2009年、私のベスト10暫定版・第3回 その1(執筆者・川出正樹)
- 作者: ドン・ウィンズロウ,東江一紀
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- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,岩澤雅利
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- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,山田美明
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- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,岩澤雅利
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- 作者: ジャックカーリイ,Jack Kerley,三角和代
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- 作者: アンデシュルースルンド,ベリエヘルストレム,ヘレンハルメ美穂
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6位 サイモン・ベケット『法人類学者デイヴィッド・ハンター』(坂本あおい訳/ヴィレッジブックス)
- 作者: サイモン・ベケット,坂本あおい
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- 作者: カールハイアセン,Carl Hiaasen,田村義進
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- 作者: ジョン・ハート,東野さやか
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- 作者: ベネット・ダヴリン,田口俊樹
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今年のベスト1は、スティーグ・ラーソンの〈ミレニアム〉三部作で決まりだ、とずっと思ってきた。昨年度末に、第一作『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥの女』を読了した時に抱いたその予感は、四月刊行の第二作『ミレニアム2 火と戯れる女』で確信に変わり、七月に第三作『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』でシリーズの幕が下りた時には、しばし余韻に浸りながら、私にとっての2009年はこの〈サガ〉を読んだ年として記憶に刻まれるだろうな、と実感したものだ。
どれほど感銘を受けたか、そしてこの三部作がどんなに面白いかを知って貰うために、完結記念に「ミステリマガジン」に寄せた「〈リスベット・サランデル・サガ〉――闘う女たちの物語」というレビューの一節を、ちょっと長いけれども引かせてもらう。
「社会不適応社のレッテルを貼られた凄腕調査員のリスベット。後見人制度という”拘束衣”を着せられながらも独立不羈の存在として、ネットとリアルの二つの世界を股にかけて文字どおり命掛けで闘う彼女と、その勇姿に魅了されて彼女をサポートする〈騎士〉たちの活躍を描いた〈サガ〉は、実際、身震いするほどおもしろい。
なぜか? それは作者のスティーグ・ラーソンが、ミステリというものの、もっと言えばエンターテインメントというもののツボを心得ていたためだ。即ち、不可思議な謎とサスペンスフルな展開、そして意外な結末という、ミステリ誕生以来、連綿と受け継がれてきた成功のための三要素を完璧に満たしているからである。基本に忠実なのだ。その上で作者は、一作ごとにタイプを変えて、さまざまなジャンルの魅力を味あわせてくれる。なんとサービス精神旺盛なことか」
「〈ミレニアム三部作〉は、世界全体が沈滞し閉塞感漂うこんな時代にこそ読んで欲しい、いや、読まれるべき傑作である」
いやはや、われながら大絶賛である。無論、この評価は今も変わらない。作者が第四作を完成する前に故人となったことは、本当に残念でならない。
2009年、私のベスト10暫定版・第3回 その2(執筆者・川出正樹)
ところが八月になって、この熱き想いをも凌駕するとんでもない傑作が現れた。ドン・ウィンズロウの『犬の力』だ。
これにはまいった。完全にノック・アウトされた。舞台はアメリカ――メキシコ国境地帯を中心とした中南米諸国。麻薬に憑かれた三人の主人公――DEA(麻薬取締局)捜査官、麻薬王の甥っ子兄弟、アイルランド系の殺し屋――が繰り広げる、三十年にも及ぶ血と暴力と信仰に彩られた三つ巴の愛憎劇のなんと凄まじいことか。その有様は、まるで互いに主導権を取ろうとして噛みつき合う地獄の番犬(ケルベロス)のようだ。文庫上下で1100ページを超える大部ながら、一度読み始めたら巻措く能わざる傑作である。
