第八回『ハンターズ・ラン』の巻(執筆者・東京創元社S)

 
 みなさんこんにちは。最近お仕事で翻訳ミステリ業界のひとに会うと「ああ、あのラムネの……」といわれている東京創元社のSです。大変嬉しいのですが、いつまでも「ラムネの……」じゃいかんだろう、自分。今年は「ラムネとミステリの」といわれるように精進したいと思います。

 前置きが長くなりました。さっそく、今回の課題本の紹介をしたいと思います。ジョージ・R・R・マーティン&ガードナー・ドゾワ&ダニエル・エイブラハム『ハンターズ・ラン』です!

ハンターズ・ラン (ハヤカワ文庫SF)

ハンターズ・ラン (ハヤカワ文庫SF)

 

 辺境の植民星サン・パウロで、探鉱師ラモンは、酒のうえの喧嘩でエウロパ大使を殺してしまった。大陸北部の人跡未踏の山間に逃げ込んだものの、ラモンは謎の異種属と遭遇し、つかまってしまう。しかも、異種属のもとから脱走した人間を捕らえる手先になれと命令された。異種属の一体、マネックに“つなぎひも”でつながれ、猟犬の役をはたすことになったラモンの運命は……? 人気作家三人による、スリリングな冒険SF(本のあらすじより)

 
 この作品は、ガードナー・ドゾワのアイディアをジョージ・R・R・マーティンが膨らませ、ダニエル・エイブラハムが長編化したものです。最初のアイディアが生まれてから、長編作品になるまでなんと三十年かかっているそうです。はてさて、いったいどういう物語なんだろう……とワクワクしながら読み始めました。そして、読み終わってからの率直な感想は、「あまりにも面白くてどうしよう!」です。どこが、と聞かれるとたくさんあって困るのですが、まずはこの作品にホワイダニットがあるという点について触れてみたいと思います。
 
 『ハンターズ・ラン』には、物語全体を貫く大きな謎があります。それは、「そもそものはじまりである、エウロパ大使殺害の原因は何なのか?」という謎です。主人公ラモンはバーでお酒を飲んでいるうちに、異星人であるエウロパ人の大使をうっかり殺してしまいます。お偉いさんを殺してしまったわけで、警察の手から逃れるためにまだ開発されていない大自然の中へ逃げてほとぼりをさまそうとします。そこで異星人に捕まって手先にされてしまうのですが、そもそも大使を殺さなければそんなことにはならなかったわけです。ではなぜ大使を殺してしまったのか? それが、ラモン本人にも思い出せないのです。なぜ、バーで絡まれたくらいで殺害に至ったのか。ささいな謎に思えますが、作中で何度も疑問として提示されるので、気になってしかたがありません。そしてこのホワイダニットは物語の最後まで答えが明かされることはなく、読者をラストまで導きます。
 
 同時に、小さな謎がいくつもあります。たとえば、異星人はなぜ自分たちのもとから脱走した人間を捕まえようとしているのか? このような謎は、物語の中であまり間を置かずに答えがわかります。謎の提示→解決までの時間が短い小さな謎がたくさんあるので、なんだかよくわからない話だなぁという印象を持つこともなく、すごく読みやすくなっています。さらに、ここ気になるな〜とひっかかった点にはすべて答えが用意されているので、読んでいて苛つくことがありません。大きな謎があることで最後まで引っ張られ、小さい謎が細かく配置されているおかげでストレスなく読みすすめることができました。謎の組み合わせ方が上手く、それが物語を面白くしている要因だと思います。
 
 次に、物語のいちばん特殊な設定である「つなぎひもで異星人とつながれる!」という設定がすばらしいということを、おおいに! 主張したいです。この設定が、物語に不思議なおかしみと、サスペンスを醸し出していると思います。ラモンを〈サハエル〉で繋げて監視しているマネックは、異星人だけあってあまりお近づきになりたくない感じなんですが、というか映像化されたら絶対に見たくない外見なんですが、それでも文章で読むと魅力的なキャラクターです。人間と思考が全く違うからか、子どもや外国人のように、人間にとってはあたりまえのことをラモンに聞いてきます。食事や排泄、なぜ人は同胞を殺すのか? 自由とはどのような状態なのか? 人間にとって当たり前のことを大真面目に聞いてくるので、面白くてたまらない! 度を超した真面目さって面白いじゃないですか。まるで子どもみたいなマネックがどんどん可愛くなってきて……。ああもう、異星人に萌えるなんて、なんてこと……! くやしい。いやでも、マネック可愛いですよ。これで外見が人類タイプでイケメンだったらいうことないのに……! あらすみません、つい本音が。
 
