第27回:あれもこれもひっくり返されて、まるでオセロ!(執筆者・上條ひろみ)
春四月。東京ではソメイヨシノが見ごろを迎えました。いい季節になりましたね、花粉症でなければ。
そして四月といえば、第八回翻訳ミステリー大賞本投票は四月二十日が締め切りです。ひとりでも多くの翻訳者のみなさまの一票をお待ちしています。四月二十二日の授賞式&コンベンションのお申し込みもお早めに。今年もみなさまにお会いするのを楽しみにしています。
最近、フェルディナント・フォン・シーラッハの短編をテレビドラマ化した「犯罪〜ドイツの奇妙な物語〜」を見る機会がありました。あまりにおもしろくて、「フェーナー氏」「タナタ氏の茶盌」「緑」「ハリネズミ」「サマータイム」「正当防衛」の六話ぶんを二日で一気に視聴。もちろんドイツで製作されたものなのですが、かなり忠実に映像化されていて、原作の雰囲気がバンバン伝わってくるし、弁護士役の俳優がまたすごくあったかい感じのおじさんでいいんですよ。例のリンゴも効果的に使われていて、思わずうなりました。タナタ氏のお屋敷もすごかったなあ。うわさの「ふるさと祭り」もはいっているという「罪悪〜ドイツの不条理な物語〜」のほうも見なくては。こっちのほうの弁護士は、なぜかもっと若くてシュッとしたイケメンになってるみたいですけど。
では、三月の読書日記です。
■3月×日
『沈黙の果て』で知って、あまりのおもしろさに注目していた、ドイツの売れっ子作家シャルロッテ・リンク。『失踪者』はとくに人気の作品だという。翻訳刊行時の当サイト〈訳者自身による新訳紹介〉によると、訳者の浅井晶子氏は「誰もが読んでいるベストセラー本を読んでいるのを見られたくないという(中略)妙な見栄と羞恥心」と「かさばるうえに重い」ことから、最初は地下鉄で読むのがはばかられたという。日本人作家でいうとだれだろう……ジャンルはちょっとちがうけど村上春樹とか? でも実際に地下鉄のなかで読んでみると、よく人から話しかけられて話がはずんだというのはなんかわかる。どう思われようとおもしろいものはおもしろい! 同志よ! となりますよね。ちなみに東京創元社の〈Webミステリーズ!〉によると、アンドレアス・グルーバーもシャルロッテ・リンクのファンだそうです。
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二〇〇三年一月、イングランドの田舎町に住むエレインは、ジブラルタルでおこなわれる幼なじみのロザンナの結婚式に出席するため、介護の必要な兄ジェフを残してヒースロー空港に向かう。ところが、悪天候のため飛行機は欠航。途方に暮れたエレインのまえにひとりの男性が現れ、一夜の宿を提供するが、その日を境にエレインは忽然と姿を消す。
五年後、失踪者たちについての記事を書く仕事を得てロンドンにやってきたロザンナは、その目玉となるエレイン失踪について調べはじめる。彼女をジブラルタルに呼んだことで責任を感じていたからだ。そこには、エレインに親切にしたばかりにマスコミから袋叩きにされたマークの疑惑を晴らしたいという思いもあった。やがて、エレインに似た女性を知る人物から情報が寄せられる。
登場人物たちがすばらしい人たちばかりじゃないところがまたにくい。ずるい人、弱い人のオンパレードで、自分かわいさからくる、恥ずかしいまでの、あさましいまでの人間らしさを見せつけられるのだ。もっとなんとかならなかったのかと思いつつも、いや、ならないだろうな〜、なんかわかる、と身につまされる。でも逆に、なにごともきれいごとではすませない、突き抜けた潔さも、この作品にはある気がする。
「あなたはこの小説を途中でやめられますか?」とは、挑戦的な帯(下巻)! と思ったけど、たしかにやめられませんでした。抜群のリーダビリティと深い人間観察。徹夜本確定です。