あまりに一位と二位が突出しすぎた――なにしろこの二作は、オールタイム・ベスト級だ――おかげで、三位以下の作品が大人しく見えてしまうかも知れないが、なあに、今年が翻訳ミステリの当たり年なのであって、例年ならばいずれももっと上位にくるはずの作品ばかりである。
第三位の『毒蛇の園』は、『百番目の男』『デス・コレクターズ』に続く、アメリカ深南部アラバマ州を舞台にした〈カーソン・ライダー・シリーズ〉の第三弾。法月綸太郎氏の解説に、「トリッキーな謎解き志向を先鋭化して、両横綱(引用者註:ジェフリー・ディーヴァーとマイクル・コナリーのこと。力強い褒め言葉だ)の地位を脅かしつつある幕内の出世頭」とあるように、現代のアメリカ・ミステリ界で、律儀に古典本格ミステリの文法に則った作品を発表し続けている稀有な存在だ。
もっとも、同時に『サイコ』の血脈も受け継いでいるので、お行儀の良い本格ミステリとなっていないところがミソ。今回も、名門一族の戸棚の中からゴロゴロ転がり出てくる”頭蓋骨”に幻惑されていると、とんでもないところに伏線や手がかりが配置されていて、解決に至って驚愕させられる。シリーズものだけど、本書から読んでも、まったく問題ありません。むしろ一作ごとに小説が巧くなっているから、体験版としては最適かもしれない。
続く第四位の『ボックス21』は、一昨年、デビュー作『制裁』で、本邦初お目見えしたコンビ作家の第二弾。『制裁』は「小児レイプ犯は矯正可能か」という深刻なテーマを中心に据えた、暗く、重く、安易な救いのない物語だったが、今回もそのテイストには揺るぎなし。『ミレニアム2 火と戯れる女』と同じく、スウェーデンの人身売買と強制売春というネタを扱っているものの、その味わいは180度異なり、読後、鬱になること必死のイヤーな味わいの犯罪小説だ(どれくらいイヤかと言うと、若松孝二の「日本暴行暗黒史」に匹敵するイヤさ、といえばお好きな方にはお分かりいただけるかと)。
お次の第五位『サイコブレイカー』は、『治療島』で一部好事家を狂喜乱舞させた、ドイツ発の超新星が放つ、ニューロティック・スリラーの傑作。閉鎖空間——吹雪の山荘だぜ——となった精神病院が舞台の、ダリオ・アルジェントの映画を彷彿させるノンストップ・サスペンス。被害者の精神だけを破壊する〈サイコブレイカー〉の真の狙いが判明する瞬間の驚きといったら! 全編に伏線を張り巡らした、企みに満ちた超絶技巧の逸です。
- 作者: ジャックカーリイ,Jack Kerley,三角和代
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- 作者: ジャックカーリイ,Jack Kerley,三角和代
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- 作者: アンデシュ・ルースルンド/ベリエ・ヘルストレム,ヘレンハルメ美穂
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- 作者: セバスチャン・フィツェック,赤根洋子
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2009年、私のベスト10暫定版・第3回 その3(執筆者・川出正樹)
この調子で書いていると、とめどなく長くなりそうなので、ここから先は駆け足で。
第六位の『法人類学者デイヴィッド・ハンター』は、今回あげた十作中、最も読まれていないだろうと想われる一作だ。いかにもなタイトルはこの際おいとくとして、先入観無しで読んでみて欲しい。これは、骨が語る真実の声を聞き取ることができる名探偵を主人公にした、伝統的な英国スタイルに最先端の米国産の手法を取り入れた、謎解きミステリの秀作なのだ。
第七位の『水時計』は、正統派の謎解きミステリとしては本年度最高の収穫。イングランド東部の沼沢地帯(フェンズ)にある大聖堂で有名な小さな街・イーリーを舞台に、水路に落ちた車のトランクから死体が発見される冒頭から、洪水の迫る中での犯人との対決まで、全編を水に彩られた丁寧な作りの本格ミステリである。
第八位の『迷惑なんだけど?』は、いつもながら奇人変人ばかりが集う、喧々囂々たるガーテンパーティさながらの、いかれているけれども、筋の通った爽快なる犯罪小説。ちなみに毎回、動物の使い方が絶妙な作者ですが、今回のカニには……嗚呼、恐ろしい。
残り二作ですが、9位の『川は静かに流れ』については、第一回の北上次郎氏の熱いコメントにつけ加えるべきことがないので省略。読み応えのある力作であるのは十分承知の上でこの順位なのは、アクの強い作品好みという私の志向によるもので、広く万人に勧めたい傑作であることは間違いない。
問題は第10位の『夢で殺した少女』だ。こういう作品を個人的なものとは言え、ベスト10に入れてしまうのもどうかと思わないではなかったのだけれども、好きなんだからしょうがない。
これは、『川は静かに流れ』の対局にあるようなミステリだ。北上氏は、同書を「36名中18名(半分だ!)に批判され、深く傷ついて帰宅した」と書かれているが、本書の場合、恐らく10名中9名が批判するだろう。中には、本を投げ捨てる人もいるかも知れない。でも、私は傷つかない。なぜなら、これは、バカミスだから。それもドゥエイン・スウィアジンスキーの『メアリー-ケイト』(ハヤカワ・ミステリ文庫)並の、トンデモ一発ネタのB級怪作だから。
