第27回 レアもウェルダンも、ボウイなら(執筆者・佐竹裕)
- アーティスト: David Bowie
- 出版社/メーカー: Sony
- 発売日: 2016/01/08
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グラム・ロックの雄として20世紀でもっとも影響力のあるアーティストとされ、カルト的人気を誇り、俳優としても活躍。ボウイのようなただものではない佇まいの存在が脆くも逝ってしまったことは、思っていた以上にダメージ与えられてたのかもしれない。そんなわけだから、期せずして訃報直後にボウイの音楽が妙に存在感を放っている作品と出会えたのもまた、たんなる偶然ではない気がしてしまっている。それが、キャロライン・ケプネスの『YOU(You)』(2014年)である。
- 作者: キャロライン・ケプネス,白石朗
- 出版社/メーカー: 講談社
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- 作者: キャロライン・ケプネス,白石朗
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主人公は書店員。ある日、店を訪れた女子学生のことを一方的に見初めてしまい、あろうことか彼は、彼女が支払ったクレジットカードからフルネームを知り、自宅を調べ上げ、監視するようになる。書店員の名はジョー。一目惚れされてしまう女性の名はグィネヴィア・ベック。実のない実業家男性と未来のない関係を続ける男運の悪い作家志望の学生。友人とのメールのやり取り、マスターベーション、書きかけの小説の内容、通販で入手する下着などなど、ベックのすべてを調べ上げながら、ジョーは彼女との関係を周到に深めていく。
首尾よく彼女と親しい関係を築き上げそうになるが、じつは繊細な神経の持ち主である彼は、彼女の一挙手一投足に一喜一憂し、読者が驚くほど敏感に思い悩む。そして、その被害妄想が先走ったりもし、2人の関係の障壁となる人物を文字どおり排除する計画を立てることになる。
あらすじだけで語ろうとすると、なんともストレートな“いやミス”にとられるだけだろうけれど、どうもそれだけにとどまらない不思議な魅力をこの作品は孕んでいる。
それについてはおいおい触れていくとして、まずはボウイの件だ。書店員ジョー曰く「デート前のきみの定番ミュージック、クールな気分にさせてくれる音楽、心もとない気分になったときに話題にするための松葉杖ミュージック」ということで、物語の前半にお気に入りの音楽として、ボウイのアルバム『レア・アンド・ウェルダン(Rare And Well Done)』(1999年)をベックが大音量でかける場面が出てくる。もちろん、狡智に長けたジョーは彼女の趣味を知るやいなやアルバムごとダウンロードして万全の態勢をつくっておくわけなのだけれど。
じつはこのアルバム、1968年から1972年にかけてのデモ音源やスタジオ・ライヴなどのレア・トラックを集めたプライヴェートの編集盤で、オフィシャルなアルバムではない。同時進行で制作されたアルバム『ハンキー・ドリー(Hunky Dory)』(1971年)と『ジギー・スターダスト(The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars)』(1972年)のレコーディング時期くらいまでのもので、『ハンキー・ドリー』収録曲の別テイクも収録されてはいるのだが。
何が言いたいかというと、先ほどの2枚でもいい、『世界を売った男(The Man Who Sold the World)』(1971年)でも『ヤング・アメリカン(Young American)』(1975年)でも『レッツ・ダンス(Let's Dance)』(1983年)でも『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ(Black Tie White Noise)』(1993年)でも、ボウイのオフィシャルの代表アルバムを選んでもよさそうなのに、あえてこのプライヴェート盤のみを選んで作中に登場させているのである。
たしかに発表自体は1990年代なので作者の文化的世代とも合致するのかもしれないが、そんなことよりも、デビュー直後から架空の異星人スターになりきることになった『ジギー・スターダスト』まで、つまりはボウイがカルト化していくまさに隆盛期へと向かう頃のプライヴェートな音源であることに、なんらかの意味を込めたように思われる。それがヒロインを行動へと駆り立てる推進力であるという意味合いで。
ベックがボウイの音楽をかける場面は何度か出てくるのだけれど、それ以外のアルバムへの言及はない。もうこれは、著者のボウイへの想いだとしか言いようがない。
さて、ストレートなストーキング・サスペンスでありながら、本作がなぜ不思議な魅力を秘めているか、でしたね。
