「非英語圏ミステリー世界一周・中国語圏」レポート(執筆者:文藝春秋・荒俣勝利)

 


【注目!】7月22日(金)『ぼくは漫画大王』電子書籍版刊行記念 胡傑×島田荘司 トークイベント開催!

ぼくは漫画大王 (文春e-book)

ぼくは漫画大王 (文春e-book)

 
 
 6月7日(火)に開催された、「非英語圏ミステリー世界一周・中国語圏」をレポートさせていただきます。
 出演者は、第3回島田荘司推理小説賞受賞作『ぼくは漫画大王』(胡傑著)を翻訳された稲村文吾さん島田荘司さん及び歴代の島田賞受賞作の担当編集者、私こと文藝春秋荒俣勝利。そして司会の杉江松恋さんです。
 
 まず冒頭に私から、島田荘司推理小説賞とは何かご説明させていていただきました。
 2000年ごろからアジア各国で、日本のエンターテインメント小説の翻訳が盛んになる中、「自分たちの言葉でミステリーを書きたい!」という台湾・香港・中国など華文文化圏で生活する若者たちの熱意に応えるべく、台湾の大手文藝出版社・皇冠出版が島田荘司さんに依頼して始まった島田賞。
 2009年から隔年で開催されて参りました。これまでの受賞作は以下の通りです。
 

第1回受賞作

『虚擬街頭漂流記』寵物先生(ミスターペッツ)

虚擬街頭漂流記

虚擬街頭漂流記

 
 2020年、台湾政府は大地震の被害ですっかり寂れてしまった台北きっての繁華街・西門町をネット上に仮想都市として再建し、新たな商業圏の開発を目論んだ。
 仮想都市(バーチャ・ストリート)を制作する政府との合弁会社・ミラージュシスのエンジニア・顔露華はシステムのバグを点検するため、上司の大山とともにバーチャ・ストリートへ進入するが、そこで発見したものは謎の男性の撲殺死体だった。仮想空間でその人間に起った出来事は、特殊なスーツを装着することで現実の人体にも反映される。つまり、現実世界でもその男性は殺害されたことになる。殺人が起った時間帯にバーチャ・ストリートに存在したのは露華と大山のみ。しかも二人には完璧なアリバイがあった――。
 

第2回受賞作

『世界を売った男』陳浩基(サイモン・チェン)

世界を売った男

世界を売った男

 香港西区警察署の許友一巡査部長は、ある朝、マイカーの運転席で目が覚めた。酷い二日酔いで、どうやら自宅に帰らず車の中で寝込んでしまったらしい。慌てて署に向かったが、どこか街の様子がおかしい。署の玄関も改装されたように様子が変わっていて、貼られているポスターを見ると2009年と書いてある。いまは2003年のはずなのに……。許巡査部長は一夜にして6年間の記憶を失っていた。呆然とする許だが、ちょうどそこに女性雑誌記者・蘆沁宜が現れ、許が昨日まで捜査していた、夫と妊娠中の妻が惨殺された事件の取材で許と会う約束をしていたという。6年前の事件の真犯人と己の記憶を追い求める許の捜査行が始まる。
 

第3回受賞作

『逆向誘拐』文善(ブン・ゼン) 
*日本語版未刊行
 
 ある日、家電製品ソフトウェアの開発企業・クイーンテスに「御社の財務関係の機密データを"人質"にしている。返してほしければ身代金を用意しろ」とメールが届く。件の財務データは、投資銀行A&Bと行っているネット上のショッピングモールCHCKに関連したものだという。
 情報システム部の腕利きエンジニア植嶝仁と石小儒の調査によって、脅迫メールはA&B社内から送信されたものであることが判明する。身代金受け渡し期限は二日後。刑事は植嶝仁が怪しいと疑い、一方の植嶝仁は、この事件は石小儒と外部の共犯者の犯行と推理する。
 再び犯人からメールが届き、そこには奇想天外な身代金の受け渡し方法が記されていた。オークションに200 の食品を出したので、それに入札しろというのだ。しかしその金額はごくわずかでしかない。犯人本当の目的は何なのか? ハイテク企業を舞台にした新時代の誘拐ミステリー!
 