 ラモンも私のようにどんどんマネックにほだされてきます。そりゃまぁ、自分の意志でないとはいえ、つなぎひもで繋がれて、なんだか意思疎通もできるようになってきたら、仲良くなりたいと思うのが自然ですよね。しかも〈サハエル〉を通して、マネックの記憶をかいま見ちゃったりするわけです。いかようにも物語を展開できる、素敵設定ですね、本当に(笑顔)。しかし油断大敵! ラモンも読者も油断しているときに、マネックは意にそわないことをしたラモンを思いっきり罰します。この〈サハエル〉は異星人の手によるハイテク(?)な代物なので、ラモンが異星人の意に反するような行動をとると、ものすごい苦痛を味あわせることができるのです。あくまでも異星人、それを忘れてはいけないんだよ、ということを思い出させます。このふたりの不安定な関係が、緊迫感をはらんでいてとてもいいと思います。ずっと敵のままなのか、味方になるのか曖昧でさっぱり読めないために、非常にドキドキする展開になっています。
 
 ラモンとマネックのやりとりを読んでいるときは、まるで著者(たぶん実際に執筆したエイブラハムさん?)の手の上で踊らされてるような感覚を味わいました。こういう描写をすれば、読者はこう思うだろうってことをわかって書いているような気がします。なんというか、読者を翻弄させてやろう=読者を楽しませようという著者の意志が感じられました。人によって好き嫌いはわかれると思いますが、私はそういう心意気を持った著者が好きです。
 
 そして、主人公ラモンのキャラクターもいい! 最初はもう、なんだこいつとか思ってたんです。だって彼の苦労って、ほとんど自業自得なんですもの。粗野だし、頭のてっぺんから足の先までマッチョ、という、正直彼氏にはしたくないタイプなわけですよ、私的に。でも、荒々しい自然を生き抜く知恵や体力を持っていたり、なによりも「男らしさ」を持っていることがわかってくると、だんだん彼が好きになってきました。何より、彼が実は孤独を愛する男だというのがいいですね。町にいるあいだは人と関わることで疲れ、それゆえ酒に逃げてしまうわけです。しかし探鉱のために山間へ来ると、お酒を飲まなくてもやっていける。大自然を愛し、真の孤独を愛している。この人物像が格好いいなぁ……。乙女は孤独を愛する男に弱いのです! そうか? っていうか乙女って誰のこと? というツッコミは無しでお願いします。そして、物語を貫いている大きな謎、彼はなぜエウロパ人を殺してしまったのか、という点の答えが明らかになり、そしてその後ラストで彼がとった行動を考えると……ラモン格好いい! と思わずにはいられません。第一印象最悪だったんだけど、嫌々付き合ってみたら案外いい男だったなんて……あらまぁなんという少女漫画的展開。
 
 ああ、まだまだいろいろ語りたいよう。舞台となっているサン・パウロの人跡未踏の地を描写する力がすごいとか、物語の設定の説明が上手くて、SFの世界にすんなり入っていけるとか。でもこういう冒険小説的な要素を褒めるのって、冒頭でやることだよな……。まぁ、私の下手な文章を読むより、作品を読んでいただくのがてっとり早いです。とにかく、面白かった! のです。それが伝わるといいな、と思います。


北上次郎のひとこと】
 この小説は、昨年の翻訳エンターテインメントの個人的ベスト1なのだが、ミステリーのベストにもSFのベストにも入っていないのが淋しい。密林行と川下りという冒険小説の定番をここまで鮮やかに蘇らせた例は近年少ない。物語が古いという指摘があるかもしれないが、物語は新しくなくてもいいのだ。古い物語を新鮮にみせる芸こそがこの長編のキモで、そこが素晴らしいと思う。
 次回のテキストは、いよいよクレイグ・トーマス『狼殺し』
 

冒険小説にはラムネがよく似合う・バックナンバー

 

洋梨形の男 (奇想コレクション)

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サンドキングズ (ハヤカワ文庫SF)

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タフの方舟1 禍つ星 ハヤカワ文庫SF

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狼殺し (河出文庫)

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第七回『アフリカの女王』の巻(執筆者・東京創元社S)

 
 みなさんこんにちは。ご無沙汰してしまって申し訳ございません。いつの間にかたくさんの新連載もはじまっていて、時の流れる速さに驚くばかりです。「お前はいったい何をしていたんだ!」というお叱りの声もあるかと思いますが、何をしていたかというと……目録奴隷になっていたのです。『東京創元社 文庫解説総目録』という名のネクロノミコンを作っていたのです! 詳しくは小社Webサイトにある「目録奴隷解放宣言!――編集部Sの愛と憎しみの総目録奮闘記――」をお読みください……。そして総目録買ってください……。
 
 さて、原稿が遅れた言い訳も終わったので(?)、早速あらすじのご紹介を……、あ、言い訳にかまけて本のタイトルのお知らせを忘れていました。セシル・スコット・フォレスターの『アフリカの女王』です!
 