■3月×日
貧乏だけどロイヤルな公爵令嬢ジョージーが、持ち前の好奇心と機転で生活費を稼ぎながら、なぜか殺人事件を解明することになるリース・ボウエンの〈英国王妃の事件ファイル〉シリーズ。たとえ貧乏でも品格を忘れず、心やさしく行動力のあるジョージーにいつも元気をもらってます。シリーズ第六弾の『貧乏お嬢さまのクリスマス』も、そんな一冊。
- 作者: リース・ボウエン,田辺千幸
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「クリスマスのハウス・パーティーでホステス役を務めてくださる、申し分のない経歴の若い女性」を求むという求人広告を見たジョージーは、ケチな兄嫁がすべてを仕切るスコットランドの実家・ラノク城でクリスマスをすごしたくなくて、その仕事に応募。デボンシャー州のティドルトン・アンダー・ラヴィーという小さな村にあるゴーズリー・ホールに向かいます。広告の主レディ・カミラ・ホース=ゴーズリーは大よろこび。だってジョージーは王家に連なるやんごとなきお嬢さま。お嬢さんじゃないのよ、お嬢さま。ロイヤルな魅力でお客さまを接待してもらえるなら、これ以上のおもてなしはありません。というのもこのハウス・パーティー、お客さまから料金をいただいて、昔ながらの貴族の家庭で、昔ながらのイギリスのクリスマスをすごしてもらう、というものなのです。でもこの仕事、メイドよりもはるかにジョージーにふさわしいですよね。
ところが、村で不幸な事件が相次ぎ、クリスマスの楽しさに影を落とします。しかも、近隣の刑務所を脱獄したという囚人もまだつかまっていなくて、不安はつのるばかり。田舎の警察はなんだかたよりないし……
コージーミステリにしては、今回けっこう犠牲者の数が多くてびっくり。ちょっとクリスティーっぽい展開で、謎解きをがっつり楽しめます。
イギリスの伝統的なクリスマスの行事がいくつも紹介されているのも読みどころです。キャロルに大薪、ヤドリギ、狩りや室内ゲームなど、楽しいイベントが盛りだくさん。豪華なコース料理やプラム・プディング、クリスマスケーキ、ミンス・パイにソーセージ・ロールと、おいしいものも次々出てきて、クリスマス独特のワクワク感が伝わってきます。
ラブラブの両思いなんだから、もうさっさと結婚しちゃえよ、という感じの恋人ダーシーとの仲は、いろいろと急展開! いつもお騒がせのジョージーの母も、偶然同じ村でクリスマスをすごしているんだけど、ジョージーとの関係が以前のようにギスギスしてなくて、いい感じになっているのがうれしかった。クリスマスだから特別?
■3月×日
毎回衝撃的な題材で読者の度肝を抜くモー・ヘイダーのジャック・キャフェリー警部シリーズ。第七弾は『虎狼』。原題はWolfだけど、虎狼(ころう)は虎と狼、または貪欲で残忍な人のこと。果たしてどんな非道がキャフェリーのまえに立ちはだかるのか。前作の『人形(ひとがた)』はわたし的にかなり高評価だったけど、今回のサスペンスもなかなかでした。二〇一五年のMWA賞ノミネート作品でもあります。
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心臓手術を受けたばかりのオリヴァー・アンカー・フェラーズは、妻子とともに田舎の別荘にやってくる。ところが、到着直後に近くの雑木林で不気味なものを発見してしまう。それは、十五年まえに娘ルシアの元恋人が、近くの森で惨殺された事件の現場を再現したものだった。震えあがった一家は警察に電話しようとするが、別荘は携帯電話の電波が届かない場所にあり、固定電話もなぜか不通。そこへ警察を名乗る二人の男がやってきて、一家は監禁されてしまう。男たちの目的はなんなのか?
一方キャフェリーは、子供のころ小児性愛者の餌食となった兄ユーアンの情報を得ようと、これまでもたびたび登場している謎の男ウォーキングマンとの接触を図る。ウォーキングマンも幼い娘を小児性愛者によって失っているのだ。ウォーキングマンは交換条件として、なぜか迷い犬の飼い主を見つけることを要求する。
キャフェリーが事件の核心に近づくまでけっこう時間がかかってもどかしいけど、事件の真相が明らかになると、あまりの意外さにそのもどかしさもふっとんだ。クールなキャフェリーですら癒される、ワンコのかわいらしさだけが救いだわ。
ちょい役だけど、「三十五歳、短く刈り込んだ白っぽいブロンド、輪状の長いイヤリング。ノーメイクに真っ赤な口紅だけ。鼻にスタッドピアス、垂れ下がったドレスに大きめのカーディガンをはおり、両手をポケットに突っ込んでいる」と描写される、とある会社の女性社員シェリルが印象的。キャフェリーとのやりとりによって明らかになっていく彼女の意外性に引き込まれた。
今回は名前こそ出でこないけど、シリーズ読者にはわかるある女性に特別な思いを抱いていることを自分でも認めているキャフェリー。“自分の傷が癒えないうちは他人と関係を築くことなど望めない”彼が、いつか彼女に思いを伝えられるときは来るのだろうか。
そして……衝撃のラストには思わず絶句。キャフェリー、生きろ。
■3月×日
ジェフリー・ディーヴァーの『煽動者』は、“ボディランゲージを手がかりにして人の思考を読み取るキネシクスの専門家”、“人間嘘発見器”ことキャサリン・ダンスが主人公のシリーズ四作目。今回リンカーン・ライムとアメリア・サックスは登場しません。
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ミュージシャンになる夢をあきらめて修士号を取り、キネシクスのスキルを活かして陪審コンサルタントから警察官となったダンスは、一男一女を育てるシングルマザーで、現在はカリフォルニア州捜査局(CBI)西中央支局の捜査官。ところが、とある捜査でミスをしたため民事部に異動を命じられ、刑事のバッジと銃を取りあげられてしまう。そんなとき、コンサート会場で火災発生との情報にパニックを起こした観客が将棋倒しになり、多数の死傷者が出るという事件が起こる。
帯の「読者に背負い投げを食わせる」ってこういうことだったのか!
毎回、来るぞ来るぞ、さあいつでも来い、と思いながら読むのに、今回もディーヴァーはきれいに予想を裏切り、でも期待は裏切ることなく、肩透かしからの背負い投げ! まるでオセロのように、あれもこれも見事にひっくり返されて、まことに爽快でございました。しかも、お仕事関係だけじゃなくて、ダンスの私生活方面でも、というサービス(?)ぶり。ちなみにキャサリン・ダンスって、ケイト・ブランシェット似なのね。
それにしても、母親が人間嘘発見器だったら、子供たちは何も隠し事ができないわね、と思いきや、キネシクスって、意外にも家族には通用しないみたい。私情が関係して冷静でいられなくなるかららしいけど、子供たちのほうでも対処するすべを学んでいるんじゃないかなあ。十二歳の長男ウェスは年上の友だちとつるみはじめ、片時も携帯を手放さないし、小学校のお楽しみ会で「アナ雪」を歌うことになっている長女マギーは何やら悩み事があるもよう。ダンスはそんな子供たちの様子を心配しつつ、あえて心の内を読み取るまいとしているようにも見える。その絶妙な距離感がさすが母親だなあと思った。
それにしてもなんでパイナップルジュース? パイナップルジュースが好きなアメリカ人は少数派なの? そんなところに引っかかる人はいないのかしら。
「ゲームは“ゲートウェイ・ドラッグ”――入門用のドラッグみたいなものだ」というセリフにぞっとしつつ、やっぱりねとも思った。
上條ひろみ(かみじょう ひろみ) |
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英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はバックレイの〈秘密のお料理代行〉シリーズ第二弾『真冬のマカロニチーズは大問題!』 |
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