翻訳ミステリー長屋かわら版・第55号

  田口俊

 な〜んも書くこと思いつかず、人頼みでごめん。
「『お客さんからパワーをもらった』なんて言うミュージシャンがいるけど、ふざけたこと言ってるんじゃないよ! 客からお金もパワーももらってどうするんだ。こっちがあげるんだよ、パワーは」
 先日の朝日新聞の夕刊で、泉谷しげるさんが吠えてました。
 いいねえ、しげ爺。
 勘ちがい若造にがつんと一発。
 私もこういう爺さんでいたいなあ。

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)



   横山啓明

諏訪部 浩一著ノワール文学講義』を読んでいます。
ノワール小説に共通した要素を抽出し、なるほどと膝を打つことたびたび。
なぜ、ノワールに惹かれるのか、これまで考えてきました。
自分なりに下した結論は、死を胚胎しているから、でした。
「死」は単に「人が死ぬこと」ではなく、
さまざまな要素を包括しています。宇宙、静寂、純粋、虚無、
混沌、これらはすべて死に通じるものではないでしょうか。
こうしたことへの憧憬。ノワールにかぎらず、わたしが惹かれる
作品に共通しているのは、「死へのあこがれ」ではないのか。

(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco



  鈴木恵

 評判の世界堂書店』米澤穂信・編)。ツイッターで皆さんの感想を読むと、好みがさまざまに分かれていて素晴らしい。ぼくは「シャングリラ」「東洋趣味」「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」がとりわけ気に入りました。もう少し重たいところだと「石の葬式」とかね。
 思わずくすりと笑ったのは、聊斎志異からとられた「連瑣」という一篇のこの台詞――「君士(あなた)はまったく風雅なかただから、あたし、ひどく畏避(えんりょ)だったの」冥界から現われた女が初めて言う台詞なんだけど、いいなこれ。といっても、ここだけ読んでもこの不思議な衝撃は伝わらないと思うので、ぜひ現物にあたってみてください。
 解題によると、柴田天馬によるこの翻訳は井伏鱒二も愛したのだとか。なるほどそういえば、ハルノネザメノウツツデ聞ケバ/トリノナクネデ目ガサメマシタ(春暁)という、あの井伏鱒二の軽妙な漢詩翻訳に通ずるものがありますね。参りました。

(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:バリー『機械男』 サリス『ドライヴ』など。 最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM



    白石朗

 翻訳仕事やゲラ仕事が立てこむと、隙間時間にまず短篇集やアンソロジーをひらき(当代きっての読み巧者諸氏の編集でミステリマガジンとSFマガジンの傑作集が計4冊刊行されたことに万々歳)、つづいて音楽関係書に手が伸びます。しかし最初こそ隙間読書のつもりだったのに結局読みふけってしまったのがバート・バカラック自伝』奥田祐士訳)。数々の名曲(章の題名になってます)が生まれた背景と華麗なるゴシップと……率直すぎる打ち明け話と、ま、その……忌憚ない人物評がどっさりでやめられません。音楽関係では旅行記の体裁をとった全方位的音楽案内の細野晴臣『HOSONO百景』も机上の常備本。刺戟されて、久しぶりにアルフレッド・ハウゼ楽団を仕事のBGMにしたりしていました。合言葉はラ・クンパルシータだぜ。

しらいしろう:1959年の亥年生まれ。最新訳書はヒル『NOS4A2―ノスフェラトゥ―』グリシャム『巨大訴訟』、キング『11/22/63』、アウル『聖なる洞窟の地』など。ツイッターアカウント@R_SRIS



   越前敏弥

 自分の訳書を見るかぎり、電子版の部数(ダウンロード数)は紙版の初版部数の5%以上を占めていて、それなりのマーケットになってきたと感じるが、そろそろ問題にしてよいのではないかと思うのが、引用のしかたの件。紙なら何ページ何行目と書けばいいけれど、電子版だとプラットフォームごとにばらばらだし、人によって表示方法がさまざまだから、引用個所を指定しようがない。せいぜい何章の中盤とか、その程度まで。いまはまだ紙が主流で、紙のほうを引用すればいいけれど、この問題は地味ながら電子版の普及の障碍ではある。
 電子版については、一時期もてはやされたようなバラ色の未来を思い描いてはいないけれど、ほとんどの紙の本が初版止まりで、数年のうちに事実上の絶版となる状況では、たとえ細々とであれ、売れつづけていく電子版の形式は、著訳者が仕事をつづけていくモチベーションを与えてくれるはず。だからこそ、この引用の問題、何かよい解決策はないかと頭をひねっている。それとも、全文検索ができるようになったんだから、位置なんかどうでもいいじゃないかと納得すべきなのか、どうか。
 よい方法を思いつく人、教えてください。

(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『解錠師』『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくりツイッターアカウント@t_echizen。公式ブログ「翻訳百景」 )



   加賀山卓朗

 この欄のネタ作りにアナと雪の女王を見てきました。3Dメガネも初体験(遅)。歌や映像は予想以上にすばらしかった。『生まれてはじめて』はドラマチックで胸のすくような名曲だし、トナカイなんて生きているとしか思えません。しかし、なんかいつものディズニーとちがうなと感じたのは、大ヒットの『ありのままで』が「自由になれてうれしい」だけの単純な歌じゃなかったあたりから。原語にある"The cold never bothered me anyway."ってそうとうな皮肉ですよね。日本語の歌詞でたった2小節に詰めこむのは至難の業。
 そして椅子からずり落ちるほど驚いたのは、アナを救う「真実の愛」の内容。直前まであれほどいつものパターンで盛り上げておいて、いいのああいう結論で? ディズニー史上最大のどんでん返し、「革命」と言ってもいいんじゃないでしょうか。しかもそれが世界じゅうで受けている。大丈夫だろうか人類の未来(生物的に)……

(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)



 上條ひろみ

 6月1日の「翻訳ミステリーお料理の会・第二回調理実習」では、「ラムチョップのミントソース添え」を作っておいしくいただきました。異様な暑さのなか、参加してくださったみなさま、ありがとうございました&お疲れさまでした。翻訳者の田口俊樹さんのエプロン姿、なかなかお似合いでしたよ。後日お目にかけます写真付きレポートをお楽しみに!
 このお料理の会の世話人になってから、翻訳ミステリーに出てくる食べ物を、これまで以上に気にするようになりました。たとえ本筋とは関係なくても、一瞬しか登場しなくても、食べ物のほうから目に飛びこんでくるのです。病気かしら。いま読んでいるアンドレアス・グルーバーの『黒のクイーン』だと、「パラチンケン」とか。これは食べたことあるぞ! ウィーン風のクレープね。「ポヴィドルタッシェル」は知らないわ〜。「プラムジャムを生地で包んだオーストリアボヘミアの菓子」だそうです。「甘いものは食べない」主人公のホガートには却下されちゃうけど、コージー者としては気になります。

(かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。趣味は読書とお菓子作りと宝塚観劇)


ノワール文学講義 ??A Study in Black

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世界堂書店 (文春文庫)

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ザ・聊斎志異 (グラスレス眼鏡無用)

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厄除け詩集 (講談社文芸文庫)

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HOSONO百景

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黒のクイーン (創元推理文庫)

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