 第一次大戦下のドイツ領中央アフリカ。ローズ・セイヤーはドイツ軍に復讐を誓った。布教活動に専心する兄が迫害を受けた末、悲惨な死を遂げたのだ。折りしも英国人技師オルナットと出会った彼女は途方もない計画をいだく。それは彼の所持する小型蒸気船を利用したドイツ砲艦への体当り攻撃だった! 行手に待ち受けるのは人跡未踏の大密林に逆巻く激流。だが行かねばならない、亡き兄のため、祖国イギリスのために! 不可能な目的に敢然と立ち向かう男女二人の決死行! 巨匠フォレスターが雄渾の筆致で謳い上げる不滅の大冒険ロマン(本のあらすじより)

 
 あらすじを読んでまず驚いたのが、主人公のローズの目的が「敵艦に体当たりすること」だった点です。とんでもない主人公だなぁ、と唸りながら読みはじめました。ローズはドイツ領のアフリカで、キリスト教の布教をするお兄さんに協力していたのですが、物語の冒頭でそのお兄さんが死んでしまうのです。そして密林の中でたった一人になってしまいます。しかしそこに現れたのが、技師のオルナット。彼は〈アフリカン・クイーン〉という小型船を持っていて、それで川を下って密林を脱出することにします。そして行く手に待ちかまえる、ドイツ軍の戦艦にぶつかって名誉の戦死をしようと決意します。いろいろ問題はあるような気がするけど、お、男前や……。
 
 しかし敵艦にぶつかるためには、何日ものあいだ、川を下って行かなくてはなりません。この川が曲者なんです。このお話にはドイツ軍という敵はいますが、いちばんの敵はやはり川です。豪雨に打たれ、激流に流され、それでも振り落とされまいと必死で舵を操るローズ。この激流を下って行くシーンの臨場感がものすごいです。訳者あとがきによると、著者はイギリス、フランス、ドイツの河川を小型ボート(ディンギー)で下った経験があるそうで、迫力のある激流下りには著者の実体験が反映されています。冒険小説家はそういう人が多そうですね。しかし私は川下りなんてしたことがないので、某ねずみの国のス●ラッシュ●ウンテンをものすごく激しくした感じなのかしら? とか、その程度の想像しかできなくてごめんなさい……。でもすごく迫力があって、スリル満点のシーンなのです! 自然という、ものすごく大きなものに立ち向かう姿というのは格好良いですね!
 
 また、中央アフリカの気候をこと細かに描写する筆力がすごいと思います。とにかく暑そうで、虫は多いし、もう私なんて絶対生き延びられない……。心の底から、冒険小説の主人公のような人生を送るはめにならなくて良かったなぁと思いました。いままで七作の冒険小説を読んできましたが、この作品がいちばん大変そうです。不可能に近いミッションを達成することも難しいと思いますが、この物語の世界では暑さに耐えることからはじめなくてはならないんですよ。嫌だー。気候や自然の描写がものすごくリアルで読み応えがあるのも、著者の実体験が反映されているからでしょうか。
 
 と、いうわけで、この作品は「冒険」部分はとても面白かったです。しかーし! 私はこの作品で突っこまなくてはならない点があるのです。主にローズについて!
 
 いやもう、最初から嫌な予感がしていたんですよね。だってアフリカのジャングルの中に、男と女、たった二人で取り残されるんですよ……。もう最初っからこの二人くっつくことになるじゃん……と思っていたら、まったく予想を裏切らない展開で! はじめのうちはオルナットを警戒していたのに、お酒を飲んで暴れた彼に怒って一日中無視とかしていたのに、いつのまにやら「可愛いひと(ハート)」なんて思うようになっちゃって! よーく考えろローズ! それは吊り橋効果だ! 危険な場所で偶然ふたりっきりになっちゃったから、なんかいい男に見えているだけだ、目を覚ませローズ!! ……ふう、叫びすぎて咽が嗄れちまったぜ……。
 
 もう、このローズとオルナットの関係の変化があまりにも予想がつきすぎて意外性がなく、その点がちょっとがっかりです。オルナットが頭のまわる危険な男で、ローズは川下りの大変さもさることながら、そばにいる男から自分の身も守らなくてはならない……とか、二重の困難があればさらにサスペンスが生まれて、より面白く読めるのではないかと思うんですけど。というかですね、私はローズの描写にいまいち納得がいかない点がありましてね。彼女は厳格な宣教師のお兄さん以外に、周りに男の人がいなかったらしく、最初のうちは「老嬢のよう」なんて表現をされていたんですよ。それがお兄さんが死んでしまって、いわば厳格さから解放された。淑女でいる必要がなくなったわけです。そして危険な川下りを遂行するにあたって、自分の意志でしっかり船を動かさなくてはならない。そういう心持ちの変化が彼女を変えて、生き生きとした表情が生まれ、あまつさえ、端的にいうならば色気まで出てきたっていうんですよ! なんでやねん! 遭難して川下りをすれば色気が出てグラマーな美女になれるっていうなら、私だっていくらでも遭難してやるっつうの!(ハッ! すみません本音が!)
 
