初心者のためのディクスン・カー入門(執筆者・霞流一)

 

初心者のための「カー問答」

 
ディクスン・カーカーター・ディクスン)作品のガイドといえば、江戸川乱歩『カー問答』松田道弘『新カー問答』が有名ですよね」
「ふむふむ、つまり、その偉大な先達者たちに倣ってみようというわけだな」
「さすが、叔父さん、話が早い。いかがです? 初心者のためのカー問答」
「異議なし、反対の賛成」
「バカ本問答じゃないんですから」
「しかし、バカ本もあるらしいな、カーには」
「ええ、それは否定できませんが、それは後のお楽しみと言うことで、へへへへへ……。先ずは、カー初体験としてお勧めの本を挙げたいと思います」
「おお、慎重にな。カー選びと車選びは失敗すると痛いから」
「解ってますって。こんなところです」
 
火刑法廷[新訳版] (ハヤカワ・ミステリ文庫) 三つの棺 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-3) 囁く影 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-8) ビロードの悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-7) 緑のカプセルの謎 (創元推理文庫 (118‐9)) 貴婦人として死す (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-3) 読者よ欺かるるなかれ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
『火刑法廷』
『三つの棺』
『囁く影』
『ビロードの悪魔』
『緑のカプセルの謎』
『貴婦人として死す』
『読者よ欺かるるなかれ』
 
「ほほぉ、この七冊がウルトラセブンか。確かに、今、読んでも面白いしな」
「そこなんですよ。古典を紹介する際には、アップ・トゥ・デートが大切。時代を経るごとに価値の変わる作品もあると思うんです」
『火刑法廷』は昔から評判がよいが」
「ええ、これぞ不朽の名作ですよね。カーの代表作でしょう」
「人間が壁に溶ける怪現象や、納骨堂の密室での人間消失など、実に舞台も道具立ても魅力的な謎だ」
「そして、解決の仕方がとても切れ味がいいんです。カーの作品で度々描かれる、やたらとややこしい段取りが無く、読み易くて解り易くて、実に効率的な絵解き」
「燃費のいいカーじゃな」
「思考環境に優しい」
エコカー
「(無視)ええっと、あと何よりも大切なのはホラーテイストが実に巧妙に活かされていること。それもダイナミックに」
「カーのオカルト趣味はちっとも怖くないと悪評もあるが、なるほど、そうやって油断すればするほど、このアクロバットに驚倒するとも言えるな」
「名評論集『夜明けの睡魔』瀬戸川猛資)では、『……あまりにすごかったために、それがアクロバットであるとすら感じられなくなってしまった神がかり的な傑作……』と力説されているくらいですから」
『三つの棺』もホラー要素が取り入れているが、どう評価する?」
「昨今の日本人はJホラーの洗礼をたっぷりと受けているから、かなり免疫が出来ているんですよ。でも、『三つの棺』は都市伝説的な因果話が動機に関わってきて、物語を充実させているんです」
「単なる装飾ではないということだな」
「ええ、ホラーの有効利用が現代の物差しではポイントになってくると思います」
「なるほど、単なる背景では『もったいない』の精神、やはり、エコカーじゃな」
「(無視)『三つの棺』は二種類の密室トリックが仕掛けられ、また、有名な密室講義の章も設けられ、本格の教科書みたいな存在と言っていいでしょう」
「なるほど、ミステリ入門にもなるわけか」
「はい、どんどん入門してもらいたいですね。現在の出版不況を鑑みると」
「暗い話をするな」
「暗闇が活かされているのが『囁く影』、暗鬱な舞台や怪奇伝説のパワーが或る一つのトリックに向かって、結集され、波動砲のように炸裂する」
「あらゆる要素がエコカーしている」
「(無視)現代の価値基準はそれだけじゃないですからね。やはり、本格としてどうなのか? 日本の読者は新本格ムーブメントでかなりのギミック通になっているから、その鍛えられた感性に訴える仕掛けが必要です」
「七作品ともそうなのか?」
「まさに。まだ言及していない四作品については、それが高評価の理由。『ビロードの悪魔』なんか実に大きなトリックで、新本格の先鞭をつけていると言ってもいいでしょう」
「本自体もわりと分厚いしな」
「そこじゃないですってば。ええっと、『緑のカプセルの謎』ですがプロットが実によく練られていて、いつの時代でも通じる生命力の強い本格だと思います」
「毒入りなのに」
「叔父さんの知能、誤解されますよ」
読者よ欺かるるなかれ
「はい、この作品のトリックも大胆にして切れ味がいい。そして、読者への挑戦が付されていて、新本格好きの心をくすぐってくれる。オカルト要素もテレフォース(思念放射)が使われ、ホラーというより現代マジックで、トリックと表裏一体の有効活用」
エコカー!」
「叔父さんとして、いや、『貴婦人として死す』は足跡トリックのシンプルさが美しい」
「やはり、わしも美しく死にたいものじゃ」
「いつでも、どうぞ」
「おいおい、さっき言っていたバカボンのパパの話を聞いてからじゃないと、死んでも死にきれん」
「バカ本ですね」
「よっぽど、楽しいのじゃろうな」
「ええ、こういう作品があるからカーはやめられないんですよ、ぐひひひひ」
 
