第45回 カラッと爽やか痛快ギャンブル連作――P・ワイルド『悪党どものお楽しみ』(執筆者・♪akira)

 

悪党どものお楽しみ (ちくま文庫)

悪党どものお楽しみ (ちくま文庫)

 
 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 最近、春が短くないですか? 関東地方もはっきりしない天気が続いております。というわけでこんな時は、死体も監禁もサイコパスも出てこない、カラッと爽やかに悪を成敗する痛快ギャンブル連作集、パーシヴァル・ワイルド『悪党どものお楽しみ』(訳・巴妙子/ちくま文庫)をご紹介します。
 
 以前、当サイト連載「必読!ミステリー塾」第2回(2014-03-27)でも絶賛を浴びたこの作品、筑摩書房での文庫化で「堕天使の冒険」も追加収録。嬉しいことにシリーズ全てがまとめて読めるようになりました。改めて読み直してみると、1929年の作品とは思えないこの新鮮な味わいといい、一編ずつ読んでも面白いのに、続けて読みおわった時の驚くべきカタルシスといい、エヴァーグリーンなクオリティの高さには脱帽です。そして何よりも、博打にまつわる物語といえば何かしら暗さがつきまとうのに、この小説はそういった陰りがほとんど感じられません。それどころか、ギャンブラーたちの巧妙なテクニックに舌を巻いたり、斬新すぎる発想のいかさま手口にびっくりしたりと、読んだら誰にでも薦めたくなる、ひたすら楽しいお話なのです。じゃあ博打で生計を立てる気になるかというと、まったくそんなことはなく、むしろ筆者のように「ギャンブルやらない人間でよかった〜」と胸をなでおろす人も多いのではないでしょうか。つまりはそんな“ギャンブル推奨しない小説”でもあるんです!
 
 主人公のビル・パームリーは、コネティカットの裕福な農家に生まれました。18歳の時に家を出て、はんぱ仕事を渡り歩きながらポーカーを副収入として日々を暮らしていたところ、ある日仲間がいかさまをしているのを見てしまいます。見つからなければ何だってあり! と新たな道徳観念を吹き込まれたビルは、いかさまの腕を磨き、賭博師としての人生を歩んでいくことに。上手くいったりいかなかったりで6年経ったある晩、ツキに見放されて故郷に帰るのですが、厳格な父は彼を暖かく迎えてはくれませんでした。しかしそこで父親の出した意外な提案が、ビルの人生観を180度変えることになります。
 
 それ以来、自分でも意外なほど農場経営を楽しんでいたビルは、ある日若いご婦人を自動車トラブルから助けます。これこそまさしく運命の出会い! といっても相手はその愛らしい女性ミセス・クラグホーンではなく、彼女の夫トニーなのですが。<さあ楽しくなってきましたよ!  農業で日焼けしてたくましくなった端正な顔立ちのカントリーボーイの人柄を見抜いたのか、彼女はビルに夫が賭博でひどい目にあった話をします。話を聞けば聞くほど明らかにカモられていると確信したビルは、騎士道精神とちょっとした好奇心から、トニーを救い出すことにしたのです。
 
 大勝利に終わったその出来事以来、ビルは文字通りトニーから逃れられない運命に。ビルよりも10歳以上年上のトニーは、いわば富豪の高等遊民。優しい夫ではあるものの、ものごとを深く考えるタイプではなく、ギャンブルをやるには素直すぎる性格で、気前もいいが調子もいい上にお金持ちという、ネギどころか出汁と鍋まで背負ってきたカモの理想形のようなトニー。身ぐるみ剥がされるのを助けてくれたビルを、ついに僕(だけ)のヒーローが現れた! と慕うのも無理からぬこと。親戚が、友人が、クラブの知り合いが……と、トニーは次から次へビルに助けを求めます。しかもそのトラブルというのが、これまた一筋縄ではいかない難問や珍事件のオンパレード。不可能犯罪としか思えないそのトリックの数々を、快刀乱麻を断つがごとく鮮やかに解決していくビルのクールなことといったら! 読者はトニーとともに快哉を叫ばずにはいられません。
 
 かように面白さ抜群の本書、皆様お待ちかねの【腐要素】はどうかというと、これがまたほのぼのとラブリーなエピソードがてんこ盛りなのですよ! 
 
 これといった苦労もなく、頭が良くてしっかり者の妻に支えられ(ているとは微塵も気づかず)、ハッピーに人生を過ごしてきたトニー。ギャンブルも暇つぶしの一つといった境遇のため、負けたところで運がなかったと思うだけだったのんきな彼が、ビルの登場により、世にはびこるいかさまを暴き出す使命感に燃えるという単細胞っぷりは、読んでいるこちらには大変微笑ましくうつりますが、一方的に頼りにされるビルにしてみればいい迷惑。しかし! バディというよりは師匠と弟子のようなこの凸凹コンビ、回を追うにつれ、あれよあれよと仲よし度が増していくのです。いやー、たまりませんね! 「僕が世界で一番会いたかった人なんだよ!」などとビルの首根っこにかじりついたり、好意と賞賛を隠せないトニーの素直さには、妻やビルはもちろん、読者も幸せな気分になるのではないでしょうか。
 