 えーと、若干不適切な発言があったことをお詫びいたします。とにかく、冒険小説としては面白く読みましたが、一部登場人物の描写に疑問を抱かざるをえない、とまあそんな感想です。このロマンス(?)部分を、冒険小説読みのみなさんがどう思っていらっしゃるのかを伺ってみたいです。私はどんなジャンルの作品でも、予想がつかないことが起きる展開のほうが好きだから、あまり納得がいかないのでしょうか。だって、ローズ、あとで絶対後悔しますよ。オルナットは、正直結婚相手としてはどうかと思うし……。まぁ、この点もリアルといえばリアルな描写なのだろうか……。
 
 久しぶりなのにこんな駄文で本当に申し訳ございません。もう、他のみなさんの連載がすごくしっかりしたものなのに! 情けないかぎりですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。世に冒険小説があるかぎり、この連載も続く! かもしれません。あ、『総目録』もよろしくお願いいたしまっす!(常に宣伝)
 


北上次郎のひとこと】
冒険小説の主人公は圧倒的に男がつとめることが多く、ヒロインが主人公になることは少ない。したがって、これは数少ない例外だ。女性が主人公になると冒険小説ではなく、サスペンスになるのが通例なのである。
ということで、女性読者が読むとその例外作品に対してどういう感想を持つのかなと
思ったのだが、なるほどね。わかりました。
それでは、密林と川下りという共通項を選んで、次回のテキストは、ジョージ・R・R・マーティン/ガードナー・ドゾワ/ダニエル・エイブラハム『ハンターズ・ラン』酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫)にしたい。
 

冒険小説にはラムネがよく似合う・バックナンバー

 

東京創元社文庫解説総目録

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アフリカの女王 (ハヤカワ文庫 NV 191)

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アフリカの女王 [DVD]

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たった一人の海戦 (Best sea adventures)

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ハンターズ・ラン (ハヤカワ文庫SF)

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第六回「もっとも危険なゲーム」の巻

 
 みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか、って聞くまでもないですね。暑くて暑くてやってられるかー! って感じですね。ちなみに私の部屋にはクーラーがありません。溶けます。こんなに汗をかいて、食欲もおちているのに、すっかりさっぱり痩せないのはなぜなんでしょう……。世界の七不思議ですね!(すみません、暑いのです。)まぁ食欲がなくなってもラムネ消費量は変わりませんからね。ただそれだけの話ですね、うん。
 
 さて気を取り直して(?)今回もあらすじからいってみたいと思います。今回はギャビン・ライアル著『もっとも危険なゲーム』です。
 

 森は黒く夜の中に沈んでいた。ビル・ケアリは撃たれた脇腹を押さえながら敵の姿を捜した。敵は闇の中から彼を狙っているのだ、高性能ライフルを手にした狙撃のプロが! フィンランドで水陸両用機を駆る一匹狼のパイロット、ケアリは金のためなら少々の汚れ仕事もいとわない。ソ連国境近くの立ち入り禁止区域での鉱物資源調査もそのひとつだ。だが、まさか生命を狙われる羽目になろうとは思いもしなかった。誰かが彼の過去を知っている、秘密機関員であった過去を! 空陸に繰りひろげられる命がけの冒険を描いた、ギャビン・ライアルの代表作!(本のあらすじより)

 
 とあるひとから、「ライアル格好いいよライアル」と聞いていたので、楽しみにしていたのですが、うーん、正直、この作品は私には合わなかったです。まず、何をやっているのかがイマイチよくわからない……。今までの冒険小説は、なんだかんだと主人公に目的がありました。が、この作品ではそれがわからないのです。主人公のケアリさんはただのパイロットで、特命を受けて作戦を遂行したりするわけではありません。飛行機事故が起きたり、助手が死んでしまったり、いろいろな事件は起こります。つまり、巻き込まれ型の主人公だといえるのでしょう。それゆえ著者が何を描こうとしているのかが読めないまま話が進んでいきます。不穏な空気だけは感じ取れるのですが、よくわからないなーというのが、読み始めたときの感想でした。
 
 そもそもタイトルの示す、「もっとも危険なゲーム」って何じゃい? とずっと思っていました。作品の中にゲームらしきものは見当たらず……話の展開もゲームっぽくはないし……。ところが、そうやってぼんやりしていたら、クライマックスでいきなり頭をハンマーで殴られました。なるほどー! ゲームってこういう意味だったのね! と。この、タイトルの意味がわかったときの驚きというか、納得のいく感じはとても面白かったです。思わず「おおー!」と口に出していました。家で読んでいて正解でした。
 
 あーでも、やっぱり心の底から「ライアル格好いいよライアル」とは思えなかったのが、ちょっと残念です。どんなに多くのひとが絶賛していても、自分の感性に合わない場合って確実にあるんですよね……。たぶんこれは、ケアリさんに魅力を感じなかったのが原因かなぁと思います。彼の格好よさがよくわからないのです。一匹狼で、パイロットなのはよし。萌え要素。しかし助手には冷たいし、いい年して夢を追いかけているし、なんか妙に頑固だし、正直あまり「格好いい」とは思わなかったのです。が、本編を読み終わってから解説を読んだところ、私の感想と正反対のことが書いてあって、「!?」となりました。amazonさんの読者レビューでも、私がまったく思いつきもしなかった点が「格好いい」と書いてある……! 例えば、ピンチのときにヒロインに助けられている点とか。え、そこはちょっと情けない男といえるんじゃなかろうか……。あと日々の仕事も立ち入り禁止区域に入ったりして、結局は悪いことをしているわけですしね。それに目的や野望があればまた話は違うんですが、ケアリさんはただ単にお金のためだしなぁ。そこを悪党で格好いいと思えるかどうかも評価の分かれ目だと思いますね。うーむ。
 
 そういえば、私に「ライアルめちゃくちゃ格好いいよー」とオススメしてくれたのは、みんな男性でした。……ふむ、このあたりに好みの違いがあるのでしょうか。それとも、なんだかんだいって私にはヒーローに助けられたい願望(?)があるのかしら……? はぁ、こんなところで自分の深層心理に気づかされてしまうなんて……ライアル、恐ろしい子……!
 
