第29回:新たなダークヒロインの誕生(執筆者・上條ひろみ)
こんにちは。
先日、世話人をしている翻訳ミステリーお料理の会で、第八回調理実習がありました。都内某所の調理実習室で今回作ったのは『ストリート・キッズ』のニール・ケアリーのチーズバーガー。バンズから作ったので時間的には大忙しでしたが、なかなか美味にできあがり、みなさんにもご満足いただけたようで、ほっとしています。ファストフードとはいえ、きちんと作ると意外とあなどれないハンバーガー。いや、バンズから手作りの時点ですでにファストフードとは言えないか。
調理実習のゲストは『ストリート・キッズ』を訳された故・東江一紀さんを師匠と仰ぐ、翻訳者のないとうふみこさんと那波かおりさん。同じウィンズロウでも、ニール・ケアリー・シリーズは〝白東江〟、『犬の力』などは〝黒東江〟と訳し分けられていたというお話が印象的でした。
次回は何を作ろうかな? 翻訳ミステリーを読んでいて気になる料理や食べ物がありましたら、ぜひご一報ください。
では、五月の読書日記、ゆるゆるとまいりましょう。
■5月×日
まずはL・S・ヒルトンの『真紅のマエストラ』。いや〜、すごい話だった〜! 予想がつかない野望と欲望のジェットコースターR指定サスペンス。過激な展開に一気読みでした。
- 作者: L・S・ヒルトン,奥村章子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/01/24
- メディア: 文庫
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美人だけど育ちがあんまりよろしくなくて、学歴もたいしたことないジュディス・ラシュリー、二十七歳。ロンドンのオークションハウスの絵画部でアシスタントをしていた彼女は、オークションに出品されることになっているスタッブスの絵が贋作ではないかと疑ったことで、上司から解雇を言いわたされる。落ちこんだジュディスは、バイト先で知り合った気前のいい常連客と南フランスに向かうが、またもや不運に見舞われ、イタリアに逃げるはめに。ローマ、ジュネーヴ、そしてパリ。いつしかジュディスは犯罪に手を染めていく。
持ち前の美貌と才覚で成功を手に入れ、これまで自分をバカにしてきたやつらを見返して、もしくは仕返しをして、すっきり、ざまあみろ、みたいな話かなと思ったら、さにあらず。イギリスからフランス、イタリア、スイス、またフランスへと流れていくが、決して流されているわけではなく、巻き込まれ型、というのでもない。最初はほしいものを手にいれるためにちょっと悪いことをしていただけなのに、だんだんとエスカレートしていって、途中からは悪いことをするのを楽しんでいるみたいな印象。ファム・ファタルができるまで、という感じかな。後半のジュディスのたくましさ、冷酷さ、そして頭のキレ具合は、とても前半と同じ人とは思えない。もともと素質はあったんだろうけど、怒涛のような日々をすごすうちに進化せざるをえなかったんだろうな。よくも悪くも変貌していくジュディスが、恐ろしいやらたのもしいやら、読者としては複雑な気分だった。
でも、男目線で書かれていないのは気持ちいい。若いイケメンよりデブなおっさんの方が大勢出てくるのも、男を美化しない現実的な女目線という感じがする。セックスはセックスで楽しんで武器にはせず、男との関係においても情に左右されない強い女。だからこそ爽快で、『その女アレックス』のような痛々しさがない。新たなダークヒロインの誕生だ。共感できるかどうかは微妙だけど。
タイトルの〝マエストラ〟は巨匠や名人を意味するイタリア語、マエストロの女性形。でもなんで真紅なんだろ……?