アマゾンの奥地で入手した”謎の粉末”を誤って飲んだ瞬間に主人公が観た、謎の少女と死別した父。幻覚というにはあまりにリアルな映像におののきながらも、続きが知りたくて、再度粉末を口にした主人公は……。
なにがなんだか解らないものの、ぐいぐいと引き込まれ読み進んでいたら、中程でびっくり仰天。こ・う・く・る・の・か。よく考えるとおかしな処もあるけれども、そんな瑕疵を軽く吹っ飛ばす本年度一番の珍作。「デニス・ホッパー絶賛、出演映画原作!」という帯のキャッチコピーに、驚くと同時に――これを映画化するのか!?――不思議とすんなり納得してしまった。
さて、以上10作あげてみたけれども、まだこれは暫定版。10月だけでも、マット・ラフ『バッド・モンキーズ』(横山啓明訳/文藝春秋)、ジェフリー・ディーヴァー『ソウル・コレクター』(池田真紀子訳/文藝春秋)、マルセル・F・ラントーム『騙し絵』(創元推理文庫)といった期待度大の新作が控えている。最終的に11月末の時点でどんな順位になっているのか、楽しみでもあり悩ましくもある。
川出正樹
- 作者: ドゥエインスウィアジンスキー,Duane Swierczynski,公手成幸
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2009年、私のベスト10暫定版・第2回(執筆者・池上冬樹)
1位 スティーグ・ラーソン『ミレニアム』三部作(ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳/早川書房)
- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,岩澤雅利
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- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,山田美明
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- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,岩澤雅利
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ダブリンで死んだ娘 (ランダムハウス講談社文庫 フ 10-1)
- 作者: ベンジャミンブラック,松本剛史
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- 作者: ジョン・ハート,東野さやか
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- 作者: アルトゥーロ・ペレス・レべルテ,木村裕美
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現代短篇の名手たち1 コーパスへの道 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
- 作者: デニス・ルヘイン,加賀山卓朗・他
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- 作者: チェルシー・ケイン,高橋恭美子
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- 作者: リー・チャイルド,小林宏明
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- 作者: リー・チャイルド,小林宏明
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- 作者: ジェフリーアーチャー,Jeffrey Archer,永井淳
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- 作者: ジェフリーアーチャー,Jeffrey Archer,永井淳
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- 作者: オレンスタインハウアー,Olen Steinhauer,村上博基
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- 作者: アンデシュルースルンド,ベリエヘルストレム,ヘレンハルメ美穂
- 出版社/メーカー: 武田ランダムハウスジャパン
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1位の『ミレニアム』は不動でしょう。いかに凄いかは、第三部の『眠れる女と狂卓の騎士』の解説に書きました。
2位は意外かもしれませんが(というか、みなさんノーマークでしょうね)、これはロス・マクドナルドがもしも現在生きていて、リュウ・アーチャーものを書かないでいたらどんなミステリになっていたのか、ということを考えさせる傑作。
3位は今年のベスト1! と思っていた小説。1位と2位の出現で、3位になりました。詳しくは帯をお読みください。