 あと、クライマックスの銃撃戦にも惹かれなかったというか、やっぱり好みが分かれると思います。プロフェッショナル同士の闘いが描かれているので、とてもワクワクします。ただ、闘い方がイマイチだなぁと感じました。ものすごく迫力があるので、ガン・アクションが好きな方にはたまらない描写なんだろうな……という感じがしました。でも、私としてはただの銃撃戦ではなくて、大がかりな作戦を成功させるとか、騙し合いをするとか、もっとひねりのある方が好きなんですよね。ただ撃ち合うだけじゃ物足りないのよ! もっとこう……!(言葉にならない)わがままですみません。でも、前回のジャッカルさんのような、複雑かつめんどくさい方が面白いと思います。
 
 まあぶっちゃけますとね、こんっっっっな暑い時期に熱い男の闘いなんて暑苦しいんですよ!(ぶっちゃけました。)それもこれもすべてクーラーがないのがいけない!! 今いったい室温何度なの!? ギブミー冷気! ギブミー冬! ふう……、しろくまの気持ちがよくわかるぜ……。まぁそんなわけで、今回の作品はあまり肌に合わなかったなぁ、というのが全体を通しての感想です。ただこれは、好みに左右されるものだと思うので難しいところです。お前はわかってない! ここがこう格好いいんだよ! というご意見がある方は、ぜひぜひご指導いただけますと幸いです。
 
北上次郎のひとこと】
 現代の女子にライアルがウケないというのはショックです。このあたりに冒険小説冬の時代の原因がありそうだ。この作品の発表年は1961年。そういうスパイ小説の時代に書かれた作品であることを考えるとまた違った感慨を持つとは思うのだが、そんなことは現代の読者には関係がねえか。わかりました、それでは次回のテキストでうならせてみせよう。
 

もっとも危険なゲーム (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18-2))

もっとも危険なゲーム (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18-2))

深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))

深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))

誇り高き男たち (ハヤカワ・ノヴェルズ)

誇り高き男たち (ハヤカワ・ノヴェルズ)

誇りは永遠に (Hayakawa novels)

誇りは永遠に (Hayakawa novels)

スパイの誇り―ランクリン大尉シリーズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

スパイの誇り―ランクリン大尉シリーズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

誇りへの決別 (Hayakawa novels)

誇りへの決別 (Hayakawa novels)

 第五回 フレデリック・フォーサイス『ジャッカルの日』の巻(執筆者・東京創元社S)

ジャッカルの日
 フレデリック・フォーサイス/篠原慎訳
 角川文庫


ジャッカルの日 (角川文庫)

ジャッカルの日 (角川文庫)


 みなさまこんにちは。とうとうこの連載もなんと五回目を迎えてしまいました。他の執筆者の方々にくらべるとなんてことない記録ですが、五回分も変なものを書いてきたのだと考えると、感慨深いです(?)。新しいエッセイを書くときは、一応前のものを読みなおすのですが、前回はひどかったですね。なんか自分でもよくわからないテンションの時期だったんだろうなぁ……。と、ちょっと反省いたしました。今回は作品にあわせて、少しストイックに! 大人な感じで! 頑張ってみたいと思います。(できるのか?)
 さて、今回は『ジャッカルの日』(フレデリック・フォーサイス)です。そうそう、どなたかに尋ねられたのですが、とりあげる作品は私が選んでいるわけではありません。次にどの作品が課題になるのかは北上先生のみぞ知る……。なのです。では、まずはあらすじを。


  フランスの秘密軍事組織OASは、6回にわたってドゴール暗殺を企てた。だが失敗に次ぐ失敗で窮地に追いこまれ、最後の切札、凄腕のイギリス人殺し屋を起用した。暗号名ジャッカル――ブロンド、長身。射撃の腕は超一流。だがOASの計画はフランス官警に知られるところとなった。ジャッカルとは誰か?  暗殺決行日は?  ジャッカルのフランス潜入地点は?  正体不明の暗殺者を追うルベル警視の捜査が始まる――全世界を沸かせた傑作ドキュメント・スリラー。(本のあらすじより)


 今回は読むのが本当に大変でした。有名な作品なので名前だけは知っていたのですが、こんなにハードな作品だったとは。情けないことに、読み始めて数ページで「こ、これは大変そうだ……」と頭を抱えました。


 この作品はジャッカルという殺し屋による、シャルル・ドゴール大統領暗殺計画を描いています。本当にフィクションなの? と感じてしまうくらい、描写がリアルかつ緻密な作品です。物語の前半は、ジャッカルが暗殺の準備をしている様子をあますところなく描写しています。ジャッカルが何を買ったか、何をスーツケースにいれたか、朝ご飯は何だったのか。他の作家なら省くであろう細かい諸々を、何もそこまで書かなくても……と思うほど綿密に描いていくのです。それゆえ慣れるのに時間がかかりました……。なんというか、マグロを捕りに海へ出たらシロナガスクジラに遭遇してしまった、みたいな大物感がひしひしとありまして、いままでにない大変さを感じました。
 

