第六十一回はジェイムズ・R・ハンニバルの巻(執筆者・寶村信二)

 今回取り上げる作家は、米軍特殊部隊〈777チェイス〉の活躍を描いているジェイムズ・R・ハンニバルです。
 ホームページによると、著者は空軍士官学校を卒業後、様々な戦闘機・爆撃機パイロットを経て2010年に作家としてデビューしました。


Wraith

Wraith


 一作目の Wraith(2010)の舞台は2003年、ドイツに駐留していたA-10戦闘機パイロットのニック・バロンは、〈ケルベロス〉と呼ばれる部隊へ編入される。
 イラクへの侵攻に備え、〈ケルベロス〉はB2爆撃機を母機とする無人ステルス機〈ドリーム・キャッチャー〉の開発を進めており、バロンは〈ドリーム・キャッチャー〉のテスト飛行を記録する随伴機のパイロットとなる。
 B2爆撃機に搭載される〈ドリーム・キャッチャー〉は試験飛行において発進は成功したものの回収作業がうまくいかず、有人機へと仕様変更される。バロンが〈ドリーム・キャッチャー〉を操縦した二回目の試験飛行は何とか成功したものの、まだ実戦に投入できるほどの信頼性は得られない。
 しかしイラクでの情勢が変化したことによって、〈ケルベロス〉は急遽最前線へと駆り出される。


Shadow Catcher (Nick Baron Series)

Shadow Catcher (Nick Baron Series)

Shadow Catcher (Nick Baron Series Book 1) (English Edition)

Shadow Catcher (Nick Baron Series Book 1) (English Edition)

 
 二作目の Shadow Catcher(2010)は、イラク戦争当時、領海ぎりぎりの位置に墜落したB2爆撃機を回収する極秘任務の場面から幕を開ける。
 バロンは同僚のドレイク・メリゴールドと回収作業中に襲撃を受け、情報漏洩を危惧して指揮官のウォーカー大佐に調査を進言するものの、内通者がいる可能性に関しては真剣に取り合ってもらえない。
 そんな状況の中、25年前に中国への偵察任務で撃ち落とされたパイロット、デイヴィッド・ノヴァクが生存していることが明らかになる。〈777チェイス〉に救出命令が下されるが、作戦が開始される直前、バロンは自宅で中国の工作員、ウーロンに襲われる。
 辛うじてウーロンを倒したバロンだが、救出任務の情報も中国側に漏れているのではという不安を抱えたまま、メリゴールド、そして新入りのイーサン・クインと共に、最新鋭の小型ステルス機〈シャドウ・キャッチャー〉を搭載した爆撃機〈レイス〉で中国へと向かう。


Shadow Maker (Nick Baron Series)

Shadow Maker (Nick Baron Series)

Shadow Maker (Nick Baron Series Book 2) (English Edition)

Shadow Maker (Nick Baron Series Book 2) (English Edition)



 そして三作目の Shadow Maker(2014)では、Shadow Catcher から一年後が描かれる。
 ワシントンDCで自爆テロが起こり、現場に居合わせたバロンの許へ〈密使〉と名乗る人物からチェスのインターネット対局のメールが届く。犯行直前に爆破犯は「これで終わりではない」と叫んでいたが、所持していた財布からバロンの写真が発見され、事件は〈777チェイス〉の過去の任務と何らかのかかわりがあった可能性が高くなる。
 ブダペストに潜んでいるグレンデルと名乗るハッカーと爆破犯のつながりが浮かび上がると、〈777チェイス〉の三人は直ちにブダペストへ飛ぶ。
 しかしグレンデルはバロンたちの眼の前で殺害され、手がかりになりそうなものは、グレンデルのPCから発見されたイスタンブール大学の生化学研究所で起きた盗難事件に関わるEメールのみ。バロンたちはイスタンブールで捜査を続けるが、目ぼしい情報が得られないばかりか、クインが狙撃されて重傷を負う。
 狙撃手が残していったナイフのデザインと紋様が中世に存在していたとされる暗殺教団のものであること、更にその製作技術を受け継いだとされる者がアンカラにいるとの情報を得て、バロンとマンゴールドはアンカラに向かうが、ここでも〈密使〉は罠を仕掛けていた。


 このシリーズが面白いのは、陸軍(グリーンベレー)や海軍(SEALs)ではなく、空軍の特殊部隊を描いている点にあります。
 バロンとメリゴールドは最新鋭のステルス性能を誇る爆撃機偵察機を操縦するパイロットであり、クインはパラレスキュー(パラシュート降下資格と医療資格を併せ持ち、高い戦闘技術も有している救難員)という設定です。
〈ドリーム・キャッチャー〉の後継機である〈シャドウ・キャッチャー〉が登場する二作目や、大がかりなテロ計画を阻止するためにヨーロッパを駆け巡る三作目ももちろん良いのですが、その特色が顕著に現れているのがデビュー作の Wraith です。
 この作品では〈777チェイス〉誕生と共に〈ドリーム・キャッチャー〉が試験飛行に臨むまでの経緯が語られますが、どちらも読み応え充分で、後半の実戦の場面に比べても見劣りしません。
 三つの作品とも、様々な事件が並行して展開する構成となっています。そのため今読んでいる事件がどう全体に関わってくるのか、分かりにくい一面はあるものの、会話や地の文でもさりげなく笑いを誘う箇所が挟まれる、巧みな語り口のおかげですいすいと読み進めます。
 人物描写も凝っていて、メリゴールドはB級映画の大ファンで、作戦の際に用いられるコールサインも〈ゾンビ1〉等、ふざけたものを採用したがるためにバロンから注意される、といった具合に楽しませてくれます。
 次回作がこのシリーズの続編となるのか、全く新しい作品となるのかは不明ですが、いずれにせよ大いに楽しみです。
 



寳村信二(たからむら しんじ)

20世紀生まれ。2014年は『青天の霹靂』(監督:劇団ひとり)、るろうに剣心(監督:大友啓史)、そして『The Next Generation―パトレイバー―』(監督:押井守、田口清隆、辻本貴則、湯浅弘章)と邦画をよく観た一年でした。