そもそも、ストーキングを題材としたサスペンスというと、以前ここでもご紹介したクリント・イーストウッド初監督映画「恐怖のメロディ(Play Misty for Me)」(1971年)が印象深い。こちらは、ラジオDJにつきまとう女性ファンの狂気を描いたもので、これがこのジャンルの嚆矢となるほどで、その歴史は思ったより浅い。小説となると、ディーン・R・クーンツ『ウィスパーズ(Whispers)』(1980年)や御大ルース・レンデルの『求婚する男(Going Wrong)』(1990年)などが思い起こされるだろう。
- 作者: フィル・ホーガン,羽田詩津子
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いっぽう『YOU』の場合、ジョーは大学教育などを受けてはいないが、きわめて知的なインテリ青年だ。きわめて自意識が強く身勝手な価値観に凝り固まっているそんな彼がベックに向けて語りかける、二人称の独白という体裁で書かれていて、そこがこの作品のユニークなところなのである。
またまた本線を外れるかもしれないけれど、二人称の小説というと、1980年代に、ミニマリズムという括りでの英米文学の新たな潮流を生み出すきっかけとなった、ジェイ・マキナニーの『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ(Bright Lights, Big City)』(1984年) が真っ先に挙げられるだろう。ヴィンテージ社のトレイド(大判)ペイパーバック・シリーズ「ヴィンテージ・コンテンポラリー」の書き下ろしとして発表されたことで話題となり、当時大人気だったマイケル・J・フォックス主演で映画化された(邦題「再会の街」)スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンが楽曲提供したことも一部マニアの間では評判となった。
マキナニー作品では、主人公の想いを別のところから客観的に描くことで、よりクールな作品世界を創り出すことに二人称が献与していたわけだけれど、本作の場合は、愛の対象への想いを二人称で語る主人公の独白によって、より強い想いを前面に打ち出す効果を醸している。
ジョーの溢れ返る愛と自我が「きみ(YOU)」という語りかけによって、際限なく繰り出されていく、いわば1人の青年の脳内小説。その独白は、文学、映画、音楽、インテリア、ファッション、食品と多岐にわたり、詳細かつ饒舌にまくしたてられていくのだけど、結果、それ自体が現代の風俗論・文化論となっているから不思議なのである。彼の知性と真摯な問いかけに、読み手はいつしか気持ちを共有し、同化し、彼の支援者となってしまうようになる。
たとえば、「きみが愛を持ち去ってから七時間と十五日が過ぎていった」という表現。プリンスがザ・ファミリーに提供して、その後、アイルランドのシンガー、シネイド・オコナーのカヴァーで大ヒットした「ナッシング・コンペアーズ・トゥー・ユー(Nothing Compares 2 U)」(1985年)の歌い出しの歌詞だが、米国の詩人E・E・カミングスに比肩しうる詩人だとして、プリンスの才能を褒めちぎるこのセンシティヴさ。以下全篇にわたって、ジョーが長すぎると感じる時間の流れの描写にはこの手法が用いられることになる。
ベックを付け狙う自分を、ウディ・アレン監督映画「ハンナとその姉妹(Hanna and Her Sisters)」のマイケル・ケインになぞらえて、サントラに使われたボビー・ショートの「アイム・イン・ラブ・アゲイン(I’m In Love Again)」を効果的に登場させるなど、この映画の話題を頻出させている。ほかにも、恋愛映画『(500日)のサマー(〔500〕Days of Summer)』(2009年)のサントラ盤に収録されたダリル・ホール&ジョン・オーツの「ユー・メイク・マイ・ドリームス(You Make My Dreams)」を引っ張り出してきて、ミュージカル・コメディ映画『ピッチ・パーフェクト(Pitch Perfect)』(2012年)に登場するアカペラ・グループ、バーデン・ベラズを自分にたとえたり、ウィノナ・ライダー主演の青春映画『リアリティ・バイツ(Reality Bites)』(1994年)で使われたU2の「オール・アイ・ウォント・イズ・ユー(All I Want Is You)」に触れたりと、自身の境遇(もしくは妄想シーン)を、過去にのめり込んだ映画の1シーンに置き換える描写が多いことに気付かされる。
映画がらみで言及する音楽も多いのだが、単純に作品を彩る音楽となるとこれだけにとどまらないわけで、ならばいっそ、ざっと列記してみよう。
- エルトン・ジョン「僕を救ったプリマドンナ(Someone Saved My Life Tonight)」(1975年)
- エリック・カルメン「メイク・ミー・ルーズ・コントロール(Make Me Lose Control)」(1988年)
- BECK「セックス・ロウズ(Sexx Laws)」(1999年)
