第12回福岡読書会 納涼カー祭りレポート(執筆者:大木雄一郎)



 そもそも今回の読書会は、告知の時点でこれまでと違う点がいくつかあった。


・定員が30人
・課題書が2冊
・参加費が無料


 特に上の2つは、会の進行そのものに影響するわけで、一参加者である私ですら、告知の時には「大丈夫かな?」と思ったものである。これに加え今回は、作家1名、翻訳家4名(うち2名は当会世話人)、書評家2名、出版社から2名と、いわゆる作り手側からの参加も多数あり、また、他地域の読書会からの刺客(?)も送り込まれるという状況は、会の進行に関するすべての予想を許さず、また常連の参加者にも、ある種の緊張を強いるものであったと想像する。ていうか私はちょっと緊張した。


 30名という募集人員もほどなく満員御礼となり、課題書を読む手にいつも以上の力を加えつついよいよ当日。



 早く家を出たにもかかわらず、腹が減ってはなんとやらで昼食を取っている間に会場の準備はほぼできあがっており、のっけから役にたたないところを露呈した私であったが、会場の椅子の並びを見て思わずため息が。この配列は! コロッセオを彷彿とさせる円形! やはり世話人のお二人も、この読書会を「戦い」と位置づけているのだろう。この配列だけで、世話人の、敵を迎え撃つ気合いがビンビン伝わってくるではないか。ならば私もと、会場設営に遅れた失態を本番で取り返すべくウォーミングアップを始めたところ、隅のテーブルの上になにやらたくさんの書籍が並べられているのに気づいた。近寄ってみると、今回の課題であるカーの文庫、雑誌など、正確な数はわからないが50冊以上あるようだ。近くにいた同志に尋ねると、どうやら千葉方面からの支援物資らしい。なるほど戦いの前にこれを敵にちらつかせ、骨抜きにしようという作戦か。さすがである。どのような本であの強者どもを骨抜きにするつもりかと背表紙を眺めていると、「雑食さんも好きなの取っていいですよ」と言われ「え、いいんすか?」と答える間に2、3冊抜いていた自分に気づき、骨抜きにされたのは儂のほうか……と苦笑したのは内緒である。


 そうこうしているうちに、コロッセオは参加者で埋まっていった。戦いの前の緊張がピークに達しつつあるいっぽうで、定刻となっても会場に来ないという、宮本武蔵のような戦法を取る者もいたが、その手に乗るかとばかりに世話人の声がコロッセオに響き渡り、とうとう戦いの火蓋は切られたのである。




……もう持ちませんのでモードを戻します。


 課題書は、ジョン・ディクスン・カー『帽子収集狂事件』『皇帝のかぎ煙草入れ』の2冊(いずれも新訳版)。冒頭で記したとおり、2冊課題は当読書会で初の試みでした。板書なし班分けなし、できるだけ参加者の自由発言に委ねるという福岡読書会のスタイルに、30名の参加者、1時間45分の枠がどう影響するかと思いましたが、ふたを開けてみればそんな心配はまったく無用、活発な意見交換があり、会はおおいに盛り上がりました。


 主だった意見を以下に記します。なにせ板書なし、メモを取らなければ、記憶以外なにも残らないのが当読書会。当然この記事も記憶だけに頼っておりますので、間違いなどあるかもしれません。その点、先にお断りしておきます(レポート書くつもりならメモ取れよという話ではありますが)。


『皇帝のかぎ煙草入れ』
・男がダメ
・読みやすい
・「zizi-pompom」の訳について
・ひ、表紙が……
・初めてカーを読む人にオススメ
・いや、私はオススメしない


『帽子収集狂事件』
・読むのに時間がかかりました
・地図がわかりにくい(高低がわからない)
・地図なくても読める
・この地図ってそもそもミs(ry
・乱歩はなぜこの作品を絶賛したの?
・それはね……(後述)


―2作を通じて―
・今回の新訳は古典に新しい風を吹き込むとても意義深い仕事である(全員首肯)
・新訳に携わっている翻訳家に女性が多いのはなぜでしょう?


 などなど。個人的には、乱歩が『帽子〜』を絶賛したのはなぜか、という問いに対する、ある方の返答が衝撃でした。


「それは簡単です。○○○○トリックをやったのは、この作品が初めてだったからです」


「おおおぉぉぉぉぉぉ……」


 いやもうどよめきました。心のへぇボタンを何十回と連打しました。しかし、しかしです。疑うわけではありませんが、なにごともエビデンスを重んじるのが21世紀の正しいオトナの態度であります。そういう記述がどこかにあるのか、あるいはないのか、確認しなきゃ気が済まないわけです。この点は二次会を通り越して三次会でも話題になりましたが、今のところ正否は確認できていません。ご存じの方がいたらぜひお教え願いたいものです。


 と、こんな感じで1時間45分はあっという間に過ぎ、場所を移動しての二次会と相成りました。本の話もちょっとくらいはしたように思いますが、「アイドル談義」「姉弟げんか」「ホークスユニでの写真撮影」というワードですべてが説明できそうな二次会でした。楽しかったです。



 というところで私のレポートは終わりです。遠方から来ていただいたみなさま、膨大な手間をかけて冊子を作ってくださり、また本までご提供いただいた猟奇の鉄人さま、そしていつも参加してくださる地元福岡のみなさま、世話人の駒月さま、三角さま、今回も大変楽しい読書会でした。心からお礼を申し上げます。これを読んで、「よし、次は必ず参加するぞ!」と思ってくれる人がいたらいいなあ。


 それではまた、次の機会にお会いしましょう!
 

大木 雄一郎(おおき ゆういちろう


福岡読書会の一参加者にして翻訳ミステリー読者賞の言い出しっぺ。最近、自分のTwitterアカウントに、海外ではよしとされない文字列が入っていることに気づいて愕然としている。Twitterアカウントは @zasshoku
                              


*ゲストの方々にもコメントを頂きました。

 福岡読書会は、主催者の方々の気配りが大変細やかで、とても居心地が良い時間を過ごすことが出来ました。
 また今回の課題作を読んで、翻訳作品の良いところは、新たな訳によって、その時代に合った姿に生まれ変わり、何世代にもわたって読者を愉しませることができる点にあるのだと、あらためて実感いたしました。

(川出正樹)   


 仕事の話はミステリの話。飛び交う単語はトリックだの伏線だの――他社に勤めたことがないので多分ですが――そんな特殊な職場に勤めています。よく羨ましがっていただくのですが、落とし穴はどこにでもあるもの。メンバーがそうそう入れ替わらないのです。会員が留年し続けるのに新入生が滅多に入ってこないミステリ研みたいなもので、結果、聞かずともどんな感想を抱くか大体わかるという薄気味の悪い域に達してしまっています。というような次第で、今回読書会に参加し日常では思いもしない感想をたくさん聞けて、とても刺激になりました。
『帽子収集狂事件』を編集したのは約四年前。当時はこの作品が読書会の課題図書になる日が来ようとは夢にも思いませんでした。『皇帝のかぎ煙草入れ』と併せて、新訳をしなければこの日が来ることはなく、新訳をやって良かったな――それが読書会から二次会、三次会を経てホテルに辿り着いてまず思ったことでした。今後ともカーに限らず新訳刊行は続けていきたいと思っておりますので、ご支援いただけますと幸いです。
 最後になりましたが、幹事の駒月さん、三角さんをはじめ、ご参加者の皆様に厚く御礼を申し上げます。

東京創元社・桑野 崇)    

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