 しかし本書の優れた点(腐読みどころともいう)はそれだけではありません! ビルと出会って不正を暴いていくうちに、トニーは人間性というものに不信感を抱くようになってしまいます。底抜けに明るい性格だった彼が、嘘といかさまを目の当たりにして猜疑心の塊になりかけるところを、その都度彼の素直さをほめ、なにげなく正直の美徳を説いて、ダークサイドに落ちないよう密かに心を砕くビル。そこから詐欺師になったかつての自分の二の舞を踏まないよう、年上の親友を守ろうとするビルの男気にグッときます。
 
 とはいえ、本書は説教臭さをいっさい感じさせません! 喉から手が出るほどビルの手助けが欲しいくせに、そのわずかな報酬すら値切ろうとするオヤジに対し――
 

「卑劣でみみっちくて見下げはてたケチ野郎」

 
 ――と胸のすくようなたんかを切るビルのカッコよさ!! これはトニーじゃなくても(?)惚れるでしょう!!!(大体、俺のために働けるだけでありがたいと思えとかいう手合いは、一人としてロクな奴じゃありません。これから働く方々はゆめゆめ忘れないように)
 
 そして決定打ともいえるこの一文!――
 

しかし何よりも重要なのは、ビル・パームリーから認められることであり、それこそトニーが熱烈に待ち焦がれているものだった。

 
 はい、そこの腐女子のあなた(とそうでないあなたも)! ここまで書かれたら読まないわけにはいきませんよね? さあ今すぐゲットしてください! 十中八九、本書はあなたの一生ものの愛読書になることでしょう。騙されたと思って、ぜひ。
 
 

 さて、一度のギャンブルで大金をなくす人もいますが、6月1日(木)公開のアメリカ映画『ゴールド/金塊の行方』では、天文学的な数字の金が一夜にして消えてしまいます。
 


 舞台は80年代初頭のアメリカ。不景気のため、父から受け継いだ鉱山採掘会社が倒産寸前に追い込まれたケニー(マシュー・マコノヒー)は、ある日、海外の奥地で金鉱を発見する夢を見ます。それをお告げと信じた彼は、かつて銅の鉱山を発見し一躍有名になった地質学者のマイケル(エドガー・ラミレス)に連絡を取り、インドネシアの奥地へと向かったところ、驚いたことにそこには夢で見た光景が眼前に広がっていました。ケニーは尽くしてくれる彼女(ブライス・ダラス・ハワード)を裏切ってまで無謀な金策に走り、狂気にも近い情熱で採掘に全力を注ぎますが、その思いとは裏腹に、一向に金鉱は見つかりません。トラブルが続き、万策尽きたと思われたその日、予想もしなかったほどの大規模な金鉱が発見されたのです!
 

 この映画は、93年にカナダで実際に起きた Bre-Xミネラル社事件を元にしています(*興を削がないために内容は伏せますので、気になった方は映画鑑賞後にググってみてください)。
 本作は80年代に設定を移していますが、当時流行っていた派手でゴージャスな服装や髪型などが、そのエネルギッシュなストーリーに不思議なほどマッチしています。
 

 当たれば億万長者、外れれば身の破滅。まさに博打のような金鉱発掘へのチャレンジは、ケニーだけでなく周りの多くの人の運命をも巻きこんでいきます。夢に憑かれたケニーの一発勝負が、アメリカン・ドリームへと花開いたその後、いったい何が起きたのか。ラストに待ち受ける驚愕の真相をどこで見抜くことができるか。野望、かけひき、謎、そして意外なことにバディ要素までもが満載の、一人の男が挑戦した壮大な賭けの顛末を描いたサスペンスです。
 

 それにしても凄まじいのがマシュー・マコノヒーのルックス。髪型はともかく、キャラクターにあわせるためにわざわざジャンクフードで体重を95キロまで増やしたという恐るべき役者魂!(これ絶対に特殊メイクだと思ってたんですけど!) だとしてもこのキャラ、実在の人物じゃないんだからそこまでの体型にする必要があったんだろうか・・・と思うのは私だけ?(笑)
 マジック・マイクとは正反対のベクトルで体を張ったマコノヒーの熱演、ぜひ劇場でご堪能下さい!
 
●映画『ゴールド/金塊の行方』予告篇

 

タイトル:『ゴールド/金塊の行方』
公開情報:6月1日(土)より TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
提供東北新社
配給ソニー・ピクチャーズエンタテインメント/STAR CHANNEL MOVIES
 
出演マシュー・マコノヒー(『インターステラー』『ダラス・バイヤーズクラブ』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』)
   エドガー・ラミレス (『Hands of Stone』『ガール・オン・ザ・トレイン』)
   ブライス・ダラス・ハワード (『ジュラシック・ワールド』『ピートと秘密の友達』)
監督スティーヴン・ギャガン (『シリアナ』『トラフィック』※脚本)
製作・脚本マックス・ランディス
原題GOLD/2016年/アメリカ映画/2時間2分

クレジット© Photo by Lewis Jacobs

    
akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛としみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
本の雑誌408号2017年6月号

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