 しかしその分読み応えも十分です。特に暗殺計画がドゴール側に発覚して、ルベル警視が登場してからは物語が一気に動き始めます。


 主人公のジャッカルは、読者にすら正体不明の人物です。長身、ブロンドの髪、引き締まった体つき、一流の射撃の腕を持っている……などという表面上のデータはわかるのですが、本名や出身、過去などは謎のまま物語が続いていきます。そして中盤でOASの暗殺計画が発覚し、ルベル警視含め大勢の人物がジャッカルとは誰かなのかを探り始めます。そのうちに読者にも徐々にジャッカルの正体がわかってくるのです。読者すら知らない「ジャッカル」という暗号名の男の正体が気になって、どんどんページをめくってしまいます。警察によるジャッカルの捜査を追体験しているような気分になります。さらに後半は緊迫した追跡劇も楽しめます。ルベル警視たちは、物語の前半にジャッカルが準備した偽パスポートや身分証、変装も見破り、彼を追いつめていきます。時には「ああ、警察がやってきちゃう!  のんきに女の人と遊んでいる場合じゃないのよ、逃げてジャッカル!」と呟いてしまうことも(注・心の中で)。手に汗握る展開が続いて、面白いです。

 
 さて、そのジャッカルさんなんですが、彼のキャラクターにあんまり惹かれなかったのが、読みにくかった理由のひとつかな、と。はっきり言ってしまいましたが、ジャッカルさんは完璧過ぎるんですよね……。冷静で、仕事熱心で、語学堪能で、紳士で、演技力もあるんですが、真面目すぎて若干面白みに欠けるなぁと思います。あ、でもチャームポイントも見つけました。ジャッカルさん、イチゴジャム嫌いなんですよ! ホテルが出してくれる黒イチゴのジャムが嫌いで、わざわざマーマレードを買ってきて、そっちを出してくれって頼むんです! いやー、意外な一面を発見してしまいました。ちょっと可愛らしいですよね。ハッ! これがギャップ萌えってやつか!?


 えー、どうでもいいことも書いてしまいましたが、ものすごく読み応えがある素晴らしい作品だと思います。自分ではあまり手に取ることがないような作品なだけに、課題になって良かったなぁと感じました。前の課題『鷲は舞い降りた』とも違う、ストイックな作風も新鮮でしたし、プロフェッショナルによる一流の仕事とは何なのか、そしてそれが些細なことで失敗してしまう理不尽さ……運命の皮肉も感じとることができました。暑くてどこへも出かけたくない! というときにでも、お家にこもって読んでみてくださいませ。
 (東京創元社編集部・S)


【ひとこと】
 フォーサイスは国際謀略小説の書き手として知られている作家だが、実は冒険小説の心を知る作家である。もっともそう思って油断していると、『悪魔の選択』のような作品を書くから困ってしまうのだが。『ジャッカルの日』は、冒険小説の一つのパターンである「好敵手物語」だ。それが最大のキモだと思う。
 北上次郎

ジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた[完全版]』の巻その1(執筆者・東京創元社編集部S)

『鷲は舞い降りた[完全版]』
ジャック・ヒギンズ/菊池光訳
ハヤカワ文庫NV

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)

 皆様こんにちは。「冒険小説にはラムネがよく似合う」第四回はジャック・ヒギンズ作『鷲は舞い降りた〔完全版〕』です。あらかじめ宣言しておきますが、今回は長いです! おまけに、とある事情によりいつもよりテンション三割り増し(?)でお送りする所存ですので、読んで引かないで下さいまし!
 さて、とりあえずあらすじを。


 鷲は舞い降りた! ヒトラーの密命を帯びて、イギリスの東部、ノーフォークの一寒村に降り立ったドイツ落下傘部隊の精鋭たち。歴戦の勇士シュタイナ中佐率いる部隊員たちの使命とは、ここで週末を過ごす予定のチャーチル首相の誘拐だった! イギリス兵になりすました部隊員たちは着々と計画を進行させていく……使命達成に命を賭ける男たちを描く傑作冒険小説――その初版時に削除されていたエピソードを補完した決定版(本のあらすじより)


