は幽霊の3分の1、2度目は3分の2、最後は3分の3すなわち幽霊になってしまいゲームから脱落で、だれが最後まで残るかという遊びのこと。パーティでこれに興じているとき、人気作家は死んだのである。
 と、おおざっぱにあらすじを紹介すると、一見よくある犯人捜しのミステリーでしかない。館に人が集まるなか、有名人が殺された。犯人は誰か。都合よく名探偵役の人物・ウィリング博士もその場に居合わせているではないか。
 ところが、それだけではない。そんな単純なものではない。だからこそ、幻の傑作と呼ばれているのである。すべてが巧妙に出来あがっているのだ。
 この作品は、出版界を舞台にしており、文芸批評家の意見の違い、作家や小説に関する痛烈な批判や下世話な話題など、ちょっとしたアメリカ文壇パロディ小説のように描かれている。そんなビブリオ・ミステリであるところも大きな読みどころだが、こちらもそれだけではない。作中のさまざまな記述が、あっと驚かせる真相の伏線として機能しているのだ。
 マクロイのシリーズキャラクターであるウィリング博士は、奇妙な点をひとつひとつ拾いあげていく。読者は、最後に「そういうことだったのか!」と嘆息するだろう。

 吉野仁


※第1回翻訳ミステリー大賞1次予選順位
第1位 犬の力 上 (角川文庫)犬の力 下 (角川文庫)
第2位 ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 下
第3位 ミレニアム2 上 火と戯れる女ミレニアム2 下 火と戯れる女
第3位 川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
第3位 グラーグ57〈上〉 (新潮文庫)グラーグ57〈下〉 (新潮文庫)
第6位 ユダヤ警官同盟〈上〉 (新潮文庫)ユダヤ警官同盟〈下〉 (新潮文庫)
第7位 ピザマンの事件簿 デリバリーは命がけ (ヴィレッジブックス)
第8位 静かなる天使の叫び (上) (静かなる天使の叫び) (集英社文庫)静かなる天使の叫び (下) (静かなる天使の叫び) (集英社文庫)
第9位 水時計 (創元推理文庫)