集英社発のひとりごと(執筆者・集英社翻訳書編集部・D)


「諦めたほうがいいですよ。女ばっかりですから」
 4年前、「翻訳書編集部」に異動してきた時に、ある日本人エージェントに言われた言葉。それまでは入社以来13年間、女性誌の編集部にいました。仕事はかなり充実していたのですが、そのぶん低迷しきっていたのが“出会い関係”。恋愛運・結婚運から見放された毎日だったのです。なので、異動を機に「ブラピのような人との出会いがあるかも♪」と、新職場でのモチベーションを高めていた私にとって、このエージェントのひと言は、大きすぎる打撃でした。
 で、何が「女ばっかり」なのか。同業の翻訳書編集者は男性がけっこういます。みなさん、本や作家のことを沢山知っていて、その知識の深さ、広さにはただただ尊敬するばかり。このコラムの執筆から何とか逃れようとしていた私を「ビール2杯ご馳走しますから」と、立派な“草食系”に見えるのに、こちらの泣きどころを的確に突いてくる鋭い男子もいます。……「女ばっかり」は、日本国内のことではなく、海外の事情なのでした。


 翻訳作品に携わる編集者の仕事相手のひとつが、作品のライツ(権利)担当者。主に、海外の出版社の人だったりリテラリー・エージェントだったりするわけですが、このライツ担当者と会う機会が年に数回あるのです。それがこのコラムでも度々述べられている「ブック・フェア」。世界中の関係者が集うこの会場で、ブラピ似だったり、ジョニー・デップ似だったりする男性との出会いに、必然と期待が高まるではないですか。
 ところが……そうなのです。女ばっかりだったのです。初めて訪れたブック・フェアの会場、特にライツ担当者の拠点となるライツ・センターは、見渡す限り女・女・女。お昼時の女性トイレなんて、ディズニー・ランドの「プーさんのハニー・ハント」で経験して以来の長蛇の列に並ぶことになりました。会場にはもちろん男性もいるのですが、存在感を放っているのは圧倒的に女性のような気がします。
ブラピはいない。ジョニーもいない。
「諦めたほうがいいですよ。女ばっかりですから」……はい。私が甘くございました。


 でも、この女性たちがなんとも勉強になるのです。年齢も、ファッションも、メイクも、スタイルも様々。ハグ&エア・キスをしてくる人もいれば、ちらりとメガネの上端から視線をよこすだけの人もいる。女性誌にいた時でさえ、一度にこんなにタイプの異なる女性を目にすることはなかったので、気づけば、不覚にも興奮している自分がいました。
 十人十色のなかで、それでもこの女性たちに共通しているのは話がうまいこと。彼女たちが語る新作のあらすじだったり、著者のプロフィールだったりを聞いて、それをもとにこちらも、その作品を実際に読んでみて翻訳出版版権を取るか否か決めていくわけですが、その営業トークの巧みなこと巧みなこと。簡単に言えばこちらは買う側、むこうは売る側。どの作品もエキサイティングで魅力的に聞こえるようにするのが彼女らの仕事なのでしょうが、本当に毎度、感心させられます。
 例えばこちらが「ミステリ作品を探している」と言っているのに、延々と、ある傷心の女性が自分を見つめ直す系の新作を説明し、「っで、どこがミステリなの?」と訊くと、「あら、この女性がどう立ち直るのか? それが最初はわからないのがミステリなのよ!」と言い放ってみる。またある時は、おすすめのサスペンス作品に対して熱弁を振い、「っで、犯人の動機は納得のいくものなの?」と訊けば「私のまわりではみんな納得していたわ。私は読んでいないから何とも言えないけど」と、切り返してしまう。読んでもいない作品をこれだけ熱く語れるとは。お見事。
小心者で正直者の私は、どんなに鍛練しても彼女たちのようにはなれません。たとえ今後、この翻訳出版の世界でブラピやジョニーに出会えたとしても、こんな口の巧い女性たちを相手に張り合うことになったら大変だ……。そう実感し、イイ男性との出会いよりも、いい作品との出会いができるよう頑張ろうッと思っている(諦めている)今日この頃です。

 集英社翻訳編集部・D