ソニー・ピクチャーズが映画化権を取得して、脚本化が進んでいるとか。ジュディスはだれが演じるのかな。
■5月×日
平日昼間のジムは年配女性の天下だ。しかもみんなスポーツウーマンだけあって若々しく、六十代ぐらいかなと思っていた方が八十代だったりする。そんなお姉さま方を見ていると、これからの人生も捨てたもんじゃないと思えて、ちょっとうれしい。
エリザベス・ペローナの〈死ぬまでにやりたいことリスト〉シリーズのおばあちゃん五人組も、平均年齢七十歳超のお達者シニア女子。シリーズ第二弾の『恋人たちの橋は炎上中!』でも、彼女たちが死ぬまでにやりたいことリストのなかからいくつか夢をかなえながら、殺人事件の謎を解き明かします。
- 作者: エリザベスペローナ,Elizabeth Perona,子安亜弥
- 出版社/メーカー: 原書房
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元看護師のフランシーンと、ミステリおたくのシャーロット、豪邸に住むアリス、ケータラーのメアリー・ルース、テレビリポーターのジョイは、サマーリッジ・ブリッジクラブのメンバー。五人はそれぞれ六十個の〝死ぬまでにやりたいことリスト〟を作っていて、お互いの目標達成のために協力し合うことになっている。今回はそのなかの〝セクシーなピンナップガールになる〟を達成するため、インディアナ州パーク郡の古い屋根付き橋で写真撮影をしていたところ、一発の銃声が!
おりしもパーク郡では屋根付き橋フェスティバルなるものが開催されており、スイーツの出店をすることになったメアリー・ルースの手伝いで大忙しのメンバー。しかし、銃撃事件でフランシーンのいとこが亡くなり、問題の屋根付き橋が放火で焼け落ちると、好奇心旺盛な彼女たち(おもにフランシーンとシャーロット)は、情報集めに奔走する。
屋根付き橋といえば、思い出しますね、『マディソン郡の橋』。屋根付き橋は郷愁を誘うとともに、ロマンティックなイメージがあるのでしょうか。フランシーンの曽祖母も、若かりしころに屋根付き橋で情熱的な体験をしたようです。
今回もシャーロットが引っ掻き回して、フランシーンがフォロー役。マイペースすぎるシャーロットに手を焼きながらも、その推理力にはフランシーンも一目置いている様子です。二作目ということで、キャラが一作目よりもさらにはっきり打ち出されていて、個性的なメンバーのやりとりを読むのがますます楽しい! とにかくみんなパワフルで、読んでいて元気が出ます。六十個のリストも余裕でクリアしそうですね、このぶんだと。百個でもよかったのでは? フランシーンの旦那さまのジョナサンも、イケメンでやさしくてすてき。
メアリー・ルースのスイーツをはじめ、おいしいものもたくさん出てきます。でも、メアリー・ルースによると、「景気が回復して、外食が増えて、家で料理する人が減っている」せいでクッキング・チャンネルは人気が落ちているとか。日本では一分レシピ動画とか人気なのにね。日本はまだ景気が回復していないということか。
■5月×日
わたし的に今年上半期のベスト1は今のところシャルロッテ・リンクの『失踪者』だが、ティナ・セスキスの『三人目のわたし』も失踪者のお話。
というわけで、興味を惹かれて読んでみた。
- 作者: ティナセスキス,Tina Seskis,青木千鶴
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/01/24
- メディア: 新書
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愛する家族をマンチェスターに置き去りにして、ロンドンに出てきた訳ありの若い女性エミリー(本名エミリー・キャサリン・コールマン)。精神的にかなり追い詰められている様子の彼女は、変人ばかりが住むおんぼろのシェアハウスに転がりこみ、キャサリン(キャット)・ブラウンと名乗って、新しい生活をはじめる。こつこつと努力を重ねるうち、しだいに生活環境も向上していき、新しい自分にも慣れていくエミリーだったが、「あの日」が近づくにつれ、冷静ではいられなくなる。
彼女は何から逃げてきたのか、そして「あの日」に何があったのか。
いくつもの謎を思わせぶりにちらつかせ、読者を翻弄しながら、エミリーの過去と現在が交互に語られ、パズルのピースがはまっていくのかと思いきや……
エミリーにはキャロラインという双子の妹がいる。一卵性双生児でどうやら顔かたちはそっくりらしいのだが、読んでいるととてもそうは思えない。エミリーはおだやかでやさしく、キャロラインは気性の激しい問題児。『エデンの東』のアロンとキャルを思わせる、性格がまったくちがう双子なのだ。それまでの生活を捨ててロンドンで新しい生活をはじめたエミリー(キャット)が「三人目のわたし」ということになるのだろうか。
読んでいくうちに、隠されているのは相当に悲惨な秘密だろうなと推測され、真相を知りたいような知りたくないような気分になる。いや、もちろん知りたいんですけどね。でも……かなり意外でした。ほう、こう来たかと。派手に背負い投げされたわけじゃないけど、翌朝起きたら、なぜか青あざが……みたいな、あとからじわじわくる感じ。わかりにくいですね、すみません。ネタバレせずにおもしろさを伝えるのってむずかしいっっ!