第3回受賞作

『ぼくは漫画大王』胡傑(コ・ケツ)

ぼくは漫画大王

ぼくは漫画大王

 
 物語は第十二章から始まる。家出をしていた妻が自宅に戻ると、そこには刺殺体となった夫の姿があった。家の中には息子の健ちゃんしかいなかったが、彼は死んだ父親によって外から施錠された部屋に閉じ込められていた。
 本編は、偶数章と奇数章にわかれ、偶数章は方志宏という男の視点から、そして奇数章は健ちゃんの視点から描かれる。方志宏は結婚をして息子をもうけたものの、小学生時代の悲しい出来事がなければいまの自分はもっと素晴らしい人生を送っていたに違いないと考えている。健ちゃんは漫画好きの父親の影響から漫画の愉しさにのめり込み、父親に買ってもらった漫画のコレクションを同級生に自慢している。しかし、彼には"太っ許"というライバルがいた。二人はクラスの美少女を巡って対立し、どちらが本当の漫画大王なのか蔵書の数によって勝負を決めようと約束するが……。
 
 なお、2015年の第4回からは主催が金車教育基金会となり、新たにKAVALAN島田荘司推理小説賞として再出発。『黄』雷鈞(中国)が栄冠に輝きました。第5回からはさらに名称を金車島田荘司推理小説賞と改め、2017年開催を目指して、すでに原稿の募集を始めています。
 
 さて一方、稲村さんによりますと、島田賞を一つの核とした台湾発のムーブメントのほかに、中国においてはネット上での創作が徐々に盛んとなり、2000年に開設された「推理之門」はその中心的存在となりました。
さらに紙媒体でも、2006〜2007年にかけて相次いで創刊された「歳月・推理」「推理世界」「最推理」などは、いずれも読者から送られた作品を選抜して掲載する投稿雑誌です。
 そうした中から、稲村さんを魅了した作家・御手洗熊猫が登場しました。名前からもわかる通り、奇想と日本の新本格ミステリーへのオマージュに満ちた特異な作風が稲村さんのハートをがっちりと摑かみ、稲村さんが中国ミステリーの研究・翻訳を志すきっかけとなったのでした。
 御手洗熊猫さんを始めとする、「歳月・推理」などの雑誌に短篇を発表している大半はアマチュアの作家たちは、日本の本格ミステリーの影響を強く受けています。稲村さんが注目作家として挙げたのは、現在金沢在住で今年デビュー長篇『元年春之祭』を上梓した陸秋槎さん。「初期クイーン論」をテーマにした「文学少女対数学少女」シリーズを「歳月・推理」に発表中。
彼らとは別に、単行本で長篇を書いているもっと大きなミステリー作家のグループもあり、彼らが影響を受けているのは欧米の広義の警察小説や日本の東野圭吾さんの作品とのことです。
 
 休憩をはさんで、話題は『ぼくは漫画大王』の内容に。未読のお客さんもいらっしゃったのでトリックにはあまり触れられませんでしたが、翻訳者の稲村さんと担当編集の荒俣の共通の印象として、70年代から80年代にかけて台湾で日本の漫画がいかに広く受け入れられていたかということ自体が興味深く、また主人公の漫画に熱中する少年や会社に馴染めないダメなお父さんの描写がなかなか巧みで、単純に読み物として面白いということでした。
 
 以下、稲村さんが事前に胡傑さんにメールでインタビューしていただいたものから、いくつか抜粋してご紹介します。
 
:ミステリーを好きになった経緯について教えてください。
:小学生のころ、山中峯太郎氏翻案のシャーロック・ホームズ全集や、南洋一郎氏翻案の怪盗ルパン全集の中国語訳を読んでミステリを好きになりました。中学校のころにはアガサ・クリスティ女史の全集や、松本清張氏の砂の器夏樹静子女史の『Wの悲劇』などを読んでさらにミステリを好きになりました。
 
