カミ『ルーフォック・オルメスの冒険』(執筆者・高野優)
こんにちは、ピエール・アンリ・カミ・高野です。
これまで「初心者のためのカミ入門」第1回(その1、その2、その3)、そして第2回で、チャップリンが「世界最高のユーモア作家」と称賛したフランスの作家、カミの作品紹介やカミとチャップリンとの親交についてご紹介しましたが、今回はカミの代表作、『ルーフォック・オルメスの冒険』の新訳のご紹介です。
- 作者: カミ,高野優
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2016/05/29
- メディア: 文庫
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オルメスの魅力は、これまで高野が訳した『機械探偵クリク・ロボット』、『三銃士の息子』などのカミのほかの作品同様、設定がはちゃめちゃなのに、その設定を受け入れさえすれば、あとは論理的につじつまが合っていること。これについては、オルメスものの作品が「新青年」に掲載された時の編集長であった横溝正史が、「カミ礼賛」という小文(1933年に日本公論社から出版された安藤左門訳、『世界珍探検』の序文)のなかでこう書いています。
僕一個の意見ではナンセンス文學なんてカミ以外にはないのじやないかと思ふ。この素晴らしく奇抜な空想、魔術師のトリツクと道化師のご愛嬌――しかもその空想の一つひとつが、一應は科學的にうなづけるやうな理屈で裏附けされてゐる。
そう、ナンセンス! ナンセンスなのだけれど、そのナンセンスは奇妙な論理で支えられている。これは落語の「頭山」(さくらんぼを種ごと食べたら、頭に桜の木が生えてきた男の話)や「粗忽長屋」(友人から「おまえは死んでいるが、粗忽だから気づいていないだけだ」と言われた男がそれを信じて、自分の死体を引き取りに行く話)と相通じところがあります。とはいっても、カミのナンセンスぶりをわかっていただくには、やはり百聞は一読にしかずで、実際に作品を読んでもらうのが一番でしょう。そこで、本書のなかから一篇「校正者殺人事件」と、以前「初心者のためのカミ入門 第1回(その1)」で紹介した「悲劇のカーニバル」(ハヤカワミステリマガジン2008年6月号掲載)をお読みください。
いかがでしたか? カミのナンセンスぶりからしたら、この2作はまだおとなしいくらいですが、それでもカミの魅力がおわかりいただけたと思います。本書『ルーフォック・オルメスの冒険』では、さらにこの「ナンセンスなのに論理的」爆弾が炸裂。高い屋根の上から地面に落ちても怪我ひとつしなかったり(方法はふたつ)、普通のボートが空を飛んだり、証拠をひとつも残さない殺人が可能になったりなど、あり得ないことが次々に起こります。ほかにも、老人を若返らせるのに、猿の睾丸を移植するとか……(いや、これは本当の話でした。このネタは本書の「聖ニャンコラン通りの悲劇」や「ハヤカワミステリマガジン」2009年7月号に掲載された「処女林の玉なし男」にも使われていますが、1920年にセルゲイ・ヴォロノフという外科医がフランスで実際に行ったことなのです。といっても、ヴォロノフ博士の手術は失敗し、ほかの「あり得ない出来事」と同じく、カミの作品のなかでようやく実現したのでした)。
そうそう、「若返り」と言えば、今回、訳者はルーフォック・オルメスに若返りの手術を施しています。というのも、オルメスがコートを着て、ハンチング帽をかぶった姿が『機械探偵クリク・ロボット』のアルキメデス博士によく似ていたので、最初はオルメスを博士と同じく「わしは〜じゃ」と話すジジキャラにしてしていたのです。ところが、編集担当の井垣さんから、「もう少し若く」というご要望があり、若返りをはかったという次第です。確かにそのほうがよかったです。おかげで、年齢を気にせず、元気に走ったりできるようになりました。
かくなるうえは、ただ「若返った」だけではなく、現代に「よみがえって」、21世紀の日本のユーモア・ミステリ・ファンを楽しませてくれたらと思っています。
皆さん、応援、よろしくお願いいたします。
高野優(たかの ゆう) |
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最近うれしかったこと。『ポーの一族』の最新話が掲載される「月刊flowers(フラワーズ)」7月号が最初アマゾンで予約できなくて、リアル書店に行ったら予約できたこと。 好きな漫画は、『ガラスの仮面』、『絶対安全剃刀』、『バナナブレッドのプディング』、『マカロニほうれん荘』、『NANA』。 最近のおすすめは、『宝石の国』、『ダンジョン飯』、『三代目薬屋久兵衛』、『江戸モアゼル』、『海月姫』。 |
■担当編集者よりひとこと■
「あなた、カミを信じますか?」あるいは、「カミ様、仏様、稲尾様」
かつて、出帆社版『ルーフォック・オルメスの冒険』を読んだことがありましたが、それが抄訳だと知ってから、いつか、このヘンテコなホームズ・パスティーシュ集の完全版を……と思っていました。
すると、最近になって、このヘンテコ作品をお願いするなら、この方しかないという翻訳家にお目にかかりました。それが高野優先生でした。そして出来上がったのが、この創元推理文庫版『ルーフォック・オルメスの冒険』、全34篇を収録した完訳版です。
お読みいただけば、いかにカミがヘンテコか、いかに高野先生が適訳者か、おわかりいただけるはずです。
そのギャグ
この台詞、どちらも若い方々には通じないかもしれませんね……。おおカミよ、我老いたり!
ついでに、カミの作品がどれほどあきれた話かわかる、生真面目な校正者のエピソードをお話ししましょう。
眠りこんでしまった盗賊に保安局長のお面をかぶせておいたら、目を覚ましたその盗賊は、鏡を見て自分を保安局長だと思い込み、これは責任をもって盗賊を逮捕せねばと、自分の手足を縛って自分を捕まえたという作品。ゲラに書き込まれた校正者の質問――「これは、もうひとりこの部屋に人がいたということでしょうか? 自分で自分は縛れないと思いますが」! |
(東京創元社編集部MI6、いやいや、MI)
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