 まずこのあらすじにびっくりですよ! チャーチル誘拐って! よくもまぁ、こんな変な作戦を考えついたものだ……と、舞台設定の巧さにうなりました。しかもこの作戦、完全にヒトラーの単なる思いつきから話が大きくなって、実行にうつされたという設定なんですよ。思いつき、というのが妙にリアリティがあって、「歴史ってこんなふうに成り行きで進んでいくんだろうなぁ……」と感じて面白かったです。しかも、誘拐するためにはイギリスに侵入しなければならないわけですが、その方法が落下傘降下! 最初、タイトルの意味を知らなかったのですが、降下が成功したことを表して「鷲は舞い降りた」と形容すると知って感激しました。おおー、格好いい!
 そして、この突拍子もない作戦を実行にうつす登場人物たちがすごいのです! とにかくみんなキャラクターが立っていて、登場人物が多いにもかかわらず、紛らわしさを感じませんでした。特にお気に入りのキャラクターを挙げるとすれば、まずはやはり主人公のクルト・シュタイナ中佐。彼は落下傘部隊を率いる実動部隊のリーダーです。彼はまさに冒険小説の主人公、といった感じの男気あふれる好人物で、不器用な優しさも併せ持っています。彼の魅力はまた後ほど熱く語りたいと思います!
 そしてチャーチル誘拐となる舞台の村に住み、スパイ活動をしている老婦人、ジョウアナ・グレイ。彼女の生い立ちと、イギリスでドイツのスパイとして活躍することになった経緯もまた壮絶です。魅力溢れる才女で、まわりの人々にも貴婦人として親しまれています。特に地元の名士であるサー・ヘンリーは彼女にメロメロで、思わずチャーチル首相に関する重要な秘密をもらしてしまうことも。いつも犬を連れて散歩している上品な老婦人が、まさかスパイ活動をしているとは思いませんよね。


(つづく)

ジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた[完全版]』の巻その2(執筆者・東京創元社編集部S)

(承前)


 そしてそしてそして、今回の本題(?)私の心を鷲づかみした罪深い男、リーアム・デヴリンについて語ります! 彼に言及しないなんてことがあろうか! いやない! この本を読み終えてからというもの、誰かとリーアムについて語り合いたくてしかたがないのです! 誰か読んで一緒に騒いで! ……すみません、魂の叫びが漏れました。このリーアム・デヴリンという男は私のミーハー魂に火をつけたんですよ……。
 えーと、読んで下さる皆様が若干引いているやもしれませんが、この胸にたぎる熱い想いを! ぜひとも! わかって! 下さ、い……。リーアム・デヴリンとは、アイルランド人です。熱烈な愛国者で、アイルランド独立運動に一生を捧げる闘士です。イギリス文学の研究家でもあり、知識人でありながら喧嘩っぱやくて勇敢な男です。リーアムを表現する文章がちょっとびっくりするくらいすごいので、引用します。

 黒い髪が波打ち、顔は青白く、目はラードルがこれまで見たことがないような青色で、そこに固定してしまったような感じで口の片端に皮肉な笑みを浮かべている。人生は不運な笑い草であったことを知り、それを笑う以外になすすべがないと決めた男の顔であった。

 なんだろう、この「よくわかんないけどなんかかっこよさげ」な人物描写は!? と読んだ瞬間、目が点になりました。好き嫌いは別れるでしょうが、とにかく印象に残る人物だと思います。初登場の瞬間から彼を気に入ってしまい、登場するたびに嬉しくなりながら読んでいました。作中でリーアムはドイツ側につき、シュタイナ中佐の落下傘部隊のアシストをします。ジョウアナ・グレイの手引きで村の一員になりすまし、シュタイナ中佐たちが降下してくるのを待つのです。本文の半分くらいまではリーアムの活躍を描いていることもあり、私は途中まで「なんでシュタイナ中佐が主人公なんだろう?」と思っていました。むしろリーアムが主人公じゃないの? と。それくらい存在感のあるキャラクターなんです。
 しかし最後まで読んで、その考えはまちがっていたのだと悟りました。『鷲は舞い降りた』の主人公は、まぎれもなくシュタイナ中佐です。
 少しネタバレになってしまうかもしれないのですが、ご容赦ください。この物語の核になっているのは「チャーチル誘拐作戦」です。しかし歴史上にそんなことが成立したという事実がない以上、当然シュタイナ中佐たちの冒険は失敗に終わることになる、とすぐにわかります。そしてさまざまな要因が絡みあって、作戦は本当に実行不可能な状況になってしまいます。しかし、シュタイナ中佐は最後まで諦めません。なぜ諦めないのか。彼はこう答えます。「なんとしても、それ以外の途をとることができないからだ」。不器用な人間だなぁ、と思います。しかしその不器用さ、ひたむきさが胸を打ちます。そして最後の一ページを読んで、まさしく彼が主人公だと悟りました。すごく心に残る一文があります。この感動的な結末は、ぜひ読んでお確かめください。
 私はこの連載を始めるまで(始めさせられるまで・笑)ほとんど冒険小説というジャンルの本を読んでこなかったわけですが、いろいろ読んでいくうちに、徐々にその面白さがわかってきました。最初は、自分がいままで触れたことがない分野を知ることができた新鮮さに惹かれました。そして先が読めない展開の面白さや、アクション・シーンのスリルも味わいました。そしてこの『鷲は舞い降りた』には、人間の複雑さも描かれていると思います。一筋縄ではいかない人間たちの奮闘や苦しみ、優しさ、心の叫びが描かれた作品です。また新たな冒険小説の魅力を発見しました。私ごときが今更言うべきことではない気もしますが、この作品はまさしく傑作、です。
(了)