4位と5位も、本来ならベスト3クラス。登場人物ほとんど3人という4位は密室劇として圧倒的。5位は収録されている短篇がみな出来が鮮やか。とくに戯曲「コロナド――二幕劇」が素晴らしいですね。
6位は、今年いちばんの変化球かもしれない。これほど“変態”の二文字が似合うサイコ&警察ものは珍しい。
7位は、わが最愛のシリーズの一冊。翻訳紹介が途絶えないことを祈るだけ。
8位は、近年のアーチャーのベスト1。本来ならもっと上に置いてしかるべきなのだが、ことしはレベルが高いのでわりをくったかな。
9位も、わりをくったくちか。本来ならベスト5に軽く入る作品である。
10位は、北欧ミステリのレベルの高さをみせつけた秀作。このシリーズも楽しみ。
2009年、私のベスト10暫定版・第1回 その1(執筆者・北上次郎)
1位ジョン・ハート『川は静かに流れ』(東野さやか訳/ハヤカワ文庫)
- 作者: ジョン・ハート,東野さやか
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- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,岩澤雅利
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- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,岩澤雅利
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- 作者: トム・ロブスミス,Tom Rob Smith,田口俊樹
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- 作者: トム・ロブスミス,Tom Rob Smith,田口俊樹
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静かなる天使の叫び (上) (静かなる天使の叫び) (集英社文庫)
- 作者: R・J・エロリー,佐々田雅子
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静かなる天使の叫び (下) (静かなる天使の叫び) (集英社文庫)
- 作者: R・J・エロリー,佐々田雅子
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- 作者: マイクル・コナリー,古沢嘉通
- 出版社/メーカー: 講談社
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- 作者: マイクル・コナリー,古沢嘉通
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- 作者: フロイドビル,北野寿美枝
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ダブリンで死んだ娘 (ランダムハウス講談社文庫 フ 10-1)
- 作者: ベンジャミンブラック,松本剛史
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- 作者: カミラ・レックバリ,原邦史朗
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- 作者: スティーヴンプレスフィールド,Steven Pressfield,村上和久
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- 作者: ディックフランシス,フェリックスフランシス,Dick Francis,Felix Francis,北野寿美枝
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2009年の翻訳ミステリー・ベスト1は、誰がどう見ても、スティーグ・ラーソンのミレニアム3部作で決まりだろう。第1部『ドラゴン・タトゥーの女』(2008年12月刊)、第2部『火と戯れる女』(2009年4月刊)、第3部『眠れる女と狂卓の騎士』(2009年7月刊)と、3部作すべてが「2008年12月〜2009年11月」という今回の期間内に刊行されているから、その1部〜3部を別の本として扱えば票も割れてしまうけれど(ここは3部作として扱うべきだ)、そうでないかぎり、ベスト1は固い。競馬なら「頭鉄板」というところだ。3連単の1着固定だ。
本来なら、みんなが褒める本というのはうさんくさい。誰か批判する人がいたほうが健全というものだ。だから批判したいとも思うのだが、無理なんですねそれが。造形がうまくて、構成がうまくて、ケレンもよくて、文句のつけようがないのだ。素晴らしいのは、えっと驚く展開が頻出することで、だから物語の先を予測できない。こういう作家はもう二度と現れないだろう。
2009年、私のベスト10暫定版・第1回 その2(執筆者・北上次郎)