中盤まではちょっと長いかなという気もするけど、後半の急展開は長さを感じさせないリーダビリティ。デビュー作ということで、ところどころちょっとぎこちなさも感じるし、ツッコミどころがないわけではないけど、勢いがある作品だと思う。家族の厄介さと愛しさに引き裂かれながら読むべし。
■5月×日
オーストラリアの新鋭、キャンディス・フォックスの『邂逅 シドニー州都警察殺人捜査課』にも度肝を抜かれた。読もう読もうと思いつつ、気づけばすでに二作目の『楽園』が出ていたんですね。
- 作者: キャンディス・フォックス,冨田ひろみ
- 出版社/メーカー: 東京創元社
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相棒を自殺で失い、ノース・シドニー署殺人捜査課からシドニー州都殺人捜査課に異動になったフランク・ベネットは、同じく相棒を失ったエデン・アーチャーと組むことになる。同じ課にはエデンの兄エリックもいて、しきりと挑発してくるのには閉口するが、謎めいた美しいエデンに一目で惹かれ、なんとかいい関係を築こうとするフランク。
そんなとき、スチール製の収納ボックスが海底から引きあげられ、なかから少女の遺体が発見される。ボックスはほかにも多数あり、いずれの遺体にも少女と同じ特徴があった。
事件の猟奇的側面や、犯人の変態ぶりもさることながら、事件と並行して語られる、廃棄物処理場の運営者ハデスが幼い兄妹を育てることになったいきさつが、事件以上のインパクト。この兄妹がエリックとエデンなのだが、ふたりが警察官になったいきさつも到底信じられないぶっ飛びぶり。そして、えっ、これってアリなんだ……とだれもが絶句する衝撃の結末へ。ダークな警察小説はいろいろあるけど、ここまでのものははじめてかも。まだ謎の部分もいくつかあるので、二作目以降で明らかになるのだろうか。早く『楽園』を読まないと。
語り手はフランク。このフランクって、小出しにされるエピソードの印象では、エリックでなくとも一発殴りたくなるようないやなやつだけど、エデンやエリックにまつわる特殊な事情を受け入れるには、こういうキャラでなくてはならなかったのかなあとも思う。まあ、それでも受け入れがたいとは思うけど。かつては恋人に人生を諦めさせて自分の所有物にしておきたがる傾向にあったフランクが、とある女性に出会ったことで、相手の幸せが自分のよろこびと思えるようになり、かつての自分を恥じるようになったのは少し見直した。
壮絶な過去を持ち「危険なまでに美しく、どことなく神秘的な」女刑事エデンは、キャロル・オコンネルのクールな女刑事マロリーを思わせるところも。エデンと育ての親ハデスの関係は、ちょっと映画「レオン」風味。
上記以外では、綾野剛主演のドラマ「フランケンシュタインの恋」を見ていて、そういえば読んでなかった!と気づき、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を(もちろん芹澤恵さんの新訳で)あわてて読んだ。今更でほんとに申し訳ないんですけど、こんなにも深遠でドラマチックでおもしろい話だったとは! 全編書簡と語りなのでさくさく読めるし、格調高い訳文にもうっとり。
ジャック・ルーボーの『誘拐されたオルタンス』は、読者を煙に巻くような独特の語り口や、数学ネタが多くて頭が混乱する過程までもが楽しくて最高でした。大好きな『麗しのオルタンス』の続編ということで、ふたたびルーボーワールドを堪能できたことに感謝です。
上條ひろみ(かみじょう ひろみ) |
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英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はバックレイの〈秘密のお料理代行〉シリーズ第二弾『真冬のマカロニチーズは大問題!』と、サンズの〈新ハイランド〉シリーズ第四弾『恋は宵闇にまぎれて』。 |
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