魔女が笑う夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-8) 震えない男 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ525) 連続殺人事件 (創元推理文庫 118-10)
『魔女が笑う夜』
『震えない男』
『連続殺人事件』
 
「何だ、わしが大好きなものばかりじゃないか!」
「ええっ! 『魔女が笑う夜』は真相を知った瞬間、顎が爪先まで届くという、いわゆるバカミスの金字塔ですよ」
「何の何の、あれぞ、真本格じゃ」
「**館の殺人と名付けたくなる『震えない男』ですが」
「**だけで解ってしまう、タイトルでいきなり解明、出オチ本格として刊行してほしい」
「謎解きの意味ないですよ。それに『連続殺人事件』の殺害シーン、明かされてみれば、ドリフのコントみたいだし」
「おお、わしはあれとまったく同じ目にあって死にそうになったことがあるぞ、実にリアリティに裏打ちされた密室トリックじゃ」
「もしかして、この三作品が叔父さんのベスト3?」
「もちろん! 会う人ごとに、この三作を勧めまくっておるわい」
「ああ、カーの人気が……。叔父さん、ホント死んでください」
「それでは、この続きは、ウイリアムブリテンの短編『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』でお楽しみを」
 

霞 流一(かすみ りゅういち)

◇1959年岡山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。94年、第14回横溝正史賞佳作となった『おなじ墓のムジナ』でデビュー。著作に『おさかな棺』『スティームタイガーの死走』『ウサギの乱』『羊の秘』『夕陽はかえる』『ロング・ドッグ・バイ』『災転』など。東京都在住。
●公式サイト→ 霞流一 探偵小説事務所
 江戸川乱歩「カー問答」収録
 
ヴァンパイアの塔―カー短編全集〈6〉 (創元推理文庫)

ヴァンパイアの塔―カー短編全集〈6〉 (創元推理文庫)

松田道弘「新カー問答」収録
 
火刑法廷[新訳版] (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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三つの棺 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-3)

三つの棺 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-3)

囁く影 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-8)

囁く影 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-8)

ビロードの悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-7)

ビロードの悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-7)

緑のカプセルの謎 (創元推理文庫 (118‐9))

緑のカプセルの謎 (創元推理文庫 (118‐9))

読者よ欺かるるなかれ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

読者よ欺かるるなかれ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

魔女が笑う夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-8)

魔女が笑う夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-8)

震えない男 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ525)

震えない男 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ525)

連続殺人事件 (創元推理文庫 118-10)

連続殺人事件 (創元推理文庫 118-10)

ジョン・ディクスン・カーを読んだ男 (論創海外ミステリ)

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スパイダーZ (講談社ノベルス)