しかし、ここでも1位にするのはシャクなので、無理に2位にしてみた。我ながら強引だとは思うけれど許されたい。で、1位がジョン・ハート『川は静かに流れ』。某翻訳家が主宰する読書会のテキストになったとき、36名中18名(半分だ!)に批判され、深く傷ついて帰宅したのがついきのうのことのようだ。あんなに批判されるとは思ってもいなかった。このぶんでは各種のベストでも上位は難しいかもしれない。そういえば、『ハドリアヌスの長城』とか『モスクワ2015年』とか、私の熱烈ベスト1が「このミス」や「週刊文春」で11位とか12位とか、ベスト10を微妙に外した年を思い出す。個人的なベスト1が、みなさんのベスト1と重なったことが一度もないのだ。今回も11位あたりかも。
しかし、だからこそ、強く推したい。私が推さなかったら誰が推すのだ。ジョン・ハートの第1作『キングの死』(これも傑作だ!)が家族小説であったように、今回も家族小説である。私が書いた新刊評を引く。
「主人公のアダム・チェイスが5年ぶりに故郷に帰ってくるところから始まるこの長編は、2008年度のアメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞作だが、読み始めるとやめられなくなる」
「5年前に故郷を離れたのは殺人事件の容疑者として逮捕されたからだ。結局は無罪放免されるものの、居づらくなって彼は町をあとにする。戻ってきたのは幼なじみのダニーが、人生を立て直すにはアダムの力が必要だと連絡がきたからだ」
「そこに、アダムが幼いときに母が自殺したこと、父が再婚して弟と妹ができたこと、学校をさぼってダニーと遊んでいたこと、実の兄妹のように育ったグレイスのこと−−そういう過去の回想がどんどん挿入されていく」
「すなわち、小説のコクに溢れているのが第一。人物造形にすぐれているので何気ない風景までもがきらきらと光っていることも、この作者の美点としてあげておきたい」
書き写しているうちに初読のときの興奮が甦ってくる。いい小説だ。胸に残る小説だ。
- 作者: ジョン・ハート,東野さやか
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2009年、私のベスト10暫定版・第1回 その3(執筆者・北上次郎)
10作全部にコメントをつけるつもりでいたが、このペースでやっていくと長くなりすぎるので、あとは数作のみにして残りは省略する。
まず、『グラーグ57』は、あの『チャイルド44』の続篇で、あるいは前作に比べると落ちるのではないか、という批判はあるかもしれない。しかし『チャイルド44』と『グラーグ57』はジャンルの異なる小説なのだと解されたい。つまり今度は緊迫したアクション小説なのだ。下水道の追跡シーン、オホーツク海の囚人護送船の死闘、強制労働収容所での過酷な拷問、そしてラストのハンガリー動乱まで、波瀾万丈のレオの冒険をたっぷりと堪能できる。
『静かなる天使の叫び』もいい。これも当時の新刊評を引いておく。
「連続少女惨殺事件が起きる−−という粗筋を聞いただけで、またかよと言いたくなるが、しかしご安心。実に豊穣な物語が展開するのである。その詩情、豊かなドラマ性、秀逸な人物造形、筆致の冴え−−すべてが素晴らしい」
「これは、少年小説であり、家族小説であり、年上女性との愛を描く小説であり、ええい、まだ続くぞ。青春小説であり、作家をめざす青年の成長小説であり、窮地においやられた人間が絶望から立ち上がるまでの小説である」
「急いで付け加えておくが、ミステリー的にはやや乱暴であることは否めない。ラストの性急さとあっけなさも指摘されるかもしれない。しかしジョゼフの波瀾に満ちた半生をここまで鮮やかに描いてくれれば十分だ」
いやはや、すごい賛辞だ。ここまでの4作が私のベスト4である。9月末までに翻訳刊行したものの中からベスト10を選べ、という命題なので、現実のベスト10とは2ケ月の時差がある。10月〜11月に刊行されるものもあるだろうから、2カ月後に選べば少し違ってしまうかもしれない。これはあくまでも、9月末の時点におけるベスト10だ。
たとえば、これから出てくる翻訳ミステリーでは、ディーヴァーの作品がある。昨年のディーヴァーは、ヒロインの特性を生かしていないという点で批判したけれど(相手の嘘がわかるという特性なのに、その相手が逃げちゃったものだから体面することが極端に少ないのだ。このプロットはないだろう)、今年の作品はあの黄金コンビに戻るので、安心できるか。
他にもこのベスト10を脅かす作品が出てくるかもしれない。しかし何が出てきても、5位以下を入れ換えるだけで済むような気がしないでもない。5位以下の作品は、個人的な選択だから(いや全部個人的だけど)、このほうがいいぜ、と言う方がいたら、譲ってもいい。しかし10位のフランシスについてはここで触れておきたい。
いまさらフランシスかよと言われそうだが、もうフランシスは終わったと思っている人にぜひこの長編を読んでほしい。全体の4分の1が法廷シーンというのも異色だが、これが読ませるからもっとびっくり。もちろん全盛期の作品には及ばないが、それは贅沢というものだ。フランシスの新作を読めるだけで幸せだと、最初はそういう感慨で読み始めたのだが、そのうちに引き込まれていくのである。たとえ10位であっても、フランシスの作品をベスト10に入れる日がふたたびやってくるとは思ってもいなかった。2009年のベスト10でいちばん嬉しいのはそのことだ。
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