第五回 フレデリック・フォーサイス『ジャッカルの日』の巻(執筆者・東京創元社S)
『ジャッカルの日』
フレデリック・フォーサイス/篠原慎訳
角川文庫
- 作者: フレデリック・フォーサイス,篠原慎
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1979/06/10
- メディア: 文庫
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みなさまこんにちは。とうとうこの連載もなんと五回目を迎えてしまいました。他の執筆者の方々にくらべるとなんてことない記録ですが、五回分も変なものを書いてきたのだと考えると、感慨深いです(?)。新しいエッセイを書くときは、一応前のものを読みなおすのですが、前回はひどかったですね。なんか自分でもよくわからないテンションの時期だったんだろうなぁ……。と、ちょっと反省いたしました。今回は作品にあわせて、少しストイックに! 大人な感じで! 頑張ってみたいと思います。(できるのか?)
さて、今回は『ジャッカルの日』(フレデリック・フォーサイス)です。そうそう、どなたかに尋ねられたのですが、とりあげる作品は私が選んでいるわけではありません。次にどの作品が課題になるのかは北上先生のみぞ知る……。なのです。では、まずはあらすじを。
フランスの秘密軍事組織OASは、6回にわたってドゴール暗殺を企てた。だが失敗に次ぐ失敗で窮地に追いこまれ、最後の切札、凄腕のイギリス人殺し屋を起用した。暗号名ジャッカル――ブロンド、長身。射撃の腕は超一流。だがOASの計画はフランス官警に知られるところとなった。ジャッカルとは誰か? 暗殺決行日は? ジャッカルのフランス潜入地点は? 正体不明の暗殺者を追うルベル警視の捜査が始まる――全世界を沸かせた傑作ドキュメント・スリラー。(本のあらすじより)
今回は読むのが本当に大変でした。有名な作品なので名前だけは知っていたのですが、こんなにハードな作品だったとは。情けないことに、読み始めて数ページで「こ、これは大変そうだ……」と頭を抱えました。
この作品はジャッカルという殺し屋による、シャルル・ドゴール大統領暗殺計画を描いています。本当にフィクションなの? と感じてしまうくらい、描写がリアルかつ緻密な作品です。物語の前半は、ジャッカルが暗殺の準備をしている様子をあますところなく描写しています。ジャッカルが何を買ったか、何をスーツケースにいれたか、朝ご飯は何だったのか。他の作家なら省くであろう細かい諸々を、何もそこまで書かなくても……と思うほど綿密に描いていくのです。それゆえ慣れるのに時間がかかりました……。なんというか、マグロを捕りに海へ出たらシロナガスクジラに遭遇してしまった、みたいな大物感がひしひしとありまして、いままでにない大変さを感じました。
しかしその分読み応えも十分です。特に暗殺計画がドゴール側に発覚して、ルベル警視が登場してからは物語が一気に動き始めます。
主人公のジャッカルは、読者にすら正体不明の人物です。長身、ブロンドの髪、引き締まった体つき、一流の射撃の腕を持っている……などという表面上のデータはわかるのですが、本名や出身、過去などは謎のまま物語が続いていきます。そして中盤でOASの暗殺計画が発覚し、ルベル警視含め大勢の人物がジャッカルとは誰かなのかを探り始めます。そのうちに読者にも徐々にジャッカルの正体がわかってくるのです。読者すら知らない「ジャッカル」という暗号名の男の正体が気になって、どんどんページをめくってしまいます。警察によるジャッカルの捜査を追体験しているような気分になります。さらに後半は緊迫した追跡劇も楽しめます。ルベル警視たちは、物語の前半にジャッカルが準備した偽パスポートや身分証、変装も見破り、彼を追いつめていきます。時には「ああ、警察がやってきちゃう! のんきに女の人と遊んでいる場合じゃないのよ、逃げてジャッカル!」と呟いてしまうことも(注・心の中で)。手に汗握る展開が続いて、面白いです。
さて、そのジャッカルさんなんですが、彼のキャラクターにあんまり惹かれなかったのが、読みにくかった理由のひとつかな、と。はっきり言ってしまいましたが、ジャッカルさんは完璧過ぎるんですよね……。冷静で、仕事熱心で、語学堪能で、紳士で、演技力もあるんですが、真面目すぎて若干面白みに欠けるなぁと思います。あ、でもチャームポイントも見つけました。ジャッカルさん、イチゴジャム嫌いなんですよ! ホテルが出してくれる黒イチゴのジャムが嫌いで、わざわざマーマレードを買ってきて、そっちを出してくれって頼むんです! いやー、意外な一面を発見してしまいました。ちょっと可愛らしいですよね。ハッ! これがギャップ萌えってやつか!?
えー、どうでもいいことも書いてしまいましたが、ものすごく読み応えがある素晴らしい作品だと思います。自分ではあまり手に取ることがないような作品なだけに、課題になって良かったなぁと感じました。前の課題『鷲は舞い降りた』とも違う、ストイックな作風も新鮮でしたし、プロフェッショナルによる一流の仕事とは何なのか、そしてそれが些細なことで失敗してしまう理不尽さ……運命の皮肉も感じとることができました。暑くてどこへも出かけたくない! というときにでも、お家にこもって読んでみてくださいませ。
(東京創元社編集部・S)
【ひとこと】
フォーサイスは国際謀略小説の書き手として知られている作家だが、実は冒険小説の心を知る作家である。もっともそう思って油断していると、『悪魔の選択』のような作品を書くから困ってしまうのだが。『ジャッカルの日』は、冒険小説の一つのパターンである「好敵手物語」だ。それが最大のキモだと思う。
北上次郎