:小説を書き始め、またミステリの賞に投稿するようになったきっかけは何でしたか?
:小説を書き始めたのは大学のころです。ですが、大学を卒業して十数年間は本業(大学院での勉強や最初の就職先での勤務)が忙しく、小説を書くことは止めていました。2010年に現在の職場(某大学)に移ってきてから再びミステリを大量に読み、創作に力を注ぐようになりました。
『ぼくは漫画大王』は、もとは2011年末に台湾推理作家協会の賞に応募した短篇で、二次選考までは通過しましたが最終候補には残れませんでした。その後に、ネット上で第二回島田荘司推理小説賞の結果発表の知らせを目にしました。2007年に読んだ占星術殺人事件のトリックに非常に感動していたので、この賞にも挑むべく短篇を長篇に書き直すことにしました。
 
『ぼくは漫画大王』のアイディアはどこから浮かんだものですか?
:アイディアは、完全に私個人の実際の体験に基づいています――本の中の主人公は私の分身です。小学生のころ私は大量の漫画を持っていて、『ぼくは漫画大王』に登場した作品も少女漫画を除いてほとんど持っていました。あのころはたくさんの同級生が漫画を読みに私の家に来たり、私から漫画を借りたりしていました。放課後になると、マジンガーZの絵を描いてくれと何人もの友達が私のところに列を作ったのを覚えています。(筆者注 以下、本編の内容に触れる部分があるので省略します。)
 
『ぼくは漫画大王』の創作にあたって、特別に影響を受けた作家や作品はありますか?
島田荘司氏はさすがです。『ぼくは漫画大王』の巻末にある選評では、本作が折原一氏の作風とよく似ていると書かれていました。たしかに折原一氏の作品は私が好きなミステリーの一つで、ひょっとすると誕生日が一日違いなのでお互いの好みが近いのかもしれません。
 それと占星術殺人事件のほか、島田荘司氏が1990年代以降に発表した大作や21世紀本格ミステリーには非常に感動し、尊敬ならびに讃嘆しています。氏は、人類文明史観の深みにある大構造のレベルにまでミステリーを引き上げました。華麗にして複雑なトリックのことは言うまでもありません。
 他には、綾辻行人氏の「館」シリーズ、それに麻耶雄嵩氏や西澤保彦氏の作品も愛してやまないものです。最後に挙げたいのが、我孫子武丸氏の某作です。『ぼくは漫画大王』のラストにおける逆転は、この作品に触発されたものです。もちろん、あれほど見事なものにはできませんでしたが。(筆者注 我孫子作品のタイトルは伏せました)
 
:すでに第二、第三作を書き上げているそうですが、どのような作品か教えていただけますか。
『ぼくは漫画大王』に続く第二作は、妻のいる中年男と女子大生との不倫に、台湾に伝わる「首吊り幽霊」の話にまつわる連続殺人とを結び付けた不可能犯罪本格ミステリです。第三作は、ある台湾の大学教授が二日酔いのなか目覚めると、日本から交換留学に来ている女子大生が自分の部屋に監禁されていたという発端で、真相を求めて台湾の中、南、東部を訪れるなかで様々な事件に出会っていく短篇連作です。この二作はどちらも編集者の手元にあり、まだ出版されていません。
 他には日常ミステリの短篇「誰是臥底」が中国大陸の雑誌『歳月・推理』の2016年6月号に掲載されます。
 
 以下、中国語という外国語の作品を評価する島田賞選考の難しさや、これまで日本語訳された中国語ミステリーの中でもっとも優れた構造体を持つ作品は?(稲村さんは天一『蝶の夢 乱神館記』陳浩基『世界を売った男』を、荒俣は寵物先生『虚擬街頭漂流記』を挙げました)、そして海外から多数の翻訳出版のオファーが殺到する話題作『1367』(陳浩基著)などなど、さらに話題は広がっていきましたが、紙数が尽きました。このあたりでお開きとさせていただきます。
  

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