〔ひとこと〕
『鷲は舞い降りた』は、『ナヴァロンの要塞』と並ぶ戦争冒険小説の二大名作だが、敵役をヒーローとして設定したという点で歴史に残る作品となっている。もっともこれが素晴らしい作品だからといって、他の作品に手を出すと、必ずしも傑作ばかりではなく、むしろそうでない作品のほうが多かったりするから油断できない。

 北上次郎

第3回 アリステア・マクリーン『恐怖の関門』の巻(執筆者・東京創元社編集部S)

『恐怖の関門』
アリステア・マクリーン/伊藤哲訳
ハヤカワ文庫NV

恐怖の関門 (ハヤカワ文庫 NV 135)

恐怖の関門 (ハヤカワ文庫 NV 135)

 皆様こんにちは。「冒険小説にはラムネがよく似合う」第三回はアリステア・マクリーンの『恐怖の関門』です。
 さてまずはあらすじを……といつものように引用したいところなんですが、私が読んだのは会社の倉庫にあったハヤカワ・ノヴェルズ版だったので、適当なあらすじが載ってないんですよね。なので今回引用(手抜きともいう)は無しで頑張ります。
 まず、プロローグで旅客機が謎の襲撃を受け撃墜されます。主人公の「私」は違う場所にいて、無線で機内と交信しています。機には「私」の恋人が乗っており、最愛の人は失われてしまいました。「私の紅いバラは白くなった」という一文がものすごく印象的で、そしてこの物語の重要なキーワードになっています。
 衝撃的なプロローグから一転、場面はアメリカの法廷に移ります。そこで「私」ことタルボは判事の聴聞を受けています。そしてなぜかタルボは警官を射ち、法廷にいた若い女性を連れて逃亡します。
 正直に告白しますが、三章ぐらいまで読んでも面白さがまったくわかりませんでした。だって主人公が嫌な奴で……警官は射つわ女の子は誘拐するわで、こう今までの登場人物と違ってミーハー心が刺激されないといいますか……。うーん、これはちょっと読むのに苦労するかも? と感じたんですよね。が、が、私が間違っていました。マクリーン師匠、すみませんでしたぁっ!!
 面白くなってきたのは、三分の一を過ぎたあたりからです。南米の石油とか、潜水艦とか、麻薬中毒のヤクザなお兄さんとか、よくわからない話や描写が続いているのに、なぜかページをめくる手が止まらなくなってしまいました。そして気がつけば半分以上読み終わっていて……。自分でもびっくりしました。そしてこのあたりで、主人公の真意、最終目標が物語を貫く大きな謎になっているのだ、ということに気がつきました。(遅いよ!)
 そこからはもうマクリーン師匠の手の上で転がされていきます。謎また謎のプロットが続いていて、翻弄され続けます。敵だと思っていた奴が実は味方だったり、あまり重要じゃないと思っていた人物が大活躍したり、とにかく先が読めない展開でどんでん返しが満載。かつ大迫力のアクションシーンもあり、スリルも満点です。そして「わけわからん!」と思っていた謎が一気に解けるラストは圧巻の一言です。ああ、そういうことだったのね! 裏にはこんな秘密が! と、すっきりわかって爽快な気分になりました。この謎解きのカタルシスは、まさにミステリを読んでいるときと同じものです。そして謎解きの場面が滅茶苦茶怖いんですよー(泣)。もう人間ってここまで残酷なことをいえるのか、と。読みながらこわいー、こわいよーと泣きたくなってしまいました……。怖がりなもので……。
 そしてイマイチ魅力を感じなかった主人公、タルボも読み続けるうちにだんだんその魅力がわかってきました。彼はとても賢いし、口も達者です。サルベージのプロフェッショナルで(出ました特殊技能!)、そしてものすごく大きな闇と空虚を抱えています。ある目的のためだけに生きていて、あらゆる屈辱や痛みに耐えている。マクリーン師匠の物語は、常に「男の世界」を描いているそうですが、彼はまさに男の中の男という感じですね。それだけに私のような若輩者では、彼の魅力がわかるのに時間がかかったのでしょう。物語が終わった後、彼がどのような人生を送っていくのかとても気になります。
 なんだか勢いだけの駄文になってしまい申し訳ないのですが、この作品は冒険小説でありながら上質のミステリだと思うので、ネタバレを恐れるがゆえに感想が書きにくいです。(言い訳。)ミステリの評論家や書評家の方がいかにすごいかを実感しました。でも本当に読んでいただければわかります! ので。そして読む際はぜひ一気読みをおすすめします! わからないことがあっても、驚きの展開があっても、とにかく一気に読んで下さい。マクリーン師匠のすごさは最後にわかります。っていつのまに師匠に……。
(了)

 ひとこと
『ナヴァロンの要塞』が内通者は誰かという謎を一つの核にしていたように、マクリーンの作品にはもともと謎解きの要素が濃い。そのもっとも顕著な作例がこの『恐怖の関門』なのである。
この作品の発表が1961年、なんと半世紀前に書かれた作品だ。それがいまでも面白いのだから、すごい。マクリーンは1955年にデビューした作家だが、60年代の作品はだいたい面白い。その後も全部面白い、と言えないところは辛いのだが。
北上次郎