- ハニードリッパーズ「シー・オブ・ラブ(Sea of Love)」(1984年、フィル・フィリップスのカヴァー)
- ヴァン・モリスン「クレイジー・ラヴ(Crazy Love)」(1970年)
- ロバート・プラント&アリソン・クラウス「キリング・ザ・ブルーズ(Killing TheBlues)」(2007年のアルバム『レイジング・サンド(Raising Sand)』に収録。オリジナルは、ローランド・サリー)
- ジャスティン・ティンバーレイク「セニョリータ(Senorita)」(2003年)
- マーキー・マーク&ザ・ファンキー・バンチ「グッド・バイブレーションズ(Good Vibrations)」(1991年)
- ジョージ・ハリスン「マイ・スウィート・ロード(My Sweet Lord)」(1970年)
- エリック・クラプトン「ワンダフル・トゥナイト」(1977年)
- スティーヴィー・ワンダー「可愛いアイシャ(Isn’t She Lovely)」(1976年)
- ダフト・パンク「ゲット・ラッキー(Get Lucky)」(2013年)
- 二―ル・ヤング「ハーヴェスト・ムーン(Harvest Moon)」(1992年)
そして「ウィ・アー・ザ・ワールド(We Are The World)」(1985年)
アーティスト名だけとなると、サイモン&ガーファンクル、レッド・ツェッペリン、ビースティ・ボーイズ、テイラー・スウィフト(ベックはまさにテイラーだと!)、フー・ファイターズ、アーケイド・ファイア、ローリング・ストーンズ、ブレッド……と、きりがない。
IKEAなどに関する描写もなかなかに意味深くて、この1作に山ほどのカルチャー情報が詰め込まれていて、まったくもって侮れない怪作なのである。
余談になるのだけれど、この小説、じつは別の角度から一部のミステリー読者にはすでに知られていた作品なのだ。スティーヴン・キングの歴史的代表作『シャイニング(The Shining)』(1977年)。その発表以来30年以上もの時を経て出版された後日譚『ドクター・スリープ(Doctor Sleep)』(2013年)が、本作のなかできわめて重要な役割を果たしているのである。実際、『ドクター・スリープ』の訳者あとがきでも、訳者の白石朗氏がその件に触れているのだが、書店員であるジョーのストーカー行為は、刊行されたばかりの話題作『ドクター・スリープ』の入荷時期と重なり、てんやわんやとなってしまうのである。
さらには、ベックの恋人だった企業経営者ベンジーを監禁し、彼に『ドクター・スリープ』を読むことを強要するという狂気めいたシーンがあるのだ。
『ドクター・スリープ』では、「真結族」なる吸血鬼のような集団が登場するが、彼らはある種の能力を持った人間の「命気」を取り込むことによって半永久的に生きながらえ、力を蓄える種族。そんな彼らにも異変が訪れ、老化を防げなくなってくる。
思えば、「戦場のメリークリスマス(Merry Christmas, Mr. Lawrence)」(1983年)など、映画俳優としても活躍したボウイ。カトリーヌ・ドヌーヴと共演したヴァンパイア映画「ハンガー(The Hunger)」(1983年)で、老化の恐怖に直面した吸血鬼役を演じていた(ちなみに原作はホイットリー・ストリーバー『薔薇の渇き(The Hunger)』〔1981年〕)。思わぬ縁を感じてしまうのは、小生だけではないだろう。合掌。
◆YouTube音源
“Oh, You Pretty Things” by David Bowie
*『レア・アンド・ウェルダン』にも収録された楽曲の1972年の演奏。
“Lazarus” by David Bowie
*ボウイの最後のシングル曲となった『★』収録曲。
“Nothing Compares 2 U” by Sinead O’Connor
*シネイド・オコナーが大ヒットさせたプリンスの楽曲カヴァー。
『戦場のメリークリスマス』(1983)
*デイヴィッド・ボウイと坂本龍一のキスシーン
◆CD
“Rare and Well Done” by David Bowie
http://www.teenagedream-record-3rd.net/?pid=26669566
*1970〜71年頃のレア・トラックを集めたプライベート盤。
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佐竹 裕(さたけ ゆう) |
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1962年生まれ。海外文芸編集を経て、コラムニスト、書評子に。過去に、幻冬舎「ポンツーン」、集英社インターナショナル「PLAYBOY日本版」、集英社「小説すばる」等で、書評コラム連載。「エスクァイア日本版」にて翻訳・海外文化関係コラム執筆等。別名で音楽コラムなども。 好きな色は断然、黒(ノワール)。洗濯物も、ほぼ黒色。 |
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