スパイダーZ (講談社ノベルス)

ジョン・ディクスン・カー―「奇蹟を解く男」

ジョン・ディクスン・カー―「奇蹟を解く男」

 

【ミステリ酒場スペシャル】23年目の発売日に考える『このミステリーがすごい!』のドコがすごいのか?開催

 当翻訳ミステリー大賞シンジケート管理人・杉江松恋が司会を務めるトークイベントで、「このミステリーがすごい!」23年の歴史を検証する試みが行われます。第2部では翻訳出版に関与する編集者に登壇願い、翻訳エンターテインメントの活況を作り出すためにどのような対策をとっているか、また今後どうあるべきかの討論をしていただく予定です。これから編集者を志望しようとしている方にもぜひ現場の声を聞いていただければと思います。どうぞお誘いあわせの上ご参加ください。(杉江)
 

【開催場所】風土カフェ&バー「山羊に、聞く?」
 (東京都渋谷区代官山町 20-20 モンシェリー代官山 B1F)(東急東横線「代官山」徒歩1分)

【開催日】2011年12月10日 (土)
【開場】19:00〜 【開演】19:30〜
【出演】杉江松恋、茶木則雄(元ミステリ専門書店「深夜プラスワン」店長)
    翻訳ミステリ出版各社担当者 文春・永嶋俊一郎、早川・山口晶、創元・宮澤正之、扶桑社・冨田健太郎、新潮社・若井孝太
 
【チケット購入】こちらをクリック。

 
  今年もミステリー界にとって最もアツいシーズンがやってきたーー年末恒例のミステリーベスト10発表ラッシュのスタートだ。
 
 「このミステリーがすごい!」は、まさにその代表格。名うての書評家、作家、翻訳家、そしてビッグネームファンなど、業界の目利きが寄ってたかって、この一年間読んできたミステリの中からとっておきの作品を推薦。一人一票の公平な投票でランキングを決めて、一冊のムックとして販売するという宝島社の恒例企画だ。
 1988年のスタート当時、これほど画期的な企画はなかった。それまでの文学賞や年間ベストは、少数の評論家や作家の推薦で決められてきており、それが水戸黄門の印籠のように絶対的な権威として通用するものだったからだ。当然、選者が如何に優秀でも、一年間に読める本の数は限られているわけで、その選から漏れる名作傑作も少なくない。時には政治的な意図や、個人的なバイアスで選ばれるものもあっただろう。
 「読者の実感でリアルな今年の一番を決めよう」という問題提起によってスタートした『このミス』は、従来のベスト10に対するアンチテーゼとして、ミステリファンの圧倒的な信頼と支持を集めるようになった。
 
 その影響力たるや、凄まじいものがある。
 今や、一般ファンにとって「このミス」は、一年間のミステリの話題作、傑作を知り、購入を決める絶対指標となりつつあるからだ。当然売上に対する影響も絶大。ベスト10入りした各社は一斉に本の帯を「このミス◯位」と順位入りのものに差し替え、上位本はそのままベストセラーリストトップに躍り出る。クリスマスから年末年始と続く読書シーズンの本の売上は、まさに「このミス」が握っていると言っても過言ではない。
 
 今やメジャー級の文学賞に匹敵するだけのパワーを持つに至った「このミス」。23年前、いち出版社のムックが、読書界の動向を握る存在になると誰が考えただろう? その年の新酒を愛でる「ボジョレーヌーボー」解禁や、地方の業者が工夫して創り上げたオモシロフードの対抗戦「B−1グランプリ」同様、いまや年間ベストテンはミステリビジネスの行方を左右する、巨大な“金の卵”なのである。
 
 今年のベスト10に並んだ諸作を遡上にあげ、“実のところどうなの?” 的な辛口評価で分析していくと共に、この23年間の「このミス」の歴史を紐解き、業界に与えてきた影響の数々や、このビッグサクセスを生んだ要因などをディープな視点でじっくり分析していこう。