第27回:新星出版社の新作中国ミステリ紹介(執筆者・阿井幸作)

 
 私が8月に中国の上海で開催された『上海ブックフェア』に行った主な理由は伊坂幸太郎のサイン会に来た中国人読者の反応を見るためでした。当日、サイン会会場には合計1,000人近い人々が訪れましたが統率の取れたスタッフの指揮により混乱が生じることなく無事終わりましたが、伊坂先生が会場の別室でサインをする形式になっていたため話を聞く機会はありませんでした。また別日に別会場で行われたトークショーは人数制限のある予約制だったのでそもそも参加することもできませんでした。
 


【サイン会会場の様子。皆整然と座っている。右奥の行列の向こうに伊坂幸太郎がいる】

 
 この伊坂幸太郎サイン会及びトークショーを主催したのが大量の海外ミステリを翻訳・出版している新星出版社(当然、伊坂幸太郎の書籍も多く出している)でしたが、ここが中国人ミステリ小説家によるトークショーを開いてくれたおかげでブックフェア期間中は暇になることがなかったです。
 
 そのトークショーは新星出版社から最近新刊が出た(出る)陸秋槎、陸菀華、時晨、王稼駿の若手小説家4人によって行われ、その後はサイン会も開かれました。新刊即売会の意味合いが大きいかと思いますが、『我々にはまだ名探偵が必要か?』などをテーマにし「探偵がいるとシリーズ物が作りやすい」とか「そもそも中国は私立探偵が禁止されているから(探偵を扱っている本が)いつ発禁処分を受けるか怖い」などの話が聞けて面白かったです。
 

左から王稼駿、時晨、陸秋槎、陸菀華。(一番右は司会者)

 
 この時の模様は新星出版社が全文を文字に起こしているので、興味のある方は下のURLを御覧ください。

【ミステリ作家が問う 我々にはまだ名探偵が必要か?】(中国語)
https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MjM5NzY2NDI4MQ==&mid=2841225576&idx=1&sn=d5ea730941480dcfce9c69be46ef1747
 
 今回は新星出版社が推薦する(?)この4名の新刊を紹介したいと思います。
 
 

■『元年春之祭―巫女主義殺人事件』(2016年)陸秋槎


 現在は石川県在住の小説家・陸秋槎の初の単行本です。もともとは少女たちの日常ミステリを描いた短編を書いていた作家でしたが、本作では時代がぐっと遡って中国の前漢が舞台になっています。
 楚国の祭祀を取り仕切っていた一族の少女・観露申が同年代の豪族の娘であり巫女の於陵葵と出会い、彼女に昔起きた一家惨殺事件の犯人を推理してもらい、彼女との出会いが新たな殺人事件を招くことになるという話なのですが、この二人の少女が全然仲良くならず、あまつさえ最後はお互いを犯人だと疑うほど関係性が悪化してハラハラさせられます。作中で明らかになっている事件の証拠が視点を変えるだけで真犯人を指す最大のヒントになっているというシンプルな構成と、閉ざされた関係の中であるが故に生じた常人には到底理解できない動機に二回驚かされる作品です。
 
  
 

■『超能力偵探事務所』(2016年)陸菀華


 陸菀華と言えば思い出すのは突拍子もない推理を展開して依頼者を犯人扱いして憚らない探偵と被虐的な助手のコンビが登場する『撸撸姐的超本格事件簿(ルルさんの超本格事件簿)』(2013年)です。バカミス寄りの作品でしたが、本作はその成分が薄くなりいわゆるユーモアミステリのジャンルに属します。
 物語は私立探偵が禁止されている中国という環境を利用し、探偵事務所の設立が許可されている架空の都市を舞台に、決して凄いとは思えないどうしようもない超能力を持った探偵たちがこれまた個性豊かな他の事務所と共闘して謎の犯罪組織と対決するという話です。何事も絶対に当たらない超能力を持つ元ナイフ投げは、ナイフはもちろん推理も絶対に外すので彼が犯人だと指摘した人間は確実に無罪となることから探偵に選ばれるわけですが、このような推理に自信を持っている無能な迷探偵を超能力者の位置にまで高めて有能にする極端な価値の逆転は典型的なユーモア作品のそれであり、どんな人間でも探偵になれるという作者の意識を主張しています。
 
 
 

■『鏡獄島事件』(2016年)時晨


 本作はアメリカのサスペンスドラマと日本の古きミステリ小説を踏襲したような孤島ミステリです。
鏡獄島という孤島にある精神病院で目を覚ました記憶喪失の女性Aliceは地獄のような環境からの脱走を試みます。一方、時晨のミステリ小説ではおなじみの探偵・陳爝と助手の韓晋は警官の唐薇から鏡獄島で起きた密室殺人事件の解決を依頼されて島に上陸しますが、不思議とAliceと陳爝たちは交わることがありません。
 勘の良い人なら本を読む前に本書最大の謎に気付くかもしれませんが、それを含めて現代的ならぬ近代的な発想による現代の最新科学を利用した海野十三のようなトリックも、『ドグラ・マグラ』を思わせるシチュエーションも、『バットマン』のアーカムアサイラム収容所のような病院の描写はむしろ時晨のミステリ小説家としてのサービス精神の賜物と言えます。
 
 
 

■『阿爾法的迷宮(アルファの迷宮)』(2016年)王稼駿


 本書は島田荘司推理小説大賞の常連入選作家である(そのうち第1回目の入選作である『魔術殺人事件』(2014年)は規定違反により取り消し)王稼駿の第4回KAVALAN・島田荘司推理小説大賞入選作品です。
 他人の脳内に潜入でき、そこで現実世界同様の行動が取れて大脳の記憶と潜在意識を探ることができる『アルファの世界』がある世界で、連続少年失踪事件の容疑者の脳内を捜査することになった科学者の童平はその容疑者の脳内で殺されかけます。ここまでは単なるバーチャル空間を題材にしたSFミステリですが、この後に童平が現実世界で交通事故を起こしてしまいその対応に追われることになります。他人の脳内に潜入するという先鋭的な科学要素と交通事故の死体処理という泥臭さが混じった本作は、徐々に現実が曖昧になるというお決まりの展開がありながらも、王稼駿の作品らしく読者の予想を裏切る行動を取る登場人物がいるおかげで着地点が読めません。
 
 もともと海外ミステリの出版で名を馳せた新星出版社は昔から中国ミステリを多少なりとも出していますが、このように個性的な中国人作家の本格ミステリ小説が市場に出るタイミングでトークショーを開いて読者との交流の機会を設けていき、今後の中国ミステリ界を牽引してもらいたいです。
  


阿井 幸作(あい こうさく)


中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。
・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
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マイクロブログアカウント http://weibo.com/u